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120 気になる

 自力で出られない人を外に出したわけだけれど、この空間はまだ消えないので私たちは侵入者探しを再開した。


「新崎さんは、あの人の他に生き物見つけたことありますか?」

「俺が見つけたのは彼が初めてだが、見たことなら他にもある。死にかけの蛇を見せてもらった。一メートル以上あった。向こうに戻す前に死んだらしい」

「その蛇はどうして死にかけてたんですか?」

「わからない。なぜかぐったりしていた。傷はなかった」


 あの黒い道のせいかもしれないし、向こうで既に弱っていたかもしれないという話だった。


「アズさん。今思うとあのうさちゃん、運が良かったんですね」

「そうだな。無傷だったし、おとなしいのは元からって話だもんな」


 うさぎを抱っこした時、怪我をしているわけでもなければ弱っているという感じでもなくて、だから私は逃げられることを心配したし、おとなしく抱っこされてくれているのは人に慣れているからかもと思った。疲れているのかと考えもしたけれど、そういうこともありえると思いついただけだった程度にはうさぎは健康そうに見えた。あれで本当に疲れていたのだとして、攻撃されなくても終わる程に弱った魔獣や傷だらけで全然起きない人間と比べるとなんと元気なことか。あのうさぎが通った道は暗いだけとか風が吹いているだけとかそんな感じだったのかな。

 話をしながらしばらく歩いたけれど、侵入者探しをしている人がいるばかりで他の生き物や生き物もどきが見つからなかった。薄紫さんがいたからアズさんが呼び止めて何か見ていないかと尋ねたら「こっちが聞きたいくらいでーす」と返された。


「この辺、この状態で困る人いるんです?」


 薄紫さんのそんな質問には新崎さんが答えた。


「八十過ぎの人が一人」

「そうですかー。それなら私たちも努力はしますので意地悪はしないでくださいよ」


 薄紫さんが私たちの前から走り去っていった。彼女は今日も速かった。


☆★☆


 とある曲がり角の先を見たら道の真ん中に薄緑色の何かがあった。微妙に動いている。よくわからないけれどまあ魔獣だろうということで新崎さんが矢を放って、当たって……


「む」

「弾かれたか」


 矢は標的に当たったけれど刺さらなかった。

 相手は結構強いかもしれないと慎重に近付いてみれば亀っぽい魔獣だった。全長は六十センチくらい。魔獣は私たちに向かって首を伸ばして口を大きく開けてかみつこうとしてきたけれど、移動速度は遅いから気を付けていれば私にとってもそこまで脅威じゃない。


「これは元気そうですね」

「甲羅のおかげで軽傷で済んだんだろうな」


 そう言うとアズさんは魔獣の後ろから甲羅を触った。


「こりゃあ固いな」


 魔獣は前にいる新崎さんに攻撃をしかけにいっている。

 アズさんが魔獣をひっくり返した。魔獣のお腹は少しへこんでいた。背中より防御力が低いのか、たまたまお腹に何かが強く当たっただけなのかはわからないけれど、きっと他の魔獣同様に怖い道で負傷したんだろう。

 魔獣は足と首とあと尻尾を動かしている。元に戻ろうとしているのではなくて攻撃しようとしている。この亀もどきは魔獣らしく生き物がいれば襲いにいくけれどのろいから襲えないし、鳴かないからなかなか人に気付かれなかったんだろう。

 アズさんが魔獣の左後ろ足を掴んだ。


「これもなかなか。でもオレが苦労するものじゃないな」


 そのままアズさんは魔獣の足を切り離した。それでも魔獣は新崎さんを狙っている。新崎さんが魔獣の口が届く位置に居続けているからだろうか。

 魔獣は両方の前足を切りつけられて首に刃を突き立てられて力尽きた。

 魔獣だった泥が小さくなっていくのを見ていると、


「にいちゃーん」


 男子の声が聞こえてきた。私たちが歩いてきたのとは反対の方からだった。そちらを見るとブレザー姿で棒状の物を持っている人がいた。髪が新崎さんと同じ色だ。歩いてくるその人に新崎さんからも近寄っていき、連れて戻ってきた。

 新崎さんの弟さん――健弥くんが持っているのは槍だった。

 健弥くんは私と同じくらいの身長で、目は黒くて、新崎さんとはあまり似ていない。まだ中学生なこともあってかかわいいと感じる。

 間近でアズさんを見た健弥くんは、


「すごい刀の、人? ですか?」


 新崎さんに紹介される前に、兄と一緒にいた青年が誰なのか気付いた。


「おう、よろしくな」


 アズさんはそう言った後、私の肩に手を置いた。


「で、この子がオレの持ち主でお前の兄貴の後輩」


 私が挨拶をすると健弥くんからは「こ、こんにちは」と緊張気味の挨拶が返ってきた。人見知りというわけではなくて、兄の後輩の女子高生という不慣れな存在にまごまごしている感じだ。

 亀もどきだったものが核だけになったので私はそれを拾った。核を入れた小瓶を鞄にしまって顔を上げたら、遠くの空がきらきらしていた。侵入者は亀もどきで最後だったっぽい。

 私たちは路地に入り込んだ。元の街に戻る時、


「わっ、わわ……」


 健弥くんはバランスを崩して地面に手をついた。久しぶりのことだったから立っているのが難しかったらしい。

 ふう。今日は人との戦いがなくて良かったな。


「新崎さん、駅までの道教えてください」

「送る、いや、親に車を頼んでみる。家が近いんだ」


 なんと。


「ありがとうございます」


 新崎さんの家に向かって移動を始めてすぐに私の携帯が鳴った。立石さんからの電話だ。そのことを新崎さんに伝えてから私は電話に出た。


『今どこ? 自力で駅まで行けそう?』

「新崎さんの家の近くに新崎さんといます。駅まで送ってもらう予定です」

『そうなんだ。僕車で来てるから、樋本さんを駅まで乗せていこうかと思ってるんだけど、樋本さんとしてはどうするのがいいのかな。電車の時間はわかる? 他に乗せてく人を拾ってからだし、道混んできてるから、秀弥君の家までだと十分近くかかるかも。で、そこから駅までがたぶん五分以上』

「ちょっと待っててください」


 いつもの駅で配られていた小さい時刻表にこの駅の分も載っていたはず。

 新崎さんに通話の内容を説明して、財布のポケットに入れておいた時刻表を出す。時刻表を広げるのを新崎さんが手伝ってくれた。

 今から二十五分後の列車に乗らないとその次は私の降りたい駅まで行ってくれないから帰りがだいぶ遅くなる。でもこの辺りで立石さんを待つ余裕はある。


「うちで待つのもいいと思う」


 新崎さんがそう言ってくれたこともあって、私は立石さんと帰りたいと伝えた。


『わかった。じゃあ迎えにいくよ』


☆★☆


 新崎兄弟が合流した場所から二人の家まで徒歩二分だった。兄弟はあの空間の中を家に向かって歩いていたのだった。新崎さんは荷物を下ろそうと思って、健弥くんは侵入者が全然見つからなくなったことであてもなく歩くのが嫌になって。

 健弥くんが玄関のドアを開けるなり「お母さん、お客さん!」と家の中に向かって大きな声で言った。

 私は玄関前で少し待つように言われて、兄弟が家に入っていってドアが閉まって、そんなに待たないうちにまたドアが開かれた。

 玄関には新崎さんと、四、五十代の青い目の女性がいた。

 女性が私に向けてにこりと笑った。


「どうぞ、上がって」

「お邪魔します」


 家に上がらせてもらって新崎さんとそのお母さんに連れられていった先はリビングで、そこには茶と白の二色の毛をもつ猫がいた。新崎さんが猫をひょいと抱え上げた。


「お前、猫は」

「好きです」


 私が答えると新崎さんが寄ってきて猫を見せてくれた。


「ミューオンだ。健弥が名付けた」

「男の子ですか?」

「そうだ」


 ソファーに座るよう新崎さんに言われてそのとおりにすると、新崎さんがミューオンくんを私の膝の上に乗せてくれた。


「の、乗っててくれるんですね……!」

「ああ」


 ミューオンくんをそっと撫でていると、新崎さんのお母さんからお茶を出された。ありがたくいただいて温まる。

 私服に着替えた健弥くんがリビングに入ってくるとミューオンくんがいそいそと甘えにいった。

 この家の三人をそれとなく見比べる。健弥くんはお母さん似だ。

 兄弟の魔力の元はお母さんかと聞いたらそのとおりだと返された。お母さんが自分は息子たちのようには戦えないのだと教えてくれた。


「でも旦那よりは強いんだけどねー」


 お母さんが冗談めかして言うと、


「最弱はお父さんかな、ミューオンかなー?」


 健弥くんがそんなことをミューオンくんに聞いてみて、


「んみゅーぅなん」


 ミューオンくんが何か主張した。


「お父さんって言った?」

(自分の名前言ったんじゃねえ?)


 アズさんには持ち主が猫を飼っていた期間が少なからずあるけれど、ミューオンくんのことについてはやっぱり健弥くんの方が正しいだろうか。


「旦那にそっくりな秀弥が一番強いんだから遺伝ってわからないよ」


 へえ、そうなんだ。新崎さんはお父さん似なんだ。

 新崎さんの容姿の良さに向こうの血はあまり関係していないらしい。でも実はお父さんの方でもどこかで混じっているかもしれない。

 質問したりされたりの数分間を過ごして、お茶のおかわりはいるかと聞かれたタイミングで迎えがきた。


☆★☆


 立石さんの車は五人乗りで、助手席にキルスさん、後部座席にミルさんと、ネス……スじゃなかったはずだ、じゃあセ……? だめだ、名字が思い出せない。名前はわかる。アストさんだ。とにかく、立石さんの車には向こうの世界から来た三人が乗っていた。

 私はミルさんの横に座った。

 隣の隣の人のことはアズさんに聞いた。正しい名前は「アスト・ネフェスセシカ」だった。

 車が走り出してから、魔獣は見たかと立石さんに聞かれた。

 私が防御力を活かさなかった亀もどきの話をすると、魔獣にはよくあることだとミルさんが言った。そして車内は生き物の形をしている意味がなかった魔獣の話で持ちきりになった。


☆★☆


 電車に乗ってからもアズさんは起きていた。何か話す様子はなくて、私が読書を始めても寝なかった。

 亀もどきを斬っただけだから眠くないのかなと思って私はあまり気にしないでいた。

 駅の通路を歩いている時、アズさんが唐突に喋った。


(あの倒れてたやつのことなんだが)

(はい)

(あいつ、オレの魂の本体だ)


 へっ? はい? え、魂の本体というと、


(セラルードさんの生まれ変わりってことですか?)

(そう)

(見てわかったんですか?)

(見たっていうか感じた? とにかくわかった)


 へえ、そうなんだ、そういうものなんだ、へえ。

 あの人もアズさんのことわかるかな? セラルードさんについて何か憶えていることはあるかな?


(そうなんですね。それで何か、することはありますか?)

(いや何も。でも、気にしないでいるってことはできそうにないな……)

(私もすっごく気になります。セラルードさんの生まれ変わりっていうよりアズさんを出した人の生まれ変わりって考えると用があって来た可能性高くなりますよね)

(そうだな。でも何か憶えてて用があるんなら向こうの組織を頼りそうな……いや、こっちのことはあの支部でしかしてないから、接触しづらいってことはあるか……?)

(そうですねえ。あそこに勤めててもこっちのこと知らないって人いっぱいみたいですし)


 知っている人も多いからアズさんを見にきた人で会議室が賑わったりアズさんの練習にいろんな人が協力してくれたりということがあったわけだけれど。


(何なんだろうなぁ、あいつ……)

(何なんでしょうね。迷惑な組織の人じゃないといいなって思います)

(オレも。本体がオレの敵ってのは許せない)


 家に帰ってから立石さんにメールで少年の様子を聞いてみようかと思ったけれど、向こうの世界にいるかもしれないと思ってやめた。

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