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143 細かいことは後で

 周りの人を見る。上着の厚みが控えめな人が多い。でも私のこれでも別に浮いてるわけでは……はっ。

 通行の邪魔にならないように端に寄って、服の汚れをざっとチェックした。


「うぁ……」


 袖と靴に付いてた。血が。

 目立つものじゃない。でも、すごくすごく嫌。

 体の火照りが治まってきて、頭の中も冷えてきた。逃げるのに必死で考えていなかったことが頭の真ん中に出てきて大きくなった。

 はあぁぁぁぁ……人、刺した……。


(とんでもないことをしました……。アズさん、あんなことに使ってごめんなさい……)


 脚から力が抜けそうだ。座り込んでしまいたくなるけれどここでそんなことはできない。


(気にするな。あんなやつら魔獣と同じくくりだ。……って考えるのも難しいよな。でもさ、主が同じことされるのに比べたらずっと軽いんだから、そう深く考えなくていいと思う)

(軽いですか? アズさんで刺して)

(魔力同士がぶつかりはしたんだけど乱れる感じがあんまりなかった。あいつが魔力使わない状態で、こっちもあっちも魔力がそこにあるだけってもんだったからだろうな。あれならただ怪我を治せばそれでいいはずだ)


 大怪我だけれど普通(私基準)だから、邪魔装置がオフになれば、普通じゃない回復力と普通じゃない手段での治療でさっさと治ると。そうか、良かった……良いのかな、あの人は敵なんだから……でもなあ……わかんない。

 しばらく結論は出そうにないからあの人のことは今は考えないようにして、とりあえず歩く。ここは都会。しかも首都。だから何か見つけられると思いたい。

 三階以上ある建物が多く並ぶ通りをまっすぐ進んでいくと、三つめの交差点に、汽車の絵が描かれた案内標識があった。その横の文字列は一部意味がわかった。「駅」そして「二百四十ラーエ」だ。


(右に行けば、駅ですよね)

(ああ)


 駅ならきっと便利なものがあるはず。

 右折して三百メートルと少し歩いて駅に着いた。二階建てで横に広い建物だ。

 期待したとおり、出入り口の脇に街の案内図があった。駅の周辺一.五メナ(一メナ=千ラーエ)が描かれている。


(ファルメミア大使館がある!)


 さすが首都!

 アズさんに教えてもらった箇所を見る。現在地からの距離は直線で、ええと……メートルに直したら一キロと少しか。この辺りは超高層ビルが綺麗に並んでいた地区とは違って入り組んだ道もあるけれど大使館までの道のりはそう複雑じゃない。よし行こう。

 明確な目的地ができて、心と脚が少し軽くなった。

 魔獣の移動などに巻き込まれてこの世界に来てしまった場合、安全の確保ができたら次はアンレール国のあの支部に連絡して助けを求めるということになっている。電話番号はメモしてあるし、メモを見れなくてもアズさんがばっちり覚えてくれている。もしここがアンレールやその周辺の国だったら電話をかけさえすれば事態はほぼ解決だ。

 でも私が来てしまったのはレゼラレム王国。魔獣退治のあの組織が無い。そして国のトップが信用ならなくて全部が敵になりかねない場所。その辺の人に電話を貸してと頼むのは安全ではない。不法入国したとか家出したとか思われて通報されるようなことは避けたい。良い人に電話を貸してもらったとして、この国から出られるかというとそれは難しいと思う。だけど大使館で他の国の力を借りられるのだとしたら少しは出やすくなるかもしれない。

 ファルメミア大使館に向かう前に少し寄り道をする。袖に付いているものが嫌すぎるから。駅でお手洗いを探して入ってみれば広くて綺麗で、そして幸いにも空いていた。上着を着たまま袖に石鹸を付けてこすってお湯で流したら汚れがだいぶ落ちてくれた。ついでに不安もちょっと取れた。

 入ったところとは線路を挟んで反対側にある出口から駅を出ると、街の建物が全体的に高くなって、都会感が増した。


(おお、あっちと雰囲気違うな)

(あっちは住む所でこっちは遊ぶ所って感じしません?)

(わかるわかる)


 例えば都会に来たついでにおしゃれな服を買いたいと思った観光客がいるとして。線路のどっち側にも衣料品を売るお店はあるけれど、観光客は向こうには行かないんじゃないかと思う。

 早歩きで目的地に向かいつつ改めて街の人々のファッションを観察してみる。

 若い女性にミニスカートと厚手のタイツとロングブーツの組み合わせが流行しているらしい。ショーウィンドウのマネキンも同じ格好をしている。灰色の人みたいにスカートが長くてブーツが短い人は若年層には少ないけれど、小学生くらいの子供がいそうな年の人になるとズボン派に次いで多いように見える。

 男女共にシルエットは普通でも色や柄の面では私から見ると主張が激しいと感じる人がかなりいる。真っ赤なロングコートを着たおじさんとか、黒と白の縱縞タイツ少女はまだおとなしい方。小学生の服みたいなでかでか星柄コートのお兄さんとか、鶏冠頭な不良系カラフル少年とか、衣服だけでなく杖までパステルっていうかゆめかわ老夫婦とか、全身(バッグ含む)青紫色お姉さんとかがいる。流行の色というものは無さそう。

 人間の色が多いと服も多種多様になりやすいんだろうか。そういえば私がこちらの世界の人たちを初めて見た時、服の趣味がいろいろだった。ジャージか制服姿を見ることが多くて忘れかけていた。でもアズさん展示会の時の私服組にはさほど個性を出している人はいなかったと思う。地球に来た人たちは異世界に出かけるにあたって気合いを入れて服を選んできたのかもしれない。この街にいる派手派手な人も観光客の割合が高かったりして。


(セラルードさんって私服はどんなだったんでしょう)


 ふと疑問が湧いてきてアズさんに聞いてみた。


(え、セラルードの服? んー……子供の頃はたぶん母親が作ったの着てた。かっこいいとかかわいいとかは特になかったんじゃないか。騎士になってからも、可もなく不可もなくって感じの、まじで普通の服だったと思うぞ。あ、でも、給料良かったはずだし、デザインはともかく質はいいの着てたかもな)

(結婚してからは奥さんにコーディネートされてたり?)

(ありえるなあ)


 道のりの半分を過ぎた頃、街中に大きな音が響き渡った。サイレンだ。何だろう。

 サイレンの後、アナウンスが流れた。何を言っているか細かいことは私にはわからなかったけれど大事なことは聞き取れた。「魔獣が出た、逃げろ」だ。

 周囲の人々が、私が来た方向へと走り出した。


(同じようにしなきゃ目立っちゃいますよね)

(そうだな。しょうがない、回れ右だ)


 走る人々を追いかける。どこまでどう逃げるものなのかはアズさんにもわからない。後ろから来る人たちにどんどん追い抜かれていく。この人たちみんな魔力を持っていて、こんなに速く走れるのに魔獣と戦う力は無いのか。

 通行人だけじゃなくて屋内にいた人も外に出てどこかに向かう。ふと歩道の脇を見たら「避難所」と書かれたプレートを掲げた大型の店舗(雑貨屋の雰囲気)があったけれど、そこからも人が出てきた。人々の会話を聞いたアズさんが言うには、ここは魔獣の出現した地点に近いからだめらしい。

 ああ、昨日も今日も逃げるために走ってもう疲れてきちゃった。でもご飯しっかり食べたからまだまだ頑張れるはずだ。


「――」


 すぐ横に人が来たと思ったら声をかけられて私は思わず足を止めてしまった。声をかけてきた人も止まった。私と同じくらいの年の女子だ。白の強い薄い緑色の髪にオレンジ色の目をしたなんだか人の良さそうな少女で、茶色のコートに赤系のチェックのマフラー、下は膝上の黒スカートとタイツ、赤のショートブーツという服装をしている。


「――――――」

(速く走れるようにしようかって)


 へ? あ、魔術やってくれようとしてる?


「〈私は、魔力が、ありません〉」


 無意味だから不要ですと伝えたくて、無いという事実もそれを言った意味もたぶん通じたと思うのだけれど、


「――――――」


 あっと思った時には薄緑の少女の右手が私の左手に触れて、


「ほにゃっ!?」


 変だけどかわいらしい悲鳴を上げてぱっと手を離した。


「――」

「〈ごめんなさい〉」


 嫌な思いをしただろうに、嫌なことがあって原因を知りたいと思ったからこそなのか、薄緑の少女がまた私の手に触れた。何を思ったのか今度は右手に。


「だめ」


 私は手を引っ込めようとしたけれど相手の力は強かった。彼女は左手で私の上着の袖をずらした。

 手首にある物を見られてしまった。薄緑の少女はこの腕輪がどんなものかわかったんだろう、困り顔で手を離して私を見た。きっとこんなものを付けている私は要注意人物だ。


(こうなったら! 〈――〉って言え)


 アズさんに指示された言葉を意味もわからずとりあえず言ったら少女はぽかんと口を開いた。するとアズさんがまた何か教えてくれて、私はそれも言った。そして同じことを何度か繰り返した。

 たどたどしく話をする私に少女はおろおろしていたけれど、


「――――!」


 何か決意したみたいな顔をして早口で喋ると、私の袖の上の方を摘んで軽く引っ張って、反対の手で人々が走っていく方向を指差した。


(一緒に避難してくれるみたいだぜ)


 まあ。この人の中で私がどういう認識になったか知らないけど助かる。

 ゆっくり走って先導してくれる薄緑さんを追いかけていくと、もっと前にいる人たちが大きな建物の中に入っていくのが見えた。薄緑さんと私もその中に駆け込んだ。

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