家族
ライシスとアレンが出会うより少し前の、カー君のお話。
ノックもせずに扉をあける無礼の代名詞な先輩。
「たっだいま~!」
他人の家に上がり込むと言うのに、厚かましすぎやしませんか?普通はこう言うべきでしょう。
「お邪魔します」
「カーヘルよぉ、遠慮し過ぎだぜ」
「そうだよ~。カー君。礼儀も過ぎ足るはなお、及ばざるが如しだよ~」
何故に、ニーセさんではなく、自分が攻められるのか分からない。ここの家主も礼儀をわきまえ無い人だからでしょうけど。
「カーヘル、せっかくの壮行会なんだぜ。パァ~とやろうぜ!」
どちらかと言えば僕たちは壮行される方。しかも、壮行を手放しで喜べる仕事でも無いでしょう。シーベルエにこそこそと入って、泥棒の真似事をするなんて。あまりにも気が進まない。
「あっ、ニーセお姉ちゃん。カー君も」
何故、ニーセさんにはお姉ちゃんが付いて、僕はお兄ちゃんではなく、略称君付けなのか?ニーセさんの教育の賜物です。
「ミシャちゃ~ん。我が可愛き妹よ~。逢いたかったよ~」
自室から顔を出した上でニーセさんに飛び付く隊長の愛娘。ニーセさんに抱き抱えられて、素直に撫で回されている。貴女の妹では無いでしょうに。
「よしよし、良い子だ。ミシャちゃんはニーセお姉ちゃんみたいに、素敵な女性に絶対なるよ~」
「人の娘を間違った路に踏み込ませるなよ」
笑いながら、椅子に腰を下ろす隊長。久しぶりに隊長がまともな指摘をした。確かに自分の娘がニーセさんみたいになったら、父として苦労が絶えないでしょう。
「アラッ。タイミングが良いわ。ちょうどメインディシュが焼き上がったところ。直ぐに準備するからね」
「あっ、教官、手伝いま~す」
五人で囲むには少々狭いテーブルに皿を並べ始めるルーシャさん。ニーセさんがミシャちゃんを放して手伝い始める。僕も何かした方が良いでしょうか?
「カーヘル、まぁ座ってろ」
手持ちぶさたな僕は進められた椅子に座るが、落ち着かない。隊長の家には何度かお邪魔しているけど、やはり何かが慣れない。この狭いダイニング。高価な物など飾ってある訳でも無く、眼を逃がすのは生活感のある家具ぐらい。これが庶民の家庭的な家ってものなんでしょうが、貴族出の僕には不思議な空間でしかない。
「ヨイショ」
僕の膝に感じる感触。ミシャちゃんが笑顔を向けながら、可愛い掛け声を掛けながら、僕の膝に登ろうとしている。前に僕の膝に座らせてから、気に入ってしまったのか、僕が隊長の家に御呼ばれした時のミシャちゃんの特等席となってしまった。だから、今回も脇下を抱えあげてから座らせてあげる。この手際にも、なれてしまった。
ミシャちゃんにはご満足頂けたようだ。隊長もミシャちゃんを眺めながらご満悦。
「また、ミシャちゃんはカー君の元へ~。お姉ちゃん、悲しいよ~。カー君、私のミシャちゃんを返して~」
僕の正面の席に座り笑顔満面で嘆くニーセさん。貴女のものじゃありません。ミシャちゃんは賢いから、貴女よりも僕の方が正しい大人であるという事を分かっているのですよ。
「あら、またカーヘル君ところに。ミシャは本当にカーヘル君が好きね」
ごめんなさいね。と続けて謝るルーシャさん。僕は別に構いませんよ。純粋で素直なな子供は嫌いじゃない。誰かさんと違ってね。
「うん!カー君、大好き!ミシャねぇ、大きくなったら、お父さんかカー君と結婚するんだ」
こういう問題発言をサラリとしてしまうのも純粋な所作で。
「全くカー君は相変わらず手の速い事で~。どうしますぅ教官、ミシャちゃんが悪い男に引っ掛かちゃいましたよ~」
水を得たようにニーセさんが言う。女たらしみたいに言わないで下さいよ。
「あらあら、カーヘル君。ミシャを捨てたりしたら駄目だからね~。しっかり頼むわね?それにしても、ドーヌ家の跡取りを射止めるなんて、玉の輿じゃない?やるわね、ミシャ」
クッ、そうだった。ここには、ニーセさんの歪んだ性格を形成させた一因もいらっしゃる。ニーセさんだけでも、強敵なのに。隊長、助けて下さい。
「まぁ、そういう話はミシャにゃあまだ速すぎるぜ」
さすがは溺娘家です。その通りですとも隊長。貴方はやはり僕の心強い隊長です。
「なぁ、カーヘル。俺の命(娘)を奪うってんなら、てめぇの命を奪われる覚悟は出来てんだろうな?」
お父さん、出来ていませんし、僕には貴方から、命を奪う覚悟は一生出来そうにありません。そんな真剣な眼で見ないで下さい。
「エ~、お父さん遠くにお仕事に行っちゃうの?」
僕から父の膝に移り、父の顔を見上げるミシャちゃん。
「あぁ、そうだ。今度はちょっと長く帰って来れない。良い子にしてろよ」
隊長は大きな手でミシャちゃんの髪の毛を崩す。
「シーベルエに戦争を仕掛けるの気かしらね?私にも復軍召集が来てるし」
ルーシャ・ラベルグ。現ガンデア軍最強最凶の魔術師で、獄炎の魔女と謳われる人物。テンゴル領の違法な地方税に耐え兼ねた農民の起こした争乱。本来、テンゴル側の要請で派遣された彼女が、農民代表に肩入れをし、テンゴル卿邸宅の壁門を吹っ飛ばし、テンゴル卿に減税を脅しと共に認めさせる仲介をした人物。見事に争乱を治めた彼女は、テンゴル領領民からは救世主と仰がれているが、軍はあまり良い顔はしていない。
しかし、魔法においてはガンデアで抜きに出る者が居ない彼女を野放しにすれば、何をするか分からないと言う事で、前線から軍学校の教官へと更迭された。上層部の思惑としては、彼女の魔法能力を受け継ぎ、尚且つ彼女より従順な兵の育成も目的の一つだったと思う。
ニーセさんを見れば、そんな思惑など、ぶち壊しているのは良く分かるが。
「まぁ、侵略行為をやれって言ってるんだ。そうだろうよ。上の方では、既にシーベルエに対抗出来る兵器を得たのか、それとも、また魔王でも召喚しようとしているのかだな。どっちにしろ、禄な事じゃねぇな」
僕たちはその禄じゃない事の片棒を担ぐのか。魔王の召喚なんて馬鹿な事を再び考える事は無いと思うけど、何せ、魔王の剣絡みの仕事ですからね。
「カー君、仏頂面をしないの~。お仕事だよ~?」
「そうだ、仕事をして、給料が入る。汚い仕事が入りゃあ、汚い仕事をやる。そうやって生きる為に食っていくだよ、俺たちは」
隊長の言う俺たちには、僕も入っているのだろう。でも、僕には分からない。汚ない仕事をしなくても、食べていける地位があるから。隊長みたいに汚ない仕事までして、養わなければいけない存在も僕には居ない。
ミシャちゃんが欠伸をしたので、ルーシャさんに運ばれて退室。
「カーヘル、お前はドーヌ領を継ぐんだろ。国の為に、領民の為には御立派な事だ。でもな、俺はな、俺の家族の為ならば何だってやるぜ。それが俺の守れる者だからよ」
でも、僕にはそれは小さなものにしか見えないですよ、隊長。
「でも、国があってこその家族じゃないですか?国が倒れれば、一族も倒れますよ」
隊長が笑う。とても楽しそうに。
「だから、家族を守る為に国を守ってんだよ。俺は」
勤務に不真面目な隊長が言うと嘘臭く聞こえてしまう台詞。この人は、ガンデアなんて眼中に無いんだ。家族を守る事だけの小さな人物。
「あなた、荷物ここに置いとくわね」
「おぅ、ありがとう。愛してるぞ」
「うん、私も愛してる。明日から気を付けてね」
リュックを持って来たルーシャさんに少し上機嫌な隊長。部下の目の前で、愛を囁かないで下さい。しかも、軽い口付けまで。こっちが照れますよ。
「ニーセもしっかりね。絶対ここに帰って来るのよ。後は、せっかくシーベルエに行くんだから、良い男を釣って来なさい」
「エ~、私にはカー君が居るから良いよ~」
「そんな事を言ってると何時までも結婚出来ないわよ?私みたいに美人なのに何で嫁の貰い手が付かないのかしら」
貴女の譲りの性格が最大の問題なのでは…。多分、何処かにニーセさんの性格に対抗出来る、隊長みたいに大雑把な人が居ますよ。
「それから、カーヘル君。凱旋会も家でやるからしっかり帰って来るのよ。シーベルエの女の子に悪戯しちゃ駄目だからね?」
「そうだよ~。カー君。私やミシャちゃんを侍らして起きながら、無垢な女の子を更なる毒牙に…」
「そんな事は断じてしません!」
一人の相手でも大変なのに、二人同時なんて荷が重すぎます。誰か他にニーセさんに弄ばれる対象が欲しいところですよ。隊長、煙草吸ってないで助けて下さいよ。
「皆、ちゃんと戻って来てね」
ルーシャさんが真剣な顔付きになる。隊長、僕、ニーセさんの顔を見ながら。
「また、家族みんなでこんな食事がしたいわ。だから、頑張ってね。お父さん?」
「あぁ、まぁ、でっかい娘や息子は任せておけって。ミシャをしっかり頼むぜ」
でっかい息子とは僕の事なのだろうか?僕は何時からラベルグ家に組み込まれたのか?ニーセさんは既に当人了承済みのようだけど。
大雑把で力押しな父、美人で聡明で少々お茶目な母、根は優しいのだけど少々底意地の悪い姉、年が離れていてお兄ちゃんっ子な可愛い妹。そして、真面目な青年である僕。
とても騒がしい家族になりそうだ。僕が精神的に過労死しそうだ。でも、それほど悪くはなさそうだ。
この任務が終わったら、ここでこの人達と凱旋会か。そう思うと、嫌な任務が不思議と頑張れる気がする。
早い所、魔剣ペグレシャンを奪い、ここに家族みんなで集まりたいと思ってしまう。
僕は、隊長が国なんかどうでも良いから家族を守りたい気持ちを、少しだけ知れたような気がした。