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もうすぐ、500年

 三日前、僕は両親とアリエナ星博物館に来ていた。アリエナ星とは、宇宙人が住む惑星だ。今から、約五百年前に宇宙人が地球にやってきた。別に襲来したりしにきたわけじゃない。かといって、ペリーみたいに開国を迫るように任務を持ってやってきたわけでもない。たまたま通りかかったから、そんな理由だったらしい。それが、アリエナ星人だ。

 そのアリエナ星人の偶然の地球訪れが、地球を大きく変化させた。アリエナ星人が地球の科学力に驚く場面もいくつかはあったという話もある。だが、アリエナ星の文明は地球の何倍もあり、地球の代表として、アリエナ星人の接待に向かった科学者は『地球はまだ胎児に過ぎなかった。生まれてすらいないのだ。』という名言まで残した。

 そして、アリエナ星人から地球への贈り物は地球の文化を大きく変化させた。その中でも代表的な二つの技術がある。それは、錬金術と魔法だ。質量保存則をもとに物質にエネルギーを掛けて自由自在に変化させる錬金術。エネルギーだけを使い、ゼロから物質を作る魔法。どちらも、地球の文明を急速に進歩させた。だが、十年も経たないうちに魔法はマイナー化し、錬金術だけにスポットが当てられた。

 やがて、地球は錬金術が発達した惑星になった。元よりあった、人間の科学力を生かせるのは錬金術だった。

世界には『お金』というものが必要ではなくなった。一部の例外の国を除けば、すべては『粒子』という共通の価値観がある。錬金術を邪見とする国も未だにあるが、それは愚かな考えだとされている。錬金術は世界を幸せにするといえば大袈裟に聞こえるかもしれないけど、世界の飢餓や貧困で苦しむ人々を救うことだって出来る。

石油問題だって錬金術が解決した。もう、道路には石油で動く車なんて、存在しない。すべては、『粒子』をエネルギーとした車だ。『粒子』は排気ガスもださない。だから、CO2問題も解決させた。

 錬金術はエコでもある。どんなゴミもすべては『粒子』に変換され再利用される。排泄物ですら『粒子』へと変えられ各地に設置されている『粒子貯蓄庫』へと送られ、次への物質に変換されるのを待っている。

 日本では、生まれて市役所で手続きをすれば一週間ぐらいで『ハンディ』というものが与えられる。それで、大抵の国のものは手に入れることができる。

 それは、どうゆうことか。例えば、行列のできるラーメン屋のラーメンも並ばないで食べることができるということだ。ハンディで、そのラーメン屋を探し、注文をすれば、『スカイリュウシトウ』から『粒子』が電波として飛ばされ、注文者の前に行列のできるラーメン屋のラーメンをそっくりそのままの物質で作ってくれる。そして、そのラーメン屋には特許として、『粒子』が手に入る。今ではラーメン屋にも印税が入る時代だ。

農業だって必要ない。工場だって必要ない。国が粒子を管理しているので、銀行だって必要ない。錬金術の登場はあらゆるもの淘汰した。そして、世界中の職を奪った。だが、その処置として大抵の国で毎月一定の『粒子』が支払われるという政策がとられ、未だに続いている。人は働かなくても食べていけるのだ。

 その影響で人々は自由になった。それが、娯楽に労力を費やすことになった。プロスポーツ選手の給料はさらに大幅に上がり、芸能人希望の若者も増え、放送局は十倍以上に増えて、熾烈な視聴者争いを繰り広げている。

 世界各地を旅する旅人や『パフォーマー』という路上でパフォーマンスをして粒子を稼ぐ者もよく現れるようになった。働かなくても生きていけるのだから、大抵の人々は自由なことをして、生きている。働くことに使命感を覚え働くものも、むろんいる。国を良い方向へ導いていこうとする政治家だって、いる。もちろん、心にもないことを常に口にする政治家もしっかり存在する。

 そんな地球を大きく変化させるきっかけとなった日が今から四百九十九年前のその日だった。二〇一一年七月二十四日。日本では地デジ化という大きな変化を向かえていたらしい。

おかげでその日は学校が休みだった。カレンダーには『アリエナ星人訪問記念日』となっている。

「寒太郎、この物質を色々研究していまの『ハンディ』を完成させたんだぞ。」父がショーケースを眺めながら言った。

「ふぅん」僕は自分の右手中指にはめているハンディと比べてショーケースに入っている黒く光る物質と比べる。「全然違うね。」

「ああ、そうだな。」父も同じく左手の薬指にはめた結婚指輪兼ハンディと比べた。

 ハンディは普段は装飾として扱われることが多い。それは、紛失防止だったり、盗難防止だったり、持ち歩くのが不便だ、とか色んな意見を参考にして、いまの形になったらしい。人によっては首輪だったり、ピアスだったりと色んな形になっていて、持ち主がハンディにしようとすれば、形状変化が行われ、ハンディになる。

「それにしても・・・」僕は周囲を見渡して言う。「人が多いね。」

「まあな、『来年は五百年だぞ、記念祭』だからな。」

「それなら、五百年きっかりにやればいいのに。」

「人は騒ぐのが好きなんだ。」

「だから、『来年は五百年だぞ、記念祭』なの?」

「そうだ。来年になれば、正規の『五百年記念祭』が行われ再来年は『五百年突破記念』とかが行われるさ。何かしらをこじつけ騒ぎたいんだよ。この国の人間は。」父はたいして興味なさそう顔をしつつも愉快げに言った。

「それにしても喧しいな。」僕はもう一度周囲を見渡して言う。公然の前でいちゃつく男女、無邪気にはしゃぐ子ども達、外の五つあるステージではパフォーマーが踊り、ミューシャンは歌い、研究者は自分の発見した物質を必死に説明していた。

「それでも喧しいのはいいことだよ。これが永遠に続くわけじゃない。死ぬまでの道のりの一つだ。」 父が笑う。茶色く染めた髪は細くて柔らかそうで、中性的な顔立ちが実年齢より若い様に見せていた。

「なにそれ? 自称詩人の言葉?」

「ああ、自称詩人のありがたいお言葉だ。」

 その台詞は自嘲気味に放たれたものではなく、誇りに満ち溢れた顔だった。

 父は詩人であった。そして、自分が詩人であることに誇りを持っていた。だが、彼の詩は一つも売れた試しがない。というよりも、売ろうとしたことがなかった。いつも、思い付いた詩をおもむろにハンディに書留、「おれが死んだらこれを世界に発表してくれ」というのが彼の言い癖だった。それは決して、生きている間に名を残すのではなく、死んでから名を残すことに美学を感じているという理由からでもなければ、自分が他の人間よりも先に進んでいるという傲慢さから来るものでもなかった。死人の言葉の方が人々は耳を貸してくれる、そんな彼の独特の持論からだった。

「一つも詩を売ったこともない、自称詩人の言葉にありがたみなんてないよ。」

 僕がそう皮肉を吐くと父は僕の方に手の平を向けて、胸を張る。そして、例の台詞を吐いた。

「売れないんじゃない。売らないんだ。その日が来るまでは決しておれの詩は売らない。だから、その日が来たらおまえがおれの詩を売るんだ。」

 売れなかったら恥をかくの僕だ、と反論すると印税はおまえが自由にしていいぞ、と父は笑う。僕が自分の詩に耳を傾けてもらいたいなら、まず人の話しに耳を傾けるべきだと、注意をすれば、人は生きている人間には耳は貸さず、自分の意見を押し付ける傾向にあると、父は例の持論を口にして笑った。


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