106 剣の話
ユートさんが顔を上げて私を見た。
「もしかして君、俺と話しながらこれとも話していたのか」
「はい。返事が遅くて変だとか思いました?」
「少し思った」
アズさんと持ち主は会話の速度を上げられるようになるらしい。私も最初の頃に比べれば速くなっている。高速というわけではないけれど、実際に声に出して会話するよりは速いのは確か。これが最終的には言うことを考えたら即伝わる感じになって、持ち主が誰かと会話しながらアズさんとも話してても全然わからないくらいになるそうだ。ただ、そこまで行くと会話している感じがほぼなくてつまらないから急いでやりとりする必要がある時だけにしたいとアズさんは言っていた。
「いつからそういう状態なんだ? あの空間で見かけるようになった頃からか?」
「五月に持ち主になりました。あの頃にあの中に入っちゃうようになったみたいです。家上くんたちがこっちの方まで来たことがあったでしょう? 初めて入ったの、あの時なんです。仮面付けてない銀髪の家上くんと、赤い駒岡さんを見ました」
「ああ……。誰もいないと思っていたが、君がいたのか」
「神社に隠れてたんです」
私はあの日の出来事をユートさんに話した。
「……そうか……。君は、何も知らないまま巻き込まれて何が何だかわからないまま解放されたのか」
「直後にアズさんに声かけられたので即解決したんですけどね」
「こいつまでいたのか」
灯籠の中の短刀についてはアズさん自ら前の持ち主の行動を語った。ユートさんはとても興味深そうに聞いていた。
「で、待ってたら今の主がやってきたわけだ」
私が見た生き物もどきは何だったのかとかアズさんが何かとかそういう事情を教えてもらったこと、守ってくれるというから持ち主になったことを伝えて、それから逆にユートさんに質問してみた。
「どうしてあの日は仮面つけてなかったんですか?」
「初めは付けていたんだが、晶たちはどういうわけか、付けていなくていいんじゃないかという気分になったんだ。誰もいないからという理由だったが、本当にそうだとしても後からやってくることだって考えられたのになぜか取った。俺も『まあいいか』なんて思っていた。実際には良くなかったわけだが、君たちだけだったとしたらセーフだな」
「不思議ですね。……謎の力が働いたんでしょうか」
以前立石さんに聞いた話を思い出した。誰かに何か言われたわけでもないのに自分で魔力を使わないようにするという話。「なぜかそう思う」という点では同じだ。
「……そうだな。そういうものがあるのかもしれないな。君たちの話を聞いてますますそう思った」
ユートさんも立石さんみたいに何か感じているのかな。
「ところで、君があの組織の一員になったのはいつなんだ?」
「次の日です」
新崎さんに声をかけられて美世子さんたちから説明を受けて立石さんに勧誘された話をした。加入を決めた理由は省いたけれどたぶん悟られた。
「それでですね、私はあの人たちに家上くんたちのことを話すことを考えたんですけど、アズさんが私の気持ちを汲んで止めてくれたんです。その時に言わない理由にしたことが今では弱くなってます。だから、私を信用してくれるだけじゃなくて、アズさんを納得させてくれると嬉しいです」
「主が自分のことたくさん話したんだから、お前も誠意を持ってしっかり話すように。あと主の乙女で優しい心に甘えるだけじゃなくて感謝もしろ、この野郎」
ひょえ、アズさんまで乙女なんて言って……!
「もちろん。晶も俺も運がいい。――君たちに俺の話を聞いてほしい」
「じゃあアズさんしまいますね」
私はアズさんを鞘に戻した。
ユートさんはまた深刻そうな顔をすると自分と家上くんのことを話し出した。
「あちらの世界に、レゼラレム王国という島国がある。そこが俺と、晶の曾祖父の故郷だ」
レゼ……あ、月のお姫様の国……!
「だが俺が生きていた時、約四百九十年前までは別の名前だった。現王家とは別の一族が治めていて、ラデセネール王国といった」
(そういえばそんな国あったな)
四百九十年前というとセラルードさんが亡くなった頃だ。やっぱり同じ時期に生きていた人なんだな。
「その国で俺は国王直轄の軍隊の一員だった。――という名称だが、日本語では騎士でいいだろう」
あれ、聞き取れなかった。あの国もリグゼ語圏だそうだけれど「騎士」はアンレール国と違うのかな。
(『仕えてる勇士』って意味だ。セラルードの頃のアンレールだと『近衛』)
(へええ)
「馬」要素より「僕」要素が強い「騎士」か。
「俺が二十二の時にクーデターが起きた。王の孫の一人を残して王家の人間は全員やられた。その残った一人がどうなったかはわからない。俺が死んだ時には生きていただけだ」
「ユートさんは王様を守る側の人だったんですね?」
「ああ」
頷いた家上くんの声も表情もとても暗い。家上くんにはこんな風になってほしくない。
「クーデターの後、新たに王となったのが晶の先祖だ。あれの子孫で晶の親戚が今もあの国を治めている」
本当にあの美人女王様、家上くんの親戚だった。
「晶の曾祖父は国王の第一子として生まれた。何もなければいずれ国王になる存在だったが、命を度々狙われて、七十一年前に部下たちとこの世界に避難した。亡命というやつだな。彼は逃げてくる時、ティシアという剣を持ってきた。それが晶が持っている剣だ」
そんなに前なんだ。それは油断しちゃうだろうな。
以前にアズさんと「五十年くらい何もなかったら警戒心が薄れそう」という話をしたけれど、家上くんが生まれた時点で剣が持ち込まれてから五十年以上が経過していた。そこからさらに十年以上何もなかったら、高校生が家に一人になることを心配するとしても剣のことじゃなくて泥棒とか悪い知り合いを家に招いてしまうことだろう。
それにあの剣を見たことがある(剣に惹かれた)向こうの世界の人が七十年前既に大人だったなら私や家上くんが中学生になった時点で大体寿命を迎えているだろうし、生きているとしても別の世界にいる人の剣を奪う計画を実行する程に元気のある人はそうはいないだろうし。
「あれは剣であり、とある兵器の一部でもある」
……兵器の一部。兵器かあ……やばい兵器なんだろうなあ。長いこと閉じこもっていたのに、攻めてきた国の軍艦を片っ端からボロボロにできる国のもののようだから。
「その兵器はティシアがないと兵器として十分には動かないそうだ。具体的にどんなものであるかは晶も俺も知らない。実はラデセネールだった頃からあったらしいが」
「ちょっと待ってください。私、その話聞いて大丈夫なんでしょうか。この前、こっちの組織の人が何人か少し変になっちゃったんですけど」
「心配はしていない。君にも多少は良いものに見えるかもしれないが、ただそれだけのはずだ。晶の曾祖父が遺した資料によると、魅了の効果は対象の魔力に強く干渉してもたらすものが大部分を占めている」
「それやられた人は気付かないものなんでしょうか」
魔術で攻撃的なものを出そうと思ったら攻撃的なものが出たり、それを自分の意志で操れたりすることからわかるように、魔力、魔術には感情が関係している。だから相手の魔力を利用することを主な手段とすれば効率的に感情に影響を与えられる。でもその方法は弱い力で時間をかけて(場合によっては断続的に)そーっとやるようにしないと、やられた方はすぐ気持ち悪さを感じて干渉に気付いて拒絶するのが普通らしい。
「気付きにくい。剣に込められている魔力の性質がそういうものなんだ。それに剣への好意的な気持ちを持たせるということはほとんどせず、対象が自分から持った気持ちを利用する。増幅することによって、強制的に変更される気持ち悪さを感じにくくしているんだ。例えば、綺麗な剣だと思えばとても綺麗なものとして見えるようになる。そして君の刀の彼が言ったように、出来の良い武器に惹かれることは変なことではないから、あの剣に魅了されている自覚があるとしても魔術によるものであるとは思いにくい」
(うまいこと作ったもんだな。威力高すぎで困りものだが)
「まあそういうわけで、君にとっては日本語の辞書を引いて出てくる意味の魔力を持つ程度だ。それに幸い君には既に大事な武器があるようだし。そういえば君の刀、自分の方が立派だと怒っていたのか、あの時のあれは」
「ふふっ。良く効いたと思うんですよね、あれ」
(あれだけ近くでオレを見ようとしたやつに利かないはずがないだろ?)
私の返事を聞いてユートさんはかすかに笑った。
「そうだろうな。――晶の曾祖父の話に戻ろう。彼は剣を子も孫も飛ばして晶に託した。当時晶はまだ四歳だったが、それが一番良いと判断したんだ」
「託したって、つまり、持たせたってことですか」
「そうだ。大事なものだから持っていてほしい、と」
特殊なものとはいえ四歳に剣!
(四歳児に……オレがそんなことになったらどうしよう)
アズさんのことだから幼児が持ち主でも仲良くやっていけると思うけれど、そんなことより四歳のうちにアズさんが入って大丈夫なんだろうか。三歳であの空間に入ってしまうと判明した佐々木さんは、幼すぎて持たせるのが不安なことと、成長に支障があるといけないという理由で小学生になってから武器を与えられたらしい。
「彼は竹刀や木刀を振って体を鍛えるよう晶に勧めたがそれだけだ。剣術を習えとか魔術の練習をしろとは言わなかった。剣がどんなものなのか説明することもなかった。まあ剣の話については、晶が幼かったから教えても理解させられなかっただろうな。彼は晶が成長したら詳しいことを知れば良いと思っていた。それがいつになるかは、自分の最初の子供である晶の祖父と運に任せた。晶にはできるだけ何も知らずに平和に育ってほしかったんだ。自分の経験から、剣のことを知ればかなりの責任を感じるようになると予想できていたからな」
(大当たりだな)
(ですね)
ひいおじいさんが剣をずっと持っていたのは家上くんみたいに「自分が管理しなければ」という気持ちが強かったからなんだろうなあ。