第五話 城下のエイル
エイルは近くに置いといた騎士剣を手に男の間合いを一瞬で詰めて、手に持つ剣で男の首を跳ねる。その勢いを殺さないまま次の男の顔に切り傷を与えたのちに首を跳ねた。
狼車の方から水の球体が群れを成して盗賊たちに襲い掛かった。狼車の扉前では車内で寝ていたはずのアルティが片腕を突き出した状態で何かを唱えている。彼女が使おうとしているのは魔法だ。
魔法とは魔力と呼ばれる力を動力源として起こす現象を呼ぶものだ。
基本的に魔法を扱える人間は少なく、人間以外の種族では話が変わってくる。
半妖はもちろん赤獅子族や遠い地にいるとされているエルフも扱うことができる。エイルの父も魔法を使っていたと言われるくらい魔法は数多くの種族が扱えるものだ。
魔法が仕えない種族はソルシアぐらいなものである。
アルティは水魔法で男たちに連続攻撃を繰り出して次々と男たちを倒していく。
「魔法使いか!?」
盗賊の一人が驚いたような声を上げていた。
「チッ、テメェーら。 逃げんぞ!!」
盗賊の一人がアルティの魔法を見て、嫌な顔をし即座に退却するよう指示を出した。そんな彼らにエイルたちは見えなくなるまで攻撃をし続け、後で戻ってこられても困るため念のいった脅しをしたのだ。
アルティが狼車から出てエイルの近くまで寄ってくる。
「エイル様、ご無事ですか?」
「見ればわかるだろう?」
エイルはアルティの質問にサラッと答えてみせた。
彼は血の一滴も浴びてなどいなかった。彼はあれから十五人ほど仕留めたものだが、アルティはエイルの倍近くの人数を仕留めていた。
「この者たちは土にでも埋めておきます。疫病が流行っても困りますから………」
アルティは事務的な口調でエイルに告げた。チルルはというとあれほどの騒ぎだったというのに寝たままだ。
さすがは賢王と言ったところだろうか人間の騒ぎなど虫の鳴き音にも等しいのだろう。
「埋めるのはいいが他の者には分からぬところにでも埋めといてくれ」
「畏まりました」
エイルからすればこんなことなど前世で腐るほど経験しているから人の死など見慣れたものだ。だからこそ、冷静に指示が飛ばすことができるのだ。
「いつの時代も殺し合いはあるのだな」
エイルはアルティには聞こえぬような小さな声で呟いたのだった。
エイルたちは昼頃の皇都に到着した。
彼らは二日目以降から少し早く進んでいたら予定よりも四日ほど早く皇都ロスヴァイセに到着してしまった。
十日ほどで着くつもりが四日も早く着いてしまったことに対して思ったことは賢王の足は馬の倍近い速さで距離を移動できるらしいということだった。
本人曰くまだまだ軽い方らしく本気で走ればどれほど早いのかとエイルは内心で呆れてしまった。
今更ながらこの魔獣がどれだけ凄いのかを思い知らされた気分になり、そんな魔獣に勝ったことが奇跡的であった。
――もっとも、アレを勝利と言っていいのか怪しいところだが
エイルは久々に見る皇都の門の威圧めいた凄さを懐かしく感じていた。
皇都の門番たちの前まで行くと彼らに苦笑い混じりの声で言われる。
「よもや魔獣に騎乗して皇都に来られるお方がいるとは思いも寄りませんでした。それがよもやベルグラーノ公爵家の者とは……恐れ入りました」
何故、彼らがエイルをベルグラーノ家の者と分かったかと言うと狼車に描かれた紋章がベルグラーノ家を示す、赤地に白い狼のような紋章だった。
エイル自身がそこまでも偉業を成したとは思っていないのだが……周りはそういう訳にもいかないらしい。
フォーアがここまで計算して白銀の賢王を飼い慣らして来いと言ったのではないだろうかと若者は思わずにはいられなかった。
エイルたちは城下町に入るとたちどころに噂されるようになっていき、彼が騎乗しているチルルの話が主な話題となる。
白銀の賢王という異名を持つ魔獣というだけで彼の噂はさらに拡散していくことは間違いなかった。
「勘弁してくれ」
「エイル様、諦めてご自分が成した偉業を噛み締めてください。それが出来ないのなら、自信があるように胸を張ってください」
「無理だ。 俺にはそんな度胸はない」
アルティの自信満々さにエイルはすでに白旗を上げていた。
彼は叔父がいるベルグラーノ公爵家が皇都に持つ屋敷に向かい、道中を進む際に聞こえる賞賛の声が若者の心をより一層疲れさせてしまった。
エイルたちは貴族街と呼ばれる街の中に来ていた。
ここは多くの貴族が住む屋敷が連なる街ゆえに平民は近づこうとはしない。
無闇に近づいてあらぬ疑いなどを掛けられたくないとも言えるが実際は自分たちにはここに近づていい身分ではないという自覚があるためだろう。
エイルも約二か月前は平民だったのでこういうところは少し気後れ仕舞がちである。
いくら、先々代前の皇帝の息子とはいえ宮廷暮らしはそう長いものではない。平民として暮らした時間の方が長いため、自分がここにいるのはなにかの間違いではないかという思いに馳せてしまう。
エイルは地図を見ながらベルグラーノ公爵家の屋敷を探し出して向かい丘の上の方にベルグラーノ公爵家の屋敷があった。
身分が高いだけあって宮廷の近くに聳え立っていた。
屋敷の近くへ行くようチルルに言うとあっという間に屋敷の門前まで着き、彼女から降りて屋敷の門を開けようと行動をしようとしたエイルの思いを余所に門はゆっくりと開けられた。
開けたのはここで働く侍従たちのようだった。
初老の男がエイルの前までやって来て、一礼をした後に口を開いた。
「お初に御目にかかります、エイル様。私は侍従長のアレイユと申します」
柔和な笑みを浮かべる初老の侍従アレイユ。
彼を初老と思ったのは所々に白い髪を覗かせている黒髪が老人近付いているなによりの証拠だった。
侍従長と言うからにはかなり長くベルグラーノ家に仕えているのだろう。
「エイル様は長旅でお疲れになされたことでしょう? 休息の準備は整っております。ごゆるりとお休み下さい」
狼車から降りてエイルの傍まで近づいたアルティがそのようなことを言うので彼女にチルルのことを任せて、彼は狼車から自分の荷物を降ろして待っていこうとすると侍従の一人が話しかけてきた。
「お持ちします」
「大丈夫だ」
こんな些細なことですら自分に任せてほしいと言うのが侍従であることも、この約二ヶ月で理解していたエイルは「自分の荷物は自分で持つ」と断言し屋敷の中に向かって歩き出す。
かつては皇子だったエイルは今では公爵の甥だ。
――人生、どうなるか分からないな。生まれ変わってもこれとは……
屋敷の外庭にある道を歩きながらそんなことを考えていたら玄関まであっとういう間だった。
屋敷の長い廊下を歩きながらエイルは侍従長のアレイユに自分に与えられた部屋と叔父のフォルガがどこにいるのかを聞いた。
「フォルガ様は現在、ご客人とお話をされています」
客とやらが誰かは知らないが叔父はその者と話し合いをしているらしい。
「叔父上が客人の相手を終えたら教えてほしい」
「かしこまりました」
アレイユは小さく一礼したあとエイルから離れた。
エイルは彼から聞いた自分の部屋まで行き着き室内へ入り、手に持っていた荷物を床に置いた。
「やっぱり慣れないな。この生活」
エイルは部屋で一人呟き、特にやることなんてないから彼は暇をもて余していたところに誰かが扉をノックした。
「失礼します。エイル様」
女性の声が扉の向こう側から響いた。
この声音はアルティのものだった。
「アルティか。入っていいぞ」
エイルがそう言うとアルティは扉を開けて部屋の中に入ってきた。
「失礼します」
彼女が仰々しいことを言うのはいつもの事なので慣れたのだが……それでも、彼女には言いたい事が山のようにあるのだ。
「なんでしょうか?」
しばらく、見つめていたら彼女は無表情のままエイルに問うてきた。
「アルベルティーネ、君がここにいる理由を知りたいのだが………」
「御身を護るためです」
エイルは彼女の本当の名を口にして、彼女が口にしたその言葉で悟る。
アルティは彼が何者なのかを知っていて、彼女はエイルの真名を確実に知っている様子だった。
彼女が何故エイルの正体を知っているのかと言うと彼女はエイルが前世の時に自分の騎士にしていた相手だからだ。
だからこそ、彼女はこの国で一番信頼に置けるのだ。
エイルを護るとは彼女たち騎士にとって主を護るのが務めだからだ。
この場合の騎士とは国に仕える、主に仕えるとはどうやら違っていた。
「アルベルティーネ、君がここにいる理由はわかったが君でなくてもよかったんじゃないのか?」
「あのお二方に御身を護り続けるだけの自制心がありますか?」
「無いな」
アルティの言葉にエイルは的確過ぎると感じて苦笑してしまった。
彼女たちの性格を知っているが故に出てくる言葉だった。
エイルたちとアルティが出会ったのは今からおよそ六千年も前の話だ。
彼女は三人の男女に出会ったのだ。
『お前、一人か』
彼は傍らに二人の女性を共なっていて、彼はまだ少女だったアルティに彼はそう口にして十代半ばだった彼女が頷く。
『そうか。 俺たちと一緒に来ないか?今までの人生が嘘だと思うような生活を見てやるぞ?』
そんな自信たっぷりに言い放った言葉と共に手を差し伸ばして来たのを彼女は今でもよく覚えていた。
「どうした?」
主の声がしてアルティはふと我に返った。
「なんでもありません」
「そうか?」
不思議そうな表情をしながらアルティのことを見て、エイルは彼女を問い詰めたりはしなかった。
アルティとエイルはしばらくの間、話し合いをし続けていたところにノック音が響く。
エイルが「どうぞ」というとノックをした人物は扉を開き、扉のところにいるのは侍従の一人だった。あのアレイユという侍従長ではないので彼に頼まれた侍従なのだろう。
「エイル様、フォルガ様がお呼びになられました」
「そうか」
「アルティ、今のうちに皇都のことを把握しておいてくれ」
「かしこまりました」
アルティは主の言葉に仰々しく頭を下げた。
エイルは自分の部屋を訪れた侍従にフォルガの許まで案内を頼み長い廊下でて歩を進める。
これからフォルガと会うということを考えただけでエイルの胸は不安でいっぱいだった。
「着きましたよ。エイル様」
不安の正体も分からないままフォルガのいるところまで来てしまったらしい。
ここから先は若者一人でこの扉の向こう側に行かねばならない。彼は意を決して扉をノックすると「入りなさい」という若い男の声が耳に届き部屋に入っていった。
そこにはプラチナ色の髪に青い瞳を持つ若い男が執務机の上に置いてある書類に目を通していた。
エイルは前世も含めて叔父に会ったことはなかった。途中から記憶がなく、自分が何者なのかさえ分かっていない記憶喪失者だ。
だが、彼の身体を流れる血はフォルガを見た瞬間なにかに呼応するように騒ぎ立てている。
「久しぶりだね」
その一言にエイルは疑問を覚える。
彼に会うのは初めてで以前に会った記憶など無い。
「叔父上と会うのはこれが初めてのはずですが」
「いや、幼いころに宮廷で会っているよ。君は覚えていないだろうね。まだ四つだったのだから」
叔父の言葉にエイルは理解したのだ。
四つならば若者が記憶していないのにも納得のいく理由だった。
フォルガは真剣な表情となって若者を見る。
「君に話さなければならないことがある。聖樹のことだ」
エイルの全身に緊張が駆けていき、フォルガの眼差しを若者は受け止めた。
「あの樹は正直、無視し切れない」
「叔父上。それは聖樹が膨大過ぎる魔力を有しているからという事でしょうか?」
フォルガはエイルの言葉の中に混じるアウラという単語を不自然に感じた。この言葉を口にする赤獅子族もソルシアもいなく、まして人間が使う言葉でもなかったが今の疑問を彼に聞いたとしても答えが返ってくるとは思ってなかった。
フォルガは若者の言葉に頷く。
「その通り。あの樹は不可解過ぎる」
「樹が魔力を持っていると聞くと魔樹しか思い当たらないのですが」
「だが、あれは魔樹ではない」
魔樹とは魔力を持つ樹で、禍々しい雰囲気を漂わせていて人を喰らう樹とも言われているのだが、聖樹にはそんな雰囲気もなく人を喰らったという話も聞かないのだった。
ただ、聖樹内に死体を放置すると消えてしまうという話はあるもののどこまで本当のことかは不明。
「それはわかっています」
「話は変わってしまうがここへ来たのは学園に入学するためかね?」
エイルは苦笑を浮かべながら口を開く。
今までの重い話からは縁遠い話がされたためか雰囲気が和らいだ。
「母上に言われて仕方なく」
甥の発言にフォルガも苦笑せざる得なかった。
翌日の昼頃。
――城下町でも歩いてみるか
エイルはその場の思い付きで城下町に出ようとして、こっそりと自室を出て普段あまり使われる事の裏門から城下町に行こうとした時に後ろから声をかけられる。
「どこへ行かれるのですか? エイル様?」
突然、名を呼ばれて驚きエイルは後ろを振り返るとそこには鬼のような形相で睨み付けるアルティが立っていた。
彼女にあっさりとこっそり城下町に行こうとしたことがバレてしまった。
「もう一度聞きます。どこへ行かれるのですか?」
「……」
エイルはアルティの問いには黙るしかなく問いがこれで終わるとは彼は微塵も思っていなかった。
「ど・こ・に・行かれるのですか? エイル様」
彼女は一歩一歩迫ってきながら迫力を帯びた声音で言ってくる。
「……………………いや、城下に出ようかと思ってな」
主の返答にアルティがより一層、彼を睨み付ける。
「いつもいつも、自由気ままに行動されては困ります。いい加減、分かってくれますか?」
「思いたったら即行動だからな」
「……」
アルティはエイルに鋭くも冷ややかな視線を向ける。彼は苦笑いしながら大慌てで裏門から城下町へと出ていく。
そんな主の行動にアルティが「待ちなさい!」と言うが彼は止まろうとはせずに城下町へと下りてしまった。
「はあ、これは追うしかなさそうですね」
一人残されたアルティはため息を吐いたのちに主を追いかけて城下町へと出向くしかなかった。
エイルは飲食店が建ち並ぶところに来ていた。
「相変わらず美味しそうな料理がありそうな店がたくさんあるな」
「相変わらず、食いしん坊だな。エイルは……」
「ん?」
聞き覚えのある声に振り返ると肌に日焼けの後を残した男が立っていた。
男は呆れたような表情を浮かべておりいつものこと諦めているような雰囲気を醸し出していた。
「エリック!! 久しぶりだな!」
「ああ、久しぶりだ」
笑みを浮かべて友の名を呼んだ。
エリックはエイルがル・ラークで働いていた頃に出会った男で彼にとってエリックは親友でもある。
エイルの服装を見ていた。
「いつもと変わらないな」
「貴族の格好は窮屈なんだ。精神的に……」
エリックは若者の発言がよほどおかしかったのか哄笑した。
親友の態度に眉を曲げて不愉快そうにしてエイルは笑い続ける彼に言う。
「わ、笑うことはないだろう!」
「いや、すまない。 お前からそんな言葉が聞けるとは思わなかったからな」
腕を組んで未だに笑う親友の姿がよほど気に入らなかったのか話題を変えようとした。
「俺が貴族になったのは初夏のころだ。それからまだ二ヶ月ぐらいしか経ってないんだぞ!」
「そうだったな」
エリックは口の端が上がっていて、誰が見ても笑っているが明らかだった。
「まだ、笑うか!」
エリックが未だに笑っていることがさすがに癪に障った。
彼は謝りながらも笑い続け、どこがおかしいのかエイルにはさっぱり分からなかった。
「いつも余裕そうなお前が窮屈という言葉いうとはとても思えなくてな。それでつい、面白くてな」
「貴様!!」
エイルは顔を赤くして怒った。
彼自身、自分が常日頃から余裕に振る舞っているつもりは毛頭ないのだが……周りからはそういう風に見えるらしい。
エリックが不意に真剣な顔をした。
「ところでエイル」
「なんだ?」
「あっちで話さないか? 今までのことも聞きたいからさ」
エリックが指さした方向はちょっとした広場になっているところだった。
そこには長椅子に仲良く座って、食事をする者もいれば話に興じている者、あまい雰囲気を漂わせている男女など様々なものたちがいた。
エイルたちはそこに移動し邪魔にならないようにいくつか置いてある長椅子の一つに座った。
彼らは向かい合って今までの出来事を話した。
「お前も大変なんだな」
エリックはエイルに同情をしているようだった。
「大変なんかじゃないんだぞ。主に母上の修行が……母上の修行が……!!」
「それはもう分かったって………。何度も言われなくても分かったって」
「本当か?」
エイルはエリックに疑うような視線を向けている。彼は親友からのそんな視線に苦笑気味な表情を浮かべる。
「本当だって……。 まあ、話は変わるけどさ」
「なんだ?」
エリックが今までにない真剣な表情をしたのでエイルの背筋に緊張が走った。
「お前さ。 可愛いきょうだいとかいないのか?」
エイルは親友の台詞に肩を落とす。
どうでもいい内容だっただけに緊張して損をしたとでも言いたげだった。
「なんだ、その態度は! 重要だろう?」
「何が重要なのかは知らないが姉も妹もいないぞ。 侍女はいるが………」
「なに? 可愛いのか?」
「自分の目で確かめればいいだろう。 目にする機会があればいいけどな」
エイルの言うことももっともだった。
親友の言葉にエリックは悩み顔で思案したのちに思いついたことを口にした。
「今度、お前の屋敷に向かわせてもらうぞ」
「別に構わないが衛兵に捕まっても知らないぞ?」
エイルは呆れた様子で言った。若者の言葉で気付いたのか「それは嫌だな」と溢した。
「なら、諦めるしかないな」
「お前が連れてくれば俺だって会えるだろう?」
「そんな日は来ないと思うぞ」
「何故だ?」
エイルは自分がフィリアス学園に入学することになっていることを話した。
「そうか、これから会うことは難しくなりそうだな」
エリックは悲しそうな表情をする。
親友の表情にエイルは当然のことを口にする。
「それでも休みの日は暇だが……」
「学園の休みっていつだよ?」
「知らない」
「おい!」
呆れたような表情で親友から見られたためか困ったような表情を作り告げた。
「まだ、通ってないんだ。いつ休みなのかも知らないんだよ」
「そういうもんか?」
「さあな。もしかしたら、前もって知らされているかもしれないが母上が教えてくれるとは思えないんだ」
「なんでだ?」
親友の問いに心底言いたくなさそうに眉を曲げて、諦めたような表情をしながら視線を地面に向けて落ち込んだようにも見える姿を見せる。しばらくそうしていたが不意に顔を上げて言いにくそうに口にした。
「……修行とか言ってきそうだから」
顔を上げたものの視線はエリックに向けることはなかった。
それから二人は他愛もない話をし続け、話終わったころには夕方になっていた。
「エリック、今日は話せてよかった。また会おう」
「ああ。次会う時は可愛い子を紹介してくれよ?」
エイルは親友に笑みを浮かべていうとエリックは少し驚きつつもすぐに穏やかな表情になって再会のときを祝うように笑みを浮かべた。
エリックが「じゃあな」と言って去っていくのをエイルは見つめながら呆れたように溢す。
「最後に女の子の話か。好きだなそういうの」
屋敷のある方角へと歩き出した直後に声をかけられた。
「あ」
視線の先に黒を基調とした侍女服を纏った赤い髪の少女が鬼のような形相で立っていた。
声をかけてきたのは彼女だろうことはすぐに理解できた。
「『あ』とは随分な言いようですね。あれからあたしが何時間かけて探したか、お分かりになりますでしょうか? エイル様」
彼女の声はどこか棘があるような色味を帯びていた。
エイルは未だに時間の読み方に馴染めておらず、アルティが馴染めているのはそうせざるを得なかっただけだろう。
今の彼女相手では黙る以外の選択肢がないような気がしていた。
「エ・イ・ル・様、聞いていますか?」
鋭い視線を浴びながらただただ黙り続けた。