動きだす時間
俺は、まだ開花しきれてない桜の木が立つ学校の裏庭にいる。
裏庭といってもよどんで薄暗いわけではない。
今の時期なら穏やかな光が差し込み心地よい暖かな風が肌をなでつけ通っていく。
今日、会いに行かないといけないやつらがいる。
最近まで仲違いしていた二人組。喧嘩した理由はなんだっけな。
思い出せないくらい小さなことで、自分たちで解決するだろうと放置してたら、どちらも意地を張りつづけて溝が深くなっていった。
今ではもう間に入れないぐらい仲がいいが。
その二人、裕一と宗治は裏庭にあるベンチに座ってじゃれていた。
そのベンチは五人ぐらい座れる大きなもので、端が開いていたからそこに腰掛けた。
もう二人はじゃれて満足したのか、肩を組み合って座っている。
ようやく落ち着いてきた二人に声をかける。
「お前ら、相変わらず仲いいよな」
「卒業しても、また大学も一緒なんだよね。宗治とは幼稚園からずっと同じだし卒業しても、って感じだよ」
「そうだな。途中、話さない時期もあったけど、間に陽介と雅美がいて別行動ってことはなかったしな」
裕一がつまらなそうに言って、宗治がそれにうなずき同意した。
「陽介と雅美とは中学になるまで違う学校だったけど、あいつらは生まれたときからの付き合いだったんだよね」
「そうなんだよな。雅美とは腐れ縁って感じだし。あいつ、いつもわがまま言うから苦労するんだよ……」
俺の気苦労をわかってくれている裕一の言葉に気分をよくする。
「陽介苦労してたけど、雅美が何するかわかってたよね。長い付き合いだし、二人はもう夫婦みたいな感じだったよ」
「じゃあ、陽介が嫁だな」
「なんでだよ!」
失礼な!
「あははっ。あの体格差見たら雅美が嫁なんて言えないよね」
「ふっ、そうだな。陽介には悪いが、嫁役は陽介としか言えない」
「くそー……、小学校卒業するまで俺の方が高かったんだぞ」
また喧嘩しないか心配して見にきてやったのに、なんで俺がからかわれなきゃならんのか。
二人して俺ををからかうぐらい仲がいいなら、もう大丈夫だろう。
俺は不貞腐れ、ベンチから勢いよく立つ。
「ふんっ、もう喧嘩すんなよ!……じゃあな!」
「うん、また、」
「ああ、じゃあ、な…?」
「あれ…?今陽介の声聞こえたような?」
「俺もだ…。陽介はもう―――――」
俺は不思議そうな、そして悲しそうな表情をしている二人に苦笑して、そこを後にした。
そこを後にし、俺はもう一人会いに行かないといけないやつを探しに歩いていた。
桜を見ながら歩いていたら、雅美が桜の木を背にして地面に座ってるところを見つけた。
雅美は無表情であったが、どこか寂しそうな目をして、雲ひとつない青空を呆然と眺めていた。
「……どうした、そんな顔して」
「……」
俺は雅美のそんな顔を見たくなくて、反対側に座った。
そして声をかけたが、返ってきたのは沈黙だ。
「……なんで」
「ん?」
「なんでお前は、俺に何も言わないでっ…」
雅美の顔は見えないのだが、声が詰まるのが聞こえて、唇を噛み締めてるんだなと想像できた。
「口噛むなよ、傷つくぞ……」
条件反射のように、今まで何度も言ってきた言葉が俺の口から出てくる。
「……お前、いつもあいつらの世話焼きすぎなんだよ」
はぁ、とため息を吐いて俺に文句を言ってきた。
「仕方ないだろ。前の俺たちを見てるようでほっとけないんだよ」
「でも、あいつらが喧嘩してるのを見たときは歯がゆかったけどさ」
「そうなんだよなー。くだらない理由で喧嘩してた時間がもったいないって、今でも思うよ」
「俺はなんでお前と喧嘩してたんだっけな…」
「いつもみたいに俺がお前の世話焼いてたら、突然お前が口利かなくなったんだろ」
その理由は、雅美が年下扱いされているのを、同級生のやつらにからかわれたかららしい。
最終的には、俺と話せないということに堪えきれなくなり、無言で俺の後をついてくるようになった雅美に、そのときは原因もわからず『ごめんな』と自分より低かった頭をなでたら、それ以降は以前のように話すようになった。
そのときを思い出したのか、二人してくすくすと笑い出した。
「喧嘩の理由は違うけど、裕一と宗治どっちとも俺みたいな包容力ないからなっ。……なんか言えよ、俺一人恥ずかしいやつみたいじゃないか」
俺が冗談交じりに言ったら、その場はシーンとなり、無性に恥ずかしくなった。
雅美はその後もポツリポツリと話しだした。
しばらく話を聞いていると、雅美の声に寂しさを感じなくなってきた。
声が聞こえなくなってきたから、雅美の顔を見ようと反対側に回った。
雅美は、軽く目を閉じ、穏やかな表情で眠っていた。
「風邪ひくぞ…。つっても、こんな暖かいんじゃそんな心配いらないか」
触れることはできないけど最後に…と思い、雅美に手を伸ばした。
「……え?」
触れられないはずなのに何故…。
触れた瞬間、雅美はゆっくりと目を開き、薄くなっている俺の存在を確かめると目を見開いた。
「な、んで、お前が…」
さっきの二人には別れの言葉しかかけられなかったのに。
くそう、なんでだよ…。
「なんで、いるんだ」
「あ、はは…」
俺は頭をかいて誤魔化すように薄笑いしたら急に腕を掴み引かれ、抱きしめられた。
突然のことに驚いたが、俺も腕を雅美の背中に回してポンポンと叩く。
さっきの俺の恥ずかしい発言は聞かれていないだろうな…不安だ。
少しの間そうしていて、俺を閉じ込めてた腕の力がゆっくりと抜けてきた。
「お前に、陽介に、言いたかったことがたくさんあるんだっ…。なのに、」
「大丈夫、ゆっくり言えばいいよ」
「……いつもお前は俺のことを後回しにする……いつも俺のことを考えてくれないんだ」
縋るように俺を抱きしめてる雅美の体は震えている。
……雅美の顔を見ることができない。
「いつもお前のこと考えてるよ。雅美が一番大切だけど…大切だから…」
「なら、なんで倒れるまで教えてくれなかったんだよ…」
「だって、言っちゃうとずっと心配してきそうなんだもん、お前」
「当たり前じゃないか!」
「……だから嫌だったんだよ。最後まで普通に、一緒にすごしたかったんだ」
「ーっ!なんでだ…、なんでなんだよ……っ」
俺を責める言葉に何も言い返すことができない。
声を抑えて泣いているのが聞こえてくる。
「泣くなよ…いくら背が高くなっても、すぐ泣くのは治らないのな。俺がいなくなった後が心配でしょうがないよ」
肩を叩いて落ち着かせることしか、今の俺にできることがない。
「なあ、ずっとここにはいられないのか……?まだいかないでくれよ……」
「いたいのはやまやまなんだがなあ」
俺がそう言ったら無理なんだと悟って、雅美はなにも言わなくなった。
最後にぎゅう、と確かめるように抱きしめられ、ようやく離された。
「……わかったよ」
雅美が呆気なくそう言い、もう少しごねると思っていたから驚いて雅美を見た。
雅美は少し泣きそうであったが、笑みを浮かべていた。……早くここを去らないとな。
「また会えるのはいつかわからないけど、お前がくるまで気長に待ってるよ」
「すぐに行くから待ってろよ!」
「すぐにくんな!……でもすぐにでもいいかもしれないな……お前がいなきゃなにもかも物足りないんだ、」
涙が頬を伝う感触がした。
ああ、こいつの前で泣いたのは始めてかもしれない。
案の定、雅美は驚きで完全に涙が引いている。俺の涙は貴重なんだぞ。
こいつに見せたことが悔しくて、やるせなくて……。
心残りがまだたくさんあるけどこいつを待つことしかできないから、最後の光景を目に焼きつける。
「それじゃあ、もう行くよ。じゃあな!」
「ああ、またな!」
* * *
満開になることのない桜の木が数本植えられてる中、俺は桜の木を背もたれにして座り、つぼみしかない桜を見ながらあいつを待ちつづけていた。
霞むことのないあいつとの記憶は、今でも鮮明に思いだされる。
ずっと同じ風景を見つづけてもしょうがないと思い、他の場所へと移動しようと歩き出す。
強い風が吹いて思わず目をつぶると、後ろから優しく抱きよせられた。
懐かしい匂いを感じ、視界がにじむ。
「…ひさしぶり、待ちくたびれなかったか?」
桜のつぼみがほころんでいく――――――――。
気づく方いらしたでしょうが雅美が陽介の姿を確認するまでは陽介のセリフを飛ばしても会話が成立します、と思います……。
その辺りをお楽しみいただけたらな、と。




