132 探す
歩きながら自己紹介をし合う。ついでに前田さんの経験についても教えてもらった。
前田さんはこの街に住む人で、この街にある高校の三年生。侵入者に迷惑をかけられるのは十一年ぶりで二度目。前回も下校中で、ちょっと前に友達と「また明日ー」して一人で歩いているところだった。運の良いことにすぐ空間の端にたどり着いたし、自宅は巻き込まれていなかった。よくわからない体験をした前田さんは家に帰ってランドセルを下ろしてリュックを背負ってお母さんに「遊びにいってくるね」と言ってさっきのは何だったのかと確かめに戻った。無人の街の探検を始めてすぐに変な生き物を見た。形はペンギンっぽかったけれど色が変だし小学生から見ると大きくて怖かったのでそのペンギンもどきに見つからないようにその場を離れて空間の端に戻った。そうして何かあったら即外に出られるようになるべく膜に沿って探検することにした。しばしうろちょろしていたら「ねえ!」と呼びかける声が聞こえて、振り向いたら頭が水色で武器を持った人がいた。その人と話してみたら同級生のお母さんだと判明した。
「その人と一緒に外に出て、何が起きているのか説明してもらいました。私の保護者にも事情を説明するってことで、私がお母さんを家に呼びにいって、消えるところを見せようとしたら、外から見える位置に小さめのヘラジカみたいな魔獣がいたんです。それで水色の人がペンダントをお母さんに持たせてお母さんにも中が見えるようにしたら、お母さん、口をあんぐり開けてました」
街を囲う謎の膜と、見慣れない生き物が急に現れたらそれはそれはびっくりするだろうなあ。
「そのヘラジカっぽいのは水色の人が倒したんですか?」
「はい。テレビでしか見たことのない動きをして戦っていました。あれで弱い方だというのが信じられなかったんですけど――」
ぽーんっと前田さんの通信機が鳴った。
「あっ、魔力持ってる人からです」
前田さんは少し嬉しそうな声で私たちにそう言ってから通信機で話し始めた。通信の相手は声や前田さんとのやりとりを聞くに高校生の男子だ。前田さんの救出係としてこの空間に入ったらしい。
前田さんが自分は強い人と一緒にいると伝えたところ、
『おれが行ったら逆に邪魔?』
と通信相手の人が言った。前田さんが通信機からアズさんに視線を移すと、
「何分で来れる?」
アズさんは通信機の向こうの人に直接聞いた。
『三分で行けます』
その返事に前田さんが「速っ」と呟いた。
「よし。この中での経験積みたいと思うなら来るといいぞ」
『行きます』
「それなら魔獣にも人間にも気をつけて来るように」
『はい』
私たちは現在地から動かずに待っていることになった。
その人はかなりの俊足だった。向こうの世界でも陸上の選手としてやっていけるくらいの人だった。
「弥生さーん!」
狭い道を男子が走ってきた。水色の髪の毛で剣を持っている。靴とズボンを見るにおそらくコートの下は学校の制服だ。
前田さんが水色の男子を私たちに紹介した。彼は井上といって、その髪の色から推測できるように、前田さんの小中の同級生にして小学生の彼女を保護した人の息子さんだ。
井上さんは前田さんからアズさんのことを私とセットの人と紹介されると、
「もしかして、伝説の剣の人? ですか?」
アズさんが何なのか気付いた。
「ずっとどっか行ってて今年見つかったのならオレ」
「おおー」
有名なのかと前田さんが尋ねると井上さんはそうだよと頷いた。
「ほんとにあったのかって言われてた剣がほんとにあって、しかもめちゃくちゃ強いんだよ」
井上さんは前田さんに、アズさんがなぜ作られたのかやどんなにすごいかの説明をした。すると前田さんは、
「そんな重要なものなのに行方不明になっちゃったの?」
と心底不思議そうに言った。
「組織ができた頃に比べて超平和って期間が結構あったから、管理どころか組織そのものまでテキトーになってたんだよ」
「それになー、オレの持ち主たちがよくわからない行動するもんだから」
「何するんですか?」
「聞いてくれよ。一人目と二人目以外の持ち主ときたら、ここで次の人を待てって言ってオレを神社だの寺だのに置いてくんだ。そこの管理者に預けるわけじゃない。灯籠の中とかに入れちまうんだ。何なんだ、あの収納スペース。今の主に会う前だって八年間誰にも管理されてなかったんだぜ」
アズさんの話を聞くと前田さんも井上さんも「えーっ」と言った。
「何でそんな」
「全然わからん。やる本人も不思議がってるんだからもうどうしようもねえ」
「樋本さんもしちゃう?」
井上さんに聞かれた。
「今のところそういう考えはないです。本部に持っていくと思います」
神社に置いていかれたアズさんと出会えた身だけれど、前の人と同じことはしないと思う。これまでの人だって組織と繋がっていたら持っていったんじゃないかと思うけれど……組織と連絡が取れないからって人に預けていかないというのが謎……。
☆★☆
四人で歩いていると魔獣が襲いかかってきた。「ゴゲーッ」と鳴き声が聞こえたかと思ったら民家の生け垣に赤茶色のものが突き刺さった。
「うわあ! びっくりした!」
と言った井上さんは前田さんの腕を掴んでいる。体を竦めた私と同じくらい驚いていそうな顔をしながらもしっかり救出係の役目を果たしていた。さすが。
「ひょえ……。ありがとう」
直前まで自分がいたところに魔獣が突っ込んできたことを理解した前田さんは、自分を退避させた井上さんにお礼を言った。
生け垣に引っかかってバタバタする魔獣をアズさんが掴んで引っ張り出した。鶏っぽい。
「グゲーッ!」
あう。うるさい、耳に悪い。
「うるせえやつだな。――ほら少年、これくらいなら排除まで頑張れ」
「は、はいっ」
アズさんが井上さんのために魔獣を車道にぽいっと投げた。
魔獣は羽をバサバサ動かして着地して、井上さんの接近に気付くと彼に即飛びかかった。
「ゴゲーッ!」
「そいやーっ!」
井上さんが剣を振ったら魔獣はバッサリ斬られて泥になった。
「やった!」
うまくできて喜ぶ井上さんに前田さんと私は拍手を送った。
その後は魔獣と遭遇することなく端にたどり着いた。外に出る高校生二人を見送って、私とアズさんは探索に戻った。
☆★☆
私のような人がいないか確認するために神社へ向かって歩いていたら、後ろから声をかけられた。
「そこの二人」
家上くんの声だ!
振り返ったら銀髪家上くんがいた。ユートさん状態かな。
アズさんが「何の用だ?」と聞いた。
「ちょうどいい所に協力者がいたから今の状況を聞こうと思ったんだ」
私たちを呼び止めたのはやっぱりユートさんだった。
三人で路地に引っ込んで、まずアズさんが状況を説明した。
「魔獣はいたが怪しい人間は見てない。家が巻き込まれて帰れない受験生がいる状況だから解消に協力するように」
「そうか。了解した」
私は小瓶の蓋をを開けて中身を手に乗せてユートさんに差し出した。
「今日はこれだけです」
「一つでも助かる。ありがとう」
水牛コアラの核が引き取られていった。
家上くんは今日は魔獣に遭遇していなくて何も獲得できていなかったらしい。
「そういえば家上くんたちはどうやってここに来たんですか?」
「車だ。駒岡と岐田の母親が運転手」
「何でここのことわかったんですか?」
「レーダー的な魔術で検知した」
「そのレーダー、どれくらいの距離いけるんですか?」
「四十五キロだ」
おおう……二倍以上……。通信機に表示される名前は増えているけれど本部からの人たちはまだ来ていない。同じ街から来る二つの組織の到着時刻の違いは魔術の技術力の差によるもののようだ。あっぱれレゼラレム王国。
「君たちの組織はどのように検知を?」
「機械のレーダーで二十キロだそうです。ここのことはわからなくて、今日は下校中にアズさんのおかげでたまたま……」
「えっ……」
うう、ユートさんの中で立石さんたちとエイゼリックスさんたちの評価が下がった気配。そこはレゼラレム王国を高く評価する方向で行ってほしい。複雑だろうけど。
「でもでも、あっちこっちに支部があって、どこもレーダー置いてあるそうです」
「魔力の無いやつでも修理できる優れ物らしいぞ」
アズさんも組織をかばうようなことを言った。
「見ている範囲は君たちの方が圧倒的に広いか。それにこちらは自分たちのためにやってるだけだし、成り立ってるのだって今は亡き人のおかげだしな……」
無事評価に修正が入ったっぽい。
ユートさんからこの空間の広さと中心のおおよその位置を教えてもらった。電車や井上さんが入った位置、前田さんと井上さんが出た位置から推測していた規模と大体合っていた。
「ところで。修学旅行では驚いた。よくデートに誘うなんてことができたな」
「あれは、その……彼氏がいる人に、告白しなよ、デート楽しいよって勧められて……。それに家上くんが自分の魅力がわかってないみたいなこと言うから、わかってもらわなきゃって思って、勢いで……」
「そうか。残念な知らせだが、晶の自分に対する評価はそのままだ」
「そんなあ。……そうですよね……私に褒められたって、高く評価されたって感じは無いですよね……」
葵さん辺りの人からなら自信に繋がるんだろうな。
「晶からすると君は、優しい人、好意的に解釈してくれる人、評価基準が厳しくない人、といった感じの認識だからな……。だが褒められるのは普通に嬉しいものだからぜひ続けてもらいたい」
「はい」
もう十二月なんだから隙あらば褒めていくようにしよう、うん。
ユートさんと別れた後、神社に行ったら誰もいなかった。次の神社に行く途中、魔力を持った人と会った。隣の町から様子を見に来たそのおばさんは、この空間に入ったのは三年ぶりと言っていた。
その後も魔力を持っている人に会うばかりだった。仕事を終えて入ってきたおじさん、戦闘能力はあまり無いけれど人手不足なので入ってきたお兄さん、知らせを受けて急いで帰ってきて入ったおばさん――井上さんのお母さん。あと赤髪駒岡さん。彼女とは小さな神社の前で遭遇した。彼女の方から話しかけてきた。
「ちゃんとした戦力がいないと思ったら、あんたたちはいたのね。逆に何でいるのよ」
「企業秘密、って言っとくか、ここは」
「は? あ。あんたたちのトップは会社勤めなんだったわね……」
アズさんの返事で納得できることがあったっぽい様子を見せると赤髪駒岡さんは去っていった。
坂が多くて疲れてきたなと思いつつ引き続き探索していたら、遠くの景色がきらきらしだした。誰かが終わらせてくれたんだ。これで前田さんも家に帰れる。
結局、本部からの人は間に合わなかった。長引かなくて良かったと思っておこう。
あとは私みたいに巻き込まれて何もわからないうちに解放されたという人がいないことを願うだけ。
駅に向かう前に時刻表をチェックしていたら携帯が鳴った。立石さんから電話だ。
『樋本さん無事?』
「無事です」
『良かった。今どこ? って、地名答えられても僕この辺のことよくわからないんだけど、駅からどれくらいの所?』
「徒歩十分くらいの所です」
ついでに観光客が訪れることのある酒蔵の近くだと答えると、大体の位置をわかってもらえた。
『ここまで来たからには樋本さんを家まで送ろうかと思ってるんだけど、電車使って帰るのとどっちが早いかな』
「同じくらいです」
『じゃあ、もう結構暗いから送ってくよ』
「ありがとうございます」
待ち合わせ場所に走ってきた立石さんの車には、ミルさんとキルスさんとケトスルエトさんが乗っていた。ただドライブしてきただけみたいになった彼らは仕方がないので異世界の景色を楽しんでいた。
向こうの世界の三人に修学旅行のお土産は口に合ったかどうか聞いてみると、おいしかったと返ってきた。ではどちらの味の方が好きかと思ったかと尋ねてみたら、ミルさんはプレーン、キルスさんは特産品味、ケトスルエトさんはどっちも同じくらい好きとの答えだった。ちなみに立石さんはキャラメル味が一番好きらしい。
お菓子の話の後は、私の方があれこれ質問される番だった。質問内容はこの辺りの地域についてで、いくつかの質問ではアズさんが詳しいことを知っていて、それを私が代わりに言うこともあった。
家の近くで車を降りた時にはすっかり夜になっていた。歩き出してすぐに強い風が吹いてきて私は震えた。こんな風に寒い上に暗い中歩く時間がだいぶ短縮されたわけだから、送ってもらえたのは大変ありがたかった。