第九話 二刀使いの二人
彼の腕が一気に振り下ろされた。
エイルは二本の剣を下ろした状態で立っているだけで仕掛ける気配はないがシェリーは剣を構えていつ来るかに備えていた。
「来ないのですか?」
「そちらからどうぞ」
「では、遠慮なく」
彼女はそう言ってエイルに踏み込んできた。
シェリーが踏み込んで来たのにも関わらず表情に変化はなく彼女は右の剣で横に振るった後に左から剣を振るってきた。
――早い!
エイルはシェリーの剣を正確に見て、二つの剣を左右の短剣で受け止める。彼は防御に徹する姿勢を取っていたため即座に反応ができ、受け止めた剣を横に薙いで距離を一旦取るとすぐにシェリーへと斬りかかった。
左の短剣を下から振るってから右の短剣を横に振るう。彼女も二つ剣を持っているから簡単に受け止められたり流される。
エイルには不利な点がありそれは剣の長さだった。相手の剣はか細いだが剣としての長さは一般的なものでこちらの剣は幅が広い短剣だ。
シェリーよりも前に出ないと身体には当たらないが剣を落とすだけなら今の状態でも充分できる範囲だった。先ほどよりも早い剣を繰り出し、少しずつ剣を振るう速度をあげていく。
シェリーは剣を避けながら斬り込んで来る。
二人は次第に凄まじい剣戟へと転じていく光景は他の生徒たちには戦慄を禁じえない光景だった。
彼らが戦慄を禁じえなかったのは二人の戦いが自分たちでは到底太刀打ちできないものだと思わされたからである。シェリーたちの戦いぶりが自分たちでは歯に立たないと思わせるほどに洗練された剣術だったからだ。
彼女と戦っているエイルも負けず劣らずの剣術だ。彼の剣は何十年もの永い時間をかけて洗練された雰囲気が滲み出ていて数十歳は上なんかじゃないかと思わせるほどだった。
二人はどのような修行をしてこれほどの剣術を獲得したというのだろう。その修行は常人では分からないものなのだろうという事が彼らも見ていてそう感じていた。
「あの二人、次元が違うな」
「ああ。エイル=ベルグラーノはあの剣聖フォーアの息子だからな。才能が違うのだろうな」
「加えて、シェリー=アルキミアは代々宮廷剣術指南役に選ばれ続けた家系の娘だしな」
二人の男性教官はエイルとシェリーの剣術を見て冷静な判断を出していた。
二人の会話をエイルの耳は捕らえてしまっていたため、シェリーの剣を受け損ねるような姿勢に追い詰められてしまう。
「そこです!」
彼は笑みを浮かべて横薙ぎのレイピアを触れるか触れないかの間で交わした。
服には小さな切れ目が入っているがエイルは特に気にすべきことでもないと言うように平然な顔をした。
「まだまだ余裕がありますね」
「そんなつもりはないんだけど、これくらいでは驚くことでもないとどこかで思っているかもしれない」
「舐めているのですか?」
シェリーは敵対心を高めて細くした眼差しでエイルを睨むが彼は気にならないのか鈍感なのか気付いた様子は無いようだった。
「別にそんなことはない。たとえ、相手が自分よりも弱かったとしても油断や隙を見せるようなことはしないさ」
エイルは片目を瞑って言葉を続ける。
「それが時として命取りになるって知っているからな」
「どうして、知っているのです」
シェリーは彼の剣術が普通の剣術とは明らかに違い、その剣技を見る限り剣は戦いの中で少しずつ速度が増していく剣術というのを見抜いていたのだ。それはまるでそよ風だったものが速度をあげて嵐になったように加速しているような剣だ。
厄介さは相手にしている彼女が一番よくわかっていてこの剣術に対応する剣士は多くないがいないわけではないとも分かっていた。
「本物の剣士と戦ったことがあるならばそれが一番身に染みる経験だからな」
エイルはその言葉を最後に短剣を握りしめてシェリーに斬りかかった。
彼女は彼の剣技に厄介さを感じつつも対応しているが、徐々に追い詰められているように見せ掛けている。彼女はエイルの短剣にもっとも重く感じる箇所を狙って、剣を振るっていたのだが全て受け流されてしまったのだ。
シェリーは強引に強めの剣を浴びせたがエイルはそのすべてを受け流し続けたのだ。しかし完全には無理だったらしく地面を滑るように後方へと飛ばされた。
彼女は目を細めて彼を見据えながら右の剣を彼へと向ける。
「逃げ回るのは上手いようですね」
「そうでもしないとまともに戦いが出来ないからな」
彼女の言葉にエイルは嘘偽りない言葉で返したが彼女は納得できないとでも言うように表情をしかめた。それは「自分とここまでやりあっておいて何を……」とでも言いたげに見えたが確かなことは分からないので彼が口につくことはなかった。
今度もエイルから剣を交えにいき、シェリーはそんな彼の行動に対応した。
二人の剣が交えれば小さな火花が無数に舞い散っていく。
シェリーはエイルと剣を交えながら彼が明らかに戦い慣れをしているということに違和感を覚えた。この平和なご時世で戦い慣れをしている者などいるわけがないにも関わらず彼はハッキリと分かるほど手慣れていた。
彼女はその手慣れている感じにどうしたらこんな成長ができるのだろうとさえ思えるほどに彼の剣は極められているように感じたのだった。それはまるで戦い方を生まれたから知っているということを思い知らされたような剣術だった。
彼女は脳裏に「来訪者」の文字が思い浮かぶが来訪者のこと自体が事実かどうかも彼女には分からないし本当にいるのかさえ定かではないと思っている。
もし、目の前の相手が来訪者だとするならば彼は一体何者なのかと思いが行ってしまう。
「そっちこそ余裕があるんじゃないかな?」
エイルから掛けられた言葉に気を取られて彼の姿を一瞬見失ってしまう。
彼がこの一瞬を狙ってきたのは彼女が考え事に少々耽っていたことが原因のようだった。
左側の短剣でシェリーの脇を狙って斬り掛かるが彼女はすぐに対応して防ぐ。彼は防がれたことになんの思いもないらしくすぐにもう一方の短剣で右肩を狙う。
明らかに殺しかかっているように見えるが致命傷にはならないような斬り方をするみたいに不自然な切り口になる。
「なんのつもりですか?」
殺意を込められているにも関わらずエイルは飄々としたような雰囲気を感じさせる。
だが、それは全くの勘違いだと思わされる。
「別に母上の修行とは違って気が楽だからか? ついつい、遊んでしまうらしい。悪い癖にならんと良いんだが……」
最後の方は自分自身に言うような自己嫌悪気味の響きが混じった声をついた。
自覚があるような言い方だが彼にとってこれは大したことではないらしい。だからこそ、シェリーには自分がバカにされたような気分になり勢いよく斬り付けるが受け流されてしまう。
彼と剣を交える度に自分の剣身に少しずつ亀裂が刻まれていくのをシェリーは見た。
彼女は彼が持つ短剣に自身の剣を叩き込むが彼は僅かに動きを鈍らしただけだった。彼女が使う剣術がなんなのかを理解したような笑みを浮かべたのだっだ。
エイルは自身の左腕に痺れが走っていることに気付いていた。
――なかなか恐ろしい剣術だ
そう思いながら不敵に笑みを浮かべるを感じつつも戦いを楽しく感じていたのだ。
左腕を使いながら戦い続けていたら確実に倒されると感じ取ったため、左腕を使わずに戦うことを決める。
不意に彼は思ってしまった。
――生まれ変わってもこんな風に思えるなんて……な
シェリーは彼が不意に笑みを浮かべたので不快そうに眉を曲げる。
二人はお互いに一旦、距離を取る。
「何がおかしいのです?」
「いや、なに。 つい、楽しくてな」
「楽しい?」
シェリーは不快そうな表情を強く滲ませて、何かに思いたったように表情を移しながら口を開いた。
「イカれてますね」
「自分でもそう思うよ」
その言葉を聞いた彼女は少し驚いたような表情をした後、冷静な表情になった。
エイルは自分自身がイカれていることは随分前から分かっていたことだったから他人に言われてもこれと言って響いていなかったらしい。
「治す気はないのですか?」
「治す? それは無理だ。生まれ付いての闘争本能はどうすることも出来ないさ」
エイルは不可解なことを残してこれで話は終わりだと言わんばかりに剣を構えた。
シェリーは彼から今まで感じたことのないほどの気迫に襲われ、今までの彼は手加減でもしていたのではないかと思ってしまう程。
彼は唐突に気配が極端にないのような雰囲気へと変わっていき、次の瞬間には彼の姿が消えたように見えたシェリーは咄嗟にレイピアを手前に構えたが鋭くも鈍い衝撃に手が痺れるような感覚を味わった。
甲高い金属音が鳴り響き、地に何かが落ちた音が聞こえた。
「勝者、エイル=ベルグラーノ!」
ヨハネスが少し間を置いてからそう告げた。
シェリーは今、何が起きたか分からないという表情のまま立ち尽くしていた。
エイルは勝利したというのに嬉しそうではなかった。
――武技・一拍。一か八かで使った武技だったがうまくいった方かな。 でもやはり、まだ遠いな
武技――それは彼が前世の頃に手に入れた技術で武技の中でもかなり初歩の技だ。
この武技・一拍は単なる歩法に過ぎないものであるゆえに初歩の技たら占めている。
エイルはふと思う。
――いつまでもこのままという訳にはいかないか
多くの生徒たちが呆然としている視線の中を彼は訓練場の壁に向かって歩いていた。
どちらが勝っても不思議ではない戦いが彼の突然の武技によって簡単に終わってしまったのだ。
「エイル=ベルグラーノが使った歩法。どことなく剣聖に近くなかったか?」
「それを俺に問われても分からん。剣聖の剣術なんて、俺は見たこともないんだからな」
「そうだったか 悪い」
「気にしなくていいさ」
二人の教官は生徒二人の戦いに関する話からは変わってきているようだった。
「それにしても、シェリー嬢は動かないな」
「負けたことも分かっていないじゃないか?」
「まあ、いきなり終わったのだから無理もないか」
「だな」
シェリーは放心状態となっていて従者と思われる男に壁際まで運ばれていた。
彼女は今の今まで負けたことがなかったと言ったら言い訳に聞こえてしまうだろう。だが、今日負けたことで彼女は自分より強い者は存在するということを知ったということは確かだった。
「それにしても、エイル=ベルグラーノは化け物だな」
「確かにそうだが……」
「どうした?」
「いや、気になることがあってな。確信がないから語れない」
「……そうか」
お喋りな二人の男性教官のうち一人がエイルのことに違和感を覚えていたがその事に確信が持てないからという理由で語ることはなかった。
――身体のあちこちが痛いな。無理をし過ぎたか
エイルは眉を曲げながら壁際まで歩いたものの全身から走るような痛みが伝わっていた。壁に背を付けて気を楽にしようとしたのがまずかったのだろう余計に痛みが走る結果となり、彼は倒れ込みように意識を手放してしまった。
目を覚ますと見たことのない天井が彼の瞳に映り鼻を突くような匂いで自身が今どこにいるのかを理解した。
「治療棟の病室か……」
治療棟はフィリアス学園にある施設の一つだ。
エイルの耳に廊下を歩く足音が響き誰かが近づいてきていることを知らせてくる。足音は彼の病室前で止まるとノックをした後に扉を開いた。
扉を開けて入ってきたのは赤髪の少女――アルティで、呆れたような視線を向けてきているが表情はいつも通り変化の少ないものだった。
エイルは身体を起こしてアルティは彼の方に向かって来ながら告げてくる。
「貴方様は一体何をなさっておいでですか?」
「養療中かな」
「…………」
エイルは苦笑しながら言うとアルティは殺意の篭った冷たい視線を主に向ける。
彼女の主は苦しい苦笑いを浮かべて現在の雰囲気から逃げようとしているかのようだった。
「はあ…… 言うだけ意味は無いわね」
アルティは右手を額に当てて呆れたようなため息を付いた後に小言を言う。エイルはかつての彼女を垣間見たような感じ覚えつつそんな彼女に懐かしさを感じているような表情を浮かべていた。
「無茶は大概にしてください。でないとあのお二方が心配しますから」
――あのお二方とはあの二人だろうか?
彼はアルティを見つけた時に一緒にいた二人の女性のことを言っているのだとなんとなく察することができた。
「アルティ、学園ではそういう話はやめようか」
誰が聞いているか分からない学園の中でエイルが来訪者であるという事実は今現在の段階では伏せていた方がなにかと都合がいいと彼は考えていた。
「分かっています」
アルティはいつの間にかいつもの無表情で告げた。
エイルは彼女がドジでは無いことも知っているため、先ほどの発言は意図的に言ったのだろう。しかも、さりげなく結界を張っていることもエイルは気付いているがあえてその事を言ったりはしない。用心深いとは思ってはいるものの口にするまでもないという判断である。
「エイル様、どれくらいで容態はよくなりそうですか?」
「1日ぐらいで治るかな?」
「違いますよね? 半刻(一時間)もあれば治りますよね?」
「お前は人の疲労をなんだと思っているんだ?」
「エイル様は昔から無茶が過ぎますから……」
「答えになってないぞ」
エイルはアルティが自分に対する扱いがぞんざいな気がするとこの頃思いはじめていた。
「エイル様にはいい薬だと思いますのでしばらくの間、大人しくしていてください」
「お前。最近、俺の扱い酷くないか?」
「気のせいです」
アルティはしれっという感じで言った。エイルはそんな彼女の態度にやっぱり自分はぞんざいに扱われているのではないかと思うのであった。
彼女が病室に来てから四半刻(三十分)ほど過ぎたくらいに廊下へと続く扉がノックもされずに開いた。
扉の向こうからは学園長のアドルフが険しい表情をした様子で現れた。
「何をやっているのだ? ベルグラーノ」
「身体を痛めました」
学園長は教師と生徒という間柄だとでもいうような雰囲気で語りかけてきた。
昨日のような学園長室でした話し合いはとてもできることではないというところだろう。たとえ、その場にいるのがアルティであっても学園長という立場上では態度を変えることはできないと行動で示していた。
学園長はため息を付いた後に口を開く。
「生徒が怪我をされても困るのだよ。中には学園に文句を付けてくる親もいるからね」
「私の母はそんなことしませんね。修行が足りないとか言ってきそうです」
エイルもアドルフの対応に答えてあくまでも生徒という立場で話をし出した。
「私はこれで失礼するよ。生徒の様子を見るのは親御さんの事を聞きたいからというものもあるからね」
彼は大変そうだなとでも言いたげな表情でエイルを見つめた後にそのような言葉を口にして退室して行ったのだった。
退室して行った人物にアルティは表情を硬くしたように感情の見えない顔で口を開く。
「彼は学園長ですよね?」
「そうだな」
「親が学園に文句を付けてくるなんて……。自分の命は自分で守るものです。親がどうこう言えるものではないですよ」
「……そうだな」
アルティの言うことはエイルだって分かることだった。彼女が彼に出会う前は一人きりで生きのびてきた者だからだ。
そんな彼女だからその言葉は重みを感じさせるのだった。
一人きりで生きていかねばならない状況で育ったから自身の身は自分で守るものという考えができるのだ。だが、彼らはそんな環境の中で育ったわけではない。
貴族やなんの力も持たない一般の市民は「自分の身は誰かが守ってくれるもの」という認識でいるのだ。
エイルは知っているこの世界はそんなにやさしくないという現実を。
次回は「暗殺者」です。
不定期投稿ですが感想とかありましたらジャンジャンお願いします。