ラクダと白クマの嫌悪感
「時間を操ることができたら、世界は魔法を選ぶと思うかい?」職員の男は真面目な口調言い「なにを持って世界は錬金術を選んだと思う?」と僕に問い掛けてきた。
「やっぱり便利さとか、そんなところじゃないの? 地球の科学と錬金術は似ているところもあったし、なにより魔法より元来ある科学を生かせるのは錬金術だったといわれているじゃないか。」学校で習ったことをそのまま口にした。テストだったら模範解答に選ばれても悪くない解答のはずだ。だが、職員の男はその回答を聞いて噴き出した。
「違うよ。そんな単純なはずないだろ。」職員の男は笑う。
「でも、学校でそう習ったけど。」
「学校は真実を教えない。錬金術は正しいものだと信じ込ませる場なんだ。」
「学校は嘘を吐いているの?」
「さぁ、嘘かどうかはわからないけど、誠実さはないことは確かだよ。」
「誠実さ?」
「この星の人間はさ、錬金術と魔法という二つの技術が手に入ったとき、何をしようとしたと思う?」
「世界を便利にしようとしたんじゃないの? 『人々を幸福にする』それが今の日本のスローガンだし。」
「全然違うよ。当時の人々は神を目指したんだ。」
「神? あの神様?」
「馬鹿だろ?」職員の男は微笑んだ。
「馬鹿だね。まず、神という定義がわからないし。」
「人間はこの二つで宇宙を掌握できると思ったらしいんだ。その為にまず人間が最初にしようとしたことは何だと思う?」
「さぁ、宇宙に向かって街頭演説でもしようと思ったんじゃない。」職員の男は僕のジョークにピクリとも笑わなかった。
「人間を作ろうとしたんだ。」
「人間?」
「セックスをしないで、子宮も使わないで、だ。」
「なにそれ?」
「粒子で人間を作るんだ。理論上は可能だし、そんなに難しいことじゃない。記憶だって簡単に作れるし、医療では臓器を作ることは錬金術が地球にやってきて真っ先に行われたことだ。」
「でも、無理だった。」
「その通り。錬金術で人間を作ることはできない。いや、まだできない。まだ、人間を解明できない部分が一つだけあるんだ。」
「魂と呼ばれるもの。」
「おお、よく知っているね。」職員の男は感心した顔を見せた。「人間が自分は自分だと認識する部分。例えば『青の色を青』と認識する部分が未だにわからないんだ。」
「じゃあ、未完成の人間なら錬金術で人間は作れるの?」
「それも無理だ。人形なら作れるけど、動く人間は作れない。」
「そうなんだ。」
「そこで、だ。」と職員の男は言った。「その次に神を目指す人間達が目を付けたのが魔法だ。」
「魔法? 魔法で人間を作るの?」
「いや、魔法で人間は時を操ることを試みたんだ。」
「時を操る?」
「意味がわからないだろ。」職員の男は顔をほころばせる。「面白いだろ。時を操れば神になれる。そんなことを考えていたんだ。」
「う~ん、わからなくもない気もしないけど。」と僕は言ったが実際には理解はしていなかった。時間を操るなど、僕のイマジネーションを遥かに超えていた。
「それで、だ。」職員の男は、また言った。「これが、実際に研究されていた物質なんだ。」
職員の男は一つのショーケースを指差した。青く不気味に光る石だ。
「不思議なんだ。綺麗と呼ばれてもいいはずの美しさがあるのに、何故か不気味に見える。」職員の男がショーケースに寄りながら言った。僕もその後ろからショーケースに近づく。
「でも、理由はある。」
「理由?」
「この石はとんでもないエネルギーを持っているんだ。」
「エネルギー?」
「さっき見せた、あの石と同じだよ。さっきの石も高いエネルギーを持っているから、叩くとエネルギーが発生する。そこから物質を作るのが魔法だ。」
「へぇ~、そうなんだ。」
「最初に説明したんだけどね。」職員の男は苦笑する。「君はずっと上の空だったから、やっぱり聞いていなかったんだ。」
「正直に言えば全然興味を持っていなかったから。」
職員の男は僕をじっと、観察をするかのように見た。無言のまま。
「とんでもないエネルギーってどれくらいなの?」
「この石はね。」と職員の男は僕の台詞を右から左に流すように、唐突に静かな口調で言い出した。
「この石はね、アリエナ星人から地球に贈られた物で、一番価値のある物らしいんだ。」
「へぇ。」
「アリエナ星人って名前はどうゆう意味かわかるかい?」
「あり得ない。そうゆう意味でしょ。」
「相手は宇宙人だ。言葉も通じない。文化も違う。きっと、ラクダと白クマが吠え合うようなやり取りだったんじゃないかな。」
「人間には知能があるんだし、もうちょっと賢いやり取りだったと思うけど。」
「その最後にこの石は渡されたんだ。そのときのアリエナ星人の表情は至極真剣だったらしい。『厳重に保管しておいてほしい』そんなニュアンスで贈られたらしんだ。」
「ふぅん、初耳だな。」
「一説にはこの石を渡す為に地球にやってきたという説もある。」
「なんの為に?」
「さぁ、白クマの考えることをラクダが理解できるわけがない。文化も言葉も違うんだから。」
「白クマは飢え死をしない為に、同じ白クマの子供を狙うことも珍しくないらしいよ。」僕は意味なく雑学を披露する。
「へぇ、そうなんだ。」職員の男は感心する顔を見せる。
「だから、白クマの雌は子育てのときは雄を恐れて、すごい警戒をしているんだ。」
「ラクダの背中のこぶの中にはエネルギーを蓄える脂肪が入っている。水を数日飲まなくたって生きていける。」今度は職員の男が雑学を披露する。
「そんなこと誰だって知っている。」
「そうか。」職員の男は残念そうな表情をして「でも、やっぱり全然違う生き物だな。」と呟いた。
「でも、なんでこの石で時を操れるの?」
「アリエナ星人がそんなニュアンスで説明したらしいんだ。」
「本当に?」僕は眉をひそめる。
「さぁ、都合良く考えているだけだと思うけどね。」
「都合良く、か。」
その言葉が僕の記憶を蘇らせた。
「アリエナ星人の名前の由来を知っている?」
今度は僕がその質問をした。職員の男は虚を衝かれたように、きょとんとした顔になる。
「『人はありえなさそうなことは信じないけど、ありえないことは信じる』」
「なんだい、それは?」
「知り合いの自称詩人の言葉だ。現実味がない方が逆に人は信じる傾向にある。そんな意味だと思うよ。」
「ふーん、それはあれだね。」と職員の男は少し考えるような素振りを見せてから言った。「サッカーに対する知識もないくせにブラジルに日本が勝てると無責任にインタビューに答える呑気なファンだ。」
「そうなのかな? 少し違う気がするけど。」
「きっとそうだ。ブラジルの強さを知らないから希望が持てるんだ。本当のサッカー好きなら、そんな愚直なことを考えらない。」
「うーん、やっぱり違うような気もするけど、まぁ、似たようなものなのかな。」
「きっとそうだ。そうに決まっている。」と職員の男は何か確信を得たように言った。「きっと、神に対する知識も魔法に対する知識も時に対する知識も、なんの知識もない人間達が能天気に考えたに違いない。」
僕は職員の男が何をそこまで憤怒しているのかは、理解できなかったが、人間が神になろうとしているということに対しては嫌悪感を抱いることには共感できた。