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135 大きくて強そうで

 土曜日に私は出かけた。アズさんの魔術を斬る練習のためだ。

 アズさんは昨日の時点で六十八センチになっている。とてもよく伸びる期間はどうやら終わったようだけれどまだ成長期のうちではあるらしい。私でたとえれば小学生から中学生になったところ。ぐんぐん伸びるわけではないけれどしばらくしてから見ると確かに大きくなっている感じ。

 駅の階段を降りている時、足を持ち上げられる感じがしてバランスを崩した。


「ひゃ……っ」


 とっさに手すりを強く握って事なきを得たのと人のアズさんが出てきて支えようとしてくれたのはほぼ同時だった。


「危なかったな」

「はい……びっくりしましたぁ……」


 私は踊り場まで降りてから探索の支度をした。通信機の電源を入れて誰がいるか見てみればこの空間ができてすぐだというのにずらずらと名前が表示された。香野姉妹の名前もある。


「さすが年末……としてもなんか多いような」

「広いのかもな」


 階段を降りきった私たちはとりあえず組織の本部方面へ行くことにした。

 空が曇っている。天気予報ではこの街は今日雪が降る。あんまり寒くないから雨かもしれない。

 そう歩かないうちに通信機が鳴った。みことさんからの通信だ。


『先輩今どこですか?』


 聞こえてきた声は小さめだった。私が通信機の音量を下げているわけじゃない。


「駅の近くです」

『やっぱそうですよね。駅の方に危ないのがいる感じがするので、気を付けてください。それはそれとして、わたしとことみは家にいるんですけど、外におっきいのが三匹いて怖いです。助けてほしいです』


 それは大変!

 アズさんが魔獣について尋ねる。


「大きいのってどんなやつだ?」

『キリンレベル百十、みたいなやつです』


 今喋ったのはことみさん?


『動物のキリンの世界一より絶対大きいです』


 アズさんは次に香野姉妹の家の場所と行き方を聞いた。到着までに時間がかかってしまうけれど、今この空間の中にいる人の強さを考えるとアズさんが行くのがいいはずだ。


「なるべく早く行きます」

『ありがとうございます。あ、でも、そっちにいるやつの方が危なくて怖い感じするので、わたしたちのことより、自分の安全確保優先してくださいね』


 すぐ近くにいる巨大なものより怖いと感じる遠くのものって、一体何がいるんだろう。

 通信の後、私たちは走った。

 でもすぐに止まることになった。横断しようとした線路に魔獣がたむろしていたからだ。

 くすんだ緑色。四足歩行。首は長め。ふさふさの毛。


「アルパ……ラマ?」

「何が違うんだ?」

「アルパカはもこもこしてて毛を取る用らしいです。ラマは荷運びとかもできる感じの体です。ラマの方が大きくて耳が長いです」

「なるほどな。あれはどっちかといえばラマだな。じゃ片付けてくる」


 アズさんが魔獣の群れに近付いていくと向こうもアズさんに気が付いて「ンガー!」とか「ンビー!」みたいな鳴き声を上げながらアズさんに殺到した。

 いつものように斬ったり刺したり蹴ったり踏んだりして魔獣を次々と倒すアズさんを見守った後、一緒に魔獣の核を拾ったり割ったりしていると総長から全員に向けての通信が来た。


『今日のこの複製空間は直径九キロあります』

「ええー……」

「そりゃ広いな。迷惑なやつらが張り切ってんのか?」


 この通信機では真ん中にいても端の人と連絡が取れない。


『あちらの世界から多くの人が来てくれますので、地元の人は道案内をお願いします』

「今日の練習のために集まった人たちでしょうか」

「そうだろうな」


 人が多いなら広くても早く終わるかなあ。でも迷惑な組織が張り切っているからこその広さかもしれないと考えると……。

 魔獣の核の片付けを終えて、私たちはまた走った。五百メートルも進まないうちに今度は魔獣の鳴き声が聞こえてきた。交差点で止まって魔獣のいる方向を見てみたら青い涼木さんが馬みたいな魔獣の群れと戦っていた。余裕そうだったから私たちは香野姉妹を優先した。

 ラーメン屋とか眼鏡屋とかの店舗が並ぶ道をまっすぐ進む。安全確認のためにとある横道を見た時、アズさんがさっと建物の陰に身を引っ込めた。


「いた」


 アズさんが小声でそう言ったので私は慎重にそーっと曲がり角の先を見てみた。シンプルに強そうなのがいた。どういうものかというと、灰色の大きな虎。体の高さは三メートルはある。家電量販店とその向かいのレストランの駐車場間をうろついている。


「なんかうっすら光ってるような」

「相当な魔力がこもってる。普通の魔獣が普通の生き物だとしたら、あれは魔力を持ってる生き物だ。セラルードが退治したやつみたいな」

「うんと強いやつじゃないですか」

「ああ。まあさすがに騎士がよその街に何人も派遣されるようなやつではないだろうけどな。ともかく、あの子たちの感知に引っかかってるのはたぶんあれだ。見つけた以上は監視しときたいやつだから偉いやつに相談してくれるか」

「わかりました」


 というわけで立石さんに事情を話したところ、車で移動できる森さんが香野姉妹の救出をして、アズさんが虎の魔獣退治をすることになった。

 アズさんは魔獣と戦いに向かって、私は近くにあったケーキ屋の建物に避難した。ガラスの多い場所は避けて厨房にいることに決めて、厨房と店部分を仕切る戸を開けっ放しにして厨房から少しは外の様子が見えるようにしてみた。でも今はアズさんと魔獣は店の前にいない。

 香野姉妹に予定変更の連絡をしようと通信できる人の一覧を見たら人名の他に数字がずらずらと表示された。数字は所有者未登録の通信機の管理番号だ。向こうの世界から急遽来てくれた人たちが持っている端末だろう。

 香野姉妹の名前を見つけるまでに何度もボタンを押した。彼女たちには感知に引っかかっているであろう魔獣を発見したことや、それを倒すつもりであること、二人の元には森さんが向かうことを伝えた。


『強いの、どんなですか?』

「大きい虎です。灰色ですけど、白虎的な」

『中ボスとかエリアボス的な?』

『龍と一緒に描かれてる感じのやつです?』

「そんな感じです」

『うひゃー』


 今のは二人の声が重なっていた。


『先輩、気を付けてくださいね』

「はい。そっちの魔獣はどうしてますか?」

『なんか、いたりいなかったりします』

『見分けがつかないのでよくわかんないですけど』

『どっか行ってそれっきりってのと、近所グルグルしてるのとに分かれたんじゃないかなって感じです』

『あっ』

『効いてな……あっち行くっぽいね』


 二人の家の外で何かあったようだ。


『今ですね、魔獣になんか、たぶんちかさんの矢だと思うんですけど、当たって、魔獣が家から離れてきます』


 ちかさんというとピンクの髪の、武器が弓の人だ。香野姉妹から魔獣を遠ざけるために攻撃して自分が狙われるようにしたんだろう。

 不意に窓ガラスが大きく割れて店内に何か飛び込んできた。


「わっ」


 カウンターの角に直撃した黄色の物体はドサリと床に落ちた。ショーケースには当たっていないからケーキは無事。


『すごい音しましたけど大丈夫ですか!?』

「なんともありません」


 カウンターの陰で飛び込んできたものがゴソゴソと音をたてている。動いてはいるけれど相当なダメージで場所の移動はできないといったところだろうか。


『何が起きたんですか?』

「何か飛んできました。ちょっと待ってください」


 私はそっとカウンターに近付いて、店を壊したものを見てみた。鷹みたいな魔獣がビクンビクンしていた。羽が大きく損傷していて飛べそうにない。

 確認を済ませたので厨房の入り口に戻る。


「虎のとは違う魔獣が飛んできてガラス破ってカウンターに激突しました。たぶん自滅です」

『あー、たまにある、速すぎて突っ込んじゃうやつですね』

「それです」


 私は無事で心配は無用であることを伝えて通信を切り上げた。

 魔獣にとどめを刺すのに使えるものを探してみようと厨房内に視線を移した時、来店客を知らせるチャイムが鳴った。

 店内に入ってきたのは仮面を付けた人だった。でも知っている人ではなくて、男子で髪の毛がオレンジ色で杖を握っている。知らない人だけど存在に心当たりはある。たぶん美女先輩の弟さん。

 その人は私に気付くと驚いたのかちょっとびくっとしていたけれど、私が何者か心当たりがあったようで、


「あっ、あっ、もしかして避難してたところっ、ごごご、ごめんなさい! この黄色いのがすっ飛んでっちゃって! 怪我はありませんか?」


 と、慌てた様子で謝ったり状況を確認したりしてきた。

 そんな彼のすぐそばでバサバサと魔獣が一際大きく動いた。


「あ、あ、すぐ、片付けます!」


 オレンジくんは魔力の光をまとわせた杖で魔獣を突いた。


「これでもう大丈夫です!」

「ありがとうございます」


 私は厨房から出て、オレンジくんに頭を下げた。


「えっ、あ、どういたしまして……って、今、しゃべっ」


 驚かれてしまったけれど言って当然のお礼を言っただけだからたとえ彼が家上くんのお兄さんのように聡くても私が喋らない理由を当てることは難しいだろう。

 自動ドアが開いて来店のチャイムが鳴って、また知らない仮面の人が店に入ってきた。槍を握った茶髪の女子だ。オレンジくん同様に以前からたまに目撃されている人。ユートさんの話によると士村さんのいとこ。


「さっきのちゃんと……あ」


 茶髪さんは私に気付くとその場で足を止めた。そんな彼女にオレンジくんが状況を話す。


「あ、えっとね、この人がここに避難してて、そこにさっきのが突っ込んできちゃったんだ」

「そうなんだ……。あの、ごめんなさい。私のせいでもあります……」


 また謝られてしまった。私は両手を体の前で振ってなんてことはないと示した。

 その直後、かなり近い所から咆哮が聞こえてきた。その迫力に私はビビったし、オレンジくんは「ひうっ」と短い悲鳴を上げて、茶髪さんは縮こまった。

 仮面の二人が外を見る。


「うわヤバ」

「あの人やっぱりすごいね……」


 二人から見える位置にアズさんと虎魔獣がいるようだ。

 店の前を何かがビュンと通り過ぎていってまた魔獣が叫んだ。


「今の、先輩の」


 オレンジくんが呟いた。

 今度は店の前に人が走ってきた。黄色士村さんだ。さっき飛んでいったものは彼女の攻撃だったようだ。彼女は窓ガラスの割れたケーキ屋と中学生二人に気が付くと店の中に入ってきた。


「二人とも、怪我は……あら」


 私がいることにも気が付いた。

 店内を見回して状況を理解したらしい黄色士村さんは、


「魔力の無いの人のことを守るんですよ」


 と年下の二人に言いつけて店を出ていった。

 戦いの音が近付いてくると仮面の二人が窓から離れて武器を握り直した。

 店の前に姿を現した虎魔獣ときたらただ歩いていた時よりしっかり光っていた。

 ファンタジーなモンスター感の増している魔獣だけれどもうかなり消耗してるんじゃないかと思う。あれが生き物だったら今頃はきっとあちこちから血をダラダラ流している。それだけアズさんに切られている。見た目より固くて刃が通りにくいから今も耐えているんじゃないだろうか。


「ガアアアアアアアアア!」


 魔獣が恐ろしい咆哮を上げてアズさんに襲いかかって、アズさんはひらりとかわしてまた魔獣を切りつけた。

 魔獣の後ろ脚に何かが直撃して爆発した。それが痛かったからか、痛くされたことに怒ったのか、魔獣がまたまた吼えた。今度は弱っちい私でも「怖い」より「うるさい」の気持ちが勝った。


「ほんとうるせえやつだな!」


 怒鳴り返したアズさんは跳躍して魔獣の背中に着地して刀を突き刺した。ぶっすりといった。


「うわあ!」

「おおー」


 仮面の二人が感嘆の声を上げた。

 アズさんが魔獣から離れる。魔獣の体全体の光が弱くなっていく。

 ばったりと倒れた魔獣は光を失うと形が崩れて泥の山のようになった。

 危ないのがいなくなって、私も仮面の二人も安堵した。

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