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126 大変

 私たちはとりあえず窓際から離れた。

 ネフェスセシカさんが自身の手の動きを確かめつつ私に話をする。


「おそらく、私たちは、こちらの想定より危険な敵として扱われました」


 ええー……。


「先程の攻撃は、私たちを狙って無理やり、力任せに放ったものです。そうする程に私たちは邪魔でした。そして、隠れているわけではない総長の所にはいまだに何も行っていないので、そろそろ金髪の剣士が私たちを襲いにくるでしょう。作戦どおり迎え撃ちます。合図を――」


 おや。


(ただいま)

「戻ってきました、アズさん」

「どうしましたか」

(あの変態の鎖に捕まっちまってな、縄抜けついでに戻ってきた。主たちが今回の厄介なのに認定されたっぽかったし)

「鎖に捕まったので抜け出すついでに戻ってきたそうです」

「この後のことに問題は」

(無い)

「ありません」

「では下りましょう」


 階段を下りている時、私の通信機が鳴った。連絡してきたのは谷川くんで、


『金髪の人そっちに行きました!』


 彼のおかげで金髪の青年がどの方角から来るかわかった。

 相手は魔術を使ってまっすぐ移動しているので私たちは急いで裏口から外に出た。

 建物のすぐ裏は空き地になっていて、その向こうに車がギリギリすれ違えるくらいの幅の道路がある。

 ネフェスセシカさんは空き地に留まって、私とシルゼノさんは向かいの民家の軒下に移動する。あまり時間が無いのでシルゼノさんが私を抱えて走った。

 私が降ろされたその時、上――屋根の方から物音がした。金髪の青年が姿を現したらしい。即ネフェスセシカさんが魔力の塊を何発も撃ち込んだ。

 道路の真ん中に金髪の青年が着地した。負傷した様子は無い。その背中にシルゼノさんが剣の先からレーザーみたいな攻撃を放った。よけられた。


(惜しいな)


 金髪の青年がシルゼノさんと私を見た。

 あっ。今、あの人の中で私が邪魔者として確定したかも……。

 シルゼノさんが私を隠すように少し動いた。もう彼の服を掴んでいる意味はないので私は手を離した。

 金髪の青年は魔力無しと新人の組み合わせより杖の人の方が脅威度が高いと判断したらしい。攻撃をよけたり魔力の盾で防いだり剣で打ち払ったりしながらネフェスセシカさんに接近していく。でも激しくなった攻撃とシルゼノさんの邪魔が効いたようで、青年はネフェスセシカさんから大きく離れた。そこに背後からアズさんが斬りかかった。

 そして他人が手出ししにくい戦いが始まった。

 アズさんが戦っているところを見たらシルゼノさんが何か思い出さないかなとちょっと期待しつつ、私には何がどうなっているのかわからない戦いを見ていたら、


「うあ……っ」


 シルゼノさんが急に呻いてしゃがみ込んだ。


「どうしたんですか!?」

「まりょく……」


 魔力が変になっちゃった?

 ネフェスセシカさんを見れば地面に手と膝をついている。

 金髪の人が仲間たちのいる方へ走っていく。転びそうになりながら。

 アズさんが鞘に戻ってきた。


(たぶんみんなやられた。力業だけどレベルの高い技術に支えられてるやつだ。犯人はチビじゃなくて茶髪のはずだ)


 アズさんは私に早口で説明して、人の姿でまた出てきてからさらに喋った。


「帰るの邪魔されないように周りの人間を動けなくしたんだと思う。仲間にも少し支障が出た」


 私とアズさんは金髪の青年を追いかけた。激しい戦いが行われていた通りは静かになっていて、以前戦った時のように黒い半球のそばで茶髪の青年が金髪の青年を待っていた。

 金髪の青年を邪魔する人はいない。邪魔できる人がいない。普通に立っている人が誰もいない。地面に手をついていたり、倒れていたり、立っていてもふらふらしていたり。髪の毛が元に戻ってしまっている人もいる。

 位置的にさすがに立石さんはなんともないと思うけれど彼の雷は落ちてこない。それはたぶん、茶髪の青年が近くに倒れている人たちを人質にしているから。青年の杖が魔力の光をまとっている。

 金髪の方が黒い半球に飛び込むと、


「〈またね〉」


 茶色の方はそんなことを私とアズさんに対して言ってから帰っていった。二度と来ないでほしい。

 迷惑な人たちがいなくなって、辺りの空気が少し緩んだ。

 改めて状況を見て、倒れている人たちの中ではミルさんが一番近くにいるからとりあえず彼女から救護しようと思ったのだけれど、


「そこの人。黒いフードの人」


 元気の無い声に呼び止められた。

 私に声をかけてきたのは薄紫じゃなくなった後輩さんだ。彼女は地面に肘をついて上体だけ起こしている。


「私が見る限り、あの赤系の男の人が、一番重症です」


 後輩さんが指差す先には倒れた男性――キルスさんだ。


「魔力の無い、あなたなら、触って悪化させることはないですよ」


 私は親切な後輩さんに頭を下げた後、キルスさんに駆け寄った。彼のそばに膝をついて声をかける。


「キルスさん、体どんな感じですか?」

「――。――」


 キルスさんはもぞもぞと動いて体勢を変えた。


「吐きそうだって」


 アズさんがキルスさんに接触してしまわないように少し距離を取りながら通訳してくれた。


「何かしてほしいことありますか?」

「人、こっちの人、呼んで……動かして、ほしい。ここ、車道だから……」


 あ、そうか、迷惑な人はいなくなったし、たくさんの魔獣もさすがにもう退治されただろうから、この空間がそろそろ消えるはずだ。だからまずは移動しないと。

 辺りを見回すと安藤さんが比較的元気そうにしていたので彼に手助けを頼んだ。彼が魔力を使えば一人でも簡単に大人を運べるけれど、今そうするとキルスさんの体調が悪化するかもしれないから私と二人で運ぶ。塾の建物の側面に自動販売機が設置されているので、その横にキルスさんを座らせることにした。

 安藤さんが他の人に手を貸しに行って、私はキルスさんの手当てをする。手当てにはキルスさんの制服のポケットに入っている物を使う。服を脱がせて、肩にある切り傷を消毒する。


「ふおぉぉぉ」


 消毒液が染みたようでキルスさんは悶えて、口に手を当てた。


「きもちわるい……」


 口を覆ったのは悲鳴を出さないためではなくて、吐き気があるからだった。


「触らない方がいいですか?」

「続けて……」


 ゆっくりはしていられないので大きな傷だけ処置して服を戻した。さらに安藤さんが置いていった薄手のコートを着せると、自動販売機の横で休憩中の人という雰囲気が結構出た。あとファッション的には合わないけれどバンダナで髪の毛を隠した。最近は個性的な色に染める人が増えつつあるとはいえキルスさんの髪の色はかなり目立つ。バンダナの方がまだ地味だ。

 私とは別に動いていたアズさんが戻ってきた。


(ただいまー)

(おかえりなさい)


 車道を見れば人はいなくなっていた。


(何してたんですか?)

(オレが触っても大丈夫な人を運んでた。あの一年生の子とかな。銀髪のやつはオレンジ色の子を背負えるくらいには元気だぜ)

(良かったです!)


 私はキルスさんの横に座った。その途端、落ちる感覚がした。元の街に戻ってきた。

 安藤さんが車で来るのをキルスさんと一緒に待つ。キルスさんはぼんやりと地面を見ていたのだけれど、少しすると目を閉じた。

 キルスさんの様子を見つつアズさんに今日の戦いのことを教えてもらったり立石さんと電話で話したりしていると、白い軽自動車が走ってきて私たちのすぐそばで止まった。安藤さんだ。

 運転席から降りた安藤さんの手を借りてキルスさんが立ち上がって、少しふらふらしながら車に乗り込む。そこに建物の裏で休んでいたミルさんと、細田さんに付き添われたデイテミエスさんが姿を現した。

 デイテミエスさんは疲れた顔をしていたけれど、私と目が合うとぱっと笑顔になった。


「へんてこ美人に、『お断りだー!』って一発くらわせたよ!」


 おお!


「ありがとうございます」

「次は沈めるのを目標にするね。それじゃ、ばいばい」

「お疲れ様でした」


 異世界人三人を乗せると安藤さんは速やかに車を発進させた。ミルさんが小さく手を振ってきたので私は手を振り返して車を見送った。

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