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124 こういうこともある

 セラルードさんについての説明を終えたアズさんが鞘に戻った。

 他に何か質問はあるかと聞かれたシルゼノさんは、私と新崎さんについて尋ねてきた。一体どのような立場の人なのかと。

 この世界では魔獣の存在が一般的でないことは教わったが、ではこの組織は一体どのように存在していて、そこに所属する私たちは何なのか。

 シルゼノさんの疑問に対して新崎さんが丁寧に説明しているとキルスさんがやって来た。キルスさんは状況を把握すると、自分のことは気にせず話を続けるよう新崎さんに言った。

 暇なキルスさんは私に話しかけてきた。


「この子のことは何か聞いた?」

「まだです。あ、アズさんの話から派生して、アイレイリーズって誰って話になったんです。名前も、魔術切り裂いた人がいたってことも、全然知らないって言ってました」

「へー。俺の知ってるフメタリナ人は、名前聞いたことある人はそこそこいるはずって言ってたなあ。……身分的に触れられる娯楽が少ないのかな……」

「キルスさんは、奴隷の人、見たことは……?」

「この子が初めてだよ」

「身分制度にある国が珍しくないって聞きました。世界的にはどういう扱いなんですか? 批判されることが多いとか、文化として受け入れられてるとか」

「存在することに引いてる人っていうか国の方が多いはずだし、ファルメミアの辺りは『そういうのやめなよ』って言ってるんだけど、フメタリナが大きくて強いから『何が悪いんだよ』って派閥がわりといる感じ、かな。でもさすがに現代になってから導入したってところは無いよ」


 言い方からしてキルスさんも奴隷の存在に抵抗がある人のようだ。やめるよう言っている国の教育の成果だろうか。

 新崎さんがシルゼノさんへの説明を終えたようなので、今度は私がシルゼノさんに彼の国について質問をしてもいいか新崎さん経由で尋ねた。

 シルゼノさんの返事も新崎さんは通訳してくれた。


「ろくに教育受けてないから期待に添えないかも、と」

「ちょっとでも知れたらそれで十分です」


 シルゼノさんの了承をもらった私はまず国名を尋ねた。「フメタリナ帝国」というらしい。

 次に聞いたのは人口。最近六億に到達したとシルゼノさんが答えると、キルスさんが自分もそのニュースを見たと言った。

 六億かあ。中国やインドより少ないけれどアメリカより多い。そしてティルの人口は五十五億人くらい(デイテミエスさんに聞いた)……“六億”で考えても“五十五分の六”で考えても私には想像しづらい規模の国だ。

 人口の次は面積。数字ではなくて広いかどうかを聞いてみた。世界一広いとのことだった。

 広くて人が多い。うーん、“帝国”って感じ。

 次の質問は、帝国なので当然いる皇帝について。皇帝は物事を決める権利を確かに持っているかと尋ねたら、政治のことは全然知らないと言われた。これについては外国人のキルスさんの方が知識があった。フメタリナの皇帝は本当に一番偉い人。


「外国と組んで何かしそうな人ですか?」


 これはシルゼノさんとキルスさんの二人に聞いてみた。

 シルゼノさんは「わからない」と答えた。

 キルスさんは「外見からしてたぶんこんなやつ」というのを語った。


「どんな人かはよく知らないんだけど、偉そう、あ、そうだ、“俺様”って言うのがいいと思う。俺様系の、三十代だったかな? いい椅子に座って頬杖付いてたり脚組んでだりするのが似合いそうな見た目してるよ。あれって顔のパーツの配置とか身長とかでそう見えてるんじゃなくて、野心があるのが表情に現れてるんだと思うんだよね」


 偉そうで野心を持っている感じの人の姿はすぐに思い浮かんだ。


「それって……」


 私は鞄から学校の図書館で借りてきた本を取り出して、人物紹介のページを開いた。


「こんな感じですか?」

「そうそう! 髪の毛がちょうどこの色してて、これが十くらい年取った感じ」


 ふうん、プラス十歳で皇帝になったコレかあ。


「お前、そういうの読むのか」


 新崎さんに意外そうに言われた。


「意外ですか、私が男子向けっぽいライトノベル読んでるの」

「少し」


 主人公の男の子の周りに女の子が多いとか、その子たちが露出の多い服装をしているタイプの作品を読みそうにないというのは葵さんにも言われたことがある。人によっては私がそう見えるらしい。


(駅とか電車でこいつの横で読んでたのがたまたま硬派なやつだったり女子向けだったりしたせいかもなー)


 そういえばそうだったかも。


「非現実的なの探してたらこっち方面にたどり着いたんです」

「児童文学でファンタジーに魅了されてそのままか」

「よくおわかりで」

「友達に似たようなのがいるんだ」


 へえ。文化祭の時に一緒にいた人かな? 別の人かな?


(友達とか言って彼女だったりして。いや、やっぱこいつそういうのいそうにないな)

(健弥くんにはいそうです)

(わかる)


 シルゼノさんに聞きたいことを聞けたので私と新崎さんは帰ることにした。

 私はアズさんに「お大事に」を教えてもらってシルゼノさんに言ってみた。無事通じた。

 エレベーターに乗っている時、新崎さんがシルゼノさんに関する疑問を口にした。


「彼が来たのは偶然だろうか」

(どうもそうっぽいんだよな。そんなことあるかよって感じだけど)

「何か理由があるって考えてみるなら……セラルードさんのことを憶えていないけどセラルードさんが獲得した知識はうっすらあって役に立って、それで強くなれたからこっちに来ることになった、っていうのはどうですか」


 魂がどうにかなっているかもしれない家上くんは微かにとはいえ前世の記憶があるけれど彼はそれを前世のものだと思っていない。魂が欠けているシルゼノさんにも同じような現象が起きていてもおかしくないと思う。


(それならあるかもって思えるな)

「悪くないな。そういうことにしておくか」


☆★☆


 金曜日に立石さんがメールを送ってきて、二つのことを教えてくれた。

 一つは向こうの人が、レゼラレム王国とフメタリナ帝国について調査を始めたということ。

 二つめはこちらの世界で待機する人を増やすことになって、とりあえず二人向こうから来たということ。来たのはデイテミエスさんと、私の知らない――正確には、名前を教えられてもわからない人。メールに添付されている写真(デイテミエスさんと仲良くツーショット)を見たら知っている気がした。

 この人は誰かわかるかとアズさんに聞いてみたら、アズさんがディウニカさんの壁を斬った日に来ていた人だとわかった。


☆★☆


 翌週の木曜日の放課後。

 学校で靴を履き替えていたらメールが来た。あの空間ができたしとても広いという知らせだった。

 今回はあの中に入るにはいつも私が乗り降りする駅の隣駅の辺りまで行く必要がある。その駅は下り方面、つまりははるちゃんが帰っていく方にある駅で、いつもの駅にかなり近いのだけれど私は乗り降りしたことがないし電車で通り過ぎた経験も少ない。

 学校から目的の地点まで早歩きで向かっているとまたメールが来た。それはあの空間の中を巨大な魔獣が複数うろついているという情報で、添えられた写真を見て私はびっくりした。


(二階まであります!)

(おー、こういうの久しぶりだ)


 写っているのは赤いマンモスもどき。頭のてっぺんが民家の二階の窓に届きそうな高さにある。牙も大きくて恐ろしい。メールによるとこの個体は見た目ほどの頑丈さはなくてもう消えているそうだけれど。

 私は駅のロッカーに荷物を預けてからは走った。

 膜を通り抜けて中に入って、探索の用意をする。

 通信機の電源を入れて誰がいるのかと見ていくと、シルゼノさんの名前があった。

 とりあえず空間の中心の方へ行くことにして、そう歩かないうちにアズさんが飛んでくる魔獣に気付いた。青緑色のわりと大きいのが六匹。


「主、一応建物の中に」

「ここでいいですか?」

「ああ」


 私はすぐそばにあった不動産屋に入った。カウンターにいろいろ置かれている。きっとこの空間ができた時、元の街では誰かが物件を探していたんだろう。

 ガラス戸越しに外を見ていると魔獣が次々とアズさんに襲いかかっていって、全部斬られた。

 アズさんが戸を開けてもう大丈夫と言ったから私は外に出た。


「でかいだけのやつだった」


 アズさんにそんな評価を下された魔獣は核もなんか脆かった。六つのうち二つだけ拾って後はその場ですっかり消しておいた。

 不動産屋から少し行ったところで今度は高校生の男子に出会った。薄いオレンジ色の髪で、剣を持っている。彼には見覚えがある。高校生がいて珍しかったから、髪の色が違ってもわかった。


「あの、迷惑な人捕まえようって時にいましたよね?」

「はい、いました」


 私の質問に彼はにこやかに答えた。

 谷川と名乗った彼が言うことには、高一の彼は元々組織が人手が欲しいと思った時に声をかけられるポジションの人で、今は受験生の新崎さんが抜ける分を埋めるための要員の一人なのだそう。

 今日谷川くんは大きな魔獣を二回見たらしい。一匹は角込みで三メートルくらいの鹿もどきで谷川くんが一人で倒した。もう一匹は写真の魔獣くらいの大きさの牛もどきで、それは立石さんが雷を三回落として倒した。


「雷を二回耐えたんですか?」

「そうなんです。あれはぼくには無理なやつでした」


 たぶん香野姉妹の謎の感知能力に引っかかるやつだ。

 谷川くんには道も軽く教えてもらって、お礼を言って別れた。

 広い道を進んでいって、交差点を曲がろうとしたら茶色の集団――魔獣の群れを発見した。距離があるせいか何の形かわからない。


「あれ何の形でしょう?」

「オレが思うにカピバラ」


 へえ、カピバラ……もどきだよね?


「あれ魔獣ですよね? まさかのカピバラじゃないですよね?」

「カピバラだったら今頃寒さに震えて仲間とくっついてるんじゃねえか? あれあったかいとこの生き物だよな。まあ向こうの似た生き物もそうとは限らないけど」


 アズさんは道を曲がってすぐの所にある眼科の駐車場で小石を拾うと車道に出て茶色の集団に向けて投げた。小石が地面に落ちると茶色の集団はこちらに気付いて一斉に走り出した。どの個体も私たちに向かってくる。そんなに速くはない。


「車の陰にいてくれ」

「はい」


 私は指示に従って自動車の陰に隠れた。アズさんが魔獣を踏んだり斬ったり蹴ったりしているのを見ていたら、車道の向こうにある横道から人が姿を現した。三人いる。

 魔獣が全部倒れると、アズさんに三人組が近寄っていって、アズさんは私を呼んだ。

 横道から出てきた三人が誰かというと、ネフェスセシカさんとミルさんとシルゼノさんだ。

 シルゼノさんがネフェスセシカさんたちと同じ服を着ている。絆創膏や包帯は見あたらない。かさぶたはある。そして右手に剣を持っている。

 私が挨拶をすると三人から日本語での挨拶が返ってきた。


「シルゼノさん、転職ですか?」


 聞いてみたらミルさんが頷いて説明をしてくれた。

 身分的にシルゼノさんはいなくなってもおそらくあまり気にされないし、彼が外国に行ったことがフメタリナ帝国にバレた方が彼に命令をした人が危なくなるかもしれない。そういうわけでシルゼノさんはフメタリナ帝国に戻らない。シルゼノさんとしても帰りを待つ人とか特にいないから構わない。

 向こうの組織の人たちはシルゼノさんに自分たちのところで働いてもらうことにして、戦闘能力があるから自然と魔獣退治要員として考えられて、そうなると時期的に新入りというのはおかしくて事情を知らない人が怪しむのでしばらくの間は地球担当ということになった。


「そして今は私たちに付いて回って研修中といったところだよ」

「そうなんですね。じゃあ、えっと」


 アズさんが何と言えばいいか耳打ちしてくれた。


「〈これからよろしくお願いします〉」


 シルゼノさんに向かって言ってみたら、彼もまた頭を下げて何か言った。これはミルさんが訳してくれた。


「『あなたのために頑張ります』って。ここでの大事なことがわかってるようで良かった」

「頼もしくてありがたいです」


 ミルさんたちとは情報を交換して別れた。

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