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任務遂行者の微笑み

「それで、だ。」父はベッドから立ち上るとプリントを手に取った。「これ面白いだろ。」

「面白くないよ。意味がわからない。」

「おれは別に魔法を薦めたいわけじゃない。でも、これに参加してもいいんじゃないか。」父は僕にプリントを差しだす。プリントには『未来を変える魔法教室』と大々的に書かれている。僕は魔法など始めるつもりもない。なので、当然魔法教室には行かない。だから、プリントは必要なし、いらない。よって「行かないよ。」と僕は首と手を横に振った。

 父は苦々しい表情をする。そして「なんで行かないんだよ。」と口を尖らせた。

「別に興味ないし。」面倒なので短く言う。

「それで人生楽しいのかよ。このままじゃ、気が付いたら五十なんてことになるぞ。」

「五十のおじさんにだって、まだ人生はある。それは五十のおじさんにたいして失礼だ。」

「失礼なんかじゃない。希望は言いかえれば未来への嘘だ。時間が過ぎてなにが嬉しい。死へ一秒ずつ近づいているだけだ。今の台詞で五十のオヤジが怒るとすれば、それは若さに対する僻みだ。」

「違う。そのおじさんは自分の人生が無駄じゃなかったと誇っているんだ。どんな辛いことが起きても逃げ出さなかった自分の人生は無駄ではないと信じて疑わないんだ。」

「そんなオヤジなら、おれの言うことをさらっと受け流すさ。なんでも言い訳したがるのを後ろめたさがある証拠だ。人生なんて自分だけに価値がわかればいい。人生なんてそんなものだ。」

「じゃあ、なんで父さんは自分の詩を残したいの? 世界を変えたいの? 自分を残したいの?」僕は父の矛盾点を指摘する。自分だけに自分の人生の価値がわかればいいなら、詩なんて残さない。世界なんて変えようとは思わない。

「それは、おれの挑戦だ。天命だ。」

「挑戦? 天命?」

「だから、言っただろ。おれが世界を変えようとするのはおれの人生を掛けた挑戦だ。矛盾に聞こえるなら、それは神を信じていないおれは、この天命だけは信じているということだ。」父はあっけらかんと言った。

「だからって、おれが魔法教室に行けって言うのは可笑しいんじゃない?」

「違う。おれが言いたいのは、寒太郎が人生をつまらなさそうに過ごしていることだ。なんでも、客観的に物事を見て、自分には関係なさそうにしていることを指摘しているんだ。」

「つまらなさそうになんかしていない。」僕は否定する。僕は物事を客観的に考えることは必要だとは思っている。なんでもかんでも、自分の主観で物事は言うことは好きではない。第一主観ばかり言う奴の言葉には説得力がない。相手を説得するにはそれだけの客観的要因が必要であるからだ。でもだからといって、僕は物事対して一歩引いて客観的になっているわけではない。友達と野球をすればチームが勝つように一心不乱になってプレイする。チームの為を思ってノーアウト二塁のチャンスで打点を付けるチャンスであったとしても、僕は自分の気持ちを押し殺してまでもバントをする。それは、チームの為を思ってだ。相手チームの気持ちを考えれば一アウト三塁にはしたくない。スクイズの警戒も必要だし、犠牲フライもやっかいだ。僕はそこまで考えてバントをする。例え、そのあとの打者が打点を付けても恩着せがましいことも言わない。でも、自分には関係ないとも思ってない。僕は僕の役割を考えてプレイしているのだ。父の言葉を借りるなら天命を受けてしまったのだろう。あの場面で天命を断って三振をする奴もいる。タイムリーを打てばベース上で格好良くガッツポーズをする権利も魅力的である。けど、僕は素直に天命を受け入れてバントをする。それは、チームが勝つ可能性を一パーセントでも上げる為だ。それが、チーム内での僕の役割であると僕は信じている。

けど、今回の魔法教室は魔法に興味のない僕の役割ではない。だから断ったのだ。それを、人生をつまらなさそうにしているとは、とんだ言いがかりだ。

「おれは人生楽しいよ。勝手に決め付けないでよ。」

「寒太郎は何の為に生きている。」父がおもむろに言った。「生きる目的はなんだ? あるのか?」

「そんなの必要ないんじゃない。生きていればそれでいいと思うけど。」

「元気任せに、生きていくのか?」

「別に元気任せってわけでもないけど。」

「寒太郎はきっと魔法への天命を受けたんだとおれは思う。」父が唐突に言う。

「・・・なにそれ?」

「寒太郎は特別な石に触れてしまったんだろう。」

「特別な石?」僕は口に出してから思い出した。『大丈夫だ。石は割れていない。』との忌々しい声が耳に蘇り、その後にあの不気味に光る石を思い出す。

「ああ、特別な石だ。きっと、その石が寒太郎に天命を与えてくれたんだ。」

「なにを根拠に?」

「そんな面倒なものはないよ。おれの勘だ。」

「石が与える天命ってなに?」

「それは、魔法教室に参加しろってことだよ。」

「なんで、石に触れたぐらいで、たかが石に天命を受けなくてはいけないの?」馬鹿げていると僕は思う。けど、少しだけ心当りはあった。

「たかが石じゃない。特別な石だ。」父がすかざす訂正する。「あの石は本来直の触ってはいけないらしいんだ。エネルギーが高すぎるんだって。だから、あの石に触れたのはこの世界で寒太郎だけなんだよ。これはきっと、寒太郎に魔法をやれっていうお告げだ。」

「だれが告げたのさ?」

「特別な石だよ。寒太郎は石に選ばれたんだ。」父は嬉しそうに言った。「とても光栄なことだ。」

「相手は石だよ。全然光栄じゃないよ。」僕はそう答えながらも唯子が僕に取り付いた原因がわかるのではないかと思った。

「とにかく行くんだ。きっと、天命が見つかるさ。」

「わかったよ。行ってみる。」僕は普段だったら断っていたかもしれないが、唯子のこともあるので行くことにした。唯子の原因が魔法にあるなら、退治する手段もあるかもしれない。

「そうか。」父は僕の返事を聞くと、嬉しさよりも安堵の表情を見せた。

「けど・・・」と僕が口を開く。「これだけは信じてよ。」

「なにを?」父がきょとんとした顔をする。

「おれは人生楽しいよ。つまらないなんてことはない。」

 父はそれを聞くと余裕のある笑みを見せた。「それは本当の人生の楽しさをしらないからだよ。」

「本当の人生?」

「『井の中の蛙大海を知らず』だ。幸せを知らない奴は不幸を感じない。美味い者を食べたことある奴は不味い物を判断できる。上には上があるんだ。寒太郎は人生の目的知らないから楽しい人生を知らない。つまらない人生だということに気付いていないんだ。自分が不幸だと気付かない奴と同じだ。自分が不味い物を食べていることに気付かない奴と同じだ。」

「おれにだって目的ぐらいある。」僕が反論する。「幸せとか、美味しい物とかは人の主観なんだから、それを否定するのはおかしい。それに、おれの人生がつまらないとか、勝手に決め付けないでほしいし、放っておいてほしい。おれの人生はおれなりに楽しいよ。」僕は僕なりに人生を充実させているつもりだった。目的だってある。野球をすれば相手チームに勝つという目標ができるし、テストをすれば百点を取るという目標が生まれる。一方的に生き方を否定されるのは腹が立った。

「自分で楽しいなんて言う奴の人生なんて高がしれているよ。」

「高がしれている?」僕は反論するよりも意味がわからず聞き返してしまった。

「人生には楽しさよりも使命感が必要なんだよ。世界から戦争を無くしたいと思って生きるんじゃない。世界から戦争を無くさなければいけない、だよ。優勝をしたいじゃない。優勝をしなければいけない、だ。人生の充実感や楽しさは使命感が作る副産物だ。本当に人生を充実させている奴の台詞はきっとない。きっと満足そうに微笑むだけだよ。きっと、言葉にしなくても自分の人生を語るだけのなにかが結果として残っているんだ。」

 父はそう言うと魔法教室のプリントを机の上に置いて出て行った。僕は仕方なくプリントを手に取って目を通す。魔法教室の開催日は明日の十時からだった。明日は九時から小学校のプールだ。僕は仕方なくプールを休む決意をする。




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