それは降り積もった雪よりも
しいなここみさま主催『冬のホラー企画4』参加作品になります。
キーワードは『魂』『体温』です。
2026年1月4日、かぐつち・マナぱさまのイラストを挿入させて頂きました。
ひとりの中年男が激しい呼吸を繰り返しながらも雪の中を進んでいた。
彼の呼吸よりももっとずっと激しい冬の嵐が大気を、雪原を掻き乱している為、彼の方向感覚はとっくの昔に失われており、それどころかこの山道を登っているのか下っているのかすらも解らなくなっていた。
――遭難である。
その状況は最悪としか言いようがない。
スキー場のコース外へ大きく外れた場所は周囲に何の目印もなく、同じ様な風景がひたすらに続いていた。 ましてや今では10m先も視認できないほどの猛吹雪である。
幸い防寒性の高いスキーウェアだ。 手袋も帽子もそれなりに厚手。
ただあまりにも風が強い為、スキーは脱ぎ捨てていた。 雪に埋まらないのは利点だが余りに強い風に押されて進みたい方向に進めなくなっていたからだ。 何せ風に押されて危うく崖から落ちそうになったのだから笑えない。
彼はこんな場所に来てしまった過去の自分を怒りを覚えながらも、何とかこの吹雪から身を隠せる場所を探し続けた。
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彼は詐欺師だ。
今流行の、手を変え品を変えて行う、電話起点の詐欺行為。
その元締め、という訳ではないがそれなりに『上』にいる彼は、それで得た金を使い豪遊していたのだ。
特に今回の仕事では億に至る金を稼ぐ事が出来た。 彼自身の手取りも一千万単位である。 ならばそれを使わない手はなかった。
それで彼は散々飲み食いをし、クラブで遊び呆けた後は、のんびりとスキー旅行に来ていたのだ。
白銀のゲレンデの雪質は正にパウダースノー。 ごった返すリフト乗り場には辟易とするが、それくらいなら目くじらを立てるまでもない。
ただ、ナンパが不思議と上手くいかず、二日間で戦績が0という体たらくであった。
何故か女達が悲鳴を上げて逃げ出すのだからどうしようもない。
それでふて腐れた彼は、人のいないコース外の立ち入り禁止エリアに入り込んだのだ。
女で楽しめないなら、スキーだけは好きなように滑らせて貰おうと、勝手な理屈をつけて。
そして彼は遭難した。
コース外と言ったところでそう何㎞も滑った訳ではない。 勿論迷うような場所でもないし滑落した訳でもないのに、彼は方向を完全に見失っていた。
滑走したスキーの跡は振り返っても見つけられず、スマホのアンテナは立たないまま。
真っ白い山の中、森もなく林もなく、ただ雪だけが見える周辺。
街は見えない。 人工物が見えない。 まるで極地にでも立っている様な白の世界だ。
(ヤバいな)
素直にそう思う。
風が出てきて雪が舞い上がる。
人工物どころか森も林もなく、つまり身を隠せるモノがない。
パウダースノーはかまくらを作るには向かず、無理に作ったとしても風に散らさせてしまうだろう事は想像に難くない。
方向も何も解らないまま、進むしか道はないのだ。
¢ ¢ ¢
「まどか、さっきスゴい悲鳴上げてたけど、なにかされたの!?」
一緒に来ていた翔子が声を掛けてくる。
今日は製菓科の友人達との卒業旅行だ。 友人達とは言っても内定の決まった女4人だけの小旅行。 友人の半分は今も就活中なのだ。
「ちょっと、随分顔色が悪いわよ? 何があったの!? 痴漢!? 変態!? 変質者!? 露出狂!? それ以上!?」
詰め寄ってくる翔子。 心配性の彼女に余計な事は言いたくないけど、アレはこちらに害の及ぶようなモノではなかった気がする。
「あたし……」
うん、言ってしまおう。
「うん、どうしたの?」
小さな子どもにそうするみたいに顔を寄せてくる彼女。 まつげ長いなあ。
「あたし、見ちゃいけないものを見ちゃったかも!」
ちから強く言ってみたけど翔子の反応はパッとしないモノだ。
「……見ちゃ、いけないもの? なにそれ?」
「さっき、二十代くらいの人に声を掛けられたんだけど……その人の後ろに、青白い顔をしたおじいちゃんとか、骨みたいに細ーいおばあちゃんとか、恰幅はいいんだけど目が血走ってるおばちゃんとかが、他にもたくさんいて……。
多分あのヒト達、みんな死んでる……」
そう言うと、翔子はあたしを抱き締め、辺りをキョロキョロしだした。
あ~、これは恐がってるわ……。 翔子ってこういうの苦手だったっけ?
「な、何それ!? いるの? どこにいるの? どこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこどこ?」
ドラミングかな?
あたしにしがみつきながら言う翔子の背に手を回す。
「いないってば。 さっきの人に憑いていったから」
翔子を落ち着かせながらあたしは考える。
あんな数の人の魂を……ううん、怨霊を連れて歩くなんてちょっと普通の人とは考えにくい。 多方面に恨みを買って、それで死者まで出してるなんて一体何をした人なんだろう?
願わくば、お近づきにはなりたくないなあ……。
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寒い…………体温が根こそぎ奪われていくのが解る。
ウェアの表面の雪が霜のように固まり、動く度に高い音を立てて砕けた。
――まだ動けている
――まだ動いている
一歩ずつ前へ進む。 そっちが『前』なのかどうかすら今の俺には解らないが、それでもこんな場所で野垂れ死ぬなんてゴメンだ!
大金をせしめて、遊んで、これだけ楽しかったんだ! これからも楽して暮らすんだ!
顔の表面が、僅かに外気に触れる部分が凍り付いていく。
手袋で払う氷が更に纏わり付いてくる。 意思があるように、生きているように、纏わり付く。
――まだ生きている
――まだ死んでいない
急激な突風にバランスを崩した俺は大きく転がった。 二度三度と回転した拍子に帽子とゴーグルが吹き飛んでいく。
「――ゃ……べ……!」
もう声も出ない。
立ち上がろうとした俺の顔を雪が、氷が覆っていく。
ピキピキと、音を立てて凍っていく。
目が凍ったのだろうか? 隅の方から、白く白くなっていく視界。
狭くなっていく視界の中、薄らと見えたのは見覚えのない誰かの顔 顔 顔……。
――死ね
――死ね
――死んで償え
――地獄に堕ちろ
聞こえてきたのは恨みの声、怨嗟の念。
深く、深く降り積もった、嘆きと憎悪の怨。
ストレートすぎたかなあ……。
まあいいか。 完全懲悪完全懲悪。(誤字にあらず、というかワザとよ)




