ハックルベリーに会いに行こう
年明けました。おめでとー!
めでたい!
今年もよろしく!
□ハックルベリーに会いに行こう
ライブハウスがスタジオ営業しているのは珍しいことでもなく、例に漏れずこの町も、主なバンド練習を行う場所はライブハウス隣接のスタジオだ。
地下。
雑居ビルの中にあったり、一戸建てであったりするライブハウスも各地にたくさんあるが、ここ、坂下LIVE RINDAは二階建て雑居ビルの地下一階にある。地元ではRINDA、の愛称で呼ばれている。活気の乏しい寂れた商店街の一角にあるが、徒歩5分圏内にコンビニエンスストアと楽器屋とラーメン屋があるため不便はしない。
通常ライブイベントのある、世でライブハウスと呼ばれるスペースが地下一階。地上一階に事務所、スタジオがある。ちなみに二階には店長が住んでいる。
私達が今向かっているのはこの、リンダのスタジオだ。
隣を歩く哀川真琴も、この町でバンドをしている一人。ドラマーである。
大きな太鼓や中くらいの太鼓、小さい太鼓をまばらに並べ、上方にUFOを半分に割ったようなシンバルがある、あのドラムセットをズンドコズンドコ叩いているアレだ。
「だから、ドドッターン、ドドッターン、シャッ、チチチーなんだよね」
擬音語をつらつらと並べ、身ぶり手振りを用いて私に必死にニュアンスを伝えてくる真琴。背が低いので、そのパタパタと両腕を振り回す姿は、なんだか小動物を見ているようだ。
「そこ、最初はドドッ、じゃくてさ、シャーン、シャーン、チチ、ズターン、タカタカタカタカタカが良くない?」
なんて会話をしながら、リンダに到着。
真琴が腕時計を見る。私も真琴の腕時計を覗きこむ。現在16時47分。スタジオの予約を入れたのは17時から。私は時計と辺りを交互に二度見る。「泰人はまだっぽいね」
あたりを見回すも目的の人物が見つからない。
「また遅刻じゃない?あんにゃろめー」
むう、と横で真琴が不服そうに唸っている。泰人は遅刻の常習犯だ。いつものことなので、私はまあしょうがないかで済ますのだが、真琴は泰人のその遅刻癖をいつも口煩く説教する。
「まあまあ、さきに入ってよっか」
まだ唸っている真琴に「スカートめくるよ」と脅しをかけると、やだやだと私から逃げるようにリンダの中へ入っていった。それに続いて、私もリンダに入った。
事務所で挨拶すると、気のいい店長は「おお、元気かー」と立派なお洒落髭をポリポリとかきながら、くわえ煙草で事務所から出てきた。「元気そうだなー。俺はなー、元気じゃないぞー」二日酔いにでも苛まれているのか、こころなしか目が半開きでどよんとしている。
「今日は?」
「17時からスタジオ」
「はいよはいよ」
店長はウーン、とスタジオの予約表を眼鏡の隙間から眺める。
「オーケー、誰も使ってないから、まだ早いけどスタジオ入っていいよ」
いつものことだったが、今日も今日とて、店長の計らいに、感謝感激。
「「あざーす」」
間の抜けた返事で、スタジオへと入る。
私が初めてギターを握ったのは、確か中学一年のころ。
歌を歌い始めたのはもっと前。
父も母も音楽に携わっていたので、当然といえば、当然かもしれない。
泰人もそうだった。
金崎泰人。ベースボーカル。
ギターの形をした、ギターよりも大きい、ギターよりも太い弦が4本だけ張ってある楽器を弾く人、ベーシスト。そして唄歌い。
彼の父親は、私の父親と古い仲、つまりは旧友であった。
そして、彼の父もまた、バンドマンであった。
そんな彼が、今こうしてベースを鳴らし、歌を歌っているのも、必然といえば、必然かもしれない。
そして、哀川真琴。
吹奏楽のパーカッションからドラマーに転向するものもいれば、ドラマーが吹奏楽部に入り、パーカッションを専攻することもあるが、彼女は後者だ。
極度のメロコア好きがたたってドラムスティックを握ったのは中学二年生の頃。どうしても生ドラムが叩きたいと、吹奏楽部に入部。吹奏楽の激しくなさに絶望するも、部活の合間に生ドラムを叩くために卒業するまで吹奏楽部に所属。そして今に至る。
そして私、蒼井ハナ。ギターボーカル。
ロックンローラーの父を持つ女子高生。
掻き鳴らすギターの鼓膜を揺らす音。力強いドラムの床や空気を揺らす音。激しいベースの子宮を揺らす重低音。
飛び散る汗、鼓動の音。アンプから溢れ出る爆音は、まるで全てを壊すようで、全てを彩るようでもあった。
全ての音が、全ての匂いが、全ての色が混ざり合い、交ざり合い、反響し、残響を生む。その音に私と泰人の歌声を乗せる。
スタジオの中に響き渡る、三つの楽器と二つの声。
3の思いと3の人、。
「THE 3minds」
それが私達の名前だ。
スタジオ練習を終え、料金を支払い、私はミネラルウォーター、真琴はカフェオレ、泰人はコーラを片手に、リンダの前のベンチで3人仲良くたむろする。ちなみに、泰人は結局15分の遅刻。ミネラルウォーターとカフェオレを奢る刑に処した。
「お前ら田舎のヤンキーみてー」
たむろする私達を一瞥し、店長は煙草をふかしながら、そう一言呟いてクスクス笑う。
「田舎の、てとこだけ合ってんな。ヤンキーじゃねーし」
泰人は反論するようにそういうが、しかし、その言葉に一番重みを感じない見た目をしていたのは泰人だった。
両耳にこれでもかというほどのピアス、ピアス、ピアス。髪こそ日本人のそれらしい黒髪だが、適度に整髪剤で整えられた髪形、だぼっと着崩したラフな格好。見た目だけは、完全に田舎のヤンキーだ。
当然、居合わせたみんなは「お前が言うな」と言葉をシンクロさせた。
その反応に不服そうに黙る泰人。
それを見てケラケラと笑う私達。
ケラケラ笑う私達を見て、まんざらでもなさそうにすねる泰人。
高校三年生、6月。
私に寄り添っていたのは、そんな日常だった。
学校へ行けば、やれ進路だの、やれ進学だの、やれ就職だので慌ただしく日々に追われ、授業や家では定期テストの勉強に追われ、忙しない時期だが、ここには、そんなものはなかった。ギターを弾いて歌を作り、仲間と笑い、歌い、遊び、時に喧嘩をしながらも同じものを一緒に作っている。
私に寄り添っていたのは、そんな日常だった。
楽しい。
今は。きっと。
『あのなハナ、ロックつーのはな!』
ふっ、と今朝見た夢がフラッシュバックした。久々に見た、粗暴で荒々しい、けれど暖かくて懐かしい父の夢。
次の瞬間には、俯瞰したような気分になっていた。
今は確かに楽しい。しかし、なんだか、まだ何かが何処かに眠っているんじゃないか、この日常に更にスパイスを効かしてくれる何かがあるんじゃないのか。そんなことをふと考える。
なんだかワクワクしたいのにしきれない、そんなもどかしさを感じた。きっとこんなにモヤモヤするのは、父の夢を見たせいだ。
「なんだかなー」
談笑する真琴、泰人、店長、を横目に、ぼんやりと遠くを見ながら呟いた。 街路樹からは既に、暑さ故か、蝉の鳴く声がした。
父はこんな時、きっとこう言うだろうか。
楽しいことは待っていてもやっては来ない。
楽しいことは自分から会いに行かなくてはいけない。
さあ、ハックルベリーに会いに行こう。
「ライブしてー」
ポロっと溢れたのはそんな台詞。
浮かんだのは、これ以上の楽しみを知らないと叫びださんばかりに満面の笑顔で、生き生きとステージに立ち、生き生きと息をしていた、父の背中。
「お、」
反応したのは店長。
「する?ライブ」
その時その言葉は、私にとってミサイルほどの鉛筆よりも、ワクワクを秘めていた。
さあ、ハックルベリーに会いに行こう。
なんとなーく、彼女たちのやってるバンドはメロコアかなーと思って書いてます。