第六話 エイルと霊剣ヴォルザンス
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毎日、投稿しているは凄いですね。
エイルたちが皇都に来て六日後の今日はフィリアス学園の入学式が行われる日だ。
丁度、エイルが親友のエリックに会ったのがこの日の五日前のことだ。
早朝のためか皇都には人をあまり見かけることはなく、二人を乗せたベルグラーノ公爵家の馬車は皇都の南側にあるフィリアス学園に向かっていた。
「エイル様、フィリアス学園はどういうところですか?」
「俺やお前のような魔力を持つ者や聖素とか魔素とかを扱うことができる奴とかが通う学園だ」
エイルは一般的な知識を言ったためか、不機嫌そうな表情をするアルティが聞きたかったものは違う様子だった。
「その事は知っています。学園の外観の話です」
「さあな」
エイルは彼女と再会した時、感情を表に表すことがなくなってしまったと勝手に思っていたものだが案外そうでもないらしい。
彼は彼女の言葉にぶっきら棒になって答えた。学園そのものには興味が無いとでも言うよな雰囲気だった。
彼が現在、身につけているのは堅苦しい軍服に手を加えて柔らかい雰囲気を持たせた青い制服でアルティが着ているのは学園指定の黒い侍女服だった。
デザインこそ違えども侍女服には変わりなかった。
この侍女服は学園の生徒と区別できるように……という意味もある。
あっという間にフィリアス学園に到着したエイルたちはここから徒歩で学園の本棟へと向かって歩き出す。
しばらく歩いていると彼の目に忌々しい建物が映り込み、それは白亜を基調とした聖堂で入口の左右には彼らの信仰を集める少女の像が建っていた。
――トロイア聖教!!
彼は憎しみのあまり歩みが止まり憎々しげな眼差しでそれを睨みつける。主に合わせかアルティも歩を止めて、彼が見ているものを見る。
「トロイア聖教の聖堂ですか」
アルティには主がなぜトロイア聖教に対して強い憎しみを抱くのかまるでわからないし、教えてもらってもいないために組む理由がわからなかったのだ。
トロイア聖教とは聖女アグネスを信仰する組織の名前だ。
聖女が生まれたとされる地の近くにトロイア聖教の建物が存在する。
トロイア聖教の周囲には都市が築かれていてその都市を人々は聖都と呼んでいる。
エイルは昔からトロイア聖教が嫌いで、いつから嫌いだったのかさえ記憶にない。
「エイル様」
侍女に呼ばれて我に返り彼女の方を見るとどこか不安そうな表情をしていた。
彼女を安心させるため、彼女の頭に手を置いて笑みを浮かべる。
「大丈夫だ」
すぐに手を離した。
「行こう」
エイルはアルティにそう告げて歩き出した。
数百人が入っても余裕がありそうな大きな建物の中に入学式の椅子が並べられていた。約百八十人分の椅子が並べられていて新入生がそれだけの人数がいるということでもあった。
エイルは並んでいる椅子の一席に座った。
侍女のアルティは生徒の後ろに並べられていた約百人ほどの椅子が並べられていた。
彼女はその一席に座っていた。
――なんか、見られているような。 この赤髪のせいか?
自身が目立っているのが自分の髪のせいだと勝手に思っているが実際は違う。彼を見ている大半は女生徒で、彼女たちはエイルの美貌を見て、ウットリしているだけのようだ。
そんな彼女たちの視線をただ見られているだけと思っているのはエイルだけである。
そうこうしているうちに入学式は始ったようで黒髪の男が壇上に上がっていく。
机のあるところまで行き机の後ろに立ってから口を開いた。
「此度は入学おめでとうございます。 私はこのフィリアス学園学園長のアドルフ=オベルタと申します。今年度は例年とは違う催しをさせていただきます」
彼が言い終わると複数の男たちが大きな台座のような石を壇上の……アドルフという男の前に置き、蒼く透き通った片刃の大剣がその石に突き刺さっていた。
――あれは!!
エイルはその大剣を見た瞬間、それがなんなのか即座に分かってしまった。
生前に持っていた武器の一つであり、とうの昔に失ってしまった大切な武器だった。どこで手に入れたかなどの細かいことはほとんど覚えていない上に使った記憶もなかった。
だが、それが自身の武器であることはハッキリと覚えていたのだ。
アドルフが一体なにを考えてのことなのか、エイルは分からないがその剣を使って何かをやり始めようとしているのは確かだと理解した。
「この剣の銘はヴォルザンスと言う。 この剣に選ばれた者を特待生と認定し、学園長たる私が学園の総力を以て支援することをお約束しよう」
その言葉に多くの生徒が反応しざわつきだした。
「特待生って、どういうことだ?」
「学園で特に優秀な生徒にだけ、学費の一部とかを負担してもらうことができる生徒の事よ」
「でも、この感じだと学費の負担とではなさそうよ」
「分かっているわ」
生徒たちに闘志らしきものが芽生え始め出す。
エイルは周りの生徒たちとは違ってやる気が出せずにいたのは支援内容がまだ分からないためだ。
アドルフは生徒たちのざわつきが治まった頃合いを見計らって再び口を開いた。
「このヴォルザンスを抜いた者は聖樹迷宮への潜入許可、聖素や魔素が扱えるのなら聖剣や魔剣を一本だけ貸し出しも許可するものとする」
学園長のとんでもない発言に多くの者が絶句した。エイルもその一人だった。
少しの間、静寂に満ちた。
『な、なんだって~~~!!!!』
嵐が巻き起こった。生徒と言う嵐が時間と共に激しさを増していくの感じた。
「では、このヴォルザンスを勝ち取る戦争をここに始めよう!」
学園長の一言に生徒たちが言葉を失った。
誰もがあの剣を抜き放つ権利があると思っていたからに違いなかったためだ。
――こうなるのか
ただ一人エイルだけが呆れてものも言えない状態だった。
疲れたような雰囲気さえ醸し出して如何にもやる気がない様子だった。
「なにを驚いているのかね? この剣は国宝と言っても過言ではない品物ゆえ、誰もが触っていい代物でもない。それゆえに誰か一人がヴォルザンスを引き抜く権利を与えられる」
アドルフは極々当たり前とでも言うような口調で生徒たちに告げていた。
「もっとも、そのヴォルザンスが最終的な判断を下す。ヴォルザンスが使い手と認めない限り、“石に刺さったまま”だがね」
アドルフの言い方からして、ヴォルザンスには意志があるとでも言っているようなものだった。
――ヴォルザンスが認めない限りか……
エイルはこんな茶番には付き合いきれず転移魔法を使用してヴォルザンスの前に立つ。
「貴様!! 何をして……………」
剣を守るように立っていた男たちの一人がエイルに掴みかかろうとして動き、声をかけたのだが後には続かなかった。それはヴォルザンスを無造作に掴み取り、あっさりと引き抜いて見せたエイルの姿に言葉を失ったためだった。
周りの生徒たちは唖然とした様子で眺めていた。
「これでいいですか?」
エイルは壇上に立つアドルフを見上げた。
ヴォルザンスを引き抜くことが分かっていたとでも言うように彼はエイルのそんな姿に笑みを浮かべていたのだった。
彼の表情になにか違和感を覚えたエイルだったがその正体には気づくことができなかった。
「転移魔法が使えるとは大した才能です。 では、一つだけ聞いてもよろしいか?」
「なんですか?」
「なぜ、自分がヴォルザンスを引き抜くことができると思ったのでしょう?」
――ああ、そんなことか
元々ヴォルザンスの担い手であるエイルが引き抜けて当然だった。持ち主のところに帰っただけなのだから引き抜けるのは当たり前だった。
だが、エイルはそんなことを口にするつもりはなかった。面倒事になるだけだということは知っていたからだ。
「私の家にかつて予言者が居まして、その者に言われたのです」
「言われた………何を?」
「貴方はいずれ石に刺さった剣を引き抜くだろう……と」
口から出まかせを言っただけに過ぎないものだが、誤魔化すことはできたとエイルは思うことにした。
アドルフは彼の言葉に満足そうに頷いていた。
「最後に名前は?」
「エイル。エイル=ベルグラーノ」
アドルフは「ベルグラーノ?」と呟いて、その名に心当たりがあったのだろう。いや、ベルグラーノ家の話題があるのにも関わらず知らないのは逆に不自然だった。
彼は納得したように頷いてから口を開いた。
「ベルグラーノ公爵家の者が最近、白銀の賢王なる者の背に乗って皇都に来たという話を聞きましたが貴方のことでしたか」
彼はますます何かに納得したような表情となったあと顔を上げて告げる。
「この者――エイル=ベルグラーノを特待生とする!!」
アドルフの宣言のような声は生徒全員に届いたのであった。
昼頃に入学式が終わってからエイルは早々にアルティと合流し、彼女と共に学園の正門へと向かっていた。
「いいのですか?」
「なにが?」
アルティが言いたいことがエイルには分からなかったと言うより質問の意味が分からないという感じだった。
「ですから――」
主の耳元までアルティはやって来て口にする。
「あのような嘘はすぐにバレますよ?」
深刻そうな表情を向けてくる彼女にエイルは「問題ない」とでも言いたげな雰囲気を纏っていた。
「それを確かめてなんになる?」
「え? それは……」
主の問いに赤髪の侍女は戸惑ったように言葉を濁らす。
「確かめたところでそいつにこの剣を抜いて見せろと言えばいいだけだ」
エイルは視線を背負っているヴォルザンスに向ける。
装飾もなくただ刀身が透き通るように蒼いということ以外はなんの特徴もない剣は鞘に納められていた。
「そいつにヴォルザンスが抜けないなら、この剣は俺を使い手として認めているという何よりの証となる」
「不意を突いて抜いてくるということもあり得ますよ?」
「ヴォルザンスが鞘に納まった状態を抜こうとしても抜けないだろう。それこそ学園長が言ったように……」
学園長アドルフはこう口にしていた。
『ヴォルザンスが認めない限り、石に刺さったままだがね』
あの言葉が正しいのならば鞘に納まっている状態でも同じことが言える。
ヴォルザンスが使い手と認めぬ者には抜くことさえ叶わず鞘に納まったままになる。
声を潜めて話し合っていた二人は気付けば学園の外にあるベルグラーノ家の馬車の近くまで来ていた。
馬車の傍らにはベルグラーノ公爵家の侍従が待っていた。彼はまだ年が若く二十歳になったかなっていないかぐらいの年齢で中肉中背の体格だった。
エイルは彼がただの人間だとすぐにわかった。魔力もなくソルシアの身が持つ輝も感じられなかったためだ。
「エイル様、アルティ殿。学園は如何でしたか?」
「まだ、入学式が終わっただけだ。 学園生活はこれからさ」
「左様ですか」
緑がかった黒髪の侍従の質問に答えながらエイルはフィリアス学園の見る。
寮もあるのだが彼はとある理由により寮には入らない。寮に絶対に入らなければならない理由もないので彼はベルグラーノ家の屋敷から馬車で直接フィリアス学園に登校するのである。
「アルティ殿は如何でしょう?」
「特にこれと言った事はないですね」
「左様ですか」
アルティは振り返りフィリアス学園を見て、五・六階はありそうな本棟が六千年前に作られた建物なのかと不思議に思っている。
エイルは不意に正面を見る。
学園から真っ直ぐに見える大きな城はヴェルディン皇国の皇族が住む場所にして政治が行われるところだ。
その城は眼下に都市を見下ろすようなところに聳え立っている。
「宮廷が気になりますか?」
「……別に」
心配そうな表情でアルティが質問して来たのでエイルは淡々とした様子で答えた。
彼は侍従に視線を向けて尋ねる。
「そういえば聞いてなったがお前、名前はなんて言うだ?」
「セバスと申します」
「今後ともよろしく頼む」
「かしこまりました。エイル様」
セバスはエイルに一礼をする。
「ところでエイル様」
「なんだ?」
「その大剣はなんでしょうか?」
エイルは入学式で起きたことを話した。
「そういうことでしたか」
エイルの話にセバスがあまり驚いた様子を見せないことが彼にとっては不可解だった。
「それではエイル様、ヴォルザンスをどうやって屋敷まで運ぶおつもりですかな?」
年の近い侍従に問われて口ごもったように言葉が詰まる。これといってエイルは考えていなかったのだ。
馬車には物を乗せられるほどの荷台もなく、完全に移動用だったためセバスがこう言うのも無理はないだろう。
「倒れてきた時はあたしが対処するのでご心配なく」
アルティがすぐ助言をした。彼女の対応の早さにエイルは舌を巻き、本当に優れた侍女だと思った。
セバスはそれで納得したのかそれからは何一つ言ってくることはなかった。
エイルとアルティの二人は馬車に乗り込んだ。
彼らが乗り込んだのを確認したセバスは御者座に座り馬車を走らせ、そのままベルグラーノ家の屋敷へと向かうのだった。
「先程の話ですが……」
アルティが馬車の椅子に座り込んで出した第一声がさっきの話だった。
「ヴォルザンスの話か」
「そうです」
彼女の顔がやたらと真剣なのでエイルは若干疲れ始めてきていた。
「学園長の言った通りの展開になるだろう」
「それで自分にしかヴォルザンスを抜けないとおっしゃるのですか?」
ヴォルザンスのおかげで戦えているんだろと言ってくるものがいないとは限らない。
所詮それは自身が引き抜けなかったことに対する嫉妬であるとエイルは知っていた。
アルティはそれから主に色々と聞いてきたもののエイルがそれに答えることはなかった。
アルティは主の部屋の前に立ちノックをする。返事がないものの人の気配があるため誰かいるのは確かだった。
彼女の脳裏に嫌な予感が過ぎる。エイルはベルグラーノ公爵家に来てまだ二ヶ月ほどしか経っていない。
彼にいい印象を持っていない者はいくらでもいたため、そういった者に殺されてしまったのではないかと思ってしまった。
「エイル様、失礼します!」
上擦った声で侍女らしい対応で主の部屋に入室する。
「………あ」
時を止めるほど美しい少女が着替えている最中だった。
彼女はまだ、下着しか身に着けていない身体は美しすぎるほどの曲線を描いていて、腰はキュッとくびれ、お尻はきれいな曲線を描いている。
ふくよかな双丘は大きいにも関わらず形がよく、透き通るような白い肌が少女の身体を美しく飾っていた。
胸の大きさではアルティよりも大きく見えた。
膝まで届く髪は黄金のような輝きに満ちていて、海のように蒼い瞳は整った顔立ちと合いあまって美しさを際立たせていた。
顔の整い方もかなりの美しさがあり、どことなくフォーアの美貌に通ずる何かがある顔だった。
すらりとした身体は女性の中でも低い分類ではなかろうか。
目測で百五十二アルマ(百五十二センチ)ぐらいに見えるほどだった。
黄金の少女は眉を曲げて口を開く。
「閉めてくれませんこと?」
美しく過ぎる少女の声はこの世の者とは到底思えないほど美しく、人の声では出すこともできない音程だった。
その少女からの言葉をかけられるまでアルティは扉を開けた状態で固まっていたのだった。
「な、何者です!」
アルティは彼女の言葉を無視して問うた。
海のような蒼い瞳が射貫くような眼差しに変わったのを感じ取ったアルティは隠し持っていた短剣に手を伸ばす。
「アルティ、貴女は少し冷静になって物を見る目を持たなければいけませんね」
自身の名前を呼ばれて戸惑ったもののアルティは即座に扉閉めて、逃げられないように魔法で扉に施錠をする。
「アルティ エイルですわよ」
少女の言葉にアルティは信じられずにいるところに彼女は呆れたような表情で言葉を重ねる。
「魔力感知」
アルティは言われたように魔力感知を行うと目の前の少女は間違いなく、主の魔力波を放っていた。
先程までアルティにあった険しい雰囲気は和らいでいた。
「エイル様ですか?」
少女は自身の身体を見てからアルティを見て、納得した顔をしてから口を開いた。
「そうですわ。 見た目が変わりすぎて理解できないのでしょうけど……」
エイルらしい少女の口調からしても女性そのものでとてもではないがアルティには目の前の人物がもう誰なのかわかないとでも言うような顔をしている。
「あの本当にエイル様なんですよね? 偽物とかではないのですのよね?」
少女――エイルは呆れた顔をしている。
自身の見た目が普段とは違うという自覚はあるし、別に好きで女の姿なわけではないし女装しているわけではない。
これがエイルの秘密、男でも女でもあるという身体。こんな身体だからこそ寮には入ることができないし、もし入れたとしても秘密がバレた時が大変なことになる。
「大体、貴女はお母様から私の身体の事は聞きましたでしょう?」
「確かに聞きましたけど、ここまで変わるとは思ってもみなかったもので……」
「それにしてもさっきの対応はいただけませんわね」
「も、申し訳ありません」
アルティは主の一言に言い返す言葉がなく肩を落とす。
エイルの秘密を知る者は多くはないが知られると色々と問題があるのだ。
どういう問題が起こるかはエイル自身もわからない。その時々で変わるからだ。
「わたくしは貴女と話している場合ではないんですの お分かりかしら?」
「まあ、大体は……」
アルティはエイルの身体を見てまだ下着のみしか着ていない身体は何故か艶かしい。彼女も同性にこんな感想を抱くことは今まで無かったのだが、今のエイルはそんな事を思わせるほど艶かしく美しいのだ。