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102 内緒

 家に帰った私はアズさんに問題の手紙を見せた。


(確かに女子か男子かで言えば男子っぽい字だな。……しかしこれ、主の都合が悪かったらどうするんだ?)

(別に会えなくてもいいってことなんでしょうか)

(場所がなんかおかしいあたりそうかもな……)


 土曜日は特に予定もないし、指定された時間が十一時で急がなくていいから別に行ってもいいけれど。


(それはそうとこの絵、何だと思います?)

(んんー?……主、こりゃあ文字だぞ。ミルツイラだ)

(えっ)


 ミルツイラ。向こうの世界で使われている文字の一種のことだ。デイテミエスさんやシェーデさんの持ち物に書かれていたり、私がこの前もらった教科書にたくさん並んでいたりするあれ。


(主以外の人に気付いてほしくなくて文字を重ねたりくっつけたりして一見絵っぽく見えるようにしたんだと思う)


 そう言われてみれば、そんな感じに見えるような……。


(リグゼ語ですか?)

(言葉になってないな。向こうに関係することだっていうメッセージを込めただけの意味のない……待てよ)


 アズさんはしばし考えるとのことで黙った。私はその間、文字を読むことに挑戦した。カタカナに見えたりローマ字に見えたりしてなかなか進まなかった。


(音、だと思う。ハニホヘとかドレミとかのあれ。何かの曲かもしれん。読み上げるから、ひらがなでもカタカナでもいいから書き出してみてくれ)


 私ははるちゃんからもらったメモ帳を用意して、万年筆を使おうかとちょっと思ったけれどやめてシャーペンを握った。

 アズさんが読み上げたとおりに書くと全部で十四の音があった。でも種類は六個だけだった。


(特に思い出すものはないな……)

(これ、ドレミにできないですか?)

(どれがドに当たるんだかわからん。でも、リグゼ語の教科書にちょっと載ってたことが参考になるかも)


 そんなページがあったのか。

 アズさんが言うには教科書の後ろの方に音楽の話があったというので探してみた。ぱっと見リコーダーな縦笛を吹く赤毛の男の子の写真が載っているのを見つけた。

 次のページではこの教科書の登場人物である花子さんとセテアさんが話していて、ピアノの鍵盤とそれっぽい何かの図が描かれている。

 私にはまだ会話の内容の理解が難しい。日本語訳がまとめて載っているページがあるけれど今はアズさんに読んでもらう。


(セテアが音を聞き比べて『レとテが同じ音かしら?』って言ってるな)


 へー、セテアさんそんな口調になるんだ。

 図によって音階がわかって、何がどの音に該当するかもわかったので、さっそくドレミに変換してみる。

 ド、ド、ソ、ソ、ラ……これって。


(アズさん。これ『きらきら星』だと思います)

(っていうと、――――のやつだな?)


 へ。あ、うわ、発音が良くてすぐにはわからなかった。今のは英語だ。「twinkle twinkle little star」って言ったんだ。セラルードさんもやっぱり外国語話すのはよくできたんだろうなあ。

 念のために私はちょっと歌ってみて、アズさんが思い浮かべた曲と違いはないことを確かめた。


(音の長さがわからないのでもしかしたら別の曲かもしれませんけど)

(きらきら星……。向こうの文字をいくつか書くにあたって簡単なものを選んだか? まあ選曲のことは置いといて、これ書いて下駄箱に入れるのを一人でやったとするなら、差出人はかなり絞れるな。下駄箱だから学校外の人間の可能性も高めだけど)

(そうですね)


 校内の人であるなら、家上くんたちと新崎さん。それから他に何人かいる、向こうの世界の人を先祖にもつ生徒。巻き込まれる人は私の他にはいないし、教員に関係者は(立石さんたちが把握している人は)いない。

 新崎さんは私のメールアドレスを知っているから除外。あとの人は同等に可能性が、いや……他の人より手紙を下駄箱に入れる難易度が低い人が三人。私と同じ組の人なら怪しまれにくい。


(これって『来てほしい』っていうか『来い』って言ってるようなものですよね)

(そうでもないんじゃないか? 主がこれのことをオレにすら言わなかったら、『謎の絵がある』で終わってた可能性あるし。ある程度のあっちの知識があるならっていうか、そうなるくらいの浅い関わりでないなら来てほしいってところだとオレは思う)


 おお、さすがアズさん。とてもありえそうな推測だ。


(じゃあ、一体何の用だと思います?)

(告白の可能性が一気に下がったってことくらいしかわかんねえな)

(ですよねー)


 仮にこの手紙を書いたのが家上くんだとして、彼に私が向こうの世界に関わっていることが知られてしまったのだとしても、あの神社に呼び出される理由がさっぱりわからない。駒岡さんでも涼木さんでも、他の仮面の人たちでもそう。彼らのうちの誰か一人でも全員でも私を呼び出すのはわかるけれどどうしてあそこなのか。

 家上くんたちでなくて新崎さんでもなくて他の人だとしたら見当もつかない。


(で、行くか?)

(行くのは危ないでしょうか)

(即攻撃してくるってことはそうはないとは思う。いきなり無礼なことするならこんな丁寧で敵意とか感じない手紙書かないだろうし、土曜の昼間の観光地だし。そんでオレもいるわけだから、その……主の身体より心がどうにかなるかもしれないことが心配だな)


 う……手紙の差出人が家上くんだった場合の最悪の可能性か……。


(めちゃくちゃ気になるので確かめにいきたいですけど、最悪なことが起きたらと思うと怖いです。でも家上くんに呼び出されたなら応じたいって気持ちもあります……)

(主はほんとにあいつのこと好きだなあ。それならいっそのこと告白しちまうのはどうだ?)

「ふぇっ」


 アズさんの発言にびっくりして声が出た。


(呼び出された先で最悪なことになるのと、告白して最悪なことになるの、どっちがましだ?)

(過程はどうあれ結果が同じなら一緒です……けど……神社で嫌なことになったら、告白しておけばよかったって思うかもしれません……)


 だけど、だけど、振られたらって思うと何もできない……。嫌だ、すごく嫌だ。せっかく普通に挨拶できるようになって、会話の機会も増やせたのに。家上くんの方から声をかけてくれたり笑顔で「また明日」って言ってくれるようになったのに。また学校で家上くんを見るだけの日々になるのかな。学校に行く気力なくしちゃうかな。死にたくならないかな。

 夏休みの初日にはるちゃんが言っていたことを思い出す。「振られてこの関係が崩れるくらいなら……」という考えを私が持つかもしれないこと。当たっている。はるちゃんが話していた漫画の内容と違って私と家上くんは友達とは言えないけれど、好きな人と話せなくなることに怯えるのは一緒だ。


(後悔するかもしれなくても、やっぱり怖いか)

(はい。怖いです。すごく)

(じゃあさ、せめて手紙を書くのはどうだ? ラブレター。匿名でいいからさ)

(実は、前に書いたのがあるんです……)


 私は机の引き出しから封筒を出した。アズさんに私の情けない話をしてみる。


(早いうちにはるちゃんが提案してくれました。しばらくはメモ帳に伝えたいこととか書いてるだけで手紙って形にはできてなかったんですけど、チョコと一緒に手紙渡そうって思ったんです。でも緊張してうまく書けなくて、文章も変に思えて、やめたんです)


 二回書き直した。

 一回目は別の紙に書いた文章をボールペンで便箋に書き写していった。書き終わって紙全体を見てみたら、字と字の間が詰まっていたり開き過ぎたりしていて見栄えが良くなかったし、書き間違えた字があったから破棄した。

 二回目は便箋にシャーペンで下書きをしてボールペンで清書した。清書の時に慎重になり過ぎて、やたらと手に力を込めてしまって、早々に勢い余って長い線を引いてしまった。これはすぐには捨てないで練習用とした。

 三回目は二回目と同じように書いた。失敗はしなかったから「これで良し」と思ったけれど、文章のことも字のことも「これでいいのか」という不安な気持ちもあった。それがバレンタイン前日にとても強くなった。自分への気持ちが長々綴られたものを匿名で送りつけられたら気持ち悪いかも……なんて考えが出てきたこともあって、ラブレターを諦めることにした。

 それでも一応、当日は手紙を持って登校した。鞄から出す気には全然ならなかった。はるちゃんに手紙の存在を話すこともなかった。

 宛名を書いた紙だけじゃなくて便箋二枚にも封筒にも自分の名前は書けなかった。練習用には書いた。


(その封筒の中には、失敗しなかった三回目が入ってるわけだな?)

(はい)

(それ、オレが一緒だったら、あいつの下駄箱とかロッカーとかに入れられるか?)

(きっと書き直したくなります)

(それなら書き直してみたらどうだ? 一つ大人になったし、いい文章書けるかもしれないぞ)


 そうかな。そうだとして、次の金曜日までに書けるかな。

 やってみないとわからないか。

 ……その前に宿題やっつけないと。

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