105 正直に
「何の、いえ、その前に。あなたのことを教えてください。どこの誰なんですか」
大人なんだろうな。私とアズさんが今日の家上くんは大人のような状態だと思っていたら実は家上くんじゃなかった。それなら本当にこの人が大人だとしても全然おかしくはないはずだ。
それと、見た目が家上くんであることを抜きにしても話し方からして男性という感じが強い。一人称が「俺」だし。
家上くんの顔から険しさが薄れた。
「ではまずは名前から。俺の名前は、ユリオン・フェルート。フェルートの方が姓だ」
目の前の人は雰囲気を少し明るくしてそう名乗った。
どうも日本人じゃないっぽい。というかたぶん地球人ですらないんだろう。
「好きなように呼んでくれて構わない。なんならフルートでもフェルトでも」
うーん、確かにフルートかフェルトのどちらかにしたくなるような名前だ。でも日本人の男子をそんな風に呼んでいたら変に注目されそう。せめてあだ名のような感じに……ゆ、ゆー……ひらめいた!
「決めました。『ユートさん』って呼びます。縮めました。『ゆうとくん』は普通にいますから大声で呼んでも誰も気にしません」
「そうか、わかった」
自称家上くんの前世さんに嫌そうな様子はない。良かった。
(オレと一緒か)
(はい)
「肝心の『何者か』という話だが。これは俺の目的と繋がっているものだから、言う前に君に確認したいことがある」
「何でしょう」
「君は、あの変わった黒服二人組の小さい方だろう?」
こっちもバレバレかあ。
「これは晶たちにも言えることだが、靴も隠すか変えるべきだな。魔術でわかりにくくしているとしてもだ」
そういえば仮面の人たちの靴に注目したことなかったかも。魔術の効果なのかな。
(あれの裾長くするか?)
(踏んづけて転んじゃう気がします)
(そうだな。やめとこう)
「さりげなくあの仮面の人たちが家上くんたちだってバラしましたね」
「君が当然わかっているものと思ったから。違ったか?」
「家上くんたちじゃなかったらびっくりしてひっくり返って起きあがれないって思ってました」
私の返事がおかしかったのか、ユートさんはちょっと笑った家上くんの声で「そうか」と言った。
「家上くんは黒服の一人が私だってわかってるんですか?」
「いや。同じ学校の誰かかもしれないとは思っているが、君だとはかけらも思っていない。君のことは安全な人と考えているから」
「では黒服の方は」
「無害そうだが油断はしない」
警戒されてるんだ……はぁ……。
「なぜ君はああして顔を隠している?」
「仮面の人たちは私たちの組織を避けているって聞いて……それで……家上くんに避けられるのが嫌で……」
「そうか、やはり乙女心が関係していたか」
「おっ、乙女じゃなくてもやる人はやるかと……乙女心っていうよりは、その、あの…………恋心……」
うわー、何言ってんだろ私! 乙女心って言われたことが気恥ずかしくてわざわざ恋心って訂正してるの何!?
「かわいいことをする女の子だと思って乙女と言ったんだ」
あわわ、家上くんの声でその発言はやめてー!
「そ、それで、私が黒服の小さい方だから何だっていうんですか」
「つまり君はあの大きな組織の一員だ。だが彼らは晶たちが何者であるか知らない。君が伝えていないということだな」
「はい」
「なぜだ? これが一番聞きたかったことだ」
「……顔隠してるのと一緒です」
ううぅ、今日初めて会う人にこんな話をすることになるなんて!
ユートさんは小さく笑った後、真面目な顔に戻ってから言った。
「自分も仲間たちも困っているのに、晶への気持ちを優先しているのか」
「はい。……でも、こっちの組織の人たちだって大事で、家上くんたちに怒りたい気持ちもあって……この前みたいなことでは家上くんの味方はしないつもりです」
「君と揃いの黒服の彼が言っていたことは確かに君の考えだったわけだな。では、晶たちが君と同じ学校の生徒だと伝えることは今後あるだろうか」
「……無いとは言い切れません。家上くんが秘密にしていることを私が言ってしまうなんてすごく嫌なことです。したくないです。でも、もし、言えば確実に戦いを避けられるってことがあるとしたら、言うことを考えると思います」
考えて、それでもやっぱり「したくない」と思うだろうけれど。
「なるほど。君は……嫌われたくないという気持ちが強いんだな。晶のために仲間に黙っていることは確かだが、自分のためでもある」
うええぇ……変な気分だ。初対面のよくわからない人に正確に分析されて、それを家上くんに言われた。いや家上くんが考えて喋っているわけじゃないんだけど。
(こいつ……名乗っただけの不審者のくせして、あっちに関わる話のためとはいえある程度は想像ついてるだろうに十代の気持ち聞き出した上に指摘してどういうつもりだ。ぶん殴ってやろうか)
斬るのではなく殴るというところに私と家上くんへのアズさんなりの遠慮を感じる。
「……私の行動に納得しましたか」
「した。君がいかに晶が好きかより理解できたと思う」
理解してどうする気だろう。
ユートさんが距離を少し詰めてきた。
「そんな君を信用して、大事な話をする。君にはこれから聞くことを誰にも言わずに協力してもらいたい」
へ? 家上くんのことが好きな私を信用して? 家上くんにとって有益なことで、私が協力したくなるようなことなのかな。
(持ち物が持ち主の秘密知ってるのは別にいいよな? 手紙のことだって知ってるんだし)
(そうでしょうけど、伝えておいた方がいい気がします。信用して秘密の話をしてくれるなら、こっちも少しは話すべきじゃないですか?)
(こいつはもう結構主の情報持ってるけど……まあ、答え合わせしただけみたいな感じで秘密を聞き出したわけじゃないもんな)
「隠し事を増やすのは難しいだろうか」
ちょうどアズさんが喋り終えたところに怪訝そうな顔でユートさんが聞いてきた。
「そういうわけじゃないんです。私が知ったことをもう一人の黒服の人には隠せません。でも私と一緒に黙っていることは約束できます」
「そうか。それなら問題ないが、彼は何者なんだ? 俺は、君を守るのが役目ではないかと見ているが」
「それは家上くんたちもですか?」
「少し違う。晶たちは仕事で君の護衛の係を割り当てられたと考えていて、俺は……彼が君に仕えているように思える」
「はあ、そうなんですか」
家上くんたちの前でアズさんが私の方が立場が上だという態度を取ったことはあったかな。無いよね。無いから家上くんたちはユートさんとは違うように考えているのだろうし。
(ほほう。こいつの前で主って呼んだ覚えはないんだよな。仕えたか仕えられて生きた人間か?)
家上くんたちには主従関係っぽいものがあると思われる。でも彼らはユートさんのようにはアズさんを見ていない。となるとアズさんが言うように、ユートさんはしっかり上下関係がある生活をしていたからアズさんから仕えている人っぽさを感じ取ったのかも?
「あの人のこと内緒にするって約束してくれますか」
「ああ。約束する」
私の質問にユートさんはしっかりと頷いた。
「じゃあ言います。私の愛刀です」
(さらっとそう言ってくれる主大好き)
ユートさんは私の言ったことがうまく飲み込めなかったようだ。不思議そうな顔をしてしばし固まっていた。
「………………は?」
「私、いつも武器持っていないでしょう? あの人が私の武器だからです。刀が本体で、あの人はそれに付いてる霊とか妖精みたいな感じです。だからぽんって消えて、ぽんって出てくるんです」
「……君の武器ということは、もしかして君の中にいるのか……?」
ユートさんは驚いたというよりは素早い理解ができないでいるという感じだ。
「はい。ここに来てからずっと一緒に話聞いてます」
「……予想外だ……」
アズさんのことを人間ではないと思ったことはなかったのかな。
「持ち物なわけですから、構いませんよね」
「え……あ、ああ。そうだな。……あの彼が持ち物……」
「話してみますか?」
「ここに彼が現れるのか?」
「はい。あ、いえ、刀の状態のつもりです。人の方がいいですか?」
「いや。彼がいたら目立つだろうから、刀の方で」
「じゃあ出しますね」
私たちを見ている人がいないことを確認して、私は手の上に一番短いアズさんを出した。
「これが私の武器です。最初に仮で付けられた名前がアイレイリーズで、私は縮めてアズさんって呼んでます」
「アイレイリーズ……」
お? 心当たりがありそうな反応だ。
「生きていた頃、どこかの国にそんな名前の強い人がいるという話を聞いたことがある。なんでも魔術を切り裂いてしまうのだとか」
生きていた頃に、強い人が「いる」か。この人、セラルードさんと同じ頃の人なのかな。
「その人の名前をもらったそうです。それくらい活躍できるようにって」
「願いが込められた名前か。それはいいな」
「そうですよね」
私が同意した後、アズさんがユートさんに向かって喋った。
「そういうわけだからよろしく」
ユートさんは奇妙なものを見る目でアズさんを見た。
「……妖怪とはこんなものだろうか」
「せめて付喪神と呼べ」
「同じじゃないか」
「付喪神って言った方が道具っぽさがあるだろ」
「道具だって主張するわりには偉そうだな」
「基本的に持ち主以外に敬意は示さない。そういうものだ。諦めてくれ」
相手が若い女性だと態度が柔らかくなりやすいことは黙っておこう……。