隷属の首輪
村に着いた私は、助けてくれた男性の持ち物と言う幌馬車の中に隠れていた。
素肌を隠すように借りたままのマントの前を閉じ、人に見つからないように入り口のすぐ横に膝を抱えて座って・・・
助けてくれた男性とケニャさん(?)は、女の子を連れてどこかに行ってしまったのでここにいるのは私一人。
・・・とても心細い。
馬車の外で音がする度に身体がビクッと震える。
(誰にも気づかれませんように!)
そう祈りながら震えていると足音が馬車に近づいてきた。
(帰ってきたっ)
「イクス様に言われて来ました」
馬車の外から聞こえてきたのは知らない女性の声だった。
(イクス様って誰!?)
「中に入るけど怖がらないでね」
(もう、充分怖いですっ!)
「んっっしょっっと」
気合の抜けた掛け声で乗り込んできた女性は、紺の修道服と白いベールと手袋を身に着け、顔以外をすべて隠していた。
「ごめんなさい。 怖いですよね? でも、一人でいるのも心細いだろうからってイクス様が」
ゆっくりした動作で私の目の前にしゃがみ込むと、にっこりと笑いかけてくる。
「・・・イクス・・・様?」
「あなたを助けた男性ですよ。 ・・・・名前聞いてません?」
コクリと頷く。
「何が『俺の名前出せば信用してくれる』なんだか」
目の前の女性がカクンと首を項垂れてため息をついていた。
「あの・・・」
「あ、ごめんなさい。 じゃあ、私、見ず知らずの怖い人ですよね」
焦ったように目を彷徨わせているけれど最初にしゃがみ込んだまま身体はほとんど動かしていない。
「ありがとうございます」
「ん?」
彷徨わせていた視線が私に戻り可愛く首を傾ける。
「手とか足とか動かさないようにしてくれて。 あの、楽な姿勢にしてもらって大丈夫ですから」
「うん、じゃあ、お言葉に甘えて。 私もペタンって座るね」
「はい」
「手の動きを見るのが辛かったら、目をつぶっててね」
言ってもらった通り、目を閉じるとゴソゴソと動く気配がした。
目の前の女性はそんなことしないと思っても、異世界に来てから今日まで、私の前で激しく動かされた手は私を殴るためのものだった。
ゆっくりとした動きなら平気だけれど、急に動かれると正直怖い。
「はい、もう良いですよ」
言われて目を開けると、私の目の前、馬車の荷台の入り口を塞ぐ位置にペタンと座っていた。
「あらためまして、私、カナリーと言います」
「レスカです」
「で、あなたを助け出したのがイクス様とケニャさん。 イクス様が黒い髪の男の人でケニャさんが銀髪猫耳ミケ猫尻尾の女性です。 馬車に乗るのはイクス様とケニャさん、私とレスカさんの4人だけです。 乗合じゃないから安心してくださいね」
「カナリーさんは、神官様ですか?」
「カナリーでいいですよ。 これは、前に寄った小さな街に、すぐ着れるちょうどいい服がこれしかなかっただけなんです」
「・・・そうなんですか?」
「だから、ヒールとかできないんです、ごめんなさいね」
「いえ、そんなつもりで聞いたわけじゃないです。 見たことのある服だったので、安心できるなって」
「そうですか? 安心してもらえるならこの服着ててよかったです」
そう言ってにっこりとほほ笑まれた。
「えっと、私、これからどうなるんでしょう?」
ほんわりとした緩んだ雰囲気の中、気になっていたことを聞いてみる。
「まずは、イクス様と奴隷の契約交わしてもらって、奴隷商人のいる大きな街まで一緒に旅をしてもらうことになりますね」
「そう・・・ですか」
ほんわりとしていた雰囲気が私の中で一瞬に凍りついた。
(聞かなきゃよかった)
このまま解放されるという虫のいい話は無いらしい。
(また奴隷になって、今度は売り払われるのかぁ)
あそこから助け出してくれたから、このまま解放されると思ってた。
でも、これ付けてる限り、一生奴隷から逃れられないか・・・
そう思いながら首輪にそっと触れてみる。
(今なら、何とか外せないかな?)
主人が死んだ今なら、この首輪や枷を使える人はいない。
それなら、外そうとしたって誰にも罰を受けることもない。
・・・首輪を外そうとしても誰にも怒られない。
そして両手で首輪に触れ・・・・
「触っちゃダメっ」
「えっ?」
首輪に指をかけた瞬間首が締まった。
「な・・・んで?」
「首輪を外そうとしたからです」
「そ・・んな・・・苦しっ」
苦しさから逃れようと首輪に伸ばしかけた手が身体ごと抱きしめられ押さえつけられる。
「駄目です。 もう一度首輪が締まったら声も出せなくなります。 そうなったら終わりです」
「苦しっ・・・助け・・・・」
「無理です。 リリースは奴隷の持ち主しか使えません」
「そ・・んな・・・くぅっ」
「イクス様を探してきます。 それまで耐えてください」
私が首輪を触ってしまわないよう両手の枷を背中でくくりつけながら早口でそう告げる。
「あと、苦しくても絶対に暴れないで。 こんな状態で人に見つかったら何をされるか」
私が頷くのを見届けるとカナリーは馬車から飛び出していった。
馬車の中で後ろ手に縛られたまま、締め上げられた喉で苦しい呼吸を繰り返す。
近付いてくる足音に、見つからないように祈りながら身体を硬くし、遠ざかる足音に、待ち人じゃなかったことを教えられ、この苦しさがまだ終わらないことに涙を流した。
絶えず続く苦しさをもがいて紛らわせることもできず、永遠に思える時間が過ぎて行った。
走って戻ってきたイクス様が首輪の石に指を置く。
「喋れるよな? 俺はイクス。 隷属の誓いを、早く」
既に息をするだけで精一杯になっていた私は首を左右に振ります。
「頼む、何とか声を、隷属の誓いをっ」
「わ、・・・わた、わたく・・・」
無理やり声を出しても、激しく繰り返す呼吸が邪魔をして言葉にならない。
「いい、途切れてもいい、最後まで言い切れっ」
「わたくぃ・・・レスカは・・・クス様に・・・てを・・・ささげ、イクス様の・・・奴隷・・・となることを・・・・誓います」
「駄目だ首輪に宣言が認識されてない。 もう一度」
「わたくしレスカはイクス様に・・・・っ・・・・っ!」
「慌てるな。 もう一度」
「わたくし・・・レスカは・・・イ・・クス様に・・・全てを・・・ささげ、イク・・ス様の・・・奴隷となることを・・・誓います」
「我イクスはこの者を奴隷とする」
首輪の喉元についている石が淡い光を放つ。
その光が消えると同時にイクス様が『リリース』と唱えた。
「ゴホッ・・ゴホッ・・・」
急に流れ込んできた空気に咳き込みながら、ゼーゼーと濁った音の呼吸を繰り返す。
「何があった?」
「レスカさんが、首輪を両手で触ったんです」
「それで、外そうとしてると認識されたのか。 なんでそんなことを」
「主人が居ないときなら・・・外せるかも・・・と思いました」
「その首輪はそんな甘いものじゃない。 主人が居なくても外そうとすれば首輪が締まるし、奴隷や魔物以外に武器を向ければ手足が拘束される」
「はい」
「もうすぐ話が終わる。 判ったらおとなしくしてろ!」
そう厳しく言い残し、イクス様はどこかに戻っていった。
「心配いりませんよ。 イクス様はレスカさんのことを心配してるんですよ」
聞こえる声に顔を上げるとカナリーさんがすぐ近くに座っていた。
「ごめんなさい」
「それは、イクス様に言ってくださいね」
そう言いながら布を持った手が伸ばされる。
顔に布が触れた瞬間、身体がビクッっと震えたけれど、そのまま身を任せていると流れる汗を拭いてくれた。
「布が汚れてしまいます」
「汚れたら洗えばいいんですよ。 そんなこと気にしないで」
「でも・・・」
「ああ、濡らしてきた方が気持ちいいですよね。 すぐ戻りますから、そのままでいてください」
そう言い残してバタバタと馬車を出ていく。
冷たい水で濡らした布で全身を拭いてもらっている途中で『首輪触っちゃだめですよ』と言われながら両手を縛っていた紐が解かれる。
「はい」
「イクス様もおっしゃられてたように、ご主人様を持たない状態でも、首輪や枷の機能は生きています。 ご主人様の居ない奴隷はとても危険なんです。 今回はイクス様が居てくれましたけど、もし居なければ馬車から出て村の誰かにご主人様になって欲しいと頼むしかなくなります。 対価を払うことなく手に入れた奴隷がどんな扱いを受けるかは想像できるでしょう?」
「はい。 二度としません」
最後の一言に体を震わせ、二度としないことを誓う。
「はい、いい子いい子」
そう言って頭を撫でられた。
「イクス様の用事が終わって村を離れたら、早めにご飯にしますから、それまで寝てていいですよ。 さっきので疲れたでしょ?」
「いいんですか?」
「ええ、私がここに残るし、安心して・・・は、無理かな。 近くに人がいる方がさみしくないでしょ?」
「ありがとうございます」
「あぁ、ちょっとまって」
素直に目を閉じた私の前に柔らかそうな毛皮が敷かれる。
「お布団使ってください」
その上に体を横たえると、タオルケットの様な布が身体にかけられた。
「子守唄とか歌ってあげたいけど・・・ごめんね。 代わりに、お話してますね『むか~し、むかし・・・』」
ほんわりとした声を聞きながらいつの間にか私は眠ってしまいました。