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130 あのね

 明るい声と足音が遠ざかると家上くんは後ろをちらりと見た。それからバルコニーの柵の上部に軽く手をかけて、遠くに目を向けた。


「あのさ。俺……」


 何だろう。私に何を言おうとしているんだろう。楽しい話ではないことはわかる。


「俺、みんなと違うんだ」


 魔力のことかな……?


「何が違うかっていうのは説明できないんだけど……違うなってひしひし感じることがあるんだ」


 何で私に打ち明けてくれてるんだろう。


「それで、ずっと疎外感があるんだ」


 疎外感か。ユートさんが少し教えてくれたことだ。


「だけど……樋本さんが相手してくれると、受け入れられてるって感じがする」


 う、嬉しいけれどどう返したらいいの……?


「こんな感情持たれて、迷惑かな……」

「ぜっ、全然そんなことない! 家上くんのこと、嫌いって思ったことはないよ」


 むしろとっても好きなんだよ。と言うには勇気が足りない。


「文化祭の準備の時、私の帰りが遅くなること気にしてくれたし、料理が得意で、勉強できて、体育でも活躍したって聞いたことあるし……その、あの、好ましいって思ってるよ……」


 また声が小さくなってしまった。


「ありがとう樋本さん。嬉しい」


 家上くんは小さく笑ったけれどすぐ悲しそうな顔をした。


「あーあ。高校生になってようやくほっとできるようになったのに、あと一年くらいでまた……」

「……あんまり難しい所じゃなければ大学生になっても……」

「……他人のためにそこまで……」

「そうじゃなくてね。そうでもあるんだけど」

「え?……あ、進路悩んでる? いっそ誰かと一緒にしちゃおうかなー、みたいな?」

「これといった目標はないのは合ってる……。興味はあってもそれを学んで使う仕事をしようとまでは思わないの。みんなが行くから私も行くって考えてて……そんなだから、お金使って役に立つかどうかわからない知識増やすより就職の方がいいかなって、たまに思う」

「わざわざ遠くから進学校に通ってるのに、そう思っちゃった?」

「うん……。だけどね、『大学に入ったら、目標見つけられるかも、それまで興味のあること勉強したらきっといいよ』ってお父さんとお母さんが言うの。だから……一緒にいたいって言ってくれる人と一緒にいたら、何も見つけられなくても無駄な時間にはならないかなあって。それが家上くんなら、すごく価値あるように思えるの……」


 好きな人と一緒なら何でもいいなんて、安直すぎると自分でも思う。


「……俺なら、って……」


 気付いた? 鈍感な上に気付きたくない家上くんでも気付いた? 今の私の言葉はわりと直球だったよね?


「俺にそこまでの価値は……」


 ぬううう、微妙!

 こうなったら、せめてほかでもない家上くんに価値を感じてることを言わなきゃ!


「わ、私にとっては、家上くんは、うんと価値ある……! 一緒にお出かけしてみたいとか思ってますっ!」

「へ?」


 家上くんはきょとんとした。「お出かけ」じゃだめか。


「あの、あの、あのね、わ、私っ、デートに興味あって! 家上くんとなら楽しいだろうなって思ってるの!」

「え、デー……えっ……えええ!?」


 「デート」という単語の効果か今度は家上くんはとても驚いた。


「ほ、他にいい人いるだろ!?」

「いない! 私が男子の中で一番喋ってるの家上くん!」

「え、あ、え、じゃあ、じゃあ女子はっ?」

「女子は対象外ですっ!」

「じゃあまじで俺だけ!?」

「そうなの!」

「まじかよ……あ、いや、ちょっと待って。男子で一番喋ってるのが俺だからって一緒に出かけて楽しいとは言えないんじゃないか……?」

「私にとって家上くんは価値ある人なんだってば! 一緒にいるだけで楽しいんだからお出かけだってしてみたい!」

「あわわわ、俺、なんかすごいことを言われてない……?」

「そうだよ、私、すごいこと言ってるよ」


 そう、そうだ。私はすごいことを言っている。デートなんて言葉を出して、家上くんに対して好意的であるということをさっきから喋ってる。


「か、家上くんは……わ、私、と、で、出かけるの……デート、するの、嫌……?」


 尋ねたいことを声に出しているうちに急速に不安が大きくなっていったけれど、


「そんなことない!」


 強めの否定が返ってきたから、私はそれを頼みとした。


「それならっ、わ、私と、デートしてくださいっ! できればクリスマスの頃にっ!」

「え、あ、えっと、あー、ちょっと考えさせて……」


 家上くんは柵をぎゅっと強く握って考え込んだ。私はドキドキしながら返事を待った。

 しばらくして家上くんが柵から手を離した。彼の表情で答えがわかった。断られる。


「あの、俺……俺がやらないといけないことがあって、それは俺の都合で決められなくて。だから、ごめん」


 ……きついな。わかっていたことだけど。わかっていたことなのに。家上くんの事情を知っているからきっとこうなるだろうって思ってたことも行動に移せない、勇気を出せない要因の一つだったのに。一緒に、二人で出かけるのを断られただけなのに。デートって言葉使ったからかな。


「……嫌じゃないって言ってくれて、悩んでくれただけで十分嬉しいよ。ありがとう」


 私、今どんな顔してるかな。目の辺りが泣きそうな感じなんだけど、顔に出てるかな。


「待って」


 わ。家上くんに手を掴まれた。


「やらないといけないことがなかったら、樋本さんと約束するってことは、憶えておいて」

「じゃあ、じゃあ、やらないといけないこと終わったら、デート、してくれる?」

「する」

「やった、ありがとう!」


 たぶん私、あっという間に顔に上機嫌なのが表れたと思う。

 私につられたのか家上くんもにこりとした。


「あ、そうだ……。樋本さん。よかったら、住所教えて。年賀状送りたい」


 ……! 年賀状!


「私も送りたい!」


 こうして私たちは住所を教え合った。口頭で教えてもらったのを携帯に入力するという方法を取った。


「へー、樋本さん、あの辺に家があるんだ」

「来たことあるの?」

「あ、うん。高原行く時ってあの辺通るからさ」


 地名を憶えたのはそれもあるかもしれないけれど魔獣退治で来たのが一番の理由じゃないかと思う。

 家上くんのスマホが鳴った。


「もしもし。……外のとこにいる。そっちは? あ、じゃあここから見えるな」


 家上くんは話ながら少し移動して砂浜にいる人に向けて手を振った。


「ん、わかった。……樋本さんだけど。……は、あっ……!? おまっ……何でもいいだろ別にっ」


 女子と一緒にいるのをからかわれておろおろしてる……?


「もう切るからなっ」


 家上くんは強めにスマホの画面を触ったように見えた。スマホをポケットに戻した彼は少し申し訳なさそうな顔を私に向けた。


「米山に呼ばれたから、俺行くよ」

「そう」

「手、繋げて嬉しかった。ありがと。それじゃあ」


 やや早口で言って去っていった。彼の顔が赤かったのは見間違いじゃないはず。


(アズさん! アズさん!)

(やったな! すっごい進歩だぞ!)


 うふふふふふふ。

 デートについては約束の約束だけど。年賀状を送り合えるようになったのは大きいと思うし、言い出したのが家上くんっていうのがもう! 年賀状を送らない人がどんどん増えているこの時代に送りたいと言ってもらえるなんて……。

 ここで私はあることに気付いた。


(どうしましょう! 男子に年賀状を送るの、小学校での「先生と隣の席の人に書いてみましょう」の宿題以来です!)


 正確には隣の人宛てのものは投函はしないで休み明けに交換だった。たぶん個人情報の保護のために親しいとは限らない人同士で住所を教え合うことを先生が避けたんだろう。


(今年のはどういうの送ったんだ?)

(手書きとはんことシールのかわいい系です。そろそろパソコンを使うべきでしょうか)

(友達はどうしてる?)

(半々といったところです)


 はるちゃんは三分の一くらい印刷で後は私と同じ感じ。中学校で出会った友達と葵さんは全面に印刷して宛先別のメッセージを手書き。小学生からの付き合いの友達は手書きして数枚の小さなシールを追加。保育園も一緒だった友達ははんこ(手彫り)で、いろいろ組み合わせたり大きいのを一個どんと押したり。遠くに転校してしまった友達は枠をはがきに乗せて色をぽんぽんするやつ。高校の同級生の智慧さんは私と同じスタイル(雰囲気は異なる)。ちなみに真紀さんはメール。


(それなら、高校生だし同級生だし、手作り感たっぷりでもいいんじゃないか? あと、かわいい路線継続の方があいつも主から来たってのを感じやすいと思う)


 私から来た感か。確かに私も差出人の性格や好みが現れているものを好ましいと思う。

 年賀状について考えたり、風景の写真を撮りながらアズさんとお喋りしたり、砂浜にいる家上くんと趣味仲間たちが写真を撮ったのち座って何か始めた(砂で遊んでいる?)のを眺めたりしていると、


「おーい」


 後ろからはるちゃんに声をかけられた。


「あの人は?」

「米山くんに呼ばれて行っちゃった」


 家上くんがいないのが一時的なものではないと知るとはるちゃんは私の隣に来た。


「今あそこ」

「んんー? トンネルでも作ってるのかな。楽しいお話はできた?」

「うん。あとデートのお願いした」


 私の返事にはるちゃんは目を見開いた。


「えっ!? そ、それって、デートしましょうって誘ったってこと!?」

「してって頼んだ」

「それで返事は!?」

「断られちゃった。都合がつかないみたい」

「そう……」


 今度は悲しそうな顔をした。やっぱり私の恋で「だめなこと」が起きるとはるちゃんにもわりとダメージが入るらしい。


「でもね、やらないといけないことが終わったらデートしてくれるんだって!」

「方便じゃなくてほんとに何かある感じ?」

「あるんじゃないかな。何もなかったらデートの約束するって家上くんの方から言ってくれたもん。それにね、住所も教えてもらった! 住所のこと先に言ったのも家上くんなの。年賀状送りたいからって」

「まじか! 修学旅行の特別感のおかげ?」

「修学旅行といい景色の魔力のおかげかな!」

「そっかあ。ん、あれ? 住所だけ?」

「うん」

「メアドとかも聞いてもよかったんじゃない?」

「それはそうなんだけど……知ってても、知ってるだけだし……本当にデートできるってなった時に交換できるだろうし……」

「ああ、知ってるだけ……そうか、そうだね……。向こうもそんな考えなんだろうなー。……お? おんやー?」


 柵を掴んだはるちゃんは砂浜のどこかを凝視した。


「あれはゆかりんのライバルかける三では?」


 彼女の指差す先には我が校の女子が三人。美少女三人組だ。家上くんの所に行って……


「ゆかりんも行くべきかと思ったけど、別にやるみたいだね」


 少し離れた所で女子は女子で遊び始めた。


「私たちも砂遊びする?」

「やろっか」


 というわけで私たちは砂浜に下りた。

 濡れた砂を使って山を作ってトンネルを掘った。保育園の砂場で同じことをした記憶が私にもはるちゃんにもあって、小さな頃の話をしながら私たちは遊んだ。トンネルを開通させて握手して、山を崩して片付けて部屋に戻った。


☆★☆


 修学旅行最終日。

 朝食は今日もバイキング。トレーを持ってはるちゃんとうろうろしていたら、


「あっ、樋本さん。おはよう」


 と、家上くんが私に気付いて彼の方から声をかけてくれた。笑顔だった。

 男子が多くいる方へ長田くんと共に向かう家上くんを見送った後、はるちゃんが「あれで断るってよっぽどのことが」と呟いた。

 朝食の後、忘れ物がないかをしっかり確認してホテルを出た。有名な観光地に行って、午前中のうちに空港に戻った。

 帰りも私は飛行機でもバスでもよく寝た。目が覚めてここはどこだと窓の外を見て何もわからないで、現在の時刻と修学旅行のしおりを確認していたらアズさんも起きた。バスの速度がぐっと下がった。もう高速道路を出るところだった。

 行きのバスに乗ったのと同じ所でバスを降りた。

 駅にお父さんが迎えに来てくれていた。


「おかえり」

「ただいま」

(なあ主)


 お父さんとアズさんの次の言葉は同時だった。


「楽しかった?」

(楽しかったか?)


 私の答えはもちろんこう。


「すっごく楽しかった!」


 帰宅すると家の中からいい匂いがした。お母さんがテーブルに全員分の夕食を並べているところだった。両親は私を待って食事の時間を遅くしていたのだった。

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