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メランコリーキッチン

お久しぶりです。

久しぶりになろう開いたら地味にお気に入り4件いただいてて嬉しかったです。

ありがとうございます。

□メランコリーキッチン




「ただいま」

誰もいない家に帰る。靴を脱ぎ、荷物を置き、朝家を出るときそうしたように、手を軽く振り上げ、ただいま、と仏壇"もどき"に挨拶をする。本棚の上の100円プラス消費税で買った写真たてに入った写真、インスタントコーヒーの空き瓶で拵えた花瓶、350mlの缶ビール。それが父の仏壇もどきだ。

「マーボー、マーボー、辛くちマーボー」

口ずさみ、勝手に適当なメロディをつけながら、帰り道に買った豆腐やレトルトの麻婆豆腐を袋から取り出す。

「そうだ、お父さん、今度ライブすることになったよ、リンダで」

台所に向かい晩御飯の支度をしながら、気持ちだけ父の遺影に向け話しかける。言葉が返ってこない事には、もう既に月日が経ちすぎたせいか、慣れてしまった。故にただの一人言。

「ステージってどんなかな、やっぱ緊張するかな」

フライパンがやっとジュウジュウと音をたてだす。そこにぶつ切りのネギをぶっ混む。たとえレトルトでも、ぶつ切りのネギを入れて作るのが蒼井家の麻婆豆腐、父と母の好みだった。

「あたし緊張しいだからなー、がんばろ」

ネギにある程度火が通ったのを確認して、レトルトの麻婆をフライパンに投入する。ジュウジュウ音をたてていたフライパンが、さらに煙をあげジュワア、と胃袋を刺激する。

「見とってよ、お父さん、頑張るけん」

なんて言葉、気休めだろう。

それでも届いているといいな。

残された者は、そんな夢を見ながら、心が壊れないように生きていく。なんて悲しい事を言うほど、もう悲観はしていないけど。

「ただいまー」

タイミングよく玄関が開き、母が帰って来た。帰ってくるやいなや、つかれたあーと呻くように声を発し、フローリングに寝そべる。そしてまるでサンショウウオのようにヌメヌメとのっしりとソファに向かって動いている。

「おかえり、お疲れモードやね」

「ほんとに、ハゲ、むしる、ハゲくそ、ファック」

「汚い言葉使いしないの」

むうっ、とまるで幼子がすねるような仕草を見せる母。むすっとするが、次の瞬間には鼻がひくひくと動き

「あ、マーボーマーボー!できてる!?」

と嬉々とスーツを脱ぎ出すのだった。

「スーツ、ちゃんとハンガーかけてよー」

そんな間延びした勧告は意味を為さず、ソファの上やら、イスの背もたれやらにスーツやブラウスが放られていくのだった。




「ごちそうさまでした」

母は無邪気に手を合わせた後、煙草に火をつける。「おいしかったわあ。できた娘を持って私は幸せさね」

「あのねぇ……」

私は、母が脱ぎ捨てた仕事着を拾い上げてはハンガーにかけ、拾い上げてはハンガーにかけを繰り返しながら、母のその誉め言葉に、満更でもなくそう答える。

もともと共働きではあったが、二年前に父が死んでから、女手1つで家計を切り盛りしてくれている。そこには感謝しかない。

『お母さん、再婚したいなら、してもいいんだよ?』

深夜ドラマに感化され、そんなことを恐る恐る母に聞いてみたこともあったが、「馬鹿なこと言わないのハナ、私はあんたがいれば十分よ」と母は言った。とても暖かな優しい声と、ほんの少しだけ哀しい目をしていたのを覚えている。

そういえば私がバンドを始めたときも、同じような顔をしていた。父が亡くなり少し経ったそんな時期に、私が「そういえばバンド誘われて、することになった」と母に報告すると、少し驚いた後に「いいじゃない、楽しそう」と嬉しそうな、感慨深そうな、何かを思いだし寂しがっているような、そんな声と目をしていた。

母のスーツを綺麗にかけたハンガーを衣装箪笥の角にひっかけ、次はシンクの洗い物に取りかかる。

「そうだお母さん、今度リンダでライブするんよ」

食器を洗いだしながら、何の気なしにそう報告すると、やはり、予想通りの反応。

「あら、いいじゃない。カッコ悪いライブしたら承知しないわよ」と私の背中にかけられた激励の言葉に乗っかる、哀愁。蛇口から流れる水の音が、妙な沈黙を生んだ。

沈黙は相手の心情を探る空白だ。お母さんの気持ちはなんとなく分かる気がする。しかし、この沈黙にどんな言葉を投げ掛けていいのかが、今の私には分からない。

「お母さんの気持ちなんとなく分かる、なんて思ってたら大間違いだからね、ハナ」

と、不意に後ろからそんな言葉をかけられる。

皿を洗っていた手が止まる。

「どうせ、お父さんもバンドマンで、ハナもバンド始めて、お父さんの面影がちらついて、お父さんのこと思いだして切なくなってるんじゃないかな、お母さん、寂しそうだな、なんて思ってるんじゃないでしょうね?」

振り返り見ると、お母さんは、煙草をふかしながら、ふふんっ、と鼻で笑いながら母は続ける。

「あんたね、そんなんじゃなくてね、自分の娘がバンドにかまけて将来を棒に振って、その日暮らしのフリーターバンドマンになるんじゃないかって、心配してるだけよ。まだライブ一本決まっただけかもしれないけど、どうせそのうちずるずるとハマっちゃうんだから」

少し大袈裟に、あはは、と高笑いしながら、お母さんはそう言って、煙草の煙を大きく吸い込み、大きく吐き出す。私は、やはり何も言えなかった。

「なんて顔してんのよ」

と母は言う。

なんでもないもん。と、シンクに向き直り、止まったままでいた手を再び動かす。私はいったい、どんな顔をしていたんだろう。自分でもよくわからない。ただ、目頭が少し熱かった。

気付くとお母さんは私の真後ろにいて、優しく私の頭を撫でていた。私は、皿を洗う手を止めない。

「私のことはいいから、あんたはあんたの好きなことをなさい」

そんな言葉を静かに漏らす。「お母さんは、お父さんの全力でステージに立ってる姿が好きだった。私はハナの一生懸命で素直なところが好き。だから、ハナが全力でステージに立ってる姿が見てみたいな」

私は顔をあげずに、一言、うん、とだけ言った。

汚れていた皿は、すっかり全部綺麗になっていた。けれど、振り返るのが恥ずかしくて、頭を撫でられるがまま、下を向いて泣いていた。

お母さんには敵わないなあ。なんて、思っていた。

キッチンにはハイライトとウィスキーグラスはなく、名前も知らない銘柄の煙草と、ひしゃげた発泡酒の缶があった。

これが蒼井家の家族の風景だった。






寝室にはベッドなんて洒落たものは無く、ハナは布団に寝そべり足をパタつかせながら、ボールペンを右手でもてあそび、ノートに向かっていた。

「むむむー」

CDコンポから小さく流れるフラング・スラングスの曲に混ざり、うなり声がつられて曲と同じメロディになる。そのせいか、あまり深刻な悩みを抱えているようには見えないのだが、当の本人は本気で頭を抱えていた。

「ライブ決まったはいいけど、曲がなーい!!!」

それである。流行り風に言うとそれな。

既に流行りでもないか。

「持ち時間が20分、、、マインズのオリジナル曲は3曲、、、圧倒的曲数の足らなさ!一曲が3分くらいだとして、あと2曲は欲しい!くぅー!」

足をバタバタと動かし布団を蹴ると、お風呂上がりでまだほんのり湿り気のある黒髪が揺れる。バタバタ。バタバタ。

すると、布団をバタバタと蹴る音に混じり足音が聞こえ、足音は徐々に近くなり、部屋の前で止まり、そしてふすまが開く。もちろんふすまを開けた主は花織だった。少し不機嫌そうだ。

「あんたー、いつまで起きてんの、夜更かしするのはいいけどバタバタうるさいわよ!」

と、ハナの足を掴む。乱暴な風ではなく、ちょっかいをだすような仕草だ。

「やー、ごめんなさいーねますー」

ハナは「撃沈」というテロップが出てきそうな格好で、布団に顔を埋め降参の意のバンザイをする。花織はそれを見、満足したのか「夜更かしは美人の大敵だからね」と捨て台詞を残し、ふすまを閉め自室へ帰っていった。

ハナは、嵐のように来て嵐のように去っていった母の後ろ姿を見送り

「ふぅ」

と少し息を整え、もう一度ノートとにらめっこをする。



・持ち時間20分!やばい!

(◯テイクイットクレイジー◯オレンジ◯シャララ)

→マインズ3曲しかない!足りない!

・きょくをつくる!(→あと2曲!)

・かしを書く!(みんなで!)

・MCを考える!

・おきゃくさんをよぶ!(1人あたり5人はよびたい、、、)



ノートに書き出した文字を見返し

「ふんっ」

と鼻息を一度荒げ

「よしっ!」

と力強く発した。ついでにぱんぱんっと、自分の手のひらで自分の頬をはたいた。気合いは充分、といった様子だ。

そして元気よく

「寝る!」

とひとりでに宣言し、部屋の電気を消し、布団をかぶったのだった。今夜はよく眠れそうにない。

なんてこともなく、数分すると、静かな寝息が部屋に響いていた。




ことしぢゅうには次話投稿したい(ハードル低い)


まったり気が向いたらみたいなスタンスですので、まったり待っててください。

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