112 どうしてそんなことを
あの剣を強くする。家上くんの武器を強くすることは確かにいいことのように思える。でも……。
「あの。そもそもあの剣があるから今の大変なことになっているわけですよね」
「そうだな」
「それなら……家上くんには悪いですけど、思い切って剣を捨てちゃうのはどうですか? ユートさんに難しいなら私がやります。湖に投げ込むのはどうでしょう。お話を聞いてると火山の方がよさそうですけど」
すごい剣は水の中に投げ込むものだけれど厄介な物体として考えるなら火口に捨てるのがいい。でも火山を登るのは大変だ。海ではなく湖を提案しているのも行きやすいから。私の考えている湖はなんかすごい剣が沈む場所としてそんなに悪くないと思う。
(オレは湖はいいけど火山はやだなあ。それなら別のものに活用してほしい。また刀だったら憑いてみるかな。できるかわからないけど)
アズさんがほとんど喋り終わるまでユートさんは返事をしなかった。表情からしてどうも驚いているようだった。
「……その提案ができるあたり、やはり君に剣の影響はないな」
驚きの理由はそれ? 捨てたくはないという気持ちを話してくれたから破棄を選択肢の一つとして考えたことはあると思うのだけれど。持っていたい気持ちが自覚しているより強くて、有って無いような案になっていて他人から提案されると戸惑ってしまう、とか?
「剣への感情は抜きにしても今捨てるわけにはいかない。兵器本体を使用不可能にしてからでないと」
「何でですか? 剣がないと兵器としては不十分なんですよね?」
本体に剣が加わることで出力が十分になる……そんなところでは? だから、今だって使えないようなものでは?
剣がなくなると困ったことになる?……違うか。別の世界に一部があるなんて今の状況は本体からしたら無いも同然だと思うから。
「中途半端に使えるよくわからない物体と化すからだ。剣が威力を増幅する役割を果たすというのは君も考えていると思うが、剣がなければ攻撃できないというわけではないし、攻撃以外のことにも使える。それなのに相当昔に作られたものであるせいかわからないことが多くなってしまっている。つまり、変な使い方をされて制御不能になって大惨事を引き起こす可能性がある。そんな事態になった時、剣があれば止められるらしい。説明書をなくしたような状態だが『本体が動くなら剣を捨てるな』というのは大事なこととして伝わっているんだ」
「大事だって伝わってるのがそれで、剣がなくなったのに兵器が使われるってことはあるんでしょうか」
「女王が兵器の解析のために人を集めているそうだ。剣無しでも大丈夫だと思ってとんでもない使い方をするかもしれない」
「なるほど……」
過激な手段を選んでまで手に入れようとしているのだから剣の重要性は理解していそうだけれど、では剣がなくなった時それで止まるかというとそんなことはなさそう。なぜなら魔獣に人が襲われようがお構いなしの過激な人だから。まだ犯人だと確定したわけではないけれど。
「そういう情報は、協力者さんから貰ってるんですか?」
「そうだ。彼らは大体は駒岡たちの親戚や元王子の家来の子供や孫で、それなりの地位についている人もいて、一般国民が知らない女王の動向なんて情報も手に入るんだ。まあ、兵器のことのような女王が狭い範囲の人間とやっていることは“らしい”が付く程度のものだが」
確実な情報を得られる国の上の方、女王の近くに、その気になれば踏み込んでいけるだけの力のある協力者もいるという。でも元王子様派だと知られたら逆に遠ざけられたり、うっかり魅了されて月のお姫様派になってしまったりしかねないのであまり近付かないようにしているとのこと。
「剣についていろいろ話したが、理解してもらえただろうか」
「はい」
「強くすることに協力してもらえるということでいいんだな?」
(いいですよね)
(オレは主の決定に従うよ)
「はい。お手伝いします」
私が頷くとユートさんはほっとした様子だった。
「ありがとう」
協力を約束した後は、どうやって魔獣の核をユートさんに渡すかという話をした。
例えばあの空間の中で家上くんが一人でいた時。私たちは普通に声をかける。そうしたらユートさんが家上くんと代わって、私たちにユートさんだとわかることを言う。
この話し合いが終わると、先ほどユートさんが後回しにしたことの話に移行した。
「ではここからは晶の気持ちを誘導することについての話だ」
「はい」
「これから晶とデートしてくれないか?」
……はい?
(そりゃあいいな!)
「細かいことを気にしない状態で晶を起こす。三分の一ばかり俺になるが。晶からすれば君の夢を見たかのようになる予定だ」
「……えっと?」
デート? 家上くんと? デートって恋人同士がするものじゃなかった?
……あ、そういえば前に本を読んで同じことを思って、辞書引いたら別に恋人同士とは書いてなかった。異性と、って書いてあっただけだったな、うん。でも大体は恋人同士がする、友達や知り合いとどこかに行ったり何かしたりするのとは違うものだよね? ね?
「どうだろうか」
「あの、それには何の意味が」
「簡単に言うと、君のような人を晶の理想にする。どこにも行かずにただ一緒にいてくれるだけでもいい。とにかく良い印象を植え付けてほしい。駒岡たちと距離を取らせる作戦だけでは足りなくなってきたんだ。晶の扱いが『こんなことをする変なやつ』や『悪いやつじゃないんだけど』から『こういう欠点があるがかなり良いやつ』といった感じになってきた」
(一年一緒に戦えばそりゃ信頼とか親しみとか強くなるわな)
「向こうが扱いを良いものに変えてくれば晶からも近寄ってしまう。最近駒岡が照れて、まあなんだ、一般的にかわいいとされる反応をすることがあったんだが、それを見た晶が過去最高にどぎまぎと」
いやーっ! 知りたくない情報ー!
「そこで、この世界の人に対しての印象をより良くさせることを考えた。あの国のものへの好意を止められないなら、それより強く別のものに対して好意を持ってもらおう、と」
それは理解できる考え方だけれども。
「他人への良い気持ちで強くなりやすいのはやはり恋愛感情だ。君に反論はできまい」
「まったくもってそのとおりです」
「とはいえ持たせるのが大変な感情だ。だからできるだけその方面へ、だ。頼りになるとはいえすぐ怒って叩いたりきついことを言ったりするようなやつより、弱くても優しくて自分のために怒ってくれるような人の方が一緒にいる人としてずっといい、という考え方になればいい。そのために君と晶で楽しく過ごしてほしいんだ」
なるほど、そのためのデート。
(同い年の男女が楽しくすることといえばデートか)
「晶が駒岡たちのうちの誰かに対して恋愛感情を持つなんて俺としても最悪の事態だ。そういう好意が晶の原動力になりかねないからな。もし今後そういうことがあれば、俺は晶に成り代わるか恐怖の記憶に戻ってでもあいつらから晶を離す。だがそれは気が進まないから、晶の駒岡たちへの好意が強くなった時にせめて恋愛の“好き”だと思いにくくしたい。もっといい人がいる、好きなのはその人だ、と」
(それってつまりあいつに主のこと)
(言わないでっ)
あまりにも私に都合が良すぎる話だ。あとうまくいかなかった時の悲しみがものすごいことになりそうな話でもある。
(はい)
ユートさんが必要としているのは特定の誰かじゃなくて概念だ。魔力が無いから一緒に戦うことはできないけれど、一緒にいたいと思える人。
「…………えっと……悪い記憶に戻れたとして、それ意味あるんですか? ユートさんは家上くんに分離されたんですよね?」
「成長して知識が増えて物事を考えられるようになった今なら、俺の記憶は怖いだけのものではないから、晶はあの国に非協力的になるし、さらには幼い頃に兄に言ったように『嫌い』と言うようになる」
言い切った。自分の生まれ変わりの人のことって言い切れるものなのかな。
「……尾高さんを頼るのはだめなんですか?」
「悠花? なぜ?」
「あの人は、私と同じような気持ちを持ってるんじゃないですか」
「そう見えたか。あれは友人としての“好き”だ。恋とは違う。彼女が好きなのは小学校時代の別の同級生だ」
本当かなあ……。
「好きな人のことについて嘘つく人っていますよ。小学生だってそれくらいのことはします。私の同級生が嘘ついてました」
「女子である君に言われると自信がなくなってくるな……」
(大人だけど若いうちに死んじまってるからか妙なところで弱いな、こいつ)
「彼女の気持ちはどうであれ俺は君を頼りたい。というかなぜ君は恋敵が有利になるようなことをわざわざ言うんだ」
「尾高さんの方が効果的だと思うからです。幼馴染みってことは、それだけ長い付き合いってことで、好意的なのは一緒でも去年会った人より嬉しい存在だと思うんです」
「それは確かにそうだ。だが君には大事なことが抜けている。晶の気持ちだ。悠花より君の方を好ましく思っているぞ」
「へ」
(良かったな!)
家が近くても学校が違うから会うことも見かけることもだいぶ減ってしまって、とか?
「人としては同程度だが恋愛的な感情としては君の方が上だ」
「ひぇい!?」
(良かったなー!)
驚きと喜びでどうしたらいいかわからなくなったけれど、私の反応を見たユートさんがまた「いたずら成功」みたいな笑い方をしたからわりとすぐ冷静さが戻った。
「尾高さんのことは百瀬くんとか米山くん辺りと同じな感じですか?」
「そうだ。彼らよりは少しばかり優先度の高い友人だ。異性として意識していない、というやつだな」
あー、やっぱりそういうのかー……。何かきっかけがあればめちゃくちゃ意識しちゃうやつだよね。改めて見るとかわいいな、とか。
「……あの。家上くんは、私と、その、デートするのは、嫌じゃないですか……?」
「まさか。晶は君のことをかわいい女の子だと思っている」
あわわわわわわ……!
ユートさんは真面目な顔になって言葉を続ける。
「デートした夢を見て、いい夢を見たという感想より戸惑いの方が勝る可能性はある。何で樋本さんなのかと不思議に思うだろう。考えたこともないのに、と」
そっかあ。考えたことないんだ……それはそうだよね。そんな理由は無いんだから。
「だが嫌な気分になるなんてことは絶対にない。晶にだって誰かとデートしてみたい気持ちはある。君が相手なら悪く思う理由はない。目が覚めてから時間が経てば、なぜ君かなんて疑問は消えるだろう。君は毎日挨拶する仲で、優しくていい人でかわいい同級生だ。夢に出てくることの何がおかしいのか」
本当にそうだといいなあ。
「デートは俺からのお礼のつもりでもあるんだ。ここまでわざわざ来てくれたことと、協力してくれることへの。受け取ってくれないか」
……ユートさんからの頼みとお礼で、家上くんとデートか……。
デート。したことがない。してみたい。今ならできる。でも相手は私とやろうとは思っていない。思っていないだけで私とやっても問題は無いらしい。本当かな?
「……やはり、気が引ける、か?」
「……とてもずるいことだと思います。でも、でも、せっかくの機会逃したくないです。だから、だからあの、あの、デートさせてください……」
あううう、恥ずかしい。ほっぺ熱い。赤くなっているに違いない。
「うん。ありがとう」
ひゃー! ユートさんじゃなくて家上くんの言い方ー! 私が了承する側だったはずなのに家上くんが私のお誘いを受けてくれた感じになってるんですけどー!