111 力をつけるために
素敵な王子様の曾孫。その存在を知ったら、私が向こうの世界の人だったら期待するかも。だって同じような魔術を使えるかもしれないし、考え方だって受け継いでいるかもしれないし。それで実際に十分な力があるとわかったら……この人が国にいてくれたら、と思うかな。
ユートさんの心配事が本当になってしまう可能性は結構高いのかな……。家上くんが国内どころかこの世界にもいないのは嫌だな。
「ユートさんは家上くんの行動を制限したいわけですよね。そのために、家上くんが持ってる好意が強くならないようにしたり気持ちを別の方向へ誘導したりして、それを私が手伝うってことでいいですか?」
「そのことについても君に協力を頼みたいから後で説明させてほしい。先に頼みたいのは違うことだ。晶としても助かる。――晶の戦力を上げたい」
「はあ」
私が力を貸せること……? 戦力の向上なら駒岡さんたちの協力だって望めそう。それでもまだ足りないということ?
「晶が強くなれば心配事が減る。剣があの国に戻る可能性が低くなる。女王の手に渡ることは避けたいんだ。やつのことは晶たちも警戒している」
へえ。あのお姫様、過激な思想でももっているのかな。
「証拠はないが、この世界に魔獣を送り込んできているのはやつかもしれない」
(まあ野心がそんなになくとも国家元首であれば自分の国の兵器は回収しようとするわな)
「家上くんたちも、あの迷惑な人たちが何なのかわかってないんですね」
「そうなんだ。実際に調べているのは向こうにいる協力者なんだが、前と違って全然わからないらしい。それならなぜ疑っているかという話だが。王位についているのだから剣のことを知っていて当然ということと、経歴だ。やつは先代の王の遠い親戚でしかない一般市民だったが、自分の意志で王まで成り上がった」
「えっ」
(はあ?)
私もアズさんもびっくりだ。あんなに若い人が、自分の意思で成り上がった?
「あの、その女王様の話聞かされたことあるんですけど、十六歳くらいで王様になってますよね?」
私の質問にユートさんは頷くと何がどうなって一般市民の未成年が女王になったかの簡単な説明を始めた。
レーカレーノ・グエンシャ。それが月のお姫様が一般市民でしかなかった頃の名前。
レーカレーノは、血筋にちょっと自慢話があるだけの平凡な家庭に次女として生まれた。三人兄弟の真ん中として育てられていたけれど、日本でいえば小学二年生の時に王様のいとこの息子の養子になった。その際に名前がレーカレーノ・マイオリーに変わった。養父は教育関連の職に就いていて、その関係で彼女を見つけたらしい。魔力が特殊なこと、魔術の才能があること、同世代の子供の中ではかなり賢いという理由で、高度な教育を受けさせれば必ず国の役に立つと思ったのだとか。
それでどうしてわざわざ養子にしたのかというと、貴族でないと通えない学校――受けられない教育があるから。そういう身分の制度がレゼラレム王国にはある。平民が通える学校の水準も高くなりつつあるけれどまだ貴族だけの学校の方が上。だから別に産みの親がいなくなったとか元の家で暮らせなくなったとかの厳しいことがレーカレーノの身に起きたわけじゃない。
レーカレーノは勉強したし、魔術を上達させることに励んだ。それと、たぶん友達作りにも力を入れた。
で、身分と学力と強さが上がった彼女が何をして王位についたかというと。
「やつが王になれた一番の要因は強力な魔術が使えることだ。学友となった王の孫を味方につけ、その父親である王位継承順位第一位の王子に力比べを挑んで勝利した。あの国の王は他人の強化や戦意を高揚させるような支援系の魔術の腕が良いことを求められる。とはいえ一番である必要はないから基本的には王位を継ぐのは長子だが、優れたやつがその実力を大勢に認めさせるとそいつが一位になるという仕組みがあるんだ。さすがに無関係の人間はそうはいかないが、やつは養子といえど身分の高い人間として教育を受けていて、現代らしくDNA鑑定をして確かに以前の王の血を引いているとわかって、次の王として問題無しと判断されたらしい」
レーカレーノは弱冠十四歳にして、次の国王に就任予定で実力が備わっている人(王様の長男・四十代)を上回る力を自分は持っているのだと示してみせた。弱い人を強くして、強い人はもっと強くして、力比べの相手の従者を魅了して動けなくさせた。支援系の魔術が強力な上に強制的な魅了の力まで強めなので統率力はかなり高いと評価された。
十六歳になる少し前に王様が亡くなったことで彼女は即位した。
なんとまだ学校に通っているという。欠席が多そう。
「いかに剣が渡ったらまずそうな相手かわかるだろう?」
「はい。力があることで自分から進んで女王になったのなら、きっと力をとても大事なものとして考えていると思います。だから、戦力になる剣を欲しがるでしょうし、何かに使いそうです」
十四歳という若さで王子様に喧嘩を売る人が戦力を確保しただけで止まるとは考えづらい。
「俺も晶たちも同じように考えている。やつのすることが国の中だけで済めばいいが、外への関心が強いようだからな」
そういえば月のお姫様は外国からの観光客を受け入れるようにしたという話だった。別に国家元首が彼女でなくても経済や発展のために他の国のように開いたと思うけれど、女王に変わって早々に実行されたのは彼女が外国に強い関心があるからなのかも。
「ところで、女王になったのは貴族のお父さんの計略ではないんですか?」
「それについては養父も女王も否定している。王を目指すレーカレーノに反対しなかったというだけのことだそうだ」
(嘘でも本当でも剣を欲しがりそうなやつが女王の陣営にいることは変わらないな)
陰で権力を握る人がいるとしても最終的には剣は女王様の持ち物になるのかな。彼女が使うのが一番良いからと持たされるかもしれないし、彼女に野心が無くても家上くんや彼のひいおじいさんみたいに「あれは自分が管理しなければ」と思うようになって、剣を国王という立場を使って取り上げるとか強化した人々を従えて力尽くで奪い取るとかするかもしれないし。
「晶の戦力を上げる話に戻るが。過激な人間の手に剣が渡らないようにできるだけでなく、晶が他人に助けられることが減る。あいつらを頼りたい気持ちも、助けられたからその分役に立とうという気持ちも小さくなる。心の中のあいつらが占める部分が減る。そうなれば俺だけでなく君にとっても得ではないかと思う」
そうかも。でももう一年以上一緒に戦ってきた人たちへの気持ちは簡単には小さくはならないと思う。なんならそのまま保存されるかもしれない。……こんなこと、戦う仕事をしていたユートさんだって当然考えるよね。だからきっと今家上くんについて言ったことは、「こうなるだろう」というよりは「こうなったらいいよね」なんじゃないだろうか。
「戦力向上のために具体的には何をするのかというと、剣の強化だ。そのために魔力を集めたい」
魔力を……ああ、そういうこと。
「魔獣の核集めればいいんですか?」
確認してみればユートさんは頷いた。
「できるだけ“ただの魔力”が残ったものを譲ってほしい」
「それってどういうもの、ええと、どう判別したらいいんですか?」
魔獣の核は辰男さんの説明では「たまに魔力だけが残ることがある」だった。たぶんユートさんはそこからさらに厳選されたものが欲しいってことだよね。
「君にはというか他の人でも区別がつきづらいと思うから、一旦俺のところに全部もってきてくれるか」
「わかりました。ところで家上くんが拾った核を割るの見ましたけど、あれユートさんが選別してたんですか?」
「俺だったかもしれないが基本的には晶が自分でやっていることだ。なにせティシアは何かと増幅させるものだから込める魔力に気を付けないと不都合が生じるかもしれない。攻撃の威力の調節がうまくいかなくなったり今以上に人を惹きつけるようになったり」
車を消し飛ばせるのに威力の調節に失敗する可能性? うわ、怖っ。それに立石さんやシーさんたちがもっと変になってしまったり藤川さんみたいに何でもなかった人も変になったりしちゃう?
(敵より先に味方が死にそうだな)
「それは困りますね」
本当に面倒な剣だなあ。




