131 困ったので
休み明けにはるちゃんと写真の束を交換をした。それはもちろん修学旅行中にデジカメで撮ったもので、お互いが写るものだ。
ビジネスホテルのベッドに腰掛けた私、葵さんにカメラを渡して撮ってもらった私とはるちゃん、葵さんと真紀さんと私、テレビで見たことのある碑と私、ご飯がおいしくてご機嫌な私、水族館の大きな水槽の前にいる私……。
ある写真を見た時、「ふぇっ」と間の抜けた声が出た。
それに写っていたのは私と家上くんの後ろ姿。私と家上くんが並んでいる!
(おお。良かったな)
「いつの間に!」
「ふふーん」
はるちゃんは得意げだ。
「いい感じに見えたから撮らずにはいられなかったの。切ない思い出の光景にならなくて良かったよ、ほんとに」
手を繋いでいるところは見てないよね。見てたら顔に出るし言わずにはいられないよね、きっと。
「いつか前から堂々と撮らせてよ」
「うん。撮って」
「いい返事だ!」
☆★☆
期末試験が無事済んで、私は土曜日に組織の本部を訪れた。今回はアズさんのことは関係なくて、私の個人的な用事で出かけた。
とりあえず食堂に行ったら誰もいなかった。どうするかとアズさんと相談して体育館に様子を見に行ってみることにした。
体育館の戸は閉められていて、中から人が動いている音が聞こえてくる。戸を少し開けて中を見ると四人が闘っているところだった。デイテミエスさんとミルさんチームと、キルスさんとケトスルエトさんチームとなっているようだ。キルスさんが元気になったようで何より。
私は終わるまで待ってから体育館にいる人たちに声をかけた。入ってきていいと言われたので中に入った。
「どうしましたか?」
ネフェスセシカさんが用件を聞いてきた。
「修学旅行のお土産を持ってきたんです。皆さんでどうぞ」
私は袋からお菓子の箱を出してネフェスセシカさんに渡した。
「これはこれは。ありがとうございます」
向こうの世界の人たちが箱を覗き込んだ。これはどのようなお菓子なのかとか、二種類あるようだがそれぞれ何味なのかとの質問が来た。私が説明をすると、
「つまり、この色のは、定番に特産品を合わせた、迷ったらこれだ! ってやつなんだね」
デイテミエスさんがそんな感想を言った。
「私も、一挙両得でいいなーって思いました」
私は特産品味が一番おいしいと感じたし、特産品の味がするなんてお土産として優れていると思ったけど、お店によると一番人気の商品は何味でもなくてプレーンらしい。まずは基本のものをと考える人が多いのだろうか。
今日も私は訓練を見学していくことになった。
デイテミエスさんとケトスルレトさんとシルゼノさんが下っ端トリオを組んでアズさんに挑んだり、キルスさんの希望でアズさんが厳しい先生になったりした。
昼になって訓練が終わって帰ろうとしたら今回はミルさんに引き留められた。昼食は自分の国の料理だからお土産のお礼に食べていってと。
出された料理は黄緑色のソースがかかったペンネに似たものだった。見た目よりしっかりほうれん草的な葉っぱの味がした。
☆★☆
月曜日。帰りの電車に乗っていたらアズさんが起きた。いつもは乗車中に起きるとしたら電車が急停止した時か私が降りる用意をする頃だから今日はここで珍しいなと思ったら、
(主。今、牢の中だ)
と言った。
(えっ、できたんですか入ったんですか)
(できてたところに入った)
ここはいつも降りる駅の一つ前の駅の近くで、組織の本部にあるレーダーの範囲外。あの空間ができたばかりであるなら出現したことすらまだ把握されていないかもしれない。私は超特急でメールを書いた。
場所的に迷惑な組織の仕業である可能性は低いから、メールの返信が来るとしたら行くか行かないかは私の自由と言われると思う。本部から遠いここではあの空間に初めて入った時の私みたいなことになる人がいるかもしれないから行く。
メールを送信して電車を降りたら周りの人が消えた。
アズさんから冬仕様になったコートを貸してもらう。冬仕様とはどういうことかというと、既に厚着をしている私に一枚追加するにあたって全体的にゆるゆるになって、前を閉める時はダッフルコートのように大きなボタンを輪に引っかける。
通信機の電源を入れたら一つだけ名前が表示された。近くに住んでいる人だろうか。
駅を出て、さてどの方向に行くかと話していたら通信機が鳴った。応答ボタンを押したら女子の声が聞こえてきた。通信機の向こうの人は私と同じ巻き込まれる人で、一人で心細いからできれば合流したいと言った。私たちの現在地から歩いて五分くらいの所にいるとわかったのでこちらが移動することにした。
「この辺りで魔獣退治は懐かしいなあ」
アズさんが思い出話を聞かせてくれた。
前の持ち主が友人たちとの飲み会に出かけたらこの空間ができていた。迂回が有効かどうかもわからないのでとりあえず中に入ってそのまま歩いていると魔獣が襲ってきた。それはアズさんに二つにされた。少し進むとまた襲撃があって、その時の魔獣はアズさんに蹴飛ばされて電柱にぶつかって終わった。さらに進んでいったら残念なことに行きたいお店も範囲内だとわかって、急いで残りの魔獣を見つけだして始末した。空間があまり広くなくて魔獣が三匹しかいなかったのと余裕をもって出かけたのが幸いして五分の遅刻で済んだ。
「広くなくて三匹倒して終わりっていいですね」
私も二度目の時は一匹で済んだのになあ。
「主は群れも普通に見るもんなあ。本体のやつが来た時なんて、少ないのに広いし、のろまがいて長引いたし」
合流地点に行くまでに魔獣を一匹見つけた。二本の横に伸びた角が立派な四足歩行のくすんだ緑色の何か。体の大きさに対して角がとても大きい。
「コアラに水牛の角って感じだな」
えっ、あれコアラ型? ……言われてみればそうかもしれない。
コアラもどきはこちらに気付くと牛っぽい鳴き声を上げて一直線に向かってきて、角を使うことなくアズさんに倒された。
☆★☆
合流地点の近くで「前田さーん」と名前を呼んでみたら、「ここです」と返事があった。
薬局の窓から私と同じ年くらいの人が顔を見せていた。私と同類の人、前田さんだ。
「さっきこの近くに悪魔みたいな山羊っぽいのがいたんですけど、見ましたか」
「見てないな」
アズさんが答える横で私は通信機を確認した。まだ人は増えていない。家上くんたちが来ているとかでもないならまだ悪魔みたいなのがいるということだ。
「それどれくらいの大きさだった?」
「そこのバイクくらいです」
前田さんは薬局の向かいにある喫茶店の駐車場を指差した。
「まあまあでかいな。なんなら探し……いた」
アズさんが目を向けている方を見れば、グルングルンと曲がりくねった角を持つ紫色の魔獣がのそのそ歩いていた。あ、こっち見た。
走り出したのはアズさんの方が早かった。
アズさんが魔獣を速やかに片付けるのを窓から身を乗り出して見ていた前田さんは「すごい」と呟いた。そして出入り口から外に出てきた。私服にリュック、手提げ鞄。たぶん制服のない高校の人だ。
「あの人って、ここじゃない世界の人ですか?」
「向こうの世界生まれの妖精さんです」
「えっ?」
私はきょとんとしている前田さんを連れて、魔獣が核だけになるのを待っているアズさんに歩み寄った。
「よう、お嬢さん。お嬢さんも下校中か?」
「あ、はい」
アズさんの質問に頷いた前田さんは自分の状況を説明した。学校から家まで歩いて帰っていたところこの空間に入れられてしまって、どっちが端に近いかとかわからないからとりあえず家の方へ移動していたという。
アズさんが起きた地点から考えるにたぶん前田さんの家もこの空間の範囲内だ。
私たちは前田さんが外に出ることを優先して彼女の家方面にある端を目指すことにした。