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116 どうする

「それじゃああれは署名みたいなものですか」

「ああ。ついで、だが。一番の目的は、あちらの世界に関係することだと君にわかってもらうことだ。わかれば優先してもらえるだろうからな。わかりにくくしたのはもちろん他の誰かに手紙を見られるかもしれないことへの対策だ。きらきら星にしたのは、もしかしたら君なら気付くかもしれないと思ってのことだった。さすがにひねりすぎたな」


 辞書で家上くんの名前について調べていたら気付けたかなあ?


「重要なことだって私が思ったのに私の予定が合わなかったらどうするつもりだったんですか?」

「状況や君の様子を見てまた頼んでみるか、“残念だが縁がなかった”で終わり、だ。君の刀にも言われたが、今日のことは、俺が嫌だからという理由で考えたことだ。だめなら諦めて、他の方法を採用する」


 そうだった。気の進まない方法があって、それなら確実っぽいんだった。これはユートさんがしたいことではあるけれど「必ずしたいこと」じゃなくて「こうできたらいいな」なんだ。

 家上くんが悲しいことを思い出す可能性を遠ざけることくらいはできたのかな。

 良かった、他の予定がなくて。


「だから今日、樋本さんが来てくれて嬉しかった」


 雰囲気が変わった。どうやらここからはまた基本は家上くんになるようだ。


「そろそろ行く?」

「うん」


 家上くんの提案に私は頷いて、彼に水筒を返した。

 ベンチから立ち上がって忘れ物がないことを確認する。

 それから並んで歩き出して……十歩進んだ時、家上くんが右手で私の左手を掴んだ。

 ……もしかして手を繋ごうと!?

 私は思わず足を止めた。家上くんも止まった。


「あ、あああっ、あのっ、手っ」

「こうしないとデートじゃなくてただ一緒にいただけみたいに思うから。握り返してくれるかな」

「ひゃ、は、い」


 ユートさんの決めた行動なのはわかるけれど家上くんと手を繋ぐということに平常でいられるはずがない。

 そっと指を曲げてみたら、家上くんの握る力が強くなった。あわわわ。


「もう少し力を入れて」

「はい……」


 言われたとおりにする。弱いけれど握られている感はあると思う。

 家上くんに軽く引っ張られた。また足を動かす。


「もし、知り合いに会ったらどうする……?」


 場所(地域)的に共通の知り合いに会うことはないだろうけれど私の知り合いならいるかもしれない。


「正直にデート中だって言う」

「ひぇ……」

「結構仲がいいんだってことにしよう。それで付き合ってるって思われても別にいいんじゃないかと思う」

「ふえっ!?」


 家上くん? ユートさん? 何考えてるの?


「嫌かな」

「え、え、あ、あぅ……」


 付き合っていると思われる? 付き合っていないのに恋人同士と認識される? それってつまりどういうこと? えっと、えっと……あ、美男美女先輩がそうだ。お似合いだよねとか言う人がいるけれどあれはあの二人だからであって私と家上くんだったらどんな感想を持たれる?


「……わかんない……。家上くんは、どうして構わないの」

「慣れてるから」


 ああそうか、駒岡さんたちのことでいろいろ言われ慣れているからか。それに私とのことも文化祭の時に既に少し言われてるんだった。

 ……あー……。

 うまく考えられないし、家上くんは別に嫌じゃないみたいだしもういいや。

 それよりこの状況を満喫しよう。満喫したい。といってもどうしたらいいのやら。

 こうして手を繋ぐことになったのは、デート感を出すためだから……じゃあそれっぽいことをもっとしよう。

 デート感のあることって何だろう。二人の距離が近いことの他には、うーんと……相手に好意を持っているという態度? 呼ばれたら笑顔で返事をしたり、他の人の話をされたら焼き餅焼いたり。あれ、これってユートさんに要求されたこととそう変わらないのでは?

 相手の行動無しに好意があることを示すには――一番は「好き」と言うことだけれどそれは置いといて――一緒にいたがるとか、積極的に話しかけるとか。だから、だから、えーっと……そうだ、家上くんのこと気になってますアピールをしてみよう。

 好きな人のことは知りたいもの。だから質問をする。

 ……よし。


「ねえ家上くん。身長いくつ?」

「四月に計った時、百六十八.五だったよ。今はもうちょっとあると思う」

「男子だからきっとまだ伸びるよね。いいな」

「大きくなりたいんだ?」

「うん。あと二センチは欲しいの。百六十超えたい」

「いけるかもしれないよ。俺の母さんが、大学生の間に一センチ伸びたらしいんだ」

「そうなの? いいこと聞いた。私のお母さん、高二からの二年で七ミリ伸びてそれっきりって言ってたから、厳しいなあって思ってた」


 私が自分の母親と他人の母親のどちらのようになるかといえばそれは自分の母親と同じ可能性の方が高いけれど。それに家上くんのお母さんは向こうの世界の人の孫だから伸び方が特殊かもしれない。

 私たちの後ろからジャージ姿の人が走ってきて追い越していった。


「すげー速いな、あの人」

「ねー。若い頃は陸上部かな」

「そういえばここでマラソン大会あったんだよな。出てそう」

「そうだね。マラソンといえばさ、学校のはどうだった? 私、去年より記録縮んだんだ」

「俺も縮んだ。なんか体力ついたみたいで、結構。あ、上位者の記録張り出されてたの見た? 駒岡すごいよな」


 それについては認めるしかない。


「うん」

「文化祭の時は見てて面白かったし」


 む。これはもしやユートさんによる振り?

 別にかわいいとか言ってるわけじゃないし彼女の運動能力が高いのは誰もが認めることだし学校のマラソンの話をし始めたのは私だし友達を褒めたことに対して不満を示されるというのは家上くんの心情的にどうなんだろう。

 ここは適当に流して話題を変えよう。


「すごかったね。そういえば、文化祭で小川くんに何か奢ってもらったり米山くんに何か奢ったりはした?」

「よく憶えてるなあ」

「家上くんのことだから」

「え?」


 家上くんのことが好きだから憶えていることは結構あるよ。って言った方がいいんだろうけれど勇気がない。


「何かと目立って……気になっちゃう人だから……」

「……あぁ、そういう……」


 家上くんは納得したようなそうでもないような反応を見せながら左手の親指を立てた。ユートさんからの「いいね」だ。評価されたのは発言内容よりもじもじした態度かな。


「小川にはソフトクリーム奢ってもらって、米山にからあげ奢ったよ」

「そうなんだ」


 女装コンテストのこと、聞いてもいいかな。恥ずかしがっていたからやめておこうかな。

 手を繋いでいる大学生くらいの男女とすれ違った。とても仲が良さそうだった。甘い雰囲気に包まれていた。いいなあ……。

 本物を見て、私はずるいことをしているという罪悪感と恥ずかしさで何も言えなくなった。ユートさんがそれを察したのかなんなのか家上くんも黙って、二人でただ歩く時間がしばし続いた。


☆★☆


 人の多いエリアまで来た。観光客がのんびり散策していたり記念撮影をしていたりする。

 私たちは、この辺りのことについての展示をしていたりお土産を売ったりしている観光施設に入った。

 私たちが小さい頃に比べて賑わいを失っていたけれど落ち着いた時間が流れていて悪くはない。展示を見終わった後、パンフレットや広報紙が置かれているスペースで一休みしていくことにした。

 観光客が何か書き残していくノートをめくってみる。長々と書いてあったり一行だけだったりする。内容は「どこそこから来た。空気がうまい」とか「あいにくの雨だったけれどどうのこうの」とか「デートで来た(ハート)」とかいろいろ。この街の萌えキャラのやたらとうまい絵を描いていった人もいる。署名付き。


「絵も名前もなんか見たことある気がする」

「俺も」


 家上くんがスマホで検索した。イラストレーターで、私も読んだことのある小説の挿し絵を担当した人だと判明した。

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