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122 教える

 台車を押して今度こそ部屋を出ようとしたところに新崎さんが来た。食堂から台拭きを持ってきたのだった。彼はテーブルを拭くと、台車の返却も自分がすると言ってくれた。

 新崎さんが出ていって、私はまた椅子に座った。すると少年が喋った。「あなた」と「名前」は聞き取れた。


(名前教えてくれ、ですか?)

(そう)


 名乗ったところ少年はなんだかわかりにくそうにしていたから、私は数学のノートから破り取った紙に名前を書いてみた。


(合ってますか?)

(合ってる)


 アズさんに確認してもらってから紙を少年に見せた。


「ひ、も、と、ゆかり……」


 少年がゆっくり呟いた。どうも彼にとっては今のところ「ひもと」は言いづらいらしい。

 私は少年に彼がしたのと同じ質問をしてシャーペンと紙と下敷き代わりのノートを渡してみた。少年はまずアズさんも正確には読めない文字列を書いて、次に私にも読めるものを書いて、それから喋った。

 彼の名前はシルゼノ。名字は無い。

 治療室に森さんが戻ってきた。


「おや? 若い人同士で交流中ですか?」

「名前教え合ってました」

「そうでしたか。ああ、そのまま座っていていいですよ」


 森さんは立とうとした私を止めると、別の椅子を持ってきてベッドのそばに置いた。置いただけで座らない。


「――――――?」


 森さんが何か尋ねるとシルゼノさんは「はい」と答えた。


(食べ物は口に合ってたかって)

(合ってたなら良かったです。無にならないと食べられないものかってちょっと心配でした)

(あれはやっぱり世話されてたからってのが大きいと思うぜ。でも無が通常っぽい感じも結構するよな)

(ですよねえ)


 シルゼノさんと森さんの会話を見守っていると、廊下から話し声といくつかの足音が聞こえてきた。

 まず立石さんが部屋に入ってきた。それから見たことがある向こうの世界の人(赤みの強い茶髪、三十歳前後の男性)と、辰男さんと、新崎さんが続いた。立石さんはプラスチックの緑色の箱を抱えている。

 立石さんに席を譲ろうと立ち上がったら「樋本さんもここにいてね」と言われた。

 私は新崎さんと一緒にベッドの足側にいることにした。椅子には立石さんと向こうの世界の人が座った。向こうの世界の人は鞄から筆記用具や何かの機器(ボイスレコーダーかな)を取り出した。


(アズさん、この人誰だかわかりますか? 見たことはあると思うんですけど)

(主はたぶん三回見てるな。名前はオーリルゼーラ。資料の整理にオレが協力した時の記録係の一人だ。オレの実力を確認した時にも、魔術を斬る練習にも参加してた)

(……聞き覚えはあります……)


 アズさんが私の持ち物になって初めて大勢の前に人の姿で出たあの日、アズさんと勝負した人は全員立石さんに名前を呼ばれていたから、それで聞いたのが頭に残っていたっぽい。

 立石さんがシルゼノさんに話しかける。


「――――?」


 質問にシルゼノさんが答えるとアズさんが会話の内容を教えてくれた。立石さんが聞いたのは体調で、シルゼノさんは体が重いと答えた。


「――――――?」

(髪の色が変わるのは見たことあるか)


 今度の質問には「いいえ」と言った。

 向こうにも(アネアさんのような人でなくても)髪の毛の色が変わる人がいて、金属片を出す人ほどではないけれど珍しいと聞いている。

 数は少ないけれど存在を知られているので寝る時のアネアさんが黒髪になることは別に隠すことではないらしい。でも魔力を全然使わない状態というのは秘密にしている。


「――――――?」

「〈はい〉」


 立石さんが新崎さんを指差した。


「――――。――――――――――」

(僕とこの子は色が変わる。でもきみが知ってるような変化とは違うと思う)


 ん? もしかしてここが別の世界という認識がまだない?

 私だけでなく新崎さんも疑問を持って、それに立石さんが気付いたか元から予測していたかで私たちに説明をした。


「この子ね、こっちに用があるみたいなんだけど、黒い道を抜ける前に気絶しちゃって、しかも起きたらただの外国にいたから、僕らが用件を伝えるべき相手かどうかわからないでいるんだ。だから、僕らは確かに道の先の人だってわかってもらおうとしてるところ」


 なるほどなるほど。


「それでこっちに戻ってきたんですね」

「そう。戻ってきてすぐに外の景色見せたし、本とかスマホも見せたよ。今は人を見せようと思ってね。このとおり魔力の確認ができる道具持ってきたんだ」


 立石さんが緑の箱を開けて中を見せてくれた。

 中身は赤い巾着袋と、何かを計るためのものらしい機械。

 機械の方が箱から出されて、ベッド脇のテーブルに置かれた。

 電流計とか電圧計みたいな目盛りと針のある物体に、血圧計の腕に巻く部分に似た物が繋がっている。


「これはね、魔力がどのくらい動いてるかわかる機械。ちょっと強め、大きめにいくとすぐ針が振り切れちゃう繊細なタイプだから、魔力が動くかどうか見るために使うよ」


 まずオーリルゼーラさんが計る部分を手首の近くに着けて、手を閉じたり開いたりすると計測機の針が動くところを見せた。その次に立石さんが使って針が動かないのを見せた後、髪の毛を紫色にして今度は針を動かしてみせた。新崎さんも立石さんと同じことをした。

 手品でも見たような反応をしたシルゼノさんに立石さんは自分や新崎さん、森さんがどんな人であるか説明した。その際、辰男さんがこの世界における一般的な人の例として紹介された。

 立石さんが喋りながら巾着袋を開けた。

 袋の中から取り出されたのは透明感のある紫色の玉。玉の直径は四センチくらい。銀色の輪が取り付けられている。丸くしたアメジスト?


「なんか薄いな」


 立石さんはそう呟いたけれど特に問題は無いと判断したのか玉を手に持ったまま話を続け、そして辰男さんに玉を渡した。すると玉からすーっと色がなくなっていった。紫水晶がただの水晶になった。それで玉の中心を輪の金具から伸びた棒が貫いていることがわかった。


(あれな、魔力を持ってる人が触るとその人の色になる玉。魔力が無いとあのとおり)

(じゃあ、袋の中で立石さんに触られたから最初紫だったんですね)


 アズさんが「そう」と言った直後、立石さんが私に声をかけてきた。


「樋本さんも持ってみる? 魔力の有無がわかるんだ。もしかしたらアイレイリーズ君に込められてる魔力の色になるかも」

「はい」


 私が頷くと、辰男さんが「高級品だから気を付けてなー」と言って玉を差し出してきた。

 丁寧に扱うことを心がけつつも少しわくわくして玉を両手で持ってみた。……何も変わらなかった。


「やっぱり樋本さんの謎パワーは強力だね」

「ちょっと残念です」

「変わった方が面白いものね。そのまま持ってて」


 立石さんが玉に触れた。しばし待ってみても玉はどうともならない。


「うわー! 触ってるのに何もない!」


 立石さん楽しそう。


「興味深いですね」


 オーリルゼーラさんがそっと玉に手を伸ばした。彼が加わってもやっぱり何も起きなかった。

 立石さんが玉をしっかり掴んだので私は立石さんから離れた。すると玉は最初に見た色になった。


「――――――――?」


 椅子に戻った立石さんが問いかけると、


「――」


 シルゼノさんはちょっと困ったような顔をしつつ頷いた。

 魔力を使わない状態にできる人間二人と魔力が全然無い人間二人を見た彼は、ここが奇妙な道の先にある場所だとわかってくれたようだ。


「――――――?」

「〈はい〉」

(何で来たか教えてくれるんですか?)

(そう)


 立石さんはまずシルゼノさんにどこから来たのかを聞いた。これは私にも聞き取れた。シルゼノさんは地名を答える以外にも何か喋ったようだった。


(フメタリナっていう国の奴隷なんだと)

「どっ……」


 驚いて声が出た。そんなに大きなものではなかったけれど、部屋にいる人たちから注目されてしまった。新崎さんが「どうした?」と聞いてきた。


「ご、ごめんなさい。奴隷だって聞いてびっくりして……」


 私が訳を話すと、オーリルゼーラさんが口を開いた。


「珍しくないですよ、その身分がある国」

「みたいとかじゃなくて、ほ、ほんとに」

「そのものです」


 そういえば昨日アズさんがシルゼノさんのことを「勉強してるか怪しい」と言っていた。身分的にできていないのかも……?


(あいつも主の反応にびっくりしてるぞ)


 へ。

 シルゼノさんは私が何を言ったか立石さんに説明されたらしい。

 私とシルゼノさんはお互いを見たものだから当然目が合った。


「なんか異文化交流って感じだね」


 立石さんがそんなことを言った。

 交流というよりは衝突の気分なんですけど。

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