外国人上司の実力
机に鞄を置くとほぼ同時に「オッス。」とやかましい声が聞こえた。僕は無視して椅子に座る。
「おいおい、無視するなよ。寂しいじゃんか。」
隣の席に座りながら隼人が口を尖らせた。
『そうよ。無視されるのは寂しいのよ。』
唯子も続いて言った。唯子の声を聞くたびに、僕の胸に黒い塊のような憂鬱が芽生え、それが鬱々たる気分にさせる。
「はぁ。」僕はその憂鬱に耐えられずため息を吐いた。
「どうした? 気持ち悪いのか? 保健室行くか?」
「いや、大丈夫だから放っておいてくれないか。」
僕は心配する隼人に無遠慮に言う。すると、隼人はきょとんとした顔になった。
『ああ、可哀そうに。せっかく、心配してくれているのに、あんなこと言っちゃって。ショック受けているわよ、彼。』
唯子が僕を非難する。
『ショックなんか受けるもんか、こいつは変人で有名なんだ』と僕は心の中で言い返す。
『あっ、反応してくれた。嬉しいな。』唯子が喜ぶ。僕は思わず、しまった、と舌打ちをする。
そこで「ああ。」と隼人が気を取り戻すように言った。そして、椅子から立つと僕の肩を叩いた。
「明日死ね。やっと、出会えたんだろ。」
「はぁ? なんだよそれ。」僕は隼人の手を振り払う。隼人は僕に払われた手を眺めて「あれ? おかしいな。」と首を傾げて心底不思議そうな顔をした。「おかしい、おかしいぞ。」と繰り返している。
「おかしいのはお前の頭だ。」
「違うんだ。」
「違くない。お前の頭はおかしい。」
「馬鹿いうな。この髪型は美容院『ネパール』で切ったんだぞ。」
「えっマジで? 『ネパール』」
「髪型ではなく、中身だ」と非難するより先に驚いた。これは本心からの驚きだった。僕達の住む市内にある美容院で、県外からネパールに髪を切りにくる客も珍しくない。噂ではあるが、予約が半年先まで埋まっているらしい。
「それ、ネパールなのか。」
「ああ、そうだ。」隼人が胸を張る。
なるほど、よく見れば気品があって、センスを感じる。なんて、ことはない。
「ネパールといえども、万能じゃないのか? それとも、そもそもたいしたことないのか?」
「なめられたんだ。」隼人が苦々しく答える。「小学生だと思われて、なめられたんだ。あの、美容師は本気を出さなかった。出し惜しみをしたんだ。」
「せっかく、半年も待ったのに。残念だな。」と僕が言うと「いや、半年も待っていない。四ヶ月だ。噂より三分の一少なかった。」と言うので、おかしかった。
「そんなことよりもだ。」隼人が大きな声を出す。「おかしいんだよ。」
「なにが?」
「聞いてくれ。寒太郎。」
「さっきから聞いているよ。」
「昨日、見たんだ。昔のドラマを。」
「それが?」
「憧れの仕事に就いたOLが失敗だらけなんだよ。なにをやっても駄目。同期の仲間と比べて自分はどうして、こんなこともできないんだって泣いているんだ。」
「へぇ、憧れの仕事ねぇ。」
「ああ、一昔前のドラマだからな。」と隼人は笑う。「それでさ、上司がやって来るんだ。その上司が外国人なんだけど。」
「外国人?」
「ああ、日本語が上手く喋れないんだ。」
「日本語も喋れないのに偉くなれるのか?」僕は堪らずに訊ねる。
「きっと日本語が喋れなくとも実力があるんだ。それで、その外国人の上司がOLの肩を叩いてこう言うんだ。『アシタシネ。ヤット、デアエタンダロ。』って。意味わからないんだけど、それでOLの目が潤むだよ。」
「目が潤む?」
「そのOLはツンデレだったんだ。その言葉に感動して、デレを見せるんだ。」
「とても、感動する言葉には聞こえないけど。」
「でも、OLは感動するんだ。そして、外国人の上司に身を委ねるんだ。」
「身を委ねる? それは、一体どうゆうドラマなんだ?」
「さぁ? 父ちゃんのDVDなんだけど、それが面白いんだよな。」
僕は返す言葉が見つからず、途方に暮れていると隼人が「もしかしたら、寒太郎も感動してくれると思ったんだけどな。」と言い出したので僕は困った。そして、隼人のお父さんに同情をする。
「今度、家に来いよ。見せてやるから。面白いぞ。」隼人が得意げな顔で言った。隼人が「興奮するぞ」と言わなかったのがせめての救いだった。