104 何か違う
土曜日がやってきた。
私は今、呼び出された場所である神社に続く道を歩いている。
私の前後には目的地が同じかもしれない人たちがいる。後ろの人が遠くの地域の方言で喋っているのが聞こえてくる。
(観光するにはいい日だな)
(そうですね)
今日の天気は晴れ。すっかり秋だけれどそこまで寒くはない。
(観光といえば、修学旅行が近付いてきてるな)
(はい。楽しみです)
(実はオレもなんだ。これまでの主が行ったことのない場所だし、修学旅行ってのが初めてだからな)
(じゃあ、修学旅行ならではの講演もちゃんと聞きます?)
(そのつもり。でも主が退屈したら寝ちまうかもなー)
こうしてアズさんと話していると心の平穏を維持できていい。本当に一人だったら不安でどうにかなっているかもしれない。
神社の鳥居の前にいる人々の様子がよくわかる地点まで来た。
写真撮影している人たちと、一人きりで佇んでぼんやりと空を見上げている様子の……若い男性っていうか未成年の男子……あの人、家上くんに見えるんだけど。
(アズさーんっ! あそこにいるの!)
(まじかよ。一番可能性高いとは思ってたけど、どういうことだ。向こうの世界のことがバレたんだとしてもここを選んだ理由がわからん)
(ですよね!……私みたいに呼ばれたとか?)
(ありそうだけどどうだろうなあ)
私に気付いた家上くんが軽く手を上げた。あれは私が来ると知っていての仕草だと思う。
私が小走りで近寄っていくと家上くんは穏やかな笑みを浮かべた。
「来てくれてありがとう」
おおう。来て早々にお礼の言葉と笑顔のセットを貰っちゃった!
嬉しく思うのと同時に月曜日の家上くんを思い出した。
「どっ、どういたしまして……」
(主を呼んだのはこいつだな)
(あ、そうみたいですね)
家上くんが呼ぶ側でないと私にお礼は言わないだろうから。
私を呼び出したのが本当に家上くんだったなんて。一体何の用だろう。
「俺に聞きたいことがあると思うけど、まずはお参りしようか」
「う、うん」
家上くんと一緒に鳥居をくぐり、ゆるやかな階段を上る。休日に私服で二人でこうしていると……いや、考えない考えない。良いことは今は考えるべきじゃない。嫌なことがあった時に余計つらくなってしまう。でも、あぁ、嬉しい。
浮かれてしまわないように進行方向だけ見るよう心がけていたら、
「はい、お賽銭」
不意に十円玉を差し出された。
家上くんは優しい顔で私を見ていた。なんかまた年下に見られている感じがする。
「え、いいよ」
「今日来てくれたことのお礼の一つとして受け取ってほしいんだ」
「それじゃあ、貰うね」
(なあ。今のこいつ、あの謎の大人っぽい状態じゃないか?)
(アズさんもそう思いますか。何なんでしょうね)
(何だろうなあ)
賽銭箱の前は空いていた。
私は緊張で言動がおかしくならないことを願った。嫌なことが起きないよう願うには遅い気がした。
拝礼を済ませると家上くんは人気の少ない方へ私を連れていった。
何を言われるんだろう。何を聞かれるんだろう。
「まず俺から樋本さんに質問させてほしいんだ」
家上くんは真剣な表情で、でも固さはそんなにない声でそう言った。あちらの世界の話じゃないのかも……?
「何?」
「これとこれくれたの、樋本さん?」
家上くんが見せてきたのは、私がバレンタインにチョコと一緒に袋に入れておいた紙と、マスキングテープのはがされたあの手紙だった。
「は……っ!」
悲鳴が出るかと思ったけれど出たのはほとんど息のような声だった。
バレた。伝えたくてもできないでいたことが知られてしまった。
「その様子だと、当たり?」
そんなこと言われたって、どう答えていいかわからない。否定したところで今の行動からしてバレバレなんだから正直にそうだと言えばいいんだろうけどそんなことできない。肯定して何かを言われるのが、振られるのが怖い。
私は家上くんの顔を見ていることができなくて俯いた。
「何で、わ、私だと、思ったの?」
「他の男子と俺とで態度が違うのはなんとなくわかってたんだ。不思議だったけど嫌われてるわけじゃなさそうだからまあいいかなって思ってた。だけどさ、文化祭の準備の時に話してたらやっぱり気になって。褒めたらやけに動揺してるみたいだし、俺のことかばって駒岡と喧嘩までして……。これはどちらかといえば好かれてるんだなって思えた」
説明する家上くんの声から慎重さを少し感じる。でも緊張はない。
「だけどまさか恋愛的なものだとは全然思ってなかった。樋本さんは優しいから同級生として良くしてくれてるんだって思ってたし、他のやつと俺とで違いがあるのは、俺が変なやつだから接し方がわからなくて困ってんだろうなって、そんな風に思ってたんだ」
確かに接し方がわからなくて困ってるよ。でも変な人だからじゃないよ。好きだから悪く思われたくなくて、良く思われたくてどうしたらいいか困ってるんだよ。
「毎日挨拶してくれるようになってからも、樋本さんは男子とも仲良くしてみたくて、女子と一緒に行動してる俺は話しかけやすい相手ってことなんじゃないかって考えてたんだけど」
逆だよ……緊張しちゃうからとても話しかけにくい相手だよ。今なんて怖くて声が出せないよ……。
「俺に気があるからああしてるんじゃないかって言うやつがいて。そんなわけないだろって言ったんだけど……。樋本さんさ、俺が先に挨拶すると、びっくりしてそれから笑うよな。そのこと突きつけられて、これまでのことと合わせて真面目に考えてみろって言われて」
……なんというか、家上くん落ち着いてるなあ。いや、落ち着いてることはそんなに変じゃない。そうあろうと心がけているのなら。でも、この落ち着きはそういうものじゃなくて、すごく余裕がある感じ……とは違うかな。何だろう。
「そのとおりにしてみたら、文化祭の時にちょっとからかわれたの思い出してさ。それで、あいつらには本当に樋本さんが俺に好意的に見えたんじゃないかって思って、それから、樋本さんと駒岡が仲直りしたか俺が聞きにいった時のことも思い出したんだ。嬉しいって言って顔赤くしてて、俺びっくりした。あの時は、わざわざ来てくれてありがとうって意味だって樋本さんの言うこと真に受けたけど、好意があるかもってことと一緒に考えるとそういうことだったように思えてきて。
他にもいろいろ考えて、本当にそうかもしれないって思ったら、バレンタインのこれと繋がったんだ。俺におはようを言うだけでも頑張ってる感じの樋本さんなら、直接渡すのは難しくてこっそり置いておくことを選ぶだろうなって」
家上くんの余裕について少し具体的なことがわかった気がする。自分へ向けられた好意の受け取り方が、私が思っていたものと違う。
これは……なんだか他人事のよう。
私は顔を上げて家上くんを見た。私を見る彼は、まるで私の成人したいとこたちのようだった。年上としてだけでなく大人としても中高生の子に接している。そんな感じ。高校生の家上くんに対して私が中学生とか小学生なのではなくて、彼が自分を大人だと思っている。大人っぽくしているのとは違う。
「こっちの手紙は、他に心当たりが全然ないのと、筆跡を比べてみて」
何を思ったか家上くんが微笑んだ。手紙の内容を喜んでのことだったらいいんだけど……。
「昨日って何か特別な日だったかな」
家上くんの声が柔らかくなった。優しくしてくれている。私がチョコと手紙のことについて喋れないでいることをわかっていて答えやすいことを聞いてくれたんじゃないだろうか。
「何の日でもないと思うよ……」
返事をしたことで、私は落ち着きがだいぶ戻ってきていることを自覚した。
家上くんは好意を持たれて迷惑そうではない。照れもなければ戸惑いもない。嬉しそうではあるけれど、私にとって喜ばしいことを言ってくれる気がしない。それなのに私は振られる不安や恐怖が薄れていっている。なぜ?
「それじゃあ、これは何で?」
わからないのかな。それとも答え合わせがしたいのかな。私が理由を言ったらどんな反応をするのかな。……今の様子だと慌てそうにない。予想できているにしてもできていないにしても。いつもの家上くんなら、わかっていなかった私の気持ちを知ればきっと慌てる。「そんなつもりはなかった」と言って申し訳なさそうな顔をする。でも今の彼は予想外のことに驚くのも最終的に謝るのも同じでもずっと落ち着いていると思う。
私の好意を知っているのに、私が「好き」と言ってもそれは自分に向けられた言葉でないかのように……。
本当に他人事なのかもしれない。
「あの、ごめん、変なこと言っていい?」
「何?」
「怒らないでね」
そして嫌わないで。でも言わせて。
「……あなたは家上晶くんじゃない気がします」
(主それどういう……ん?)
家上くんの笑顔が変わった。優しく微笑んでいたのが、何か良いもの、楽しいものを見つけたかのようになった。
「よくわかったな」
……へ? え? うわあああ、本当に違う人だった!?
(主すげえ!)
「ど、どちら様ですか……?」
「前世だ」
えええええ! 前世の記憶どころか人格まで戻っちゃった?
「正確には間に何人かいるが」
「はあ」
「なぜ俺が晶ではないとわかった?」
「ええと、あの、あんまり緊張してるように見えなかったからです。家上くんなら、緊張して慎重にその二つを見せてきて、理由を答える時はもっと慎重だと思うんです。真剣な顔はしてましたけど、声とか、どこか気楽そうに思えて」
家上くんが嬉しそうに笑った。
「そうか。そんなことがわかるくらい晶が好きか」
う……あ、ああ、あああああぁぁぁぁぁ……!
今、私の顔はとても赤いと思う。熱い。
「こんなになるのにどうして晶は気付かないんだ」
誰かさんは家上くんの声で呆れたように言った。
「……え」
家上くん、私の気持ちに気付いてないの?
「晶はこれが誰からかわかっていない。鈍いからな。そして今あいつは眠っているような状態だから、こうして話していることも知らない」
「そ、そう、ですか……」
ほっとしたのと同時にがっかりした。変な気持ち……。
「君の態度が他の男子に向けるものと違うような気がしているのは本当だ」
「それなら……」
私の態度とバレンタインのものを結びつけたことはないのかとか、手紙の好意に対してどう思っているのかとか聞いてみたくなって、答えを聞くのが怖いのと、他人に教えてもらうのはずるいと思ってやめた。別の質問をする。
「……私を呼び出したのは、家上くんじゃなくて、あなたですか?」
家上くんの表情が真剣で深刻そうなものになった。
「そうだ」
(ほう)
好きな人に呼び出されたと思ったら実はその前世の人に呼ばれてたとか何これ。私の過去の人生で恨みでも買ったとか……? いやそれなら今頃睨まれていたり厳しい言葉をかけられていたりするだろうから違うか。っていうか本当に前世? すっごいそっくりさんじゃなくて?