やんないでどうする?
やーんないでーどーするー?
□やんないでどうする?
幼い頃、母に連れられて父のライブを見にライブハウスへ行ったことがあった。確か、小学校5年生くらいの時だ。
怖いおじさんがいっぱい。
そんな印象をうけたのを今でも覚えている。
入り口から地下の受付にかけて、煙草の煙が煩わしい程に充満していて、煩わしいくらいに人間がたむろしていた。
色とりどりの頭、金属のアクセサリーの擦れる音、お絵描きだらけの腕や足。それらがリンダの階段や街路にわらわらといた。
しかし、不思議と怯えるほどの怖さはなかった。
というのも。
「ショウさんとこの娘さん?おっきんなったなあ」
「あんら、可愛い女の子じゃが」
その人たちは、見た目とは裏腹に、まるで近所のおじさんみたく優しくしてくれた。
そして、父のバンドが始まる。
『うおらあああああああああああ』
そんな雄叫びと共に、照明がパァッと明るくなった。目を開けてられないくらいに眩しいそのライトが、ギターの歪んだ音が、ベースのお腹に響く重低音が、シンバルの音が、まるでファンファーレのように期待感を煽る。
『行くぜ』
マイクを通した父の声は、なんだかいつもより凛として、格好よく見えた。
その数年後、次にライブハウスへ足を運んだのは、中学生二年生の時。好きなアマチュアバンドがリンダへやって来た時だ。
数年前の記憶を片手に、身構えながら赴いたそこは、思っていた以上にいろんな人がいた。同い年くらいの女の子。ちょっといかついお兄さん。髪色が派手なお姉さん。大人しそうな男の子。清楚そうな女性。
この時初めて、バンドのジャンル等で客層もガラっと変わることを知った。
そして。
『お前らメロコア好きかあああああああ!!!!』
『パンク好きかああああああああ!!!!!!!』
『盛り上がれるかあああああああ!!!!!!!』
会場からは凄まじい歓声とも雄叫びともとれる大声。
大勢のいろんな人間たちが1つになる瞬間を、私は初めて見た。
暴力的に身体をぶつけ合い、思いのままに腕を振り上げ、頭を揺らし、それでもって笑顔でステージを見つめる。
ライブを見終わった後に、心地よい疲れと、身体の痛み。汗をぬぐいながら、リンダを後にした。
「君もさっきのバンド好きなの?」
と、ライブが終わったあとに話しかけてくる同い年くらいの女の子がいた。余談だが、この時が哀川真琴とのファーストコンタクトだった。
「ライブ、かあ」
そんな事を思い出しながら、呟く。
私がぽろりと溢した「ライブしてー」という言葉を皮切りに、盛り上がる店長、メンバー。早速ブッキングしてもらえそうな日を店長に探してもらって、とんとん拍子でライブの日程まで決まった。
「早い」
早かった。それはもう笑うくらいに。
日常のささやかなスパイスはこんな近くに潜んでいた。
まあ、ライブハウス経営のスタジオで日々練習していれば、そのうちこうはなっていただろう。
「フラスラのライブ見に行ったこと思い出しとったでしょ」
リンダで解散し、泰人はバイトがあるからと別方向へ帰り、帰り道を真琴と二人で歩いていると、彼女はそんなことをにやにやしながら聞いてきた。
フラスラのライブ。中学二年生の時、私と真琴が初めて出会った、あの日のフラング・スラングスのライブのことだ。
「よー分かったね。そうだよ」
厳密に言えば、父のライブの事も思い出していたのだが、間違いではない。
「あたしらにあんなライブできるんかな」
そんな弱音ともとれる言葉をはく。
それに対して真琴は
「できるわけないじゃん」
と、笑顔のままですっぱり切り捨てた。その後「今はね」と付け足す。
「初めてのライブで、かっこよくキメるなんて、無理に決まってんじゃん。誰だってそう。フラスラだってヒロトだって、ケンだって、タケシだって、初めはみんなぺーぺーだよ。あたしらだって、最初はぺーぺーでいいんだよ」
そんな風に割り切ってものを言う真琴。ただ、その目はもっと先を見ている気がした。
「真琴……」
「なーんてね」
真琴は舌をぺろっと見せ、スクールバッグからドラムスティックを取り出す。そのスティックを構えたかと思うと「うおりゃー!」と私のお腹をつつきだす。
「やー!もう、やめて」
「あはは!」
真琴が、私の事を元気付けてくれているのが分かった。
スパイスを求めていたくせに、ブルってた。
「ライブ、たのしみだね」
私は少し、吹っ切れた顔をしていたと思う。
「そうだね」
真琴は少しニヒル気な笑顔でそう答えた。
フラング・スラングスは別作品にも登場させた架空バンドです。
特に意味はございませぬ。