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141 おとなしく

 テレビに視線を戻すと、少年少女とその仕事仲間たちが食事を始めていた。チャンネルを変えると真面目な顔をして喋るおじさんが映った。ワイドショーの雰囲気。


(ところで主、寒くないか? エアコン点けてもいいんじゃねえ?)


 寒いか寒くないかで言えば寒い。

 テレビという娯楽を許可されているくらいだからエアコンの使用は当然許されるはずだ。

 テレビのリモコンからエアコンのリモコンに持ち替える。一番上に書かれている会社名であろうものは、


(高い、木?)

(合ってる。後ろのはオレもわからん。が、さっきのカーテンとか地球の企業とか参考にするに業種ってところか? あー……電工って訳したらいいか)

(全部訳したら高木電工?)

(そういうことにしようぜ)


 エアコン本体を見る。会社名の下に、それより少し大きくおしゃれな字体で何か書かれている。


(晴れ丘……もしかしてどっかいい感じの地名を商品名にしたか)


 赤い電源ボタンを押すとリモコンに数字が表示された。温度の単位はアンレール国で一般的に使われるものと同じだ。

 鞄を置いて上着を背もたれにかけて椅子に座る。机の上にあるものがいい匂いを漂わせている……。


(敵にもらった食べ物なんてあんまり気が進まないだろうけど、補給は大事だぜ)

(はーい)


 テレビを見ながら食べることにする。

 お盆の上にあるのは、大きなどんぶりに入った黄色い料理と、浅いお皿に載せられた大きなコッペパンっぽいものと、スプーン。黄色いのはたぶんシチュー的なもの。


(……多いな?)


 アズさんに答える前にスプーンをどんぶりに入れてみた。見た目どおりの深さがあった。


(すごく多いです)

(さては軍人と同じ量か)

(そうかもしれません)


 きっと盛った人が十代女子が食べる分ということを考慮しないで(知らないで)食堂にいる人たちと同じようにしたか、ユートさんみたいに私がどうなのかわからなくてとりあえずたくさん盛るかしたんだろう。

 とりあえず黄色いのを食べてみる。かぼちゃの味だ。かぼちゃが主役のシチューだ。見た目から予想できる味。普通においしい。

 さて三チャンネルの番組内容はというと。これは……電車の話? あ、違う、開かずの踏切の話っぽい。何らかの地名が出たけれどどこの国かはわからなかった。この話題はまだまだ続くようだから別のチャンネルにする。

 どこかの市街地が映った。字幕が出ていて、画面外で人が喋っている。


(運転手が応急処置。小学生は大事には至らず)


 アズさんがそれだけ教えてくれたところで画面が切り替わって山間部の車道が映った。車高の低い車が壊れている。あ、左ハンドル。画面内に他の車が無いものだからこの車がこの場所においてどういうものかはわからない。


(峠で滑って事故。運転手軽傷)

(やっぱりニュースですか!)

(ああ。でも、県内って書いてある)


 全国じゃないのか。でも見ていたら何か役立つ情報を得られるかも。

 十五分くらい見たところ、ここは「セトラエカ県」といって、海無し県であることが判明した。そのまま見続けていたらニュースではなく県内で最近行われていることの特集となった。来年の春の終わりまでにロープウェイなどの設備をすっかり整えるのだという話で、


(これからは外国からの観光客のことも考えてメトエル語やコヒア語なども案内板に書くって)


 ここがメトエル語を使うフメタリナ帝国でないことが確かになった。そして棒グラフが表示されて、それは三ヶ月ごとの海外からの旅行客数を示すものだった。棒の大半を占める青い部分がリグゼ語圏からの客の数で、オレンジの部分がメトエル語圏、それより少し小さい緑色がコヒアという国が属する地域、その他の国々はピンク色で全体の一割くらい。一番古いデータは一昨年の七月から九月のもので、その三ヶ月はたった二千人しか来ていない。その期間と次の期間の短い棒の上に矢印と文章が追加で表示された。


(九月一日、観光を目的とした海外からの団体旅行客の入国が可能に。十月一日、入国を個人客にも認可。――ここやっぱレゼラレムだ!)


 レゼラレム王国におけるデータと、それを「この国(現在地)」のものとして扱うナレーションが合わさって、ここがレゼラレム王国であることが確定した。

 そっかあ、ここレゼラレムかあ。

 家上くんのひいおじいさんとその従者たちの故郷。駒岡さんがしばらく暮らしていた場所。元ラデセネール王国。家上くんの前世であるユートさんの故郷。島国。家上くんの遠い親戚でまだ十代の女王が治める国。魔術に秀でた国。長年すっかり閉じていて、世界大戦の後に開国して、でも一昨年まで海外からの観光客を許さなかった国。魔獣のことで怪しまれている国。ひょっとしたら家上くんが将来住むかもしれない所。

 ……困る。とても困る。出入国の難易度がかなり高い……!

 うう……くじけて泣きそう……いやいや、くじけるにはまだ早い。早すぎる。

 とりあえず引き続きテレビを見てもっと情報を得よう。

 特集の後は天気予報だった。セトラエカ県はあっちもこっちも雪だるまがいる。一部の雪だるまは三段で、それは大雪を示している。


(どこだろうな、ここ)

(どこでしょうね)


 地名がいくつも表示されるけれど私はどれを参考にしたらいいのやら。

 結局ここが県内のどの辺りかは不明なまま番組が終わった。

 そしてCMの時間になった。きっと他も同じだろうと思ってチャンネルはそのままにする。どれも宣伝したいものがちゃんと示されるからアズさんに教えてもらわなくてもわかった。

 食器用洗剤のCMが終わると、重厚感のある音楽と共になんか中華を感じる映像が流れ出した。すぐにタイトルロゴと思われる全く読めないものが大きく出されて、画面の下部に控えめに読める文字列が表示された。


(ベレトナの、リットネツ? リットネツって何だ?)

(ベレトナ? っていうのはわかるんですか?)

(星の名前。青白くて目立つやつ)

(地球で言うなら、シリウスの何か、みたいな?)

(たぶん)


 これはオープニング映像なのではないかと思うけれどずいぶん文字が少ない。これを作った国ではこういうスタイルが主流なんだろうか。文字が表示される時は全然知らないものと読めるものが同時に出る。元の映像に含まれる文字列を翻訳したものを付け加えて出しているように見える。

 オープニングが終わって、本編が始まって人が喋ると字幕が表示された。誰かの家と思われる建物の前に人が集まって楽しそうにしている。


(どっかの時代劇ってことでよさそうだな)


 場面が切り替わった。ここは山……という程ではないか、丘か。


(綺麗な所ですねー)

(なー。こいつら花見だってよ)


 桜みたいな雰囲気の黄色い花の木の下で登場人物たちがござを敷いてその上に布を敷いた。そして陶器っぽい縦長の容器が四つ置かれた。中身はお酒かな?

 緑色の髪の男性が「リットネツ」と言うと、かごの前で屈んでいた水色の髪の男性が振り向いた。あ、オープニングで目立ってた人だ。


(人の名前みたいですね、リットネツ)

(原作者やら監督やらの名前の雰囲気からして間違いなさそうだな)


 疑問が解消されたから私はチャンネルを変えた。これは最初に見たチャンネルで、まだサスペンスの時間だった。次。

 とても綺麗な女性が運転する車(右ハンドル)が現代の街中を走っていく。なんか洋画みたいな雰囲気だなあ。人が喋り出すとアズさんが「口と声が合ってないから吹き替えだな」と言った。

 さらにチャンネルを変えた後、この部屋の戸が叩かれた。何かと思えばまた灰色の人が顔を見せた。


「〈ご飯食べた?〉」


 私が頷くと灰色の人が部屋に入ってきた。食器の回収に来たとのことなので私は彼女にお盆を手渡した。

 お皿の上のものはどうなったかというと結構残してしまった。パンなんて三分の二残っている。


「〈多かったね〉」

「〈はい〉」


 食事の量について確認すると灰色の人は部屋を出ていった。

 そうだ、立ったついでにお風呂場とお手洗いを調べよう。あ、そういえばクローゼットもまだ見てないや。

 まずクローゼットを開けたらハンガーと膝掛けと思しき布があった。

 次はお風呂場。何かのボトル二つを見てみた。書かれている文字はとても少なかった。何らかの商品をおしゃれなボトルに詰め替えてあるのかもしれない。それぞれシャンプーとリンスであるのはわかった。

 そしてお手洗い。機器の操作方法はリグゼ語で書かれているけれど会社のロゴマークや商品名と思われるものは読めなかった。棚があることに気付いて戸を開けてみたら、トイレットペーパーと、かごに詰められた薄いピンクの包みの厚いものと薄い紫の包みの薄いものがあった。……親切だ。ここはホテルなんだろうか。

 洗面所を見たら未開封の歯ブラシが置かれていてホテルの可能性が少し高まった。ちょうどいいや、使わせてもらおう。


☆★☆


 七チャンネルは西部劇みたいな雰囲気の外国のドラマだった。

 八でこの国の首都の位置とセトラエカ県からそう遠くないことがわかった。

 九は通販。

 十にしてみたら、地域の小さなテレビ局が制作した感がめちゃくちゃ漂う番組の放送中だった。それでここがセトラエカ県のどの辺りなのかわかった。今日大雪の地域ではない。

 現在地の範囲をかなり狭められたし天気の情報も手に入ったわけだけど……。

 窓の外を見ると雪が降っていた。

 テレビの中では私から見ると古い絵柄で描かれた赤いゼリーのキャラクターが踊ってぷるんぷるんしだした。

 逃げたいなあ。もし今、窓から外に出たらどこまで行けるかな。どこでどう見張られてるんだろう。この建物周辺はどうなってるんだろう。


(……おとなしくしてるしかないんでしょうか)

(……逃げて捕まった時のことを考えるとオレは怖い。陥りかねない事態の危険度に対して成功する見込みが薄すぎる)


 逃げるのに失敗したら……痛めつけられるのかな。痛いだけで済むかな。


(悔しいけど、ここにいよう。その方が安全だ)

(そうします……)


 はぁ。溜め息をつかずにはいられない。


(なあ、気分転換を兼ねて記録用にあれこれ写真撮るのはどうだ?)


 私はアズさんの案を採用して、テレビをちらちら見ながら二十分くらいかけて部屋の中や庭、建物の壁などの写真を携帯で撮った。

 その後はまたテレビを見るのに集中した。そのうちに空が暗くなってきて、あちこちの局が夕方のニュースを流し始めた。

 国内のニュースの一つに「ビート・イルスミラ氏(八十八歳)死去」というのがあって、私がはてなんか引っかかるなと思っていたら、細かいことを覚えているアズさんが、


(こいつ、王家と関係の深い家系のやつだな?)


 と言った。

 イルスミラ氏の若い頃の写真が出た。緑色の髪だ。

 そういえばユートさんが家上くんと一緒にいる人たちのことを教えてくれた時にこんな名前が出てきたような。駒岡さんのご先祖様のトーカノラさんならちゃんと覚えている。士村さんのおうちのは聞いたら思い出せる気がする。


(三年の、常磐誠司さんのご親戚ってことですよね)

(そうそう)


 アズさんとあれこれ話しながらひたすらニュースを見ていたらすっかり夜になって、アナウンサーが「こんばんは」と挨拶して始まるニュース番組の時間になってそれも見ていたところまたまた部屋の戸が叩かれた。

 今度は知らない女性(といっても三つめの黒い道から出てくるのを見た人ではある)がやってきた。紫色の髪のその人は、食事とどこかのお店の買い物袋を持ってきた。彼女は私の前で少し申し訳なさそうな顔をして小声で「おとなしくしてれば大丈夫だからね」と言うと去っていった。

 袋の中を確認すると、新品の下着が入っていた。


「なんとまあ」

(誰の考えなんだか)


 おとなしくしている限りはある程度の快適さをくれるということなんだろうか。

 夕飯は知らない物体入りの野菜たっぷりスープと、お昼のパンがホットドッグになったものだった。誰が作ったんだろうこれ。


(何でしょう、このピンクの)


 透明感のある謎のピンクの食材をスプーンでつついてみる。元からそんなに堅いものではなさそうな感じ。


(わからん)


 アズさんにもわからないその食べ物だけすくって食べてみた。知らない食感じゃなかった。


(冬瓜っぽいです)

(ほー。変なものじゃなくてよかったな)

(はい)


 知らないものもおいしく食べられたし量も普通だったから今度は出されたものを完食した。

 食べ終えてからはぽーっとニュースを見た。自動車がスリップして事故発生で通行止めからの渋滞も発生というニュース以外は夕方にも見たものばかりだった。

 八時台は各チャンネルを一通り確認した後、音楽番組を見て過ごした。この国で今一番売れているという歌手は女性で、その人はふりふりのかわいい系の衣装でかっこいい系の曲を歌った。


(なあ主。もういつもならお風呂の時間だけどどうするんだ?)

(入ります。着替え貰ったことですし)


 お母さんとお父さん今どうしてるかな……。

 きっと家に私がいないことは組織の人がごまかしてくれているんだろう。


☆★☆


 お風呂に入って、自分だけじゃなくて着ていた下着も洗った。私の入浴中アズさんは一旦寝ていた。

 ドライヤーで髪を乾かしながらチェスっぽくて将棋っぽい遊びの番組を見た。それでアズさんが昔のことを思い出した。


(これで王子にボコボコにされた。セラルードが。他のやつらも)


 アズさんの言う「他のやつら」というのはセラルードさんの仕事仲間、要するに騎士たちのことのはずだ。


(大変頭のいい先輩さんもですか?)

(あー、あの人は、違ったな。王子とよくやってて、勝ったり負けたりしてた。長引くから何日かに分けてやってた)


 私はドライヤーを片付けた後、眠くないし寝るのがなんか嫌でまだテレビを見ていることにした。宇宙を取り扱った番組があったからそれを見た。今日が雪の日でなかったら紹介された天体のいくつかを眺めることができたのに。

 宇宙の番組も終わって、さすがにもう遅いからテレビを消した。エアコンも消した。部屋がとても静かになった。電気も消すと途端に心細さが体中に広がっていくように感じられた。布団を頭までかぶることにした。


(アズさんが一緒でよかったです。一人だったらきっと怖くて怖くて不安で不安でどうしようもなくなってます)

(そう思ってもらえて嬉しいよ)

(昔話聞かせてください。なるべく古い順に)

(わかった)


 アズさんはいつものように昔話をしてくれた。それで私は不安な気持ちを抑えて眠ることができた。

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