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101 何のために

 マラソン大会当日は晴れた。

 ゴールまでの道のりは女子は三十五キロで男子はフルマラソンと同じ。三分の二以上は山の中。男女でゴール地点は同じで、男子は女子より早くスタートする。

 私とはるちゃんは無事完走した。というか歩ききった。ずっと走っていられる生徒はそんなにいないと思う。私たちは走った距離より歩いた距離の方がずっと長い。それでも最後の最後は走ったし、去年より約十分早くゴールできた。


☆★☆


 大会後の一週間は平和だった。

 家上くんは挨拶をすれば返事をしてくれた。学校での彼はやっぱり王様ではなかった。何かのリーダーということさえなかった。水曜日には頭へのチョップと背中をバシンと強く叩かれるのと叱るような「もう!」という言葉をほぼ同時にくらっていた。しかも趣味仲間から「反省しろよー」と言われていた。

 木曜日に大会の記録が貼り出されたから見にいってみた。どこのクラスも完走率は九十パーセント以上だった。二年生の成績上位者の欄に思ったとおり駒岡さんの名前があった。他の学年の分も見てみたら後輩さんの名前を見つけた。

 学校の外では、火曜日に魔獣の核を提出しにいった。美世子さんから、相変わらず「魔術を切り裂く」は意味不明なことらしいと聞いた。どうにもならなければ組織の外の人に謎解明の協力を依頼する可能性もあるそうだ。

 十七歳になって、家では誕生日プレゼントとして白い万年筆を貰った。冬をイメージしてデザインされたもので、なぜこれを選んだのかとお父さんに聞いたら、実物を見たら一番綺麗だったからと返ってきた。

 はるちゃんからもプレゼントを貰った。メモ帳だった。私がなんとなく話した「両親が万年筆をくれるつもりらしい」を聞いて決めたと言っていた。

 メモ帳に万年筆でいろいろ書いてみたらいつもより綺麗に書けた気がした。次に「家上くんへ」と書く時は万年筆で書いてみようと思う。


☆★☆


 月曜日の朝。

 登校したら下駄箱に見覚えのない紙が入っていた。四つに折られたそれを開いてみればシンプルな便箋で、一番上に「樋本ゆかりさんへ」と書かれていた。男子の字かな。

 内容は、私を呼び出すものだった。

 今度の土曜日に、学校よりは私の家の方が近い場所にある神社に一人で来てほしいということ、この手紙の内容は秘密にしてほしいということが丁寧な文章で書かれていた。そして謎の絵が添えられていた。

 ……意味がわからない。

 とりあえずスカートのポケットに手紙をしまって教室に向かう。

 歩きながらアズさんを起こして手紙のことを伝えた。


(学校で手紙で呼び出されるといえば告白なんだろうが……指定されてる場所も日時もおかしいな)

(ですよね。知り合いに見られるのがすごく嫌とか……?)

(そうだとしても、休日に匿名で呼び出すだけでもだいぶあれなのに、告白しようって相手に面倒なことさせすぎじゃないか? 普通そんなことさせないだろ。少なくとも主ならそうだろ?)

(そうですね。休日で学校以外にするにしても、電車に乗らせた上に歩かせるようなことはしたくありません。誠意も疑われてしまいそうですし)


 家から学校までの道のりに比べたらずっと短いけれど、正体がわからない相手に呼び出された場合には遠すぎる。


(ありそうなのは、待ち合わせ場所の近くに住んでるやつだが、自分勝手で考え無し過ぎるしそんなのがこの学校にいるとは思いたくない……。とすると、あとは、そこじゃないとだめってことになるか? あそこ何か恋愛的にいい噂でもあるか?)

(聞いたことないですね……。縁結びのお守りは売ってますけど、厄除けとか交通安全とかと同じ扱いだと思います)


 神様の恋愛の話があることはあるけれど縁結びの神社として扱われているわけじゃない。総合的とでも言えばいいだろうか。それでもあえて突出しているものをあげるとすれば「武」だと思う。運動の神様というわけじゃない。なんでもあの辺りの武士が強かったらしい。


(無いよなあ。そういう所じゃないもんなー。…………神社ってくくりで言えばオレ関係あることはあるけど……)

(アズさんがあそこに置かれてたことは無いですよね?)

(ああ。前の主がよく行った所ではあるけどな)


 それはもう人生で何度も行く場所だっただろう。私だってお母さんの実家があの神社にわりと近いから初詣があそこになったことが何度かある。それにお祭りの見物に行くこともある。今年も行った。


(神社であることが大事だとしたら、相手の人に土地勘がなくて、大きくて有名だから指定した、ということはないでしょうか)

(それならもっとうちに近くてふさわしいのがあるぞ?)

(あっちって自分の車が使えない人にはちょっと行きにくいじゃないですか。私としても電車乗って少し歩けばいい所の方が楽といえば楽です)


 近くまで行けるバスはたぶんある。でも私にとっては家の車で行く場所だからどのバスにどう乗ればいいのかわからない。小学校の遠足の行き先の一つがあそこだったから徒歩でも行こうと思えば行けるけれど、呼び出されていくのであって歩くこととか学習が目的じゃないし、何かあった時に疲労しているのは嫌だし……。


(そういえばあっちは、インターチェンジから何分って書かれるような所だったな。駅から徒歩何分って書かれてる所の方が良く思えるか……。それにしたって何で神社なんだ。告白じゃないんだとしてもわからんぞ。わざわざあそこを指定してるから周辺の施設やら何やらが目当てってこともないだろうし)

(ですよねえ)


 神社でなくて別の場所が本当の目的地だとしたら、その場所か最寄りの駅に呼び出すだろうしなあ。


(もしかして、私の家の場所勘違いしてるんでしょうか)


 私の居住地とあの神社の位置は地域的にはひとまとめにされるし、手紙を書いた人が何かの時にあの辺りで私を目撃して、私が近所に住んでいると思ってしまったなんてことはないだろうか。


(そんなこと……まあ、ないとは言えないか。もしほんとに間違えてるおっちょこちょいだったら即振ってやれよ?)

(もちろんです)


 謎の手紙について話しているうちに教室に着いた。

 はるちゃんの席の前を通りつつ「おはよー」と言って、同じように家上くんの横を通るつもりでいたら彼と目が合って、その彼がふっと微笑んで、私は文化祭の準備中のことを思い出した。


「おはよう、樋本さん」


 はわっ、初めて聞く声音! どう表現したらいいだろう。穏やかで、優しくて……これだと普通だな。ええと、優しく言うよう心がけた?


「おはよう」


 微笑まれてドキッとしたし驚きで足が止まったけれど落ち着いて返事ができた。私は自分で思っていたより家上くんの方から挨拶してくれることに慣れていたようだ。

 家上くんの手には開かれたままの文庫本がある。私は読書の邪魔にならないようにその場を離れることにした。

 私が自分の席でリュックを下ろした時、はるちゃんが立った。彼女は早歩きで私の所まで来た。


「さっきの家上くんなんか変じゃなかった? っていうか妙に大人っぽくなかった?」


 大人。そうか、大人か。確かに大人が子供に対して優しく接してる感があった。何でだろう。同級生なのに。しかも私十七になったのに。


(なんか、弱い立場にいる人を相手にしてるみたいだったな)


 ここにきて急に学校でも王様感出してきた? それとも私の立場が下がって高校生としての自覚のある彼が大人っぽい振る舞いを?


「今日の私、子供っぽかったりするかな」

「え? そんなことないよ。ちゃんと十七歳だよ」

「それなら家上くんの精神が大人になることがあったのかな」

「大人に……」


 はるちゃんが一瞬変な顔をした。そして両手で顔を覆って、


「変なこと考えちゃった」


 と超小声で言った。


(おーっと。オレが聞かない方がいい話題になっちまうか、これは)


 へ? はるちゃんが恥入って、私とはるちゃんが話すのをアズさんが聞かない方がいいこと……あ。あわわ!


(なりませんなりません!)


 そんな話はお断りー!


「高二で変なことする人じゃないよう」

「だよね、そうだよね。だからこそよりにもよってゆかりんの前で思っちゃったことが恥ずかしい、みっともない……」


 そう言ってはるちゃんはしゃがみ込んでしまった。ど、どうしよう。


「えっと、忘れよう? あ、あの、あのさ、そろそろ教室に人増えてくるからそうやってると注目されて事情聞かれちゃうかもしれないから、とにかく忘れよう。代わりにゲームのことでも考えよう。ね?」

「うん……ちょっと待って……」


 はるちゃんは何度か深呼吸をすると、私の机に掴まって立ち上がった。そしてちらっと家上くんの後ろ姿を見て溜め息をついた。


「この前のことといいほんとよくわからないことするんだからもー。とりあえず今日一日じっくり観察することを提案します」


 私ははるちゃんの提案を受け入れた。

 というわけではるちゃんと二人がかりで(お昼にはアズさんも起きて三人で)いつも以上に家上くんを観察してみた。

 家上くんはとても普通だった。仲の良い二年生や別にそうでもない二年生、先輩後輩、それから先生に対して他人が何か変だと思う程の大人っぽい振る舞いはなかった。放課後に私が「また明日」と言った時にはいつもの家上くんの雰囲気、態度で「うん、また明日」と返してきた。私たちは「朝のあれは何だったんだ」と思いながら下校することになった。

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