やりたいこと1:潜入ミッション
近日、強者たちが己の魂をぶつけ合う「バトルトーナメント」がこの街で開催される。
場所はウェルデン街道沿いの由緒あるコロシアム。
参加者たちの多くは、街の荒くれ者ども。
賞金はなんと100万ゴールド。
その数字を見た瞬間、迷わずチケットを買ったね。
「なんですか、バトルトーナメントって。私めんどくさいから参加したくないんですけど」
レンガ造りの雑貨店や漆喰塗りのパン屋が建ち並び、朝の市場ほどではないが割合人で賑わっている昼過ぎの街道を歩く華奢な少年が一人。彼の左右それぞれ斜め後ろには女が二人。右側で文字通り宙に浮いている方は、この世の森羅万象に対する好奇心を完全に放棄したような表情で愚痴をこぼした。
「なんでー? みんなの前で堂々と暴れられるんでしょ? ぜったい楽しいよぉ! ねーご主人たまぁー!」
左側で幼児のようにあっちへこっちへ向きながら幼い笑顔を街道全体に振りまく女は、風貌といい口調といい大いに狂気的だ。
「ああ、サリーにとっては楽しいはずだ。思う存分暴れて、俺たちを優勝させてくれ。頼りにしてるぞ」
緋色の布を頭に巻いた少年、ユイースは歩きながら答えた。
「じゃあ私は静かなところで休んでいるので、お二人とも頑張ってください。応援してますよー」
浮遊女が感情のこもっていない声で言うと、
「お前も参加するんだ、コヨミ」
すかさず命令が割り込んできた。
「え、私もですか?」
「そうだ」
「いやですよ、面倒くさいですよ。主様とサリーだけで行ってきて下さいよ」
「何を言う、ウチの戦闘要員はお前とサリーの二人だろ。端っこで見物するのは俺だ」
「またそうやって主様は。自分は戦う気ないのに、何故出場しようと思うんですか」
従者コヨミは主であるユイースに疑問符のない質問を投げ掛ける。
「賞金が欲しいからだ」
「ですよねー」
ほとんど予想していたその答えを聞いてコヨミは、無感動な目をいっそう鈍い色に変えた。
「全く、正直というか何というか」
「何事も正直なほうがいいよ、ねー、ご主人たまぁ!」
「その通りだサリー」
「開き直るのはいただけませんね。それで苦労するのは私なんですよ」
「お前だけじゃない。サリーも苦労する」
「あなたは?」
「俺は必要であればお前たちを援護する」
「はぁ……これじゃいたちごっこですね」
「ため息つくと小ジワが増えるぞ。それに、そんなことを言ってる間にほら、」
ユイースが、続いて従者たちが、目の前にある建物を見上げる。砂の色をした、巨大な岩をくり貫いて造ったような、力強い美しさを限りなく追求して設計された美術品。この街で城の次に大きい建築物、コロシアムがそこにあった。
***
チケットがない。
「主様……」
コロシアム外壁のエントリー受付所前。受付所と言ってもカウンターなどが用意されている訳ではなく、関係者通用口の入り口に配置されている係員がチケットを目視で確認して出場者を通すという、映画館のチケットのもぎりのような形式だ。ここまで連れて来ておいてエントリーチケットを失くしたと言い出す主に、いよいよコヨミは諦観の眼差しを向け始めた。軽い失望とも言える。
「あれ……おかしいな、確かに持ってきたはずなんだが」
ユイースは焦り気味の顔で服をまさぐっている。サリーはと言うと、そんなことは大して気にせずに自分の近くにあった柱の観察をしていた。
「どうするんですか。受付係の人に尋常じゃないくらい見られてますよ。怪しまれてますよ私達」
「そうだな……。コヨミ、サリー、一度家に引き返して、チケットがあったら取ってきてくれ。あるとしたら俺の机の引き出しに入ってるから」
「ん? 私のこと呼んだー?」
「嫌ですよ、面倒くさい。主様のミスなんですから、主様が自分の足で取ってくればいいじゃないですか」
「いいから! ほら、行った行った」
主の不甲斐なさに対してか任された仕事の鬱陶しさに対してか、コヨミは小さく溜め息を吐いた。一方のサリーは元気よく「はーい!」と返事をして、嫌がるコヨミの手を強引に掴む。一人はしぶしぶ、もう一人は何がなんだかよく分かっていないまま、主の命令を果たしに家へと向かった。
「なかったよ」
戻ってきたサリーの第一声にユイースは再び焦り顔となった。大会の開始時刻はもう間近に迫っている。
「道端に落とした可能性も考慮に入れて、通ってきた道をひととおり見ましたけど、ざっと見た限りでは落ちていませんでしたね」
更にコヨミが無関心そうに報告した内容が、ユイースにダブルパンチを掛ける。
これはまずい。このままでは大会に参加できなくなってしまう。賞金に手が届かないどころか、チケット代の金額だけ損をしてしまう。そんなことは絶対に避けたい。金は、賞金は、俺のものだァァァ!
その瞬間、ユイースの姿が消えた。消えたと錯覚するぐらいの速度で通用口へ疾走した。
「強行突破ですか……。全く、私達を置いていってどうするつもりなんだか」
「そう簡単にはいかないみたいだよー」
あと一センチでコロシアム侵入成功! というところでユイースの体に鈍い衝撃が響いた。エントリーチケットもぎり係の女兵士に阻止されたのだ。
「あー、でしょうねー」
「私たちどうすればいいのかな」
従者二人は数メートル離れた場所から事の成り行きを傍観している。
女兵士の長い金髪がすきま風に少しだけなびく。普通にしていればかなり魅力のある美人なのだろうが、状況が状況だった。表情は硬く、視線は氷の針のように冷たく鋭い。走り抜けて関門を突破するつもりだったユイースが姿勢を低くしているので、門番のほうが上からユイースを見下ろす形ができあがった。
彼女は目の色を変えずに、
「エントリーチケット、見せろ」
当然の反応である。
「あ、いや、その……」
思わずばつが悪そうに目を泳がせるユイース。蛇に睨まれた蛙だ。
「ないのか? なら帰れ」
門番の気迫は一向に収まるところを知らない。もっとも彼女は単に仕事を全うしようとしているだけなのだが。
まずい。進退極まった。こういう時はどうするか。
どこからどう見ても圧倒的不利な状況に立たされているにも関わらず、ユイースの脳内選択肢はどこまでも図々しかった。
「あ、あんなところに別の侵入者が!」
「何だと!」
「今だ! お前ら、行くぞ!」
咄嗟の叫びとともに空の彼方を指差したユイース。その指が指し示す先に女兵士が気を取られている隙に、彼は部下二人を呼んで再びその場を切り抜けようとした。
「いやいやいやいや、何「作戦成功!」みたいな顔してるんですか! 門番さんも相当な馬鹿なんですか? 今ので騙される程度の人材がなんで門番の仕事で給料貰えてるんですか!」
罵りながらもコヨミは主の方へ高速飛行で移動する。サリーも音速の如き速さでそれに続いた。が、しかし。
砂埃の乾いた音が、不法侵入未遂者三人の動きを止めた。
「チケット無しで入ろうとしているなら……私、お前たちを斬る!」
進行方向――コロシアム側――に先回りされていた。
「まあ、そうなりますよねー……」
呆れるコヨミに、
「どうするー? ご主人たまぁ」
緊迫した場の空気をまるで感じ取っていないゴーイングマイウェイなサリー。
「それなら最終手段に出るしかないな……。あまりこの方法は使いたくなかったんだが。物理的に戦うしか……ない!」
そう言って良い顔でキメるユイース。
「結局こうなるんですか、ああ面倒くさい。それから今日一番の見せ場みたいな表情作ってるのはいいですけど私達がやろうとしてる事ってただの下衆ですからね」
言いながらコヨミは身構える。怠惰の二文字に手足が生えて動き出したような女ではあるが、何だかんだ言ってこの状況を楽しんでいるのだ。
「待ってましたぁ」
一方で裏表の概念なくノリノリな同行者もいる。しかしユイースは、二人の家来に右手で制止の合図を送った。
「ここは俺がやる。お前たちは、見ていてくれ」
振り向きざまにかっこいい顔。
「やっとやる気出したのはいいですけど、なんでこんなところで闘志芽生えてんですか。私達、まだ大会に参加すらしていないんですが」
「大会でお前達に万全に戦ってもらうためだよ。ここでお前らに体力を使わせて、肝心の本番でへばられたら賞金が貰えないからな」
「やっぱりお金ですか……っていうか本番で主様が戦ってくれればいい話じゃないですか?」
「缶切りを持っているのに、それを使わずに素手で缶を開けようとするやつなんかいない」
「だーれーがー缶切りですか!」
「お前たちだ」
「う……気遣い無いですね」
主人に抗議の目を向けるコヨミの横で、彼女とは別の不満をサリーも持っているようだった。
「ねえねえご主人たまぁ、私たち、この人倒してもピンピンしたまま戦えるよ?」
「……戦いたいんですか、サリーは」
「使える駒はその能力が最大級に発揮されるタイミングまで取っておくこと。そいつがうちの方針なのは分かってるだろ? だから、ここは俺に任せておけ」
「……ご主人たまが言うなら仕方ないね。わかったー」
ユイースの命令を受け、サリーはすごすごと身を緩めた。
そんなやり取りをしている間にも緊張は着々と高まり続ける。ハブとマングースの威嚇合戦のようにお互いが相手の能力を慎重に読みあっていて、どちらも先に仕掛けない。
先手を取ったのは……、
「あーっ! あんな所に王様がいるぞー!」
「何っ!」
「今だ!」
ユイースだった。ただしあんまりかっこよくない手だったが。
クラウチングスタートに似た体勢に身を屈め、右の平手を地面へ水平にかざす。
門番があさっての方向からこちらに注意を戻す前に、こちらの動きを悟られる前に、そこに爆破ボタンでもあるかのようなパントマイムで手のひらを真下へ強く押し込んだ。
「もらったぜ! 『アンパッサント』ッ!」
咆哮とともに地面からいくつもの太い針が一瞬で伸びる。太古の眠りから覚めた古代竜の鱗のような魔力の針が一段、二段、三段と小気味よいビートを踏んで、門番目掛けて次々といきり立つ。彼女が、自分がまた騙されたことを悟ったときには、勝利の女神は完全にユイース側に付いていた。
「くっ……!」
防御が間に合わなかった。両足にまともに攻撃を受け、体勢を崩す。立っているのもやっとな状況に追い込まれた彼女を横目に、ユイースは家来とともに通用門を通過した。
「すまない、だが賞金のためなんだ!」
「すみませんうちの主が。ここに回復薬置いておきますから、動けるようになったら使って下さい」
優しいのか欲望の徒なのかよく分からない一団だ。門番は戦闘不能になった身体を気にしながら、ぎりぎり手の届かない距離に置かれた錠剤の回復薬と館内に侵入していく奇天烈な三人組の後ろ姿をぼんやりと視界に捉えて、混乱した頭をどうにか静めようとしているうちに、段々と薄まっていく意識を何となく感じていた。
あまり褒められた主人公ではないです。
今はそれをコヨミがフォローしていくという形で。
やられた門番さんには申し訳ないんですけど、潜入ミッションって憧れますよね。メタルギアごっことか友達とやってみたいです。