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共同遺伝子

 家に帰ると机の上に一枚のプリントと一通の手紙が置いてあった。何気なく手紙を手に取る。

『僕は君を天国には連れていけない。地獄に送ることもできない。でも、執着させる目標を作れるかもしれない。』

 なんだ、これは? ラブレターか? 昔、父が書いたラブレターかもしれない、と想像した。だが、プリントを見たときに、違和感を覚えた。

「天国も行ったこともない奴が天国を語ったところで信憑性はゼロだ。他人に自分の妄想を喋っているだけに過ぎない。」

 ふいに聞こえてきた声にビクつく。ドアに目を向けると父がいた。父は僕に部屋にズカズカと入り、ベッドに座って胡坐をかいてくつろいだ。

「悟りを開いた人間にしかわからないことがあるのかもしれない。」

 僕が父に向かって言う。別に僕は天国・地獄の存在を信じているわけではないし、天国に行ったこともない神父に天国に行くはずもない人間が吹聴されることに居た堪れない気持ちになっているわけでもない。ただ、天国・地獄はともかく、無以外になにかあるのではないか、と考えていた。

「悟りを開いたところで天国には行けない。」父が即答する。

「でも、無以外になにかあるかもしれないじゃないか。」僕は鼻息を荒くした。すると、父はあっさり「そうだな。」と頷いて肯定した。

「そうだなって・・・」僕は父があまりに素直に認めるので「本当にそう思っているわけ?」と疑ってしまう。

「別におれは天国・地獄があるなし、はどうだっていいんだ。」

「でも、さっき否定していたじゃないか。」僕が指摘する。

「違う。天国・地獄を否定したわけじゃない。」父が嫌な顔をする。「おれは生きている人間が天国を夢見るのが嫌なんだ。いい子にしていれば天国に行けますよ、とか。ああゆう、生きている間が天国までのプロセスと考えるのが馬鹿だと思う。一人の人間が生きていられる期間なんて歴史から見ればほんの一瞬だ。そこで、自分の使命を見つけ、それに勤しむ人間がおれは好きだ。」

「自分の使命ってなに?」

「なんだっていいさ。一人の女は一生を掛けて愛す、とか。ダンスの道を極めるとか。錬金術・魔法だってなんだっていい。」

「じゃあ、父さんの使命はなに?」

 たいして興味があったわけではなかった。だが、これだけ偉そうに語っている父に対して息子としてこの質問をしなければいけない使命感に襲われ訊ねた。

 父はそこで顔をほころばせる。「詩だよ。」と僕の予想通りの答えを嬉しそうに答える。「おれは世界を変えるんだ。詩で。」

「変えるって具体的にどんな風に?」僕は聞き飽きた父の台詞に半ば呆れて訊ねる。

「もちろん、おれがいたってゆうふうにさ。おれが死んでいなくなっても、おれがいたってことがわかる世界に変えるんだ。」父はそれを自分の天命だと言った。「おれはおれを残す為に生まれたんだ。いつだって生き物は自分の遺伝子を残すことを念頭に置いて生きている。」

「でもそれなら、おれや愛梨が生まれたんだから遺伝子を残したといえるじゃないか。」僕は疑問を父にぶつける。遺伝子を残すということは、自分の子どもを作るということではないのか。

「確かに、寒太郎と愛梨という遺伝子を残したと言えるかもしれない。でも違う。」

「なにが違うの?」僕は父に言っていることがわからなくて、戸惑った。

「寒太郎と愛梨はおれと由香の子どもだ。いわば共同作品と言ってもいい。さらにいえば、三人の共同作品だ。」由香とは当然母の名前だ。

「三人?」

「おれと由香。そして、寒太郎、愛梨だ。譬えるなら、おれが作詞。由香が作曲。歌が寒太郎、愛梨だ。おれ一人の純粋な遺伝子じゃない。」

 僕は呆気にとられ言葉が出なかった。

「おれはおれの純粋な遺伝子を残して、それを世界に響かせたい。それがおれの生きる意味だ。」父は高らかと言った。



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