123 情報
「――――――?」
立石さんが二つ目の質問をした。その内容は当然、この世界に来た理由を尋ねるもの。
シルゼノさんが何か言うと部屋の中にいる人たちが姿勢を変えたり驚いたように声を出したりした。
(重要な情報が出てきたぞ!)
どんな?
(命令されて来た。フメタリナとレゼラレムが組んで悪いことをしているということを伝えにいきなさいって命令された)
ほんとだ! 本当にすっごく大事な情報だ!
立石さんは少し前のめりになって詳しい説明を求めた。でもシルゼノさんは詳しいことは知らなかった。
では何がどうなって来たのかと立石さんが聞いた。
シルゼノさんは軍隊に所属している人らしい。
ある山で夜間の偵察の訓練をしていたところ、魔獣の群れを発見した。そのことを上官(この人は人権が保証されている)に報告するとなぜか上官だけがその場にやってきて、シルゼノさんは普通の服に着替えさせられた。着替えが済んでまた魔獣の群れを見ると、何か黒いものの中に入っていくところだった。そして上官に、伝言のために魔獣を追いかけていくことを命じられて、それに従った。
(中も暗くて、石みたいな固いものが飛び交ってた。大きいのも小さいのもあった。最初は魔術で身を守って普通に歩くように進んでいけたけど、そのうち強い風に吹かれて歩きにくいと感じるようになった。何度か体が浮いたし飛ばされもした。前にいる魔獣の数がだいぶ減った頃、風が弱くなってそれは良かったんだけど、少ししたら今度は水の中を歩いてるような感覚になって、流されたと感じることもあった。しかもだんだん頭がぼうっとしてきて、最後は夢を見てるかのようだった。気付いたらベッドに寝かされてた)
(夜に黒い服着て車道を横断どころじゃないですね)
(防寒着だけ持った雪山登山って感じだな)
シルゼノさんに命令した人の考えはわからない。別の世界に向かわせるにあたってろくな説明も準備もなく、命令の内容が「悪いことをしていると伝えろ」なあたり、密告のチャンスが来たから急いで指示を出したとかそんなところなんじゃないだろうか。
話を聞き終えると立石さんはオーリルゼーラさんと顔を見合わせた。
「どうしましょう……」
「どうしましょうね……」
二人とも困っている。森さんもだ。
「あの、質問してもいいですか」
聞いてみると立石さんから「どうぞ」と許可が下りた。
「レゼラレムと共謀しているという国は、魔獣退治への参加はどうなっていますか」
私の質問に答えたのはオーリルゼーラさんだった。
「私たちの組織に参加しています。大国なので、資金をたくさん出しています」
「フィウリー支部にその国の人はいますか」
「います。ここのことを知っている人もいます。ここのことは魔術で外部の人には言えないようにしています。でも、完璧とは言えません」
やっぱりそうなんだ。
スパイがいるかもしれない。だから立石さんたちは「どうしましょう」と困っている。
「思ったことがあるのですが」
今度は新崎さんが発言の許可を取った。
「情報を流す人間がいるとして、彼が向こうで用件を喋らなかった時点でもう察しているのでは」
「あ。……そうだよね! じゃあ早いとこ情報共有しよう!」
そう言って立石さんが勢いよく立ち上がるとオーリルゼーラさんと森さんが同意した。
立石さんは私と新崎さんにはまだこの部屋にいるよう言った。誰か来るまでシルゼノさんと一緒にいるようにと。
(見張り兼世話係ってことだな)
(新崎さんにアズさんとシルゼノさんのことを話すチャンスです?)
(そうだな)
大人たちが部屋を出ていった。
新崎さんがシルゼノさんに疲れていたり体調が良くなかったりするなら寝るよう言うと、シルゼノさんは起きていると答えた。
では誰か来るまで話をしていようということで私と新崎さんは椅子に座った。
「新崎さん、さっき事情話すって言ったことなんですけど」
「ああ」
「シルゼノさんが、私を見て不思議な感じがするって言ったのは、アズさんを感じ取ったからなんです」
「まあそうだろうな。その理由をお前は知っているわけだな」
「はい。アズさんの魂は、シルゼノさんの魂の一部なんです」
「……は?」
さすがの優等生も理解に時間がかかっているようだけれど、人が来るかもしれないから説明を続けさせてもらう。
「アズさんの名前の元になった人は知ってますか?」
「魔術を切り裂いたとかいう人物だな」
戸惑った顔をしたまま新崎さんは答えた。
「そうです。アズさんの魂はそのセラルード・アイレイリーズさんの魂の一部なんです。それで、アズさんの方は、シルゼノさんがセラルードさんの生まれ変わりだって、自分の魂の本体だって、見てわかったそうです」
新崎さんが私とシルゼノさんを交互に見た。それで今のところはシルゼノさんより私の方が魂どうのこうのの知識がありそうとか思ったのかもしれなかった。
「……お前の刀の魂となっているものは、セラルード・アイレイリーズという人物の魂の一部で」
「はい」
「そいつは魂が一部無い状態で生まれ変わって彼になっている?」
「正確には、セラルードさんの生まれ変わりの人が魂を提供したので、欠けてるのはそれ以降です」
「そうか。……一部は本体が本体だとわかった」
「はい」
「では本体の方は?」
「何も憶えてないそうです。でも今はアズさんが教えたので知ってます」
「そうか……」
新崎さんは目線を下げた。そうして頭の中を整理しているようだった。少しすると顔を上げてまた私を見た。
「今のは全部秘密か?」
「はい。新崎さんは口が堅そうなので、教えて納得させて黙っててもらおうって考えで話すことにしました」
「なぜ秘密なんだ?」
「アズさんを作った人たちが、アズさんに、あんまり言わないよう言いつけたそうです。魂をどうこうできるのを知られたくなかったみたいで」
「なるほど。他に知っている人はいるか?」
「ウィメさんが知ってます」
「それだけか。――わかった。黙っている。約束する」
「ありがとうございます」
私が新崎さんに頭を下げたことでシルゼノさんにも話に区切りがついたことがわかったのか、彼が小さく短く何か言った。日本語でいえば「あの」と呼びかけた感じに聞こえた。
新崎さんが用件を尋ねるとシルゼノさんは私たちに質問をした。質問内容は、アイレイリーズとは何者か。
(オレが教えるのが早いか)
(そうですね)
というわけでアズさんが再び外に出た。
アズさんがシルゼノさんに説明して、それを聞きつつ新崎さんと私は小声で話をした。
「お前の刀には、名前の元になった人物本人が付いている、ということでいいのか?」
「はい。でも一部です。刀に魂を提供した人が、セラルードさんの二十代の頃を一番思い出してたので、その部分が取りやすかったそうです。理論上では二十八くらいのセラルードさんが知っていたことならアズさんも思い出せるらしいです」
「あの姿は何だ? 刀と一緒に作ったものではない?」
「セラルードさん本人です。あ、正しい姿が伝わっていないって話は知ってますか?」
「いや」
セラルードさんの肖像画の話をして、私の携帯に保存してある画像を新崎さんに見せた。
「騎士感はあるけど剣豪感はいまいちって評価らしいです」
「確かに剣だけで乗り切りそうな感じが薄いな」
アズさんが振り向いた。
「主。それ、こいつにも見せてやってくれないか」
「どうぞ」
携帯を両手で持ったシルゼノさんは肖像画をしばらく見つめた。でも特に思い出すものはなかった。




