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134 この機会に

 金曜日。

 放課後、私ははるちゃんと一緒に学校を出た。

 駅が近付いてきて店舗が多くなってくるとはるちゃんが周囲を見回した。


「クリスマスだねえ」

「そうだねえ」


 お店はドアに飾りを付けていたり、窓をデコっていたり、中にツリーがあるのが見えたり、電飾をピカピカさせていたり、ケーキを売る気満々だったりする。街が浮かれている感じがする。


「こんな雰囲気の中でデートってどんな感じなんだろうね」

「そりゃもうすっごいと思うよ。外国の行事なのに日本全国の人が特別視してて、クリスマスだからデートするってバイト休もうとする人とか、クリスマスなのに恋人いないって嘆いちゃう人とかいるんだから」


 私としてはあちこちでハートを見るバレンタインの方がすごそうだと思っているけれど、それはそれとしてクリスマスの特別感は魅力的。


「来年はできるといいね。デートしてる暇ないかもしれないけど、一緒に歩くくらいはさ」

「うん」

「……ねえ、ふと思ったんだけど」


 急にはるちゃんの声がとても静かなものになった。


「ゆかりんがあの人とお付き合いするようになったら、私たち一緒に帰るのかな」

「……私があの人と帰るから?」

「うん」

「その日の気分によると思うよ。はるちゃんと帰りたい日もあればあの人と帰りたい日もあって、両方と帰りたい日もあると思う。はるちゃんは彼氏ができたら私と帰ってくれない?」

「その日の気分によるかな」

「そうでしょ」


 お昼休みの過ごし方だって同じだ。


「でもさ、あの人がいつも二人で帰りたいって言ったら?」

「困っちゃうなあ。あ、でも、あの人はここまで来ないでしょ。うまくやればはるちゃんとも帰れるよ」

「そういえばそうだ」


 はるちゃんはにこっとした。


「はるちゃんも、もしお付き合いする人が独占欲強めでも、私と帰る方法考えてよね」

「もちろんさ!」


 はるちゃんが力強く頷いてくれたから私も嬉しくなって笑った。


☆★☆


 土日を使って年賀状を作成した。文字を書くのには万年筆を使用した。家上くん宛てのはがきに差出人である私の名前を書こうとした時、手が震えた。もしかしたら家上くんはこれで気付いてしまうのではと怖くなったから。


(大丈夫、大丈夫。見覚えあっても確認はしないだろうからさ)


 アズさんに励ましてもらって、落ち着きを取り戻してから字を書いた。書き終えた途端にアズさんが「綺麗に書けたな!」と言ったので私もそう思うことにした。

 バレンタインの時のような「やっぱだめ」という心理状態にならないように年賀状はすぐ投函した。


☆★☆


 休み明けに登校したら、教室の前で家上くんと同学年の美少女三人と会った。彼らは全員本を持っている。朝から図書館に行ってきたようだ。彼らが図書館を利用する場合放課後のことが多いから今日は珍しい行動をしている。


「樋本さん、おはよう」


 家上くんだけでなく美少女たちにも挨拶された。涼木さんからは気さくな感じに、駒岡さんからは義理っぽく、士村さんからは丁寧に。私は普通に、他の同学年の人たちにするのと変わりない挨拶を返した。

 家上くんは文庫本四冊、駒岡さんは文庫本二冊、涼木さんは大きくて厚みのある本二冊。自分の教室に直行する士村さんは、四六判の本をたくさん、ってあれは……私たちが小学生の時にアニメやってたやつ! 表紙が派手めな本だから近付かなくてもタイトルがわかった。シリーズ全巻抱えているということも。どういう内容の本かといえば小学校高学年から中学生くらい向け(男児寄り)の冒険ファンタジー。高校の図書館にあるのはたぶん卒業生の誰かが寄贈したから。士村さんはあれに自分から興味を示したんだろうか。彼女の好みって何なんだろう。家上くんたちとの会話を聞いているとどうも冒険するタイプの物語には疎いし関心もあまり無い感じで、それが敵と戦いながら進むゲームであるなら遊んだ経験が全然無さそう。でも士村さんが今抱えている本はしっかり冒険してしっかり敵と戦う話。有名な作品ではあるけれど、普段そのジャンルに興味を示さない人が「話題になってる(なってた)から読んでみるか」になる程ではない。だから士村さんがあれを借りたのは意外。これまで触れたことのないものに挑戦するにあたって背表紙が目立つ本を選んでみたとか? そうでないなら家上くんが……家上くんは女子にあれを勧めない気がするな……ゲームで冒険したことのある涼木さんが勧めたのかな。あ、児童文学に強くて図書委員な戸田くんかも。

 一緒に教室に入りながら家上くんが私に本の表紙を見せてきた。全四巻のファンタジー作品の第一巻。私たちが園児の頃に出た本だ。


「樋本さんはこれ読んだことある?」

「うん。面白かったよ、大事なシーンに作者もイラストレーターも編集者も学校の授業聞いてなさそうな突っ込みどころあったけど」

「え、何だそれ気になる。俺もそれ気付くかな」

「すぐ気付くよ」


 イラストレーターもということはそう、その場面は絵になっている。

 ひょっこり後ろから現れた米山くんが家上くんが借りた本を覗き込んだ。


「あー、これ。あれな、気になる人は気になるやつだと思うんだよなー。現代……ネタバレになるから黙っとこ」

「よっぽどのうっかりをしたんだな」


 席に着いた家上くんは本をしまったのだけれど第一巻は残した。さっそく読むようだ。

 私が自分の机にリュックを降ろしたところでアズさんが「なあなあ、オレは?」と聞いてきた。


(オレは突っ込みどころに気付くか?)

(アズさんも気付きます。それに私の持ち物ってこともあってすごく気になっちゃうかもしれないですね)

(どんな場面なんだ?)

(高校生が自分の左胸にある心臓をブスッとするんです。ドクンドクンしてる所を刺してるわけですから当たってはいるんでしょうけど、ど真ん中狙いならそこ刺さないでしょって感じです。挿し絵があるんですけど胸の大きい子なので左なのが際立ってます)

(そりゃ先生の話聞いてないし黒板も教科書も見てねえな! その高校生がちょっとお馬鹿なんじゃなくてそれが正しいって扱いなんだな?)

(そうなんです)

(確かにオレも気にしちまうな。たぶんあの本作るのに関わったやつ今頃は結構な年だぜ。昔のドラマであったよ、心臓が右にあるから助かったってやつ)


 へえ、そんなことが。


(あいつも気になるかもな。よりにもよって絵があるんじゃあな。主がこれから読む人に教えるくらいの突っ込みどころとして記憶に残ったのも、あっちの坊主が主が何のこと言ってるかすぐ特定したのも、たぶん絵があってのことじゃないか?)

(そうかもしれないですね。強烈です、あれは)


 それはそれとして面白い小説だから邪魔が入ることなく読めるといいなあ。


☆★☆


 次の日。朝、教室に入ったら、


「樋本さーん」


 いきなり家上くんに呼ばれた。

 今日の家上くんは駒岡さんの机の横にいる。涼木さんと士村さんと共に駒岡さんを囲んでいる。

 私は彼らに近付いていってまず挨拶した。


「おはよう」

「おはよう。樋本さん、これ知ってる?」


 家上くんが駒岡さんが持つ文庫本の角度をちょっと変えさせて私に表紙が見えるようにした。図書館の本だ。


「うん」


 一応ノンフィクション。昔活発だった産業に関わっていた人たちの話。


「ずいぶん渋いの読んでるね」


 士村さんだけでなく駒岡さんも意外なものを借りていた。イメージ的には逆だ。


「土曜日にたまたまテレビで映画を見たのよ。そしたら、ついでに原作を読みましょうってカリンに図書館に連行されたわ、昨日」


 それで朝図書館に行ったんだ。昨日駒岡さんは二冊持っていたから続編も一緒に借りたんだろう。そしてついでに他の三人も本を借りたと。


(今くらいの時期の話が有名だもんな、これ)

「こういうのに興味あるんだ」

「興味あるっていうか……ただ教科書読むより記憶に残るかと思ったの」


 はうっ、この学校に転入するための猛勉強をやり遂げた人だということを見せつけられた気がする……! っていうか映像見て教科書に載ってることに関連してるって気付いた時点で学習したことが身についてるよ。詳しいことを忘れてしまっても、何年にあったか覚える必要のある出来事と違ってそこまで困らないから十分だ。

 私は家上くんに呼ばれた理由を尋ねる。


「これがどうしたの?」

「これに書かれてないことも知ってそうだなって思って」


 確かにすぐ近くでのことだから中学の社会の先生が長めに喋ったことだし、その時に映画を少し見るということもあったけれど……。

 これはユートさんの計らいかな? もう冬休みになるから、多少強引でも会話の機会をって。でもこの本を読んだ上で勉強の一環になるような知識はない……せめて助けになれそうなことを言っておこう。


「知ってる話はあるにはあるけど、この本のまさに舞台に住んでる人に聞いた方がいいと思うよ。授業で見学とか行ってると思うし。それと、この辺の人も同じことしてたはずだから、実際に働いてた人から何か話聞いてる人、身近にいるかもよ?」

「そういえば」


 涼木さんが顎に指をあてて言う。


「ひいおばあちゃんがやってたっておばあちゃんが言ってたような」


 それを聞いた駒岡さんが、


「そうよね、わざわざ険しい山の向こうで人集める前に近くで集めるわよね」


 と気付いたことを言うと士村さんが微笑みを浮かべてうんうんと頷いた。駒岡さんに勉強を教えている時にたまに見られる満足そうな仕草だ。


「樋本さんもやっぱり、ひいおばあさん辺りの人がそうだった?」


 家上くんに尋ねられて私は「うん」と頷いた。そしてせっかくの機会だしやっぱり話してみようかなという気分になった。


「この本に書いてあるような話あるけど、聞く?」

「聞きたい」

「ひいおばあちゃんのお姉さんの話なんだけど……」


 私は昔のかわいそうな話をした。

 聞きたいと言った家上くんだけでなく女子三人も私が話すことを、私でさえ姿を見たことのない人に起きたことに対して怒ったり悲しんだりするくらいには興味関心を持って聞いていた。それは私にとってとても不思議な気持ちになることだった。


☆★☆


 今年最後の登校日。

 終業式やら清掃やらも終わって下校の時間を迎えた。

 家上くんに年の瀬の挨拶をしてから帰るのはもちろんのこと、今日までにあまりできなかったことをしようと思う。それが何かというと、褒めること。ユートさんにも勧められたことなのにろくに言えていない。

 持ち帰るべきものを全て持ったことを確認した私は、家上くんの様子を見た。帰り支度は済んでいるようだけれど椅子に座ってスマホを見ながら友人たちと喋っている。


(主? 何かするのか?)

(年末なので、あんまりやれなかったことするんです)


 きっとびっくりされる。たぶん結構な人数から「あいつ何してるんだ」みたいなこと思われる。でもやる。

 私は決心して自分の席を離れた。


「家上くん」


 呼びかけると彼は顔を上げて私を見た。


「二学期、喋ってくれてありがとう」


 大事なお礼はちゃんと言えた。


「それと、あの……」


 緊張で鞄の持ち手を掴む力が強くなる。


「こっ、ことし、今年も家上くんかっこよかったです」


 うう、言えたけどだいぶ早口になっちゃった。


「ふぁっ!?」


 家上くんは面白い声を出して口を開けたまま固まった。

「んな……」

「は……」

「すげ……」

「えっ、えっ?」


 駒岡さんに涼木さん、百瀬くんや米山くんたちも私の行動に驚いている。


「それじゃあ」


 今年最後の挨拶をしようとしたら混乱中の家上くんに遮られた。


「は、えっ、待って、急に何!?」

「言いたかったの! それじゃあ良いお年を!」


 今度こそ言ったら顔の赤い家上くんが慌てて立ち上がった。


「あの、ありがとう! 良いお年を!」


 その言葉で私は笑顔になれた。

 言いたかったことが言えて、悪くない反応を貰って、気分がいい。

 私はこれまた目を丸くして立っているはるちゃんの上着の袖を摘んだ。


「帰ろー」

「ああ、うん」


 はるちゃんと教室を出る。


「ねえゆかりん。修学旅行の効果、継続中なの?」

「というよりは年末背水の陣パワーかな」


 廊下をちょっと進んだところで、


「ゆかりーっ」


 後ろから葵さんが突撃してきた。


「さっきの何、すごい! びっくりした!」


 ちょっと遅れて真紀さんも来て「大胆なことしたねー」と言った。


「デートに誘うことに比べたらすんなり行けたよ」

「そういえば、誘えたの?」

「うん。それでお断りされちゃった」


 私の答えに葵さんと真紀さんはかなり驚いたようだった。


「えっ、まじ?」

「えーっ!」


 大きな声を出して廊下にいる人たちからの注目を集めてしまった真紀さんが慌てたように口に手をあてた。


「っていうかいつの間に?」

「修学旅行三日目に」

「は!? 全然そんな素振りなかったじゃん!」


 今度は葵さんが大きな声を出した。


「なんかあったら一緒に動揺しそうな春代も普通だったし」

「親友の秘密は守るとも!」


 はるちゃんは胸を張って答えた。


「まあ絶望的なことが起きたわけじゃないんだよね。ゆかりん機嫌良くしてて、断られたって聞いて私もびっくりした」

「振られたわけじゃないからね」


 今はデートできないと言われただけということと、年賀状のことを私が伝えると、


「なんじゃそりゃあ」


 まず葵さんが困惑した様子を見せて、


「振ったって思ってたら年賀状送るなんて言い出さないよねー」


 真紀さんが自分の考えを言って、それに葵さんが頷いた。


「ますますあいつ謎のやつになったな……」

「うーん……実はいろいろ面倒事のある、格式あってお堅い家の人だとか? 花梨さんはそんなようにも見えるよね。まあご近所さんによるとちょっとお金持ちで礼儀正しいだけらしいけど」

「晶も普通の家の子だと思うけど……まあ普通でも何か事情を抱えてるってことはあるか……」


 実はひいおじいさんが別の世界の王子様だったんだって。その人、何もなければ王様になるはずだったんだって。家上くんは元王子様の長子の長子の子だから王子様的ポジションにいるんだって!

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