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138 逃げる

『わかった?』

「は、はいっ」


 通信機越しでも圧を感じて頷くほかなかった。


『自分たちまでだめにする気合いの入れようからして追跡されるのはほぼ確実だから、気を付けて』

「はい……」


 正直不安だ。ここはこの空間の中心から約五百メートルの位置。つまり端までは約四キロ。私の行く道が知られてしまったら、どれだけ離れていれば逃げきれるだろうか。


『大丈夫、いけるはずだよ』


 私に自信がないのが声で伝わったのか、立石さんが励ましてくれた。


『樋本さん、今、普通でしょう? 歩き回った疲れはあっても、体に力が入らないとか気持ち悪いとかないでしょう?』

「はい、普通です」

『程度の差はあれキミ以外みんな病気みたいな状態なんだ。ずっと魔力に干渉されるのが続いてて、金髪君だって拳銃持ってるの大変そうになってきてる。干渉が止まってもすぐには元通りにはならないよ。ろくな手助けができなくて申し訳ないけど、頑張って』

「……わかりました」


 体調に全く問題が無いのが私だけなら、立石さんの言うようにいけるかもしれない。

 逃げる方向を立石さんと話してから通信を終わらせて、フィルカさんに具合を尋ねた。


「フィルカさん、歩けますか?」

「歩けるよ。でもゆかりさんの邪魔になる。一人で行って。わたしの心配しないで」

「はい……それでは、行きます」

「うん。頑張って」


 ジャンパーのフードを一応かぶる。

 事務所を出て、廊下を走って、階段をできるだけ早く下りて、建物の外に出てからは全速力で。案の定フードが早々に風で脱げた。

 あまり進まないうちに減速することになった。まっすぐ走っていったら前方に黄緑色の髪の人を発見したからだ。魔獣退治の組織の制服姿で、普通に歩いているように見える。何あの人。


(アズさん、出られますか?)

(無理)

(じゃああの人、何だと思います?)

(とりあえずめちゃくちゃ干渉に強いやつってことは確か。進んでる方向はおかしい)


 黄緑色の人が角を曲がったので私はその角まで行って様子を窺った。


(魔獣探してるみたいな感じだな……。ああして動けるなら、人間相手には弱くてもみんながいるとこに呼ばれてるか、主の手助けをするよう言われて連絡寄越してくるはずだ)

(偽物ってことでしょうか)

(そう、あ、待て。偽だけど本物かもしれん。主が知ってるやつらと所属が違うってことがありえる)


 そうか、その可能性があるのか。


(フメタリナ帝国から来た人かもってことですね)

(そうそう)


 とにかく立石さんに連絡だ。制服を着ていて髪の毛が黄緑色の人が普通に歩いていることを伝えると彼は慌てた。


『ちょっと待って、あ、いや、待たなくてその人は無視して見つからないよう進んで。すぐ連絡するから』


 指示に従って予定どおりに走っていくと、また歩いている人を見つけた。今度の人は焦げ茶色の髪で私服姿で剣を持っている。一見私みたいなただの人に見えるけれど、そんな人が今一人でここにいるのはおかしい。

 私は焦げ茶の人に気付かれる前に近くの路地に飛び込んだ。通り抜けて広めの道に出て、元の道で進もうと思っていた方向へとにかく走っていると通信機が鳴った。立石さんからだ。全速力がきつくなってきた私は早歩きに切り替えながら応答ボタンを押した。


『向こうの人に確認したら、樋本さんが言った特徴に当てはまる人はいないって。だから敵だと考えて』


 魔獣退治の人として本物か偽物かはわからないけれど私たちの味方としては偽物で確定だ。


「わかりました。あの、他にも怪しい人いました。ぱっと見は私みたいな人です」

『いたかあ。ずいぶん樋本さんを重視してるね。困るね』

「はい……」

(ほんとにな!)

『たぶんもっといる。広いこの中のほぼ真ん中で戦いになったのも、樋本さんに逃げられにくくするためかも』


 通信機越しに銃声が聞こえた。


(主がいないことに気付かれたかもしれない)


 まだろくに離れられていないのに!


『今のは気にしないで。大丈夫だから。とにかく脱出して』


 立石さんは早口でそう言うと通信を切った。言い方からしてアネアさんが撃ったんじゃないっぽい感じで嫌な想像をせずにはいられない。


(嫌なことは後だ! どうやったら出られるかに集中する!)


 アズさんに怒られた。


「はいっ」


 早歩きから走りに戻す。

 曲がり角から人が出てきた。灰色の髪で魔獣退治の制服姿の女性。目が合ってしまった。私は少し戻って別の角を曲がって、すぐそこの美容院に飛び込んで裏口から出て狭い道を走って車がギリギリすれ違えるくらいの道に出てとにかく走って走って太めの道に出た。あ、さっきの道だ。ちょうどそこにあった古っぽい服屋に隠れて息を整える。

 ああ苦しい。暑い。ここどこ。どれだけ走った?


(とりあえず危機は脱したってことでいいでしょうか!)

(たぶん。よくやった!)

(なんとかなるなんて。何でなんとかなったんでしょう?)

(歩いてはいたけど不調だったか、何よりも連絡を優先したら見失ったってところか? あいつら主の外見知らないし、方向絞り込めば追うのだいぶ楽になるし、まず情報共有しようってことにでもなってるかもしれん)


 あ……顔知られちゃったし大体の位置把握されちゃったわけか……。


(急がないでこそこそ動くのが正解だったんでしょうか)

(そうすると出るまでにめちゃくちゃ時間かかるからそれはそれで良くないと思うぞ)


 呼吸が落ち着いてきた。そろそろ移動を再開しよう。


(主、悪い報告がある。魔力に干渉しようとしてるやつがわりと近くにいる)

(それってアズさんにどれぐらい悪い影響がありますか?)

(せっかく治りかけてきたところをまた悪くさせられた)

(じゃあみんながくらったやつは止まったか範囲から外れた感じなんですね。近くってどの辺ですか?)

(方向しかわからん。この店の正面の方。さすがに向かいの店にいるわけじゃないと思う)

(一応別の出口から出ますか……)


 店の奥に行ってみると住居に続いていて、その家の玄関から私は外に出た。

 ひたすら端を目指していると、


「――!」


 後ろから男性のものであろう低い声が聞こえて振り返ったら、通り過ぎたばかりの十字路に金というよりは黄色い髪の人がいて、その人が走り出すところだった。うわわわわ!


(今のたぶんリグゼ語じゃない!)


 じゃあフメタリナ帝国で使われている言葉かな!?

 とにかく走る。建物の入り口を開ける余裕がない。


「――!」


 走るのに必死になっていたけれど「待て!」と言っていそうな声を投げかけられたものだから気付いた。引き離せていないのは当然だけれど何十秒も走ってまだ捕まらない。若者ではなさそうとはいえ向こうの世界の男性にしては相当遅い!


(ひょっとしてあいつ魔力無いのか? 魔力が無いやつとか干渉に強いやつをかき集めたか)


 私をどうにかするためにそこまでするかー!


「このーっ!」

「あがっ!」


 明らかに黄色の不審者に何かがあったから後ろを見た。谷川くんが雪かき用のスコップ(アルミ製)で不審者を殴っていた。

 黄色の人は魔力の有無はともかく強い人ではないのは確かなようで頭を抱えて地面の上で丸まった。


「あそこの自転車使ってください!」


 谷川くんが指差した先にはスタンドで立っているだけの自転車があった。谷川くんがどこからか乗ってきたのかもしれない。


「助かります!」


 自転車で車道を突っ走る。

 前方に交差点があって、右の角が空き地なものだから横の道に人がいるのがわかった。赤みの強いオレンジ色の頭。向こうも私に気付いた。

 あわーっ、なんか飛ばしてきた!

 一発目はまっすぐ走ることで普通に回避できた。二発目は自転車の進行を遮るように飛ぶものだったからブレーキをかけて止まるしかなかった。直後の三発目で後輪をパンクさせられた。


「ああっ」

(オレまだ出られねえのに!)


 あの人ガッツポーズしてるよやだムカつくー!

 早く逃げなきゃ。でももうフラフラ。きつい。

 自転車から離れる。すぐ横を何かがビュンと通り過ぎていった。たぶんさっきと同じ攻撃だ。普通に魔術を使える人にすぐ追いつかれてしまうのは明白だから障害物を利用してなんとかすることしか思いつかなくてそばにあったコンビニに逃げ込もうとしたけれど、脚に何か当たってバランスを崩して歩道で転んでしまった。

 何なんだと振り向いたらオレンジの人が少し慌てた顔をしながら近付いてきていた。当てるつもりはなかったとかそういうのか。それにしてもやっぱり速い。私は立ち上がったけど、もう。

 目の前に迫った人に突然ピンク色のものが勢いよくかかった。


「わぷっ!?」

(消火器だ!)

「今のうちに!」


 ちかさんがやってくれたことだった。


「ありがとうございます!」


 彼女のおかげで私はオレンジの人の視界から逃れることができて、また建物に入って少し休憩した。


(攻撃されたとこ、大丈夫か?)

(ちょっと硬めのものが当たったって程度ですね。アズさんは何か影響ないですか?)

(あの攻撃からのものは何も無い。あと、もう少し離れられれば回復が始まると思う)

(そうなんですね)


 助けてもらったのだし、頑張らなきゃ。

 隠れていた建物から出て、今度は車がすれ違うのに苦労しそうな道を走る。

 頑張りたい。でもあまり速度を出せない。しかも困ったことにまた建物の陰から人が……って、黒髪でなんか知っている人の雰囲気。


「後ろに追っ手がいます!」


 そんなあ!

 今の声は安藤さんだ。彼がこちらに向かって走り出した。体調が良くないのか少しふらついている。

 私は苦しいけれどそれでも速度を上げた。後ろが気になるけれど遅くなるから見ない。

 背中に何か軽い物が当たった感触がした。何だろう、命中率はいいけど威力が高くないタイプの攻撃かな。そうだったらいいな!


「黒いのが!」


 ひどく慌てた様子で安藤さんが私に手を伸ばした。そこへ何かが横からドッジボールの玉みたいに飛んできて、それが体に当たった彼はうずくまった。

 その直後、私の足下が黒くなった。


「わっ!?」

(道の入り口だ!)


 ひーっ!

 さっきの感触は強引な手段の道を作り出すあの黒い玉だったようだ。後ろの迷惑な人があれを投げて私のすぐ近くに道を作ったんだろう。

 固い地面が無い。沈む。

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