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10 魔術

「さて樋本さん。僕は何から説明したらいいのかな?」


 なんと組織のリーダーである立石さん自ら私の疑問に答えてくれるという。そんな彼は今、隣の部屋から持ってきた椅子に座っている。

 私はさっき持ったばかりの疑問について聞いてみることにした。


「越世境ってなんですか?」

「世界の境界を越えること、だよ。越境って言葉に世界の世が挟まっただけさ」


 謎の言葉だと思ったけれど、意味がわかると単純な言葉だった。

 他には何を質問したらいいのだろう。そもそも何を知らないのか私にはわからない。……そうだ、それなら知っていることと違うことを聞いてみよう。


「この刀さん、私はアズさんって呼んでるんですけど、アズさんは侵入者を閉じこめる空間のこと『牢』っていうんだって教えてくれたんです。でもここの人は違う名前で呼んでますよね」

「そうだね。僕らは『複製空間』って呼ぶことにしてる。あの中に入ったことがあるなら意味はなんとなくわかるね? この組織でも前は『牢』って呼んでたんだけど、前の総長の時に名前を変えたんだ。牢にしては快適過ぎるとか前の総長は言ってたね。でも牢でも通じるから好きな方で呼ぶといいよ。次の質問は?」

「あの空間ができたことって遠くからでもわかりますか? 一キロくらいの距離ならわかるって人が昔いたらしいんですけど、今はどうなんですか?」

「レーダーで二十キロくらい先までわかるよ」


 二十キロじゃ学校の辺りから私の家の近くを知ることはできない。でも複数用意できればいろんな所に置いておけるし、家上くんたちの勢力はもっと性能のいいものを持っているのかもしれない。


「人間が察知できる範囲だと、今は一.四キロの人が最長だね。一昨年までは二.一キロわかる人がいたんだけど、九十歳でお亡くなりになったよ」

「そういう人は、何でわかるんですか?」

「実は魔力持ってる人はみんなわかるんだ。でも複製空間の規模が大きくてしかも近くじゃないと大体の人にはだめなんだよね。だから“わかる人”は、敏感ってことかなあ。何でわかるかっていうと、魔力が動くのを感じるからなんだ。向こうの世界の戦時中に大規模な魔術が使われた時、多くの人がそれを察知したって話だよ」


 魔力が動く? それに魔術って、炎が出たり物が浮いたりするあれ?

 魔力が動くという、私には謎の現象? を感じて魔術が使われることがわかって、あの空間のこともわかるということは……。


「だから、複製空間は、この世界が使う魔術によるものだって考えられてるんだよ」


 この世界が使う魔術……。

 何だかすごく神秘的なことを教えられた気がするけれど、その前に「魔術」が私がイメージするものと同じかどうか確かめないと。


「あの、魔術っていうのはどういうものなんですか?」

「簡単に言えば不思議な術だよ。魔法って言ってもいいね。まあ想像どおりのものだと思う。――はい」


 立石さんが左の人差し指を立てたと思ったら、彼の髪が一瞬にして紫色になった。そしてその直後、彼の指先に小さな火が現れた。


「えっ、えええ!?」


 何で? どうやって? どんな仕組み? あ、これ魔術か。魔術を実演してくれたんだ!

 紫色の立石さんがにこにこ笑って言う。


「見本だよ。どう? 想像したようなのでしょう?」

「は、はい……」


 立石さんが右手で自身の前髪を摘んだ。完全に紫色だ。元の黒色が見えない。登校中にときどき見かけるお婆さんもここまで紫にはしていない。


「これについての解説は?」

「い、いいです。アズさんに教えてもらってあります」

「じゃあ消すよ」


 指先の火が消えて、髪の色が元に戻った。


「僕はおばあちゃんが向こうの人なんだ。ちなみに秀弥君はひいおじいちゃんがそう。目の色はそのひいおじいちゃん譲り」


 立石さんの指が美世子さんと辰男さんを示す。


「こっちの二人は先祖代々この世界の人だよ。もしかしたらどっかで混ざってるかもしれないけど、魔力がないのは確か」

「魔力のあるないってどうやってわかるんですか?」

「あったらあるって自分でわかるし使えるんだ。手足を動かせるのと一緒。病気って例外もあるけどね。他人が道具なしに判断するのはほとんどできないよ。さっき言った九十で亡くなった人はできたけど。あ、そうだ。樋本さんに魔力があるかどうか調べてみようか?」

「主にはこれっぽっちもないぞ」


 ずっと黙って話を聞いているだけだったアズさんが喋った。立石さんの視線が私からアズさんに移る。


「魔力の有無がわかるのかい?」

「さすがに中に入るとなるとな」


 なんでもアズさんは作られてから試験として何人かの別の世界の人、つまり魔力のある人の中に入ったことがあって、その時に他人の魔力というものを感じ取ったらしい。でも私を含めて持ち主になった人たちからは何も感じていないそうだ。

 アズさんの話に納得したらしい立石さんは視線を私に戻して「他に何か聞きたいことは?」と言った。

 他は……ああそういえば「あの空間」と「この組織」以外に名前をまだ知らないものがあった。


「『向こうの世界』と『この世界』の名前はどうなってるんですか?」

「星の名前で呼び合ってるよ。僕らがよく関わる向こうの人たちのほとんどは自分たちの星のこと『ティル』って呼んでるから僕らもそう呼んでて、あっちの人たちはこっちのこと『地球』って日本語そのままで呼ぶんだ。でもそうすると太陽とか月とか同じ世界のものじゃないの? ってなるから、結局『こっち』とか『あっち』って言うことが多いよ」


 世界の名前というものは付けられていないらしい。


「じゃあ、アメリカと関わることが多い人たちは『アース』呼びですか?」

「うーん、どうだろう?」


 立石さんはあごに手を当てて考えるような様子を見せた。


「僕らの支部の人は向こうの世界とはほぼ関わってないから、僕は『地球』以外で呼ぶ人は知らないんだけど、別の組織があるかもしれない。でも日本っていうか、この辺りが来やすいだけで、余所はあんまり侵入者ないみたいなんだよね。数が少なければ現地の人が気付きにくくなるし、向こうの世界の人も用があって行くことがないわけだから、何もないかも」

「ええと、それじゃあ、立石さんが知ってる中では、別の世界の人は英語でっていうか、日本語以外で話すことってないんですか?」

「そういうことになるね。まあ僕としてはアメリカには異世界の相手より宇宙人の相手を任せたいな」


 立石さんは冗談めかしてそう言うと、美世子さんにお茶のおかわりを頼んだ。美世子さんが注いだお茶は緑色というより黄色になっていた。


「他は?」

「えーと……特に思い付かないのでいいです」


 本当は、支部っていくつあるの、という疑問が浮かんだけれど、今は知る必要はないだろうし、そこまで知りたいとも思わない。知っている必要があってわからないことが何かあったらその都度聞いていけばいいだろう。

 そんなわけで今日はもう帰ることになった。新崎さんもそうだ。

 美世子さんと立石さんの連絡先を教えてもらい、それから新崎さんと一緒に地下の駐車場まで降りた。

 帰りも車に乗せてもらえるらしい。藤川という人に立石さんが電話をして頼んでくれた。

 エレベーターの前で藤川さんを待っていると、新崎さんがぽつりと言った。


「お前の名前に覚えがある」

「へ?」

「図書館の貸し出し数ランキング、一年生の三位」


 なるほど、あれで私の名前を知ったと。


「よく覚えてますね」


 図書館に一ヶ月くらい掲示されていただけなのに。私なんか他の学年の人の名前は一切覚えていない。


「お前の名前だけひらがなだったからだろうな」

「一位がインパクトあって私のは薄れそうに思うんですけど」

「ああ、あれか。確かにあれは目立っていたな。おかげで二位は覚えていない」

(どんな名前なんだ?)


 アズさんの質問に、秀吉と書いてしゅうきちなのだと答えたら、変な名前よりは圧倒的にまし、と返ってきた。


(名前に負けないようなやつになればいいんだしな。ミルクココアよりはいいだろ)


 はい? なぜここで飲み物が?


(前の主と一緒に何かで見たんだ。みるくちゃんとここあちゃん。日本人の双子の女の子。強烈過ぎて忘れられない)


 なんとまあ。市の広報の、我が子自慢コーナーでまれにここあちゃんは見るけれど、みるくちゃんとセットの家も存在したとは。


(どんな字なんですか?)

(みるくは美しいに瑠璃の瑠と来るで、ここあは心と愛だったかな。そうそう、あの人の初孫が、名前当ててみなって言われて『みるきー』って答えてたな)

(読めないこともないだけまだいいんじゃないですか?)


 女王と書いてメアリーとか、日本らしさを完全無視した上に到底読めないのよりは。


(そうか?……長く付き合ってきたと思ってるけど、人間ってわかんねえなあ……)

(んー……きっと花とかの名前付けるのと同じような感覚なんですよ。で、日本語らしい響きを無視しちゃうんです)

(だったら漢字いらないと思うんだが……)

(それはまあ確かに……)


 ミルクココアが由来なのは間違いないと思うけれど、それをどうして「美瑠来」と「心愛」にしたのだろう。刀とはいえ長生きのアズさんに理解できないのなら、十六年と半年しか生きていない私にだってわかるわけがなかった。漢字だと意味が限られるから、と子供の名前をひらがなにした私の両親にもきっとわからない。


(そういえばアズさんは何で霜月って付けられたんですか?)

(三月生まれに弥生って付けるようなもんで、オレが旧暦の十一月に完成したからだな)

(じゃあアイレイリーズは何なんですか?)

(あんまり大勢に言うなって言いつけられてることなんだが)


 アズさんの声が真面目なものになった。


(オレは、セラルード・アイレイリーズって人の一部なんだ。名前はそこから)


 人の一部? 刀が? あ、違うか、魂のことか。


(そのアイレイリーズさんに魂を一部分もらったってことですか?)

(少し違う。アイレイリーズの生まれ変わりのやつの魂からアイレイリーズの部分をいくらかもらった)


 やっぱりよくわからないけれど、すごい技術なんだろう。立石さんが別の世界の人から「作り方がわからない」と聞いたようだから。


(何であんまり言っちゃいけないんですか?)

(魂をどうこうできることをあんまり広めたくなかったんだろうな。何でアイレイリーズなのかって聞かれたら、それくらい活躍するよう願ってだって主以外には答えてる。あ、とりあえずの名前ってのは本当のことだからな。別のにしとけよって思うけど)

(アイレイリーズさんって有名人なんですか?)

(騎士でさ、歴史上の剣豪って感じ。でも今は違うかもな)


 剣豪か……アズさんの自信はそこから来ているのかもしれない。


(一部ってことは、アズさんはその人のこと、自分だって思いますか?)

(人になってる時はうっすら思うことがあるな。今みたいにしてるとよく似た別人……ってのも変だな、オレ刀だし。――お、来たか?)


 エレベーターの扉が開いて、四十歳くらいの男性が降りてきた。彼は私と新崎さんに「お待たせ」と言った。どうやらこの人が藤川さんらしい。

 私たちは藤川さんに駅まで送ってもらい、帰る方向が同じなので一緒に電車に乗った。

 電車が発車してすぐにアズさんが寝た。それとほぼ同時に新崎さんが本を読み始めたので私もそうすることにした。

 三つ目の駅で新崎さんは降りた。彼は席を立った時、ぼそっと「気を付けて帰れよ」と言っていた。

 新崎さんはずいぶん堅苦しくて愛想のない人だと私は思う。同級生たちにもあんな感じなんだろうか。せっかく容姿に恵まれているのに、あの近寄り難さで損していないだろうか。でも、名前の話をしてきたり、気を付けて帰るよう言ってくれたりするあたり、そんなことはないのかもしれない。


☆★☆


 本の区切りの良いところまで読み終えたタイミングで、まもなく降りる駅だとアナウンスがあった。

 電車を降りて駅を出て歩いているうちに、久しぶりに一人になったような気がしてきた。変なの、朝だって同じだったのに。

 会話の相手も読む本もないからか、今日聞いたこと、特に銀髪家上くんに関係することが、頭の中をぐるぐる回る。

 銀髪家上くんは私の同級生のあの家上くんとたぶん同一人物で、さらには立石さんたちにとって謎の勢力の一員らしくて……。

 家上くんが避けたいと思っている組織の一員に私はなってしまった。いや、あの組織だからって避けているわけでもないだろうけれど。

 家に帰って自室に入ってからも、歩きながら何度も考えたことをまた考えてしまう。家上くんのことが好きじゃなかったら、こんなに考えることもないんだろうか。


「はぁ……」

(どうした、溜め息なんかついて)

(あ、アズさん起きたんですか)

(家に着いた時にな。で、どうした?)

(……家上くんたちのこと黙ってていいのかなって)

(一年生の頃からずっと見てきた好きな人と、今日会ったばかりの別に好きでもないやつ、どっちを優先するかなんて簡単なことだろ)


 それもそう……かなあ。


(それに、別に正体暴きたいって程でもない感じだったしな)


 確かにそうだった。気になる集団だけれどそんなことより魔獣が頻繁に来る原因を知りたい、というような。

 いいかな、黙っていても。銀髪家上くんが同級生の家上くんだという証拠はないし、新崎さんの言っていた人と私が見た人が別人の可能性だってあるし。

 決めた。土曜日にまたあそこに行っても、家上くんのことは言わない。

 さて、着替えよう。そうしたら今日はアズさんに私の両親を紹介してみよう。

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