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136 ここでは

 オレンジくんたちが店を出たので私も出た。


「おう、なんか初めて見るやつがいるな」


 アズさんが中学生たちに声をかけると二人は「はじめまして」と礼儀正しく挨拶をした。いつも戦っている高校生たちと違って外部の人への拒絶をあまり感じさせない態度だ。正体を隠して活動することに慣れていないからだろうか。二人の性格によるものっぽい感じもする。

 少し離れた所にいた黄色士村さんが歩いてくると、アズさんが彼女にお礼を言った。


「お嬢さん、手伝ってくれてありがとな」

「どういたしまして」


 黄色士村さんはそれだけ言うと年下二人を連れて去っていった。彼女も別に礼儀を失しているとかツンとしているわけではないけれど学校でのふんわりした感じを思うと黄色い時はぶっきらぼうと言ってしまってもいいかもしれない。


「主、これ」


 アズさんから虎魔獣の核を渡された。

 お? これまで拾ってきたものに比べて重いかも。

 私は手袋を片方取って核に触ってみた。


「なんか造りがしっかりした感じがしますね」


 他の魔獣の核はビー玉みたいと思わせる見た目で実際はあっさり壊れるものだけれど、この核は本当のビー玉と混ぜて遊んでもしばらくは持ちそう。


「そうだよな。こういうのはオレにとっても珍しいし久しぶりだ。昔の迷惑野郎が作ったやつが三個、自然にできたんだか何だかわからんやつが二個、だったかな」

「迷惑な人たちが張り切ってるってことかもしれないですね……」

「今日広いしな。それにしては用意が足りないとも思うけど、小規模な連中だからこれが限界って可能性も十分あるよなあ」


 悪いことをしているから隠れないといけなくて物資とか人材とか増やしにくい、ということはありそう。

 核を入れた瓶の蓋をしめていると通信機が鳴った。今度はことみさんからの通信だ。


『白虎みたいなのいなくなりました?』

「はい。アズさんと仮面の黄色い人がかっこよくやっつけました」

『やっぱり! 危ないのが消えたのでわかりました』

「あれが確かに危ないのだったんですね。よかったです、違うのじゃなくて。二人は今どうしてるんですか?」

『車で移動中です。外に出て本部で待機することになりました』


 よかった。厄介なものを避けられる彼女たちが微妙な強さの魔獣にも対処できる人と合流したなら安全度はかなり高まったということだ。

 通信を終えて、私とアズさんは侵入者探しに戻った。

 とりあえず香野姉妹の家方面に行ってみる。住宅街を歩いていたら「モー」と低い鳴き声が聞こえてきて、曲がり角の先を覗いたら、


「お、なかなかのデカさだな」

「うわっ」


 すごく大きいのがいたものだから私は思わずアズさんの服を掴んだ。

 形はキリン。色はくすんだオレンジ。以前に写真で見たマンモスもどきより大きい。マンションの三階のベランダと同じ高さに角がある。香野姉妹の自宅付近にいたものが移動してきたのだろうか。


「なるほど、レベル百十……」

「その辺の感覚よく知らないけど、キリンって考えると百を超えてる感はあるな」


 キリンもどきは緑美男子先輩に攻撃されていて、彼を蹴ろうとしているのか繰り返し脚を前後に動かしている。


「刺さってるけど浅いな。強いのをガツンとやった方がいいだろうな」


 アズさんの言葉で私は以前に新崎さんと美世子さんが言っていた魔獣のことを思い出した。矢が十本刺さってても動き回っていた、強力なものを一本作って貫通させるべきだった、とかいうやつ。

 緑美男子先輩もアズさんと同じことを考えたらしい。彼は魔獣から距離を取ると住宅の塀に飛び乗って、そこで力を溜めて(槍が強い光を纏ったからわかった)魔獣を刺しにいった。槍が深々と刺さって、それで魔獣は倒れた。

 魔獣の核を拾った緑美男子先輩を見送った後、私たちは道を曲がらずに進んでいって、赤紫色の大きな魔獣が歩いているのを発見した。高さは立派な角も含めて二メートルくらい。形は鹿っぽい……なんとなくトナカイって感じがする。こちらに気付かず十字路を左から右へ横切っていく。

 私たちは十字路まで走って、魔獣が向かった方向を見てみた。複数のトナカイもどきが歩いていた。五匹いるっぽい。

 アズさんの指示で私は角を曲がって二軒目の家の生け垣の陰に隠れた。

 トナカイもどきが結構な跳躍をしてアズさんに襲いかかったりアズさんに角を斬り飛ばされたり体をスッパリ斬られたりするのを見ていたら、上から降ってきて魔獣の背中に直撃したものがあった。人だ。魔獣退治の組織の制服を着て毛糸の帽子をかぶってマフラーを巻いてブーツを履いて手にグローブをはめている。あ、メイさんだ!

 メイさんは、最後に残った魔獣を斬ったアズさんに「お久しぶりー!」とにこにこ笑顔で言って「おう、久しぶり」と返されて、それから私の方を向いて「おはよー!」と元気よく言った。

 私は生け垣の陰から出てメイさんに挨拶して、今日来ている人たちについて聞いてみた。

 メイさんによると来ているのは、魔術を切り裂く練習に参加または練習を見物する人たちと、侵入者が多いとかこの空間が広い場合にすぐ駆けつける係になっていた人たちなのだそう。ちなみにメイさんは駆けつける役目についているし、アズさんを見物する予定だった。


「せっかくのチャンス潰されるの嫌だから、不届き者退治頑張るよ!」


 速やかに侵入者を退治しないと練習の時間がなくなってしまうのと、練習を魔術で手伝う予定の人がここで疲労してしまうことを懸念して、メイさんは自分が特別頑張るつもりのようだ。

 情報交換が済むとメイさんはまたビューンと飛んでいった。


「やっぱすげえな、あれ」

「あれ、かなり寒いんじゃないでしょうか」

「あー、そうだろうな。指ぬきグローブだったのが指ありになってたしな」


 侵入者探しを再開する。

 住所的に香野家はこの辺りという所を歩いていると今度は大きな鳥の魔獣が四匹飛んできた。私は近くにあった家の車の陰に避難して、アズさんが刀を構えた時、魔獣の一匹に白っぽい銀色の何かが下の方から当たって胴体が二つになった。残る三匹はそのままアズさんに突撃した。

 砂利を踏む音が聞こえて、音のした方を見てみれば銀髪家上くんがいた。彼も私に気付いて、何を思ったか近寄ってきた。


「大丈夫ですか?」


 魔獣の近くに雑魚がいたからシンプルに心配してくれたらしい。やっぱり優しいなあ。素敵! 好き!

 私はフードを引っ張って深くかぶりつつ頷いた。

 魔獣の「キイイイィィ!」という甲高い鳴き声が辺りに響いた。うぅ、耳に悪い。銀髪家上くんもきつかったようで彼は「うっ」とダメージを受けてそうな感じの声を出した。

 顔を見られにくくするために伏せたのと、フードの上から耳に手を当てた動作で私が魔獣を怖がっているように見えたのか、銀髪家上くんが「もう片付きますよ」と優しく声をかけてくれた。そしてその言葉のとおりすぐに戦いの音がやんだ。

 銀髪家上くんがさらに近付いてきたかと思えば「晶と変わった」と言ったから私は顔を上げた。ユートさんが屈んだ。


「君がもういるとは。たまたまいたのか?」

「はい。組織の用事で来てました」

「そちらの組織は今日は人が多いな。何人増やした?」

「常駐する人は四人増えただけです。あとは何かあったらすぐ来るっていう役目の人と、臨時で来ることになった人です。今日は、えっと、特別な訓練が予定されてて、向こうでの仕事は休みだけど戦うつもりの人が集まってたんです」


 アズさんが魔獣の核を拾ってきた。ユートさんと目が合うなり「一匹落としたのお前か?」と聞いた。


「正確には晶だ」

「オレたちのことには気付いてたのか?」

「魔獣の様子からして近くに人がいるとは思っていた」


 私は広げたハンカチに核を置いてもらって、小瓶をポケットから出した。


「あっ、そういえば、アズさんが士村さんと一緒に強い魔獣倒して、なんかしっかりした感じの核ゲットしたんです」


 瓶の中身を全部出して、虎魔獣の核を手に載せてユートさんに見せた。


「魔獣は光ってました」

「これは……とても良いものだから、逆に受け取れない」


 これそんなにいいのなんだ、へえ。


「きみの刀に使うといい」


 ユートさんの提案をアズさんが即拒否した。


「魔獣の魔力なんざお断りだ」

「なぜ――ああ、昔のものがあれだったからか? これは汚くないどころか高品質だぞ」

「それでもだ」

「そうか。まあ用途はともかく、これは大事に持ち帰るといい。報酬が出るんだろう? 結構な額になるんじゃないか。光っていたならかなり強い魔獣だったはずだ。それを倒した苦労に見合うものを受け取るべきだ」


 そういうことか。良いものというだけでなく、強い魔獣を倒した証明でもあるからユートさんは遠慮してるんだ。

 でも私はこれを受け取ってほしい。


「いいものなら家上くんに使ってほしいです。これが家上くんのものになって、家上くんが喜んだり笑ったり元気でいてくれたりしたらそれが私にとってすごい報酬になって、私が喜んだらアズさんも嬉しいんです。その剣に使えるの、相当限られてますよね。せっかくの機会を逃すの良くないと思います。これは家上くんにあげます。ユートさんが勝手に遠慮しないでください」


 強めに言ったらユートさんは折れてくれた。


「……わかった。貰おう。他のものはしまってくれ」

「主は遠慮するなって言ったぞ」

「遠慮じゃない。他まで持っていると怪しまれるからだ。君たちが持っていったはずのとびきりのものを晶が持っていたらおかしいから、交換を希望して受けてもらったことにする。持っている数を少なめにしておかないと晶らしからぬ不平等すぎる交換をしたと思われてしまう」

「ならしょうがねえか」


 重い核一個と普通の重さの核七個で交換になった。七個のうち五個が元から私との交換用にユートさんが家上くんに拾わせておいたもので、二個は家上くんの剣に使える質のものから追加で選んだものらしい。

 私が小瓶に核を入れ直している間、アズさんが前回の侵入者についてユートさんに尋ねた。迷惑な人たちが早く帰った理由は家上くんたちにもわからないとのことだった。

 アズさんとの話と私の片付けが終わると、ユートさんは二学期最後の放課後の話を始めた。


「それにしても先日の君のあれはすごかったな。よくまあ教室でああも大胆なことができたな」

「たくさん褒めようと思ってたのにできなかったからやっておかないとって思って……」

「それでか。効果の程だが、恐らく君が思っていたのとは別の効果が強く出た。君に『かっこいい』と言われるとわりと効くようだ。君が晶に『かわいい』と言われると嬉しいように」

「それって……」

「またやってみてほしい。だがもう人前でやるのは良くないだろうな。君はあのような言動を気軽にしそうにない人、という晶の認識が効果を高めたから、またやると君が普通に言えることだと晶が解釈してあまり刺さらなくなりそうだ」


 二人きりになって「かっこいい」と伝える……難易度高い。他人がいない状況を作り出すなんてどうすれば……はっ、人前で言うとだめというのは、他人に聞かれるのがだめということであって……今考えることじゃないや。家に帰ってからで。

 魔獣の核と情報の交換がすっかり済んで、私たちはユートさんと別れた。

 数分後、香野家を見つけた。そこから少し歩くと魔獣と人が戦ったであろう形跡があった。ある家は生け垣が抉れていて、別の家は植木鉢が倒れていて、それとはまた別の家は柿の木が折れていた。


「ここにいた魔獣があのキリンだとしたら、あんまり強くないやつが頑張って退治したんだろうな。荒れてる範囲が広いし」


 アズさんは誰かの家の車を指差した。フロントガラスが割れているし座席も破損している。


「あれとか、魔獣が何かしたんじゃなくて人の攻撃が当たったんじゃねえかな」

「言われてみれば、家上くんの先輩とあの魔獣の周りはここまでにはなってませんでしたね」


 武器の違いがあるはずだから、力の差が周囲の被害状況に出たと単純に考えることはできないけれど。ここにいたであろう人と同じ武器を持つ新崎さんがキリンもどきと戦ったらたぶん何かが壊れる家は少なくなると思う。

 ここで戦っていた人はきっと香野姉妹のために頑張ったんだろうな。魔獣の核は拾えたかな。

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