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110 そんなことがあったから

「――うまく気分転換できなくて、晶は彰人に愚痴を言いにいってみたんだ」


 家上くんはお兄さんにクーデターの首謀者の話をして「俺はあの人が大嫌い」と言った。そこまではよかった。問題はその後、向こうの言葉を使って小学校低学年とは思えない話し方で愚痴を続けたこと。別にユートさんの人格が出たわけではなかったけれど、お兄さんから見れば弟が別人になったように見えたかもしれない。お兄さんは家上くんの状態を良くないものだと判断して、「変な思い出」を忘れるよう家上くんに言った。家上くんはお兄さんの言うとおりにしたかったけれど難しかった。


「忘れようとして忘れられるものならそもそも思い出すことはないのだろうな。忘れられないまま進級して、花見に行った時には俺の家族を思い出して、ゴールデンウィークの旅行先では……」


 ユートさんは妙な顔をした。良い思い出ではないことはわかる。


「いや、こんなことはどうでもいい」

(絶対変なこと思い出したぞ。酒に酔った同僚の奇行とかそういうの)


 大人を知るアズさんがそう言うならそうなんだろう。


「とにかく一向に忘れられなかった」


 困ってしまった家上くんだったけれど、成長して少し賢くなったからか、それとも大人のユートさんの記憶が助けになったからか、とある策を思いついた。それは「自分に『違う』と言い聞かせてみる」というもの。何かを思い出しても「自分の記憶じゃない、ドラマやアニメの登場人物のものだ」といった具合で考える。そうしているうちに、本当に自分のものではないのだと家上くんは気が付いた。弟はいない、日本の城しか見たことはない、馬に乗ったことはない、働いたことはない、大人になっていない……自分じゃない、と。

 ユートさんの記憶はテレビで見たものと同じ扱いになっていった。忘れたわけではなかったけれど「自分の思い出」としては薄れた。


「だが外から取り入れたものではなくて元から持っていたものだから、忘れることが難しいのに変わりはなくて分離という形になったのかもしれない」


 「とてもつらいことがあった」が「いやなものを見ちゃった」や「あの人(ユリオン)かわいそう」になって、いつの間にか新しく思い出すことがなくなって、ある日ふと気が付いたら今と同じようになっていた。ユートさんはユートさんとして家上くんとは別に物事を考えることができて、家上くんはユートさんのことは何も思い出さないし、お兄さんに記憶について話したことを忘れている。違ったのはユートさんの意思で動けなかったこと。家上くんが四年生になる頃に少し介入できるようになって、中学に上がってから今日の状態ができるようになった。


「……こうして話すにあたっていろいろ思い返してみてわかったが、別の人生でも幼少の頃に記憶が戻っているな」


 えー……それはかなりつらそうだなあ。


(他のやつの記憶まであるのか)

「何で思い出すんですか?」

「わからない。魂がどこか壊れている……とか、そんなところだろうか」


 魂が壊れて、かあ。魂の一部(アズさん)を提供した人はどうだったのだろう。提供してからもっと変になった、なんてことになっていないといいけれど。


「ユートさん以外の人生のこと、家上くんは憶えてますか?」

「微かに、という程度で憶えていることはある。前世のことだとは思っていない。俺は晶よりは間のやつらのことがわかるが、一人あたりの量は晶が思い出した俺より少ない」

「じゃあ……ユートさんみたいなことになっている人はいませんか?」

「いない。……いないと思う。思うが……いるかもしれないし、これから現れるかもしれない。もしややこしいことになったら――ごめん」


 謝るユートさんは家上くんだった。ユートさんを含めた“家上くん”の問題だから謝るにあたって最大限寄せたんだろう。


「お兄さんはユートさんの存在に気付いてそうですか?」

「どうだろうな。あれ以降兄弟で記憶の話をしたことはないし俺は彼の前では晶に代わることは控えているが、晶の行動を誰かから聞いているとしたらわかっている可能性が高い」

(聞いても見ても悟るってことか。『聡い』とか言ってるし、こいつから見てよっぽどよくできたやつなんだな。オレもちゃんと見てみたかったな)


 王子様感のあった姿を思い出す。あの人のことを念のため聞いておこうか。


「あの、お兄さんも銀髪になりますよね? 九月に魔獣退治に参加してましたよね?」

「彰人を見たことがあるんだな。君の言うとおりだ。彼は晶と同じ銀髪になるし、夏休みには帰ってきて晶たちを手伝ったよ」


 ユートさんは私がお兄さんと会話したとは認識していないようだ。お兄さんは本当にあの時のことを秘密にしてくれているらしい。


「なんかこう、できる人オーラをまとってました」

「そうだろう。彼は何かと優秀なんだ。感心する」


 自慢げだ。家上くんの家族はユートさんにとっても家族扱いかそれに近いものなのかもしれない。「兄はすごい」と言ったようにも「弟はすごい」と言ったようにも思える。


「ユートさんの記憶がない家上くんにとって、レゼラレム王国ってどういうものですか? 好きですか?」

「好きか嫌いかでいえば好きの方に寄っている。先祖のいた国だし、それは仲間たちも同じだし、向こうに行った際に景色を見て感心して。しかし曾祖父が命を狙われたことと面倒な剣の出所ということで評価が低めになっている」


 家上くんの声と表情はほぼ平常だ。嫌だ、不愉快だという感情はあまり出ていない。強い気持ちを押し込めている……というわけでもなさそう。家上くんのレゼラレム王国への好意の程度はユートさんの許容範囲? いや、程度じゃなくて対象の問題かな? 国名が変わる前からあったもの、変わらないものであればユートさんは嫌じゃないのかも。


「ユートさんは、家上くんの好きって気持ちを抑えたいんですか? レゼラレム王国を嫌うところまで行ってほしいですか?」

「嫌ってくれたら……気分が楽になるんだろうな。だが晶があの国を嫌うということは先祖を否定することになって、それは晶が自分の存在を悪いものと捉えることに繋がりかねない。だから、そこまでは望まない」


 自分の生まれ変わりの人ってどういうものなんだろう。ユートさんは嫌いな人の子孫に生まれたことを悪く思いながらも家上くんを自分とは思ってはいない感じだ。思考が別々になっているのが大きいのかな。


「結局のところ俺が君の力を借りてどうしたいかといえば、先程も言ったとおり俺は晶があの国の役に立つことが嫌だから、そういうことをさせないようにしたい」


 む。ユートさんがそんな考えを持つことは理解できるけれど、それは家上くんにとっては……?


「家上くんたちは向こうの人の指示で動いてるんですか?」


 やっぱり月のお姫様とお知り合い?


「いや、そういうわけじゃない。だが今後助力を頼まれることがあれば引き受けてしまうだろうし……それどころか、あの国で重要な地位に就きかねない」

「……へ? それって、家上くんがあっちの住人になっちゃうかもってことですか?」

「そういうことだ」

「えーっ。そんな、何で、王様の家系の人だからですか?」

「それもあるし、人気のあった王子の曾孫でもあるからだな」

「ひいおじいさん、人気者だったんですか」

「国のために働きまくっていたらしい。特に評価されているのは国土防衛に多大な貢献をしたことだそうだ」


 国土防衛……防衛……あ。

 レゼラレム王国の防衛というと、やっぱり向こうの世界でエイゼリックスさんから聞いたあの話?


「もしかして世界大戦でのことですか?」

「ああ。君は向こうの歴史を教わっているのか?」

「そういうわけじゃないです。レゼラレム王国のことは、魔獣関連で怪しい国として軽く教えてもらいました。魔術がすごくて長いこと閉じてた国だって。戦争に巻き込もうとした国の飛行機を落として船はボロボロにしたそうですね」

「そうらしいな。まあそういうわけで、あの王子の曾孫で実力は十分となれば支持したり一緒に働いたりしたいと思う人間はそれなりにいるだろう、という話だ」

「えっと、亡命したってことは――悪い言い方をすると国を放って逃げたってことは、知られてないんですか?」

「知られているというか、そう考えられてはいるようだな。だが、国のためにすごく頑張っていたのに危害を加えられるなんていなくならない方がおかしい……と同情されているのだとか」

(おいたわしや……って感じか)


 それにしたって国からいなくなって七十年も経過しているにしては好感度が高いように思える。魔術の影響もあるのかな。


「元王子様に魔術で支援とかされて好きになっちゃった人いっぱいいたんでしょうか」


 そういう人たちがいたとして、もうだいぶ減ってしまっただろうけれど。


「そうだろうな。個人としての戦闘能力も高く、ついでに容姿端麗だったからさぞ国民を魅了したことだろうな」


 働き者で強くて見目が良い王子? 何それ理想?

 私が臣民だったら、いなくなったと知ればすごくがっかりしそう。

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