芸術の力
世界的に有名なパフォーマー集団のパフォーマンスを観に行っていた母と妹の愛梨が帰ってきて昼食を食べることになった。
テーブルに座り、各々にハンディを取りだし注文する。父はフランス料理を注文し、母はイタリアン料理のパスタを注文し、愛梨はピザを注文し、僕はハンバーガーを注文した。
各々に違うものを食べながら会話をする。別に不思議な光景ではない。いつもと変わらない日常だった。
「ステージはどうだった?」
父が愛梨に訊ねる。
「よかったよ。あれは芸術の域に達しているね。顔も格好良かったし。」
愛梨はピザを食べながら答えた。
「芸術?」
父が眉を寄せ、鋭い目付きになる。父は自称詩人を語るだけに芸術に対して敏感だった。
「うん、芸術的だったよ。お父さんも来れば良かったのに。ねぇ、お母さん。」
「そうだね。世界的に有名なことだけあって、凄かったわね。芸術的だったよ。お父さんも来ればよかったのに。」愛梨に続いて母が言う。
「なんだ、芸術的なものか。」父は興味を失ったようにフランス料理に目を落とした。「芸術的なものは意外と世の中に溢れている。でも、本物の芸術は意外に少ない。」
「なにそれ。」愛梨が目を丸くする。
「自称詩人の新作だ。」僕が横やりを入れる。
「あら、まぁ」と母が大袈裟に感心する。
「それに、本物の芸術はほとんどの人に最初は理解されない。」父が言う。
「じゃあ、いまある本物の芸術はほとんどの人は理解していないの?」愛梨が心底不思議そうに訊ねた。
「理解している人もいれば、そうじゃない人もいる。もちろん、知識や興味がなければ理解しようがないしね。」
父は何を根拠に言っているのかわからないが自信満々に答えた。
「著者が死んでから作品に価値が付くみたなこと。」僕が言った。
「そうだ。それは何故かわかるか?」父が嬉しそうに答えた。
「時代に合わなかったとか、そんなこと。」
「その通り。本物の芸術はいつも時代の先にある。」
「時代の先?」
僕と愛梨は首を傾げる。母だけが会話に加わらず、紅茶を一人で啜っていた。
「そして、理解するということには、物事を複雑化させるということがある。」
「理解? 複雑?」
「つまり、本物の芸術を理解する境地に至るまでは膨大な時間を必要とするということだよ。」父はナイフとフォークを優雅に扱いながら言った。
「本物の芸術の良さをわかるには時間が必要ってこと。」
「そうだ。」父は嬉しそうに頷く。「つまり、それはどうゆうことかわかるか。」
「どうゆうことって、どうゆうこと?」
首を傾げる僕と愛梨に父は人差し指を立て、自称詩人の新作を発表した。
「本物の芸術には時代を一つ進める力がある。」