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15 理由

 お昼の後、教室に戻って次の授業の準備をしていると、


(なあ主)


 何時間かぶりにアズさんの声が聞こえた。


(何ですか?)

(何であいつのこと好きなんだ?)


 あう、その話か……まあ気になるものか……。


(話してるのずっと聞いてたんだが、見た目ってわけじゃないんだな? 好きだから良く見えてるんだよな)

(それが、自分でもよくわからないんです)

(ほう)

(いつの間にか好きになってました)


 家上くんのことが好きなのだと私が自覚したのは、去年の六月。文化祭でのクラスの企画の内容と係が決まった時。

 私は家上くんと同じ係になったことが嬉しかった。

 友達でもないのにどうして嬉しいのかと不思議に思って、少し考えた。本当に少しだけだった。嬉しいのはあの人のことが好きだから、とあっさり答えが出てきた。


(はるちゃんが言うには、一目惚れしてたのに全然わかってなかったか、何かをとても気に入ったか、いいなって思う気持ちが貯まってったんじゃないかって)


 私としては、一目惚れはたぶん違うと思っている。なぜなら家上くんを初めて見た時に何かを思った記憶がないから。一目惚れだったら「かっこいい」くらいは思っているものじゃないだろうか。


(家上くん、いいところいっぱいあるのに、何でモテないんでしょう?)


 授業中に喋ったり掃除をサボったり宿題出さなかったりする人よりずっとずっといいのに。


(……あの状況は十分モテてるって言えると思うんだが)

(そうですけど、私からしたらライバルがいっぱいですけど!……でも、友達で止まってるっぽいし、一緒にいるのは友情とか恋愛とかより仲間って感じかなあって思うところも……あるって考えてないとやってられないっていうか……。えっと、とにかく、家上くんは自分がモテないって思ってるんですっ。告白なんか一度もされたことないって、彼女は画面の中じゃなきゃありえないって何度も言ってるんです)


 ちなみに画面の中の彼女もいないらしい。でもお気に入りの女の子というのは何人かいるようだ。


(何があれば何度もそんなこと聞くんだ? 主はあいつと話さないだろ?)

(あの辺の趣味仲間とか、あっちの賑やかい人たちとか、駒岡さんたちとの話を聞いたり、からかったりしたいって人がいるんです。別に小声で話すわけじゃないので、聞こえるんです)

(なるほどな。――そうだな……顔は良く言って中の上ってところだから、そこのやつとかあっちのやつみたいに顔で好かれるってことは少ないだろうし)


 「そこのやつ」と「あっちのやつ」というのは、クラスのイケメン代表二人のことか。


(冴えないっていうかぱっとしないって感じだし、特に活躍もしてないようだし、休み時間とかに喋ってはいても社交的って程でもない。それで変なこと言うんだろ? 人気ないどころか嫌われてても不思議じゃない)

(えー。じゃあ、成績いいのと料理が得意なのと優しくて気が利くのは?)

(それでやっと『嫌い』から『普通』になってるんじゃねえか?)


 アズさんの言うとおりだとしたら、みんな厳しい。違うか。私が甘いのか。


(ところで、あいつは何を言って怒られるんだ?)

(えっと、脚が短い、とか)


 駒岡さんの脚は別に短くない。普通だと思う。家上くんは、すらりとしてまるでモデルのような体型の涼木さんと比べてしまったらしい。


(あとその……私は直接は聞いてないんですけど、胸の大きさのことを言っちゃったらしくて……)

(……あいつ、本当に気が利くやつなのか?)

(駒岡さんが来るまで、変な発言なんてなかったんです。……まあ女子と話すことすら滅多になかったんですけど)


 それでも文化祭の準備中は女子ともそれなりに雑談をしていた。あの時の彼は女子が不愉快になるようなことは言っていないはずだ。


(それに必ず変なこと言っちゃってるわけじゃないんです。ただ単に駒岡さんが、悪く言うのは許さないってこともあるんです。もう少しお淑やかにしろとか、成績悪いからどうにかしろとか、それだけで手とか足とか出すんです)


 駒岡さんは、お淑やかにしろの時は「余計なお世話」と脚を蹴り、成績を良くしろの時は「いちいち言うんじゃないわよ」と手の甲をつねった。自分が悪いと自覚しているらしい時は、行動が控えめになることもある。


(成績悪いのか、あの子)

(そうみたいです)


 駒岡さんのテストの結果なんか見たことはないけれど、少なくとも国語は良くないはず。授業で音読させられた時、漢字が読めなくて止まる回数が他の人より明らかに多い。もしかしたら止まらなかったことがないかもしれない。あれでは漢字の読み書きも、小説や評論の読解も難しそうだ。外国暮らしが長かったそうだから、仕方がないのかもしれないけれど。


☆★☆


 今週の私の掃除場所は階段だ。

 私が雑巾掛けをしていると、美男子先輩が私の知らない男子生徒と一緒に、ゴミ山盛りのゴミ箱を持って慎重に降りてきた。その一分後くらいにはゴミ箱を一人で持った新崎さんが普通の速さで降りてきた。新崎さんが持つゴミ箱には3‐1と書かれていて、まだゴミを入れる余裕があった。

 美男子先輩は三の三だから、新崎さんは違うクラスの人である美男子先輩のことはわからないのかもしれない。美女先輩のことはどうだろう。あの人は確か三の八だったはず。……うん、わからないどころか知らなそうだ。一学年約三百二十人の生徒がいて、一クラスは約四十人ずつ。つまり一と八は端っこ同士。体育とかで一緒になることはたぶんないし、学年集会とかで一ヶ所に集まっても相手は遠い。

 三人とも部活にも委員会にも所属していないようだし、学校での接点なんか無いに等しいんじゃないだろうか。せいぜい顔を見たことがあるくらいだと思う。

 掃除を終えて校舎を出ると、校門の近くに美女先輩と後輩さんがいた。

 大人っぽい美女先輩と一緒だと後輩さんの中学生っぽさが増す。入学して一ヶ月と少しの一年生は中学生に見える人が多いけれど、その中でも後輩さんはより幼く見える人かもしれない。低めの背と顔つきと、あと髪型が一役買っている気がする。


(高校生でツインーテールがおかしくないってすごいですよね)


 ツインテールが似合う容姿で、本当にツインテールにしているから余計に幼くなるんだと思う。


(そうか? そういやああいう髪型あんまり見ないな)

(中学の時点で結構怪しくなるものだと思うんです。あっちの人が同じ髪型だったら変でしょう?)

(あー、そうかもな)


 アズさんと話しながら校門を通る時、美人二人の声がはっきりと聞こえてきた。彼女たちはしりとりをしていつもの仲間を待っているらしかった。


(もしかして一年の方、朝見たやつか?)

(え? あ、この道走ってった人ですか? 女の子かなあとは思いましたけど)

(あの七人の中なら今の子が一番近い気がする)

(確かに……)


 家上くんたちのグループが仮面の組織と決まったわけではないけれど、そう考えるとアズさんの言うとおりだ。髪の長さからして士村さんと美女先輩は違うし、涼木さんにしては小さかった。近いのは後輩さんだ。

 薄紫のあの人はツインテールではなかったと思うけれど、髪型なんて簡単に変えられる。後輩さんは仮面で顔を隠すだけでなく、髪型を変えるようにしているのかもしれない。


(私も髪縛って、マスクしてサングラスでもかけてれば、わかりにくくなるでしょうか?)

(うん? オレの上着で十分だと思うんだが)

(毎回なんて、そんな。アズさんの防御力が落ちちゃうじゃないですか)

(そんなこと心配するなって。……そうだ。作ってみるか)


 え? 何を?


(改造できるんだから、複製だってできないことはないだろ)


 どうやら二着目のコートを用意するつもりらしい。

 というわけで、家に帰ったら試してみることになった。

 寄り道せずに帰った私は、さっそくアズさんを起こした。アズさんは駅で電車を待っている間に寝た。


(アズさん、アズさん。家です)

(おう)


 返事をしてからすぐに、本日二度目の人のアズさんが出てきた。今回はブーツ無しだった。


「それじゃ、やってみるか。んー……」


 アズさんは顎に手を当てて、何かを考えるようなポーズを取った。そのまま少しの間固まっていて、不意に両手を前に出したかと思うと、


「どうだ」

「おおー」


 畳まれた状態のコートがアズさんの手の上に現れた。本当に二着目ができた。


「なんか軽いな、これ」


 アズさんは二着目のコートを広げると顔を少ししかめた。


「……薄いな。なんつーか、安っぽい。オレがこっち着るか」

「アズさんが普通の着てください。私は隠せればいいんですから、薄いの借ります。それに軽い方がいいです」

「そうか。じゃあそうするか。ちょっと着てみてくれ」


 薄い方のコートを手渡された。確かに軽い。冬用から秋用に変わったような感じ。

 朝と同じように着てみたら、フードが小さかった。引っ張っても前髪すら隠れない。


「粗悪品だな……」


 アズさんが呟いた。そんなに悪く言うことないのに。


「制服が全部隠れるだけで十分です」

「いや、でもな……あ」


 何か思いついたらしいアズさんは、両方のコートを消した。一分しないうちにコートを着た状態に戻って、それから二着目を出した。


「これならいいだろ」


 私はまたコートを着て、フードをかぶってみた。今度は目深にかぶることができた。フードの代わりにどこかが短いということもなさそう。


「何やったんですか?」

「こっちの取ってそっちに回したんだ」


 アズさんが後ろを向いた。朝に付けたフードがなくなっている。フードは自分にはいらないものだと言って、アズさんは元の向きに戻った。


「あの、私のためにわざわざありがとうございます」

「おう。オレとしてもあいつが主を避けるのは嫌だからな。主にあんまり悲しい思いはしてほしくないんだ」

「アズさんってかなりの持ち主思いですよね」


 私の言葉に少し照れたようにアズさんが笑った。


「いい刀だろ? それじゃ、オレはまた寝るから」

「はい」


 人のアズさんと、私が着ていたコートが消えた。

 さてと、リュックを下ろして着替えよう。

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