125 協力
道なりに進んでいっていたら魔獣の咆哮が聞こえてきた。急いで確認に行くと、赤髪駒岡さんが熊のような魔獣二匹と戦っていた。彼女は危なげなく魔獣を倒した。
そこから五分ほど歩いたら黄色士村さんと緑美男子先輩が会話しているのを見かけた。情報を共有しているところのようだった。
人に会ったり魔獣を見つけたり魔獣に狙われたりしながら進んで、この空間のほぼ中心にだいぶ近付いた。
とある十字路で左右を確認した時、右の道の先に銀髪家上くんの後ろ姿を見つけた。
追いかけていってアズさんが呼びかけると銀髪家上くんが振り返った。彼はアズさんを見て口を開いたのだけれど、何も言わずに閉じた。そして仮面でわかりにくいけれどたぶん目をつぶって、その十秒後に喋った。
「こんにちは、俺の協力者たち」
ユートさんだ。
「こんにちは。魔獣の核たくさん手に入りました。あと、大事な話があります」
「何をするにしても先に場所を変えよう」
「はい」
私たちは人目につきにくい場所に移動した。民家の生け垣の陰に潜んでみた。
「まず話を聞かせてほしい」
「この前この空間ができた時、私たちの組織は、向こうの世界からやって来た人が倒れているのを見つけました。その人は、レゼラレム王国とフメタリナ帝国が組んで悪いことをしていると伝えにきたんです」
「は……!? いや、待て、その『悪いこと』というのは何だ。魔獣が送られてきていることで合っているか?」
「そのことなんですけど、来た人はフメタリナの軍の人で、詳しいことは知らされないで命令されて来たんです。黒い道の先が別の世界だってことも知りませんでした。でも、魔獣を追いかけていって着いた所にいる人に伝えなさいってことだったらしいので、魔獣のことで合ってると思います」
「……その人物の発言を君たちの組織は信じるのか?」
「二国のことは調べてるところですけど、来た人のことは信じてます」
発見されたシルゼノさんが傷だらけだったこと、彼は大変な目に遭ってまでやって来たのに最初は用件を話さなかった――知識が無いので伝えるべき相手がわからなかった――ことなどを私が説明すると、ユートさんは顎に手を当てた。
「わざわざ騙しに来たという線は薄いか……。それで、君たちのところはどうするんだ?」
「迷惑な人を捕まえるためなのと、私たちが情報を手に入れたことを知ったら大きく動くかもしれないってことで、こっちで待機する人を増やしました。まだ増やします。悪いことの証拠が見つかったらどうするかっていう話は私は聞いてません」
「そうか。こちらは……こちらも、敵の正体がわかったらどうするかというのはすぐには言えないな。晶たちが殴り込みにいってなんとかできる組織ではないだろうからな……」
迷惑な組織がどんな形で存在してどんな所に拠点を構えているか知らないけれど、そこに殴り込みをかけたら最悪正規の軍隊が防衛のために出てくると考えられる。そうなればきっと家上くんたちは数の力で押されてしまう。
とりあえずの情報共有は済んだので、魔獣の核を渡すことにした。私は膝の上にハンカチを敷いてその上に核を全部出した。
「これと、これと、これを貰う」
ユートさんが指したものと他のものの違いは私にもアズさんにもわからなかった。
「代わりにこれを受け取ってくれ」
同じ数の核と交換になった。
私は核を小瓶にしまった後、疑問に思ったことをユートさんに聞いてみた。
「家上くんが一人でいていいんですか? 私たちとしては声をかけやすくていいですけど……」
「みんなわりと近くにいる。君が晶に触れようものなら、魔力が消えたと岐田が飛んでくるんじゃないか」
なんと。
私は思わず手をコートの袖の中に引っ込めて胸の前で重ねて固定した。
「あの子そんなに感知能力高いのか」
アズさんが質問した。
「いや、晶に魔術で強化されている状態だと晶の魔力がよくわかるというだけだ。高い方ではあるが飛び抜けているわけじゃない」
ユートさんが話し終えた時、タイミングよく通信機が鳴った。発信者は立石さんだ。
『迷惑な人たちいるから来てほしいんだけど、今どこ?』
「えっと……」
ユートさんが民家の表札を指差した。それに書かれている住所を私が読み上げると立石さんから「わりと近いね」と返ってきた。そして迷惑な人たちの大体の現在地と、今回の作戦と、合流地点とそこへの行き方を伝えられた。
『金髪君がまた誰か探してるかもしれないから気を付けて』
「わかりました。あ、あの。すぐ近くに、仮面の、銀髪の人がいるんですけど、声かけた方がいいですか?」
『それなら「敵を捕まえるのに協力しろ」って言ってたって伝えてくれる?』
「わかりました」
通信終わり。確かに切れたことを確認してユートさんに話しかける。
「ということなんですけど」
「了承したと伝えておいてくれ。では俺は、晶は先に」
「はい」
家上くんが走り出した。速い。あれなら一分くらいで目的地まで行けそう。
方向的には私の行く先も同じだ。途中までは塀とか段差とか障害物があればアズさんに抱えてもらって越えてほぼまっすぐ進んで、合流地点が近付いてからは迷惑な人たちに見つかりにくいようにアズさんを鞘にしまって走った。
今回私が合流したのはネフェスセシカさんとシルゼノさん。ネフェスセシカさんが今日の遠距離攻撃係だ。遠距離と言っても立石さんの雷の時ほどには離れていない。シルゼノさんはネフェスセシカさんの補佐。
近くの広い通りではもう戦いが始まっている。
アズさんは迷惑な人たちの前に出ていく際、シルゼノさんに何やら言いつけていったというか圧力をかけていった。シルゼノさんは「わかった」と返事をしていた。
アズさんを見送った後、私たちは塾とか何かの会社が入っているビルにお邪魔した。ここの三階の窓からネフェスセシカさんは迷惑な人たちに攻撃する。
階段を上がっている時、立石さんが落としたであろう雷の音が聞こえてきた。
三階に着くと、道に面した窓をネフェスセシカさんの指示でシルゼノさんがそっと開けていった。たぶんあずき色の男の子は建物の中に誰かいることには気付いているだろう。でも隣の建物にも向かいの建物にも人がいるから、ただ高い所から攻撃する人がいると思うだけでここから特殊な攻撃が飛ぶとはあまり考えていない……といいな。
窓の一つに近付いた私とネフェスセシカさんは外から発見されにくいように屈んだ。
通信機で立石さんに、正確には立石さんと一緒にいる田中さん(以前この空間内で時速八十キロで車を走らせた人)に、私たちが位置についたことを連絡する。
作戦についての確認を立石さんたちとするとネフェスセシカさんが攻撃の準備を始めた。彼の武器は杖だ。黄色士村さんも持っているようないかにも魔法使いな杖。その杖の先に魔力の玉が現れた。玉がテニスボールくらいの大きさになるとネフェスセシカさんは私に服を掴まれたまま立って、杖を窓の外に向けた。
雷が落ちて、杖の先の玉が一瞬強く光った。
屈んだままの私には下の様子が見えなくて何がどうなったかわからないのだけれど、たぶん何かが大きく壊れた。そんな音がした。
「破りました」
それだけ言ってネフェスセシカさんが再び屈んだ。端の窓から外を見ていたシルゼノさんは窓の無い位置にすっかり身を隠した。その直後何かが窓ガラスを突き破って高速で入ってきて天井に穴を開けた。と思った次の瞬間には立て続けに三回さっきと同じようなものが窓のちょうど開いた所を通ったりガラスを割ったりして飛び込んできて壁と天井を壊して廊下がひどいことになった。
反撃がくるかもとは思っていたけれど実際にそうなってドキドキしている私にネフェスセシカさんが冷静に解説をしてくれる。
「茶髪の魔術師の反撃です。作戦どおりこちらの正確な位置がわからなかったようです」
「そ、そうなんですね。うまくいって良かったです」
「はい。それでは移動します」
「わかりました」
私はネフェスセシカさんの服を掴んだまま、シルゼノさんとは手を繋いで階段を下りた。非常口から外に出て、隣の三階建ての建物に裏口から入る。二階にある事務所となっている部屋に入った。ここで先程と同じようにネフェスセシカさんが攻撃をしたら、外で何か砕けたような音がした。反撃はなかったからその場に留まっていることもできたけれど私たちはまた移動した。
次に潜むのは向かいの建物。一階がお茶を売る店で二階が喫茶店になっている。
ここでも同じ方法で攻撃をして、身を隠した後、何かに気付いたネフェスセシカさんが素早く私に覆いかぶさってきた。
ガラスが派手に割れた音がした後、何かが他の物にぶつかったり床に落ちたりする音がたくさん聞こえた。
店内が静かになると、
「う……」
ネフェスセシカさんが呻いて、私の上からどいた。
「怪我はありませんか」
「はい」
私が無傷であることを確認したネフェスセシカさんがシルゼノさんにも声をかけた。返事をしたシルゼノさんは床に手をついて体を起こした。
周りを見てみれば店内は荒れていた。窓ガラスが割れて外の冷たい空気が入り放題だし、食器とかメニュー表とか軽いものがテーブルから落ちて物によっては割れている。
前に私が隠れたパン屋が悲惨なことになった時と似ている。これもやっぱりあずき色の男の子の仕業だろうか。外からは相変わらず激しく戦う音が聞こえてくる。
ネフェスセシカさんもシルゼノさんも飛び散ったガラス片などの当たると怪我をする物からは魔術で身を守ったようだけれど……。
「お二人とも大丈夫ですか。魔力、変になっちゃってませんか」
「動けます。心配しないでください。ここから離れましょう」
とネフェスセシカさんが答えたけれど、彼は立ち上がった時にふらついたし、シルゼノさんは一回立つのに失敗した。