第2話 愛の表現
お姉様が、変わった。
気づいてから三日間、ずっと考えていた。
何が変わったのか、うまく言えない。顔は同じだ。背の高さも声も同じだ。でも何かが違う。
朝食のとき隣に座ったら、お姉様がこっちを見た。それだけで、あ、違う、と思った。前のお姉様は朝ごはんのあいだ、一回も私を見なかった。
私が苦手な野菜を残していると、
「リアン、野菜も食べなさい」
びっくりして、フォークを落とした。
名前を呼ばれた。
お姉様は私のことをあんまり名前で呼ばなかった。「あなた」か、何も言わないかどっちかだった。それが急に、名前で呼ばれた。しかも野菜を食べなさいって言われた。そんなこと、一回も言われたことなかったのに。
「……はい」
野菜を食べた。お姉様はそれを見て、また自分のお皿に目を戻した。
それだけだった。それだけなのに、その日ずっとどきどきしていた。
翌日、廊下ですれ違ったとき。
お姉様が立ち止まった。私も立ち止まった。
「髪、乱れている」
そう言って、お姉様が手を伸ばしてきた。私は思わず一歩引いた。
お姉様の手が、止まった。
ちょっと変な感じの間があった。
「……嫌だった?」
「ち、違います」慌てて言った。「びっくりしただけで」
お姉様はまたちょっと黙って、今度はゆっくり手を伸ばしてきた。今度は引かなかった。
指が髪に触れた。優しかった。痛くなかった。
「これでいい」
「……ありがとうございます」
お姉様は頷いて、行ってしまった。
その場に残されて、触れられたところに自分で手をやった。
なんか変な感じだ、と思った。胸がどきどきしていた。
その夜、侍女のマリに聞いた。
「お姉様、なんか変じゃない?」
マリは困った顔をした。「変、とは?」
「優しい」
「……それは変なことでしょうか」
考えた。「わからない。でも前と違う」
マリは何か言いかけて、やめた。「良いことではないでしょうか」と言った。
良いことかどうか、わからなかった。
良いことだったら、どうしてこんなにそわそわするんだろう。
廊下で髪を触ってもらったとき、お姉様の顔がすごく近かった。怒っていなかった。冷たくもなかった。ただ、私の髪だけを見ていた。他のことなんか考えていないみたいな顔で。
あの顔が、ずっと頭に残っていた。
三日目の朝。
頑張って、お姉様の部屋の扉を叩いた。
中から「どうぞ」と声がした。
扉を開けると、お姉様が窓のそばで本を読んでいた。目が上がって、私を見た。
「……何か用?」
「あの」扉の前に立ったまま言った。「どうして急に優しくなったんですか」
お姉様の目が、ちょっと揺れた。
しばらく間があった。窓から朝の光が入っていた。
「前が、優しくなかったから」
「え?」
「それだけよ」
うまく飲み込めなかった。前が優しくなかったって、お姉様自身がそう思ってたってこと? なんで急に? どういう意味?
「……そうですか」
「入ってきていいわよ、せっかく来たんだから」
少し迷って、部屋に入った。
お姉様は本を閉じて、「そこに座って」と窓のそばの椅子を指した。座ると、本棚から一冊抜いて、差し出してくれた。
「絵が多いから読めると思う」
受け取った。植物の図鑑だった。
それから二人で、あんまり喋らないまま、それぞれ本を読んだ。
変な感じだ、と思った。
居心地が悪いわけじゃなかった。むしろ——なんか、ここにいていい気がした。お姉様の部屋なのに。
一時間くらいしてから、図鑑を閉じた。
「お姉様」
「なに」
「また来てもいいですか」
お姉様は本から目を上げた。それからまた本に目を落として、
「好きにしなさい」
と言った。
今まで聞いた中で一番やわらかい声だった、と思った。




