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第四話 賢王の背に乗って皇都まで

 二日後の早朝


 エイルは皇都ロスヴァイセに向けての荷物をまとめ終えて銀狼のところへと来ていた。

 銀狼の傍にはローレスら侍女たちと何名かの侍従がいて、見送りをするらしいがエイルは正直やめてほしいと思っている。

 それを聞くような者たちではないと知っているのであえて口にはしない。

 ちなみにフォーアの姿はどこにもない。


『遅いでありんす』


 賢王は不満げな声で言ってきた。

 彼女の近くには馬車のようなものがありご丁寧に鞍までついている。

 これを見ていると馬車と言うより狼車と言った方が適切ではないのだろうか。


「チルル。ここから馬で皇都ロスヴァイセまでは十日ほどかかるんだが、お前だとどれくらいかかるんだ?」


 エイルはほとんど無意味な質問をする。

 チルルというのはこの魔獣に付けた名前だが本人はあまり嬉しそうではない様子だ。


『知りんせん』


 予想していた回答が返ってきたのだった。

 彼は馬よりは断然、賢王の方が早いと思っているのであまり気にしてもいない。


「そろそろ、皇都に向かいたいがアルティは何処だ?」


 エイルは辺りを見渡すが彼女は何処にもいない。


「すでに乗っていられますからエイル様は早く準備をしてください」

「そうなんだ」


 ローレスの言葉を聞いてエイルは苦笑をしたのちに荷物を狼車に乗せてから鞍に跨がった。

 彼女の声を聞いただけで彼は嫌ものを恐怖に似た感情が一瞬だけチラついたのだ。


「では行ってくる」

「お気をつけて行ってらっしゃいませ。エイル様」


 エイルはチルルにニースの外壁へ向かうよう指示を出し彼女は不服そうだったが渋々と言った感じで従った。


「エイル様、お気をつけて~」


 屋敷を出て都市に踏み出したらニースに住む住民たちの声がそこら中から聞こえて来たのだった。

 どうやら先日の「白銀の賢王」を使役したということがかなり効いているらしい。


『人気でありんす』


 チルルは呟くように口にした声はどこか落ち込んでいるようにも思えるものだった。

 彼女にとってエイルに騎乗されるというのは屈辱的にしか感じないものだが、彼に逆らうことができそうにないというのを実感していた。


「疲れる」

「まだ、ニースを出てすらいませんよ」


 アルティが主に呆れたような声と顔で言ってきた。


「これからというのはわかってるよ」


 エイルはぶっきら棒に答える。

 気持ちが沈んでいる魔獣一匹と若者の姿にアルティは早々に先が思いやられると感じずにはいられなかった。

 ニースの外へと通ずる城門の前にはなぜかフォーアの姿があった。


「なんの用だよ。母上」


 エイルは眉を曲げて母に言った。

 彼女は不愛想な表情で我が子を見つめた後口を開いた。


「忘れ物よ」


 言いながら投げ渡してきたものは鞘に納められた一本の剣だった。

 エイルはそれを器用に受け取って、その剣を見た瞬間に驚いた表情をすぐに浮かべた。


「これは……母上の愛剣じゃないか!!?」

「ええ、そうよ。 エイル、失敗は無しよ」


 エイルは母の言葉と行動理由について行けそうにはなく頭を抱えそうになる。

 我が子の様子から大体のことを察したのか彼女は優雅な足取りで屋敷の方角へと歩いて行った。


「母上、相変わらず何を考えているのかわからん」


 エイルは母の愛剣を握りしめて気を取り直したような表情になりチルルに指示を出す。


「行こう。目指すは皇都ロスヴァイセだ」



 彼らは皇都ロスヴァイセへと続く街道をなぞる様に進んでいた。アロセイユの都市ニースから皇都ロスヴァイセまでの道のりは馬を使っても十日は掛かる距離だ。

 右手には街道に沿って深い森が広がっており、奥深くまで進むとフォーアと修行を繰り広げた滝やチルルと出会うきっかけにもなった洞窟もある。


 エイルが皇都に行くことになった主な原因はフォーアがフィリアス学園への入学手続きを終えていたからだ。

 騎士を育成する学園――フィリアス学園にこれから通うこととなる。

 入学するにはいくつかの条件が課せられており、内一つが魔導師の素質がある者。

 魔導師としての素質を持っていれば入学自体はできるのだが入学費やら授業料やらがバカみたいに高いため、基本的にはフィリアス学園に通っている生徒は貴族の子息が多い。


 フィリアス学園に入学する条件に当て嵌まっていて、入学費や授業料を払えるだけの資産を持っていても入れない者も中にはいる。

 そういった者たちは貴族たちの考えからか試験の時に大半が落とされてしまうことが多い。

 中にはその試験を通過する者もいるもの稀にしかいないため基本的にいるのは貴族の子息しかいない。


 入学条件の一つに種族間の差別をしてはならないと決められている。これを破った者は即座に退学処分の対象者となる。

 最近できたばかりの条件らしい。


 学園に入学する者の大半は貴族であるが異種族間の間で生まれた者もいるし、他種族との交流の場ともなり得るので種族感の差別は厳禁なのだ。

 種族間での問題事を避けるために作られたようにも感じる条件となっている。


 エイルは異種族間の間で生まれた者で父が赤獅子(フェリス)族で母がソルシアだ。

 父であるリアンは先々代前の皇帝でリアンという名は先祖から戴いたものだという。

 エイルは父が皇帝であったという事実は知らなかった。あくまでこの時代のことだと割り切っていたため記憶してなかっただけなのかもしれない。


 貴族の子息ばかりが通うためか従者を一人連れてくることもできる。

 従者は基本的に主の身近にいなければならないと決められているので授業を受けることもできるし、その従者の授業料は払わなくていいことになっている。

 理由は定かではないが学園は宮廷から援助を受けているとも囁かれているが事実かどうかは不明。


 学園では聖素・魔素と呼ばれる力を扱える者は別枠で入学することができる。

 そして、魔素を扱える者は聖素を扱える者より少ないためフィリアス学園では聖素を扱う者よりも優遇されることが多いのだ。

 聖素・魔素を扱える才能が高ければ高いほど優遇されやすい理由の一つが聖素・魔素を扱える者が少ないことだ。

 もう一つは皇都ロスヴァイセから真っ直ぐ北に二十日ほど進んだところにある巨大な樹に深く関わっている。


 その樹は聖樹と呼ばれ、樹はおよそ六千年前に突如として出現したと言われている。

 聖樹には迷宮のようなものが存在し、その迷宮を聖樹迷宮(ルヴィンユイゼ)と言う名がつけられている。

 聖樹迷宮(ルヴィンユイゼ)は広大と言えるほど広い世界が広がっていて、聖石・魔石と呼ばれる結晶石が発見されている。

 聖石は聖素を内包した特殊な石で聖剣や聖導具と呼ばれる力持つ道具を製造することができるがかなり腕の立つ職人でないと作れない。


 聖剣や聖導具の対をなす魔剣や魔導具には魔素を内包した特殊な石――魔石を用いないと作れない。

 魔導具や魔剣は魔素と呼ばれる力を扱える者でないと使うこともできない。

 これら以外にも様々なものが発見されているが、この聖樹迷宮(ルヴィンユイゼ)は魔物と呼ばれる化け物が多数存在している。

 そいつらは倒されると塵になるそうなのだがその理由は未だ分かっていないらしい。


 聖樹迷宮(ルヴィンユイゼ)は聖素や魔素が扱える者しか入ることを許されていないとも言われていれ、その理由は知らていない。

 そして、聖素・魔素とは世界中に満ち循環している力のことである。

 聖素と魔素の違いはあまり解明されていない。


 エイルたちは街道を順調に進んでいる。

 普段なら盗賊やら魔獣やらが現れてもいいのだが、白銀の賢王なるチルルの前では魔獣も無闇に姿を現さないらしい。

 盗賊などが出てきたとしてもエイルやアルティには相手にもならない。

 狼車の中にいる彼女はただ外を眺めているのは話す相手が狼車にはいないからだ。

 主の邪魔はしまいとして話すだすことをしないで黙っている状態だ。


「それにしても遠いな」


 エイルは独り言を溢しながら空を見上げたら太陽は中天に差し掛かろうとしていた。


「チルル、昼食にしよう」


 エイルはチルルに付けられている狼車を外しアルティは狼車から食料を出してきた。

 彼女はパンや野菜などの食材を取り出してから一匹の鳥肉を取り出した。アルティは自分とエイルには野菜とパンを……鳥肉はチルルに……。

 どれも保存が効くようにか干してあるものが多く、パンは干してはいないものの硬そうな雰囲気がある。

 食事はみな静かにしたまま終えて一休みをした後に街道に戻り進み始めた。


「エイル様、先ほどから魔獣と遭遇していませんが……これは賢王のおかげですか?」

「そうみたいだな」


 エイルはチルルの背に乗った状態で狼車の窓から話しかけてくるアルティに答えた。

 彼は賢王の頭を撫でながら改めてこの賢王が魔獣の中でも強者に入るのだと感じていた。

 数日前までは全然エイルに従おうなんて意志は感じなかったのに今の話題で彼女はどこか誇らし気のある雰囲気を漂わせている。


 不意に懐から銀色の懐中時計を取り出した。

 銀の時計は歯車が覗くことができる構造となっていて、時計が動くさまを見ることができる。

 時間を見たら針は白羊の刻(一時)を差し掛かったばかりだった。


 チルルがいきなり歩みを止めたのでエイルは「どうした?」と聞いた瞬間に物音が耳を打った。


「なにかいる」


 街道沿いの深い森から不審な気配が漂って来ている。

 主が戦闘態勢になったことを察したのかアルティはいつでも攻撃を仕掛けられるように準備を整いていた。不気味な気配は人間のものではないことをすぐさま感じ取り、魔物の類であると思い立った。


 魔物――それは人に危害を加える化け物の呼称である。

 人間たちはただ獣か何かだと思っている者も多いが実際は魔力を体内に有するものが多い。だが、魔力を持っているからと言って強いとは限らない。


 中には人間が束になっても倒せないものもいれば、特殊な能力を持つやつだっているしただひたすら身体が頑丈なやつや魔法に弱い奴だっている。

 そんな魔物の中にも様々な奴がいて、中でも獣に近いものを魔獣と呼ぶこともありチルルはこの類に入る。


「来るぞ!」


 エイルは肌で感じてい魔物の気配は近づくに連れてより強く感じ取れた。

 すぐそこまで迫っていることも感じていたエイルはアルティとチルルに魔物が襲い掛かってくることを暗に伝える。


 森の方から姿を現したのは人間の倍はあろうかという体格をした大猿鬼(アルグンヌ)だった。この魔物は種族の中でもまだ小さい方で大きいのだと五ロータス以上を超える巨躯を誇る個体もいる。

 この大猿鬼(アルグンヌ)も充分過ぎるほど大きいので巨人と言えるかもしれない。この魔物は好んで人を襲い食す種で脅威度(リスク)は単体ならEの魔物だ。

 脅威度(リスク)を決めたのは魔物を討伐して稼いでいる冒険者たちの集いギルドによる決め事だ。

 そうである故にエイルは詳しいことはあまり知らなかった。


 エイルは飛び降りて腰に差している母の愛剣シュレインを抜き放ち、刀身に淡い白い光を纏わせるソルシアの技――輝功剣を使用して、大猿鬼(アルグンヌ)の巨腕に吸い込まれるように刃を走り抜けさせて魔物の巨腕に突き立てるように刃を滑らせる。

 大猿鬼(アルグンヌ)の巨腕から赤い鮮血が宙に飛び散る。


 魔物の悲鳴が鼓膜に打ちつけるほどの轟音が周囲に拡散していき、エイルたちは咄嗟に耳を塞いだが、大猿鬼(アルグンヌ)の近くに居たエイルは大音量を間近で喰らってしまう。


「――!!」


 誰かが叫んでいるような気配はすれど彼の耳では聞こえない状態に陥っているため、誰がなんて言っているかなんてわからなかった。

 大猿鬼(アルグンヌ)はエイルに向かって巨大な拳を振り下ろして来ていて、彼は身軽に動くことができず、ふらつき魔物の拳が眼前にまで迫る。

 さっきの咆哮じみた悲鳴が身体に響き渡り痛めてしまったらしく攻撃を躱すことができそうになかった。


「―――!!!」


 突然、身体が水に包まれてアルティたちがいる狼車まで引っ張られて行った。

 アルティが身軽な足取りで大猿鬼(アルグンヌ)に迫り、水の刃を何十と紡ぎ、魔物の身体を引き裂いていき、水の刃の一つが魔物の首を跳ね飛ばした。


「―――!!」


 魔物の悲鳴が轟いているような気配を感じていたが全くと言っていいほどエイルには聞こえなくなっていた。

 大猿鬼(アルグンヌ)が地面に倒れ死亡したのだと確認を終えたアルティは不満気な表情をこれ見よがしに見せてきた。


 エイルは耳の調子をアルティに治してもらったあと、すぐに彼女の説教を聞く羽目になってしまった。


「エイル様! 先程のアレはなんですか?」


 怒りで声が上擦っているというよりは迫力が強く声が高らかに上がっているという方が正しかった。


「いや、もっと早く決着を付けるつもりだったんだが、声が余りにも身体に響いてな」

「それであのような遅れを取ったのですか」


 冷ややかな視線を感じるもの心配で怒っているのだとエイルにはわかっていたため、反論ができそうになかった。

 それから彼女の説教は半刻(一時間)ほど続き、先には進む距離を縮めてしまった。

 街道を順調に進み日が暮れ始めてきたの気に時計を確認すると短い針が獅子の意匠が施された方角を差していた。予定よりは遅れが出てしまったことは否めなかった。


「獅子の刻(五時)だな」

「そろそろ、ご食事になさいますか?」

「いや、まだ早いだろう」


 まだ夕食には早い時間帯でありながら涼しい風が吹き抜けていて、もう少しで夏が終わり秋になり始めている季節だと感じさせた。


「もうすぐ、秋ですね」

「ああ、そうだな」


 フィリアス学園の入学式は弓者の月(九月)の上旬に行われるので急ぐ心配はないとエイルは思いつつものんびりと行くつもりもないと考えていた。


「明日からは少し早く進んだ方がいいかもしれん」

『急ぎでないんでありんしょう?』


 エイルとアルティの会話に唐突にチルルが入ってきた。


「ああ、そうだ。だが、のんびりと行ったら入学式には間に合わない」

「そうですね」


 エイルたちは会話をしながら半刻(一時間)ほど進んでエイルたちは街道を外れてから食事の準備に取り掛かった。

 焚き火を熾して食事の支度を進める。炎の光に顔は照らされながら薪を放り込み炎を絶やさずにしている。

 アルティは侍女らしく料理をしスープを作り終えて主に振る舞いながらチルルの食事も作り彼女に与えた。


 食事を終えてしばらくするとエイルは二日前の夜にもらった剣の手入れをし始め、アルティは食器などを片付けていた。

 剣の手入れと言っても錆びないようにするだけで研いだりはしない。


 エイルは今日、投げ渡された母の愛剣も同様に錆びないように手入れをしていくが剣身は紙のように薄いため、折れないように注意しながら手入れしなければならないと思ったものだったが、剣身から発せられている輝を感じてその必要もないなと改めた。


――輝功剣を使った後があるってことは本当に母上が使っ

ていたものか。なんか、重みを感じるな


 輝功剣とは輝を剣に伝わせた技であり、輝の残滓が残っているのはこの剣は実際に母が使っていた愛剣だという証だった。

 エイルは内心、緊張しながらも母の愛剣を学園で使うべきか否かを考えていたがその時になったらでいいかと楽観的に考えた。

 彼は剣の手入れが終わり鞘に納めると時計を出して時間を確認したら時刻は鷲の刻(八時)だった。


「アルティ、チルル。少し休んだら一刻半(三時間)ほど進むぞ」


 アルティは食事の際に使った食器を洗い終えて麻布で水を拭いていた。


「別にいいですけど、少し待ってもらいますか?」

『わっち、やぁいや』


 賢王が猛反対してきたとはエイルとアルティもすぐには分からず、チルルが何を言ったのか理解できないままポカ~ンとしていた。

 しばらくして、エイルがチルルの言葉の意味を理解し始めて言葉を紡ぐ。


「嫌って言われてもな」

『ヌシは明日から早ようせんと言うたでありんしょう?』

「確かにそうだが……」


 エイルは若干顔を引き吊らせた表情をしたがすぐに諦めて野宿するを決めた。



 彼はアルティと交代しながら火の番をしていた。

 白銀の賢王たるチルルがいる限り、魔獣は襲いかかって来ることはそうそうないだろうが人間は違う。

 盗賊はこういった暗がりで人を襲い身ぐるみを剥いで行くことが多いので用心は必要だった。


 盗賊が来たとしてもエイルたちには相手にもならない。彼は昼間、大猿鬼(アルグンヌ)に殺されかかったが無闇に突っ込まなければエイルでも勝てるとアルティは言うが彼自身は自信がなかった。

 エイルは武芸を始めて、まだ二月近くしか学んでいないがフォーアの鍛え方が異常だったというのは彼自身、身に染みていた。


――この時代で暮らして、もう十六年経ったか


 普通の者なら決して思うはずのないことを彼は不意に思ったのだ。

 それはエイルが来訪者(リンカー)と呼ばれる存在の一人だからだ。


 来訪者(リンカー)とは過去の英雄が現代の世界に来訪したという意味であり、来訪者(リンカー)になる者は必ずと言っていいほど善良な英雄であると決まっているのだ。理由は定かではない。

 その点を言えばエイルもかつては英雄と呼ばれたことがあれど、この時代の者は彼を英雄と呼ぶ者はいないだろう。


 真名はこの時代の者たちにとっては国を裏切ったと伝えられているからだった。

 その時代の知識から母フォーアの鍛え方が異常であるということを認識していたのだ。

 不意に四年前の事が脳裏を過り思いを馳せた。


――この身体は何処まで持つだろうか?


 四年ほど前に凄まじいことで知られている禁術を使い肉体への負担が多い。禁術を使った影響でエイルには多くの時間は残されておらず、あと何年生きれるかさえ怪しい。

 自身が普通の者ではないという事実もよく知っていて、()()()()()からそんなことを知っていたのだ。


ガサッ


 エイルの耳には確かに不審な物音が聞こえた。

 賢王の時はもっと早くに気づけていたというのに考え事に蒸けっていたせいで注意力が散漫していたらしい。


――修行不足か……


 内心苦笑じみたことを思いつつも警戒心を強めていく。

 いくらここが街道から少しばかりずれているとは言ってもすぐそこには街道があり、いくら周りが暗いとはいえ見晴らしのいい一本道。

 誰が通るかも分からないところで盗賊が来るとは思ってもみなかった彼は自身の認識を改めた方がいいと思い直した。


 案の定、出てきたのは数十人の薄汚い男たちであったが暗くて正確な人数まではエイルもわかないが気配で何人いるかは分かっていた。炎の光で見えるのは前列の数人だけだった。

 みな、鎧を着ているが全員が鉄の鎧かと言うとそうではなく中には革鎧の奴や鎖帷子の奴も混ざっていて、不揃いな武器からも彼らが盗賊であることを証明しているようなものだった。


 こういった格好からエイルは最初傭兵とも思っていたが纏う雰囲気の違いから察して注意力を上げていく。

 彼らからは何かを奪い取ってやろうという意思を肌で感じたため、こいつらが盗賊で間違いないようだと思い足元にある剣を手繰り寄せる。


「持っているもん全部置いてけ。そうすれば命までは取らねえぜ?」


 下卑た笑い声を潜ませた声を上げたのは立派な鎧を着た男だった。しかし、その鎧もあちらこちらに裂傷が刻まれており、新品とは程遠い印象を受ける。

 焚き火の光で見える顔はあちこちに傷が走っていて威圧感がある顔だが小物感をどことなく感じてしまい大した相手ではないというのが伝わってくる。

 エイルはこういう連中は自分たちの愚かさを分からせる必要があると考えている。


「おい、聞こえねえのか!! 持っているもんすべて………」


 男の言葉がそれ以上続くことはなかった。

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