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「――――」


 茶髪の青年が首を傾げて、


「――――――」


 元金髪の青年が何か伝えた。


「――――――――」

(主が無反応だったもんだから通じてるかどうかの話してる)


 アズさんが戦うだけじゃなくて言葉の面でも私を助けてくれていることまではわかっていないようだ。


(尋問とかされても面倒だし、簡単な言葉しかわからないってことにするのはどうだ?)

(そうしちゃいましょう。通訳無しなら本当のことですし)


 青年二人はどれだけ私に言葉が通じるか試すことにしたらしい。


「〈右手を上げて〉」


 まず茶髪の青年が言った。これには従った。


「――」


 今度は元金髪の青年。わからないので何もしない。


「――」


 再び茶髪。何かしてと言われたっぽいけど何だろう。


(さっきは『拳を作れ』で、今のは『グーにして』って感じ)


 レベルを下げてみたらしい。

 「これもだめか」みたいなことを思っていそうな顔をした茶髪に元金髪が何か言った。


「――――――――――」

「――」

(幼児語は逆にわからないかもって話をしてる)


 そのとおりだ。例えばリグゼ語の「足」を知っているけれど「あんよ」は知らない。


「〈あなたの名前を教えてください〉」


 え、やだな。


(未来、でいっちまうのもありか?)


 よしそうしよう。この人たちが私の本名を知る必要なんてないはずだし。良い名前をありがとう、みことさんとことみさん。


「〈深崎未来、です〉」


 お母さんの旧姓をくっつけてみた。


「ふかざ……み?」

「……ふかざき?」


 茶髪は間違えて元金髪は合っていた。


「〈はい〉」

「――――?」


 茶髪に名前について何か聞かれた。姓名の「名」についてということしか聞き取れなくて、でもわかりそうな気がしたからもう一回と要求したら茶髪がまた言った。それでちゃんとわかったわけではないけど推測はできた。たぶん彼は「ふかざきみらい」はどこで区切られるものでどの部分が名前なのか確認したいのだと思う。


「〈未来が名前です〉」

「〈みらい、ちゃん?〉」

「〈はい〉」


 私が頷くと茶髪が「ふーん」みたいな語を発した。変な名前だとでも思ったのかもしれない。


「――――?」


 元金髪が質問してきた。


(ちょっと荒っぽい二人称使った。あっちで主に呼びかけた時とは違うやつ。教科書の後ろの方に出てくる)


 へー。と思いつつ質問内容はわからないので首を傾けておいた。


「――」


 また元金髪が喋った。言い方からしてたぶん命令だった。あとリグゼ語じゃなさそうな感じがした。

 この後全然わからない言葉を連発された。

 リグゼ語でなければ全く言葉が通じないと結論を出して、青年二人は私に話しかけるのをやめた。

 よっこいしょ的なかけ声と共に茶髪が立ち上がった。

 ずっと壁際にいて静かにしていた制服姿の二人に元金髪が何か言った。指示を出したように聞こえた。


「〈行くよ。立って〉」


 灰色の人にかなり優しく言われた。


(こいつ、主のこと被害者って認識が強くなったか?)


 私がアズさんの話を聞きながら立つと灰色の人はこれまた優しく手を握ってきた。


(ろくな説明が無いまま未成年捕まえさせられたってだけでもだめなのに、言葉がろくに通じないってのもわかったから、迷惑男二人が悪人に見えててもおかしくないと思うんだよな)


 なるほど?

 黄緑色の人をちらりと見たらなんだかそわそわしていた。この人も私の言葉の通じなさやら何やらで「これやばいんじゃ?」の考えが強くなって落ち着かないのかもしれない。

 元金髪が先頭に立って部屋の外に出た。

 人が横に三人は並べる廊下だ。出てきた部屋を含めて扉が三箇所にある。

 突き当たりにある格子窓の外は曇りの昼間に見える。枯れ木が等間隔で生えていて、その後ろに赤茶色の塀がある。

 元金髪が扉の一つを開けた。

 扉の先は少し華やかになった廊下だった。例えば壁は一面クリーム色だったのが色が少し濃くなって白で模様の入ったものになったし、板張りの足下は色が明るくなった。

 扉を出てすぐの部屋の前で茶髪が何か言って元金髪が軽く返事をして、茶髪がいなくなった。


(あとよろしくって)

(もう休みたいんでしょうね)

(そうだろうな)


 彼はまだまだ不調らしく足取りが怪しかった。私を捕まえるためにああなったのだし、ざまあみろとでも思っておこう。

 ……お?


(いい匂いがします。食べ物の匂いです)

(ほう。さっきのやつらが食べてんのか?)


 廊下の両側にある戸は基本閉まっていたけれど、進んでいくと一箇所引き戸の部屋があって中が見えた。そこには黒い半球から出てきた人たちの一部がいて、いい匂いはここから漂ってきていた。少ししか見られなかったけれどおしゃれな食堂だった。

 さらに進むと広い所に出た。左には階段と通路があって、右には大きな扉がある。玄関っぽい。私たちは階段を上がるでもなく外に出るわけではなく、広い空間を横切った。そしてまた廊下を進む。

 私をどうする気だろう。銃で撃ってこなかったあたり殺したいわけではないというのは本当のようだけど。となるとやっぱり監禁といったところだろうか。困る。

 ある戸の前で元金髪が立ち止まった。戸に取り付けられたプレートに「○○の部屋」と彫られている。


(何の部屋ですか?)

(オレもわからん。花の名前っぽい雰囲気だ)


 花か。旅館の部屋が番号になってるんじゃなくて植物の名前になってるみたいな感じのやつ?

 なんかおしゃれな気配のする名前の部屋の戸を元金髪が開けて私に顔を向けた。


「〈入れ〉」


 言われたとおりに中に入る。他の人たちは入ってこない。

 元金髪が長めに何か言った。最初の「ここにいろ」との指示だけわかった。


(通じるかわからないけど言っておく。おとなしくしてるなら自由にしてていい。テレビでも見てろ。……ってことをわりと優しめに言った)


 ということはここにテレビがあるんだ。

 荷物を没収しようとしない。携帯電話も通信機も役に立たないからなんだろう。

 ドアが閉まった。鍵がかけられた様子はない。っていうか内側から鍵かけられるっぽい。

 とりあえず部屋を見回す。出入り口とは別に二つ戸があったから開けてみたらお風呂とお手洗いだった。室内にあるのは机と椅子、テレビとそれを乗せた台、置き時計、ベッド、クローゼット、あとエアコン。これで小さい冷蔵庫があったらホテルだ。

 ん? 壁……いや隣の部屋から物音がする。


(魔力の干渉が始まった。たぶん隣からだ)

(強さはどれくらいですか?)

(結構強い。あっちでくらったやつ程じゃないけど)

(困りますね……)

(ほんとにな……。でもまあ主にはなんてことないんだ。気を取り直してここ調べようぜ)

(そうですね)


 まずは置き時計から調べる。動いていて、一時十四分だと示している。私の腕時計と約一時間違う。

 日本国とアンレール国の時差は五分。怪しい二国のうちアンレール国に近いのはレゼラレム王国。時差は大きくないはず。

 窓辺に寄って外を見てみると大きな庭があった。


「わあ」


 広々とした芝生があって、それが等間隔で植えられた木々に囲まれていて、空間の中心部に円形の花壇がある。曇っているし冬だから寂しい風景だけれど大きいものだからそれだけで感心する。芝生の先に生け垣があってそのさらに向こうに門がある。


(ずいぶん立派です)

(そうだな。金持ちっていうか、偉いやつが家主か?)


 偉い人か。


(……やっぱりここ、レゼラレム王国ってことでしょうか)

(二択ならそうだな。フメタリナの屋敷は長い廊下を作らないとかなんとか聞いたことがある気がする。あ、そうだ、フメタリナって確か淡い色が好きなんだ。皇帝の居城の客室が桃色でかわいいって話。今はどうなってるんだか知らないけど)


 この部屋の壁紙は淡い緑色をしているけれど別にかわいくはない。カーテンに至っては色が濃い。地味だけど庭の広さからして高級品なんだろうか、このカーテン。触り心地はホームセンターで買った私の部屋のカーテンと大差ない……はっ、閃いた。

 カーテンの端を下から見ていって、上部にタグが付いているのを見つけた。意味はわからないけど読める字が書かれている。


(レゼラレム製だ。ミセミア織物工房、ってとこが作ったみたいだな。あと素材と手入れの仕方が描いてある)


 ここがレゼラレム王国である可能性がぐっと高くなった。レースのカーテンも確認してみると同じ所で作られたものだった。

 外に向かって開く窓を開けてこの建物の外壁を見てみる。オレンジ強めの明るい色の煉瓦だ。


(アンレールの偉い人の趣味じゃないですよね)


 アンレール王国の身分の高い人は煉瓦は赤系を選んだらしい。


(ああ。この色ならファルメミアの偉い人が好きそう)


 頭の上に屋根がある。横を見るに二階のベランダ兼この部屋の庇らしい。


(すんごい金持ちの屋敷にもそれっぽくしたホテルにも思えるな)

(そうですよね)


 ……っていうか。

 窓から身を乗り出せるどころか外に出られる……まあ出て走ったところですぐに捕まるからこうも自由でいられるんだろうな。

 一旦窓を閉める。鍵はかけない。

 次はテレビを見てみる。ランプの一つも点いていない。本体から延びている黒いコードが何にも繋がっていない。コードの先端に四角い銀色の板が二枚付いている。……リグゼ語の教科書で見たような。


(これセテアさんが持ってた気がします)

(ああ。もうちょっと教科書進んだところに延長コードを花子に見せる場面がある)

(じゃあ普通に考えたらこれ電源コードですよね)

(そうだな)


 テレビ台のそばの壁に四つの穴がある。私が普段使うコンセントを横向きにした感じだ。見たところ上下の区別はなさそう。プラグを穴に差し込んでみるとテレビの右下の隅にある小さなランプがオレンジ色に点灯した。

 リモコンを手に取る。一番下に謎の文字……もしかしてシェーデさんのカメラに書かれていた文字の仲間かな? とにかくアズさんにも読めない文字列が書かれていて、テレビ本体にも同じロゴがある。きっと会社名なんだろうな。

 各ボタンのそばに書かれた文字を読むに、左向きの三角が音量を下げるボタンで右向きは音量を上げる。そして上下の三角は……チャンネルを一つずつ変えるボタンなんだろうけど……。


(この世界のテレビを生み出した国の言葉で「流す道」。要は「チャンネル」って書いてあるみたいなもんだ)

(へええ)


 緑色をした電源ボタンを押すと、無事電源が入った。

 画面に映ったのはリグゼ語で話しながらどこかの街を歩く二、三十代と思しき男女二人。ドラマっぽい。番組内容が見られるボタンは……無いようだ。


(サスペンスだな)


 サスペンスかあ……なんか男性がルポライターに見えてきた。


(これレゼラレムじゃねえな。こいつらリフィネンってとこにいるっぽいんだけど、アドセナって国の首都のはずだ)


 おっと、ここがレゼラレム王国ではない可能性が少し増した。チャンネルを変えよう。

 リモコンの一のボタンを押すとチャンネルが変わって、タイミングよく山の映像と共に字幕と地図が出た。


(コットモノレ、メガノア、マノコト(やま)。全然知らん。地名の意味全くわからん)


 マノコト山という所に済む大きめのリスの特集らしい。リグゼ語で制作されたテレビ番組でリグゼ語を話す人には謎の地名ということは、この山はリグゼ語圏の国ではない――この番組を見る人にとっては外国ということだろうから、国名から紹介したのかな。

 二のボタンを押してチャンネルを変えたら、今度は西洋な雰囲気の昔っぽい街と昔っぽい洋服の若い男女と馬車が映った。二人とも年は十代半ばといったところ。少女が馬車のそばで少年とリグゼ語で話しながら厚着になっていく。


(あー、これあれだな。冷凍車。今はさすがに自動車になってるだろうな。荷台に人が乗って、中を魔術でずっと冷して行くんだ)

(へえ! さっすが魔術がある世界です!)

(時代劇っぽいな、これ)


 興味深かったけれど走行中の様子はドラマ的に不要な部分らしく、少女は荷台に乗り込んだ後は別の街で降りるまで映らなかった。


(服といい街並みといいこれアンレールじゃないか?)


 なんと。

 とても気になるけれど時代劇ではここがどこかの判断材料にはならない。今はチャンネルを変えて他でもだめだったら戻ってこようと思ってリモコンのボタンを押そうとした時、部屋の戸が叩かれる音がした。何だと思って出入り口の方を見ると戸が開いて、灰色の人が「ご飯だよ」と言って、お盆を持った黄緑色の人が部屋に入ってきた。

 灰色の人は入り口に立ったままこちらをじっと見ている。

 相変わらずそわそわしている黄緑色の人は机にお盆を置くと、


「〈あなたはどこの人ですか?〉」


 と小声で聞いてきた。


「えっと……」


 事情を知らない人に別の世界のことは伏せる決まりになっているし、この人は迷惑な組織の迷惑な人の指示に従う人、つまり敵。そう考えると何も言うべきじゃない。でもこの人は推定臨時の迷惑な人。誰かに命令されて嫌々迷惑な人たちと一緒にいるのだとしたら、何も教えられずに謎の道を通って謎の街に行かされたというのはかなり不憫だ。

 少し迷っていたらまたまたアズさんが案を出してくれた。


(ここは嘘じゃないけど正確とも言えない『ティルの外』でどうだ)


 それだ!


「〈ティルの、外、です〉」


 私の返事に黄緑色の人は困った顔をしてもごもごと何か言った。


(信じられないけどそう考えるとしっくりくる、って)


 シンプルにこの星の外だと思ったのか別の受け取り方をしたのか知らないけどしっくりきたなら何より。


「〈―――――ごめん〉」


 なんか謝られた。


(訳わかんないとこに落としてごめんって言ったぞこいつ!)

(やっぱりこの人だったんですね!)


 黄緑色の人は早歩きで去っていく。

 むう……。


(オレ刀だから積極的に暴力的なこと言う。命令されてやったことだとしても、一発引っ叩くくらい許される)


 攻撃的な感情を持ったことで、思ったことがアズさんにいつもより細かく伝わったっぽい。

 黄緑色の人は私を捕まえることに乗り気ではなかったという可能性があるし、自分がやったことを黙っていることだってできたのに謝ってくれた、でもだからといって無条件で受け入れてすっきりするのは難しい。そんな私の心をアズさんは理解して、武器だからとわざわざ肯定してくれた。

 じゃあ私はあえて方針を言葉にしておこう。


(次何か嫌なことされたら何かやります)

(そっか)


 部屋の戸が閉められた。

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