はじめてのおみやげ
日曜日。
父の部屋で遺品を整理していると机の引き出しから青いクリアファイルが出てきた。
折り紙だろうか。中を見ると赤い紙の切れ端が一つ入っていた。
「なんだろう、これ」
ゴミみたいだし捨ててもいいかな。そう思ったが、一応リビングにいる母に確認することにした。
「母さん、これ何か分かる?」
母は料理する手を止めて僕の方を見た。
僕の手元を見た途端、その目は懐かしそうに細められた。
「ああ、あなたのはじめてのおみやげよ」
「はじめてのおみやげ?」
この紙の切れ端が?
意味が分からなくて首を傾げる僕に母は楽しそうに話し出す。
僕が3歳の時のこと。
出張から帰った父がお土産を買ってきてくれた。
それは今でも売っている東京のよくあるお菓子だったのだけれど、僕はとても喜んだのだそうだ。
「これ、なあに?」ときく僕に母は答えた
「お父さんのおみやげよ」
「おみやげってなあに?」
「遠くに行った時に大切な人やお世話になっている人にあげるものよ。おいしいもの、きれいなもの、すてきなものをちょっとだけその人に分けてあげるの」
僕は目をキラキラさせてその話を聞いていたらしい。
次の日のこと。
その時、僕は電車ごっこにはまっていた。
お気に入りは自分でマジックでお絵描きした段ボールの電車。
そこに入って「がたんごとん」と色んなところに行っていた。
おじいちゃんおばあちゃんの家に行ったこともあったし、テレビで見た外国に行ったこともあった。行き先は無限大。母は微笑ましくその光景を見守っていたそうだ。
その日も幼稚園から帰ってきた僕は「がたんごとん」とどこかに出発した。
母は洗濯物をたたみながらその姿を見守った。
しばらくぐるぐると家の中を回っていた僕は言った。
「つぎは〜うみのなか〜うみのなか〜」
あら? 海の中?
母は手を止めて僕を見た。
電車は停車し、僕は降りた。
泳ぐような仕草を見せるとふと止まって上を見た。
「ふふふ」と笑うとおもちゃ箱へとかけ出した。
赤い折り紙の端をビリッと破るとまた電車に乗って「がたんごとん」と出発した。
戻ってきた僕は大切にそれを握っていた。
「それなあに?」
尋ねる母に僕は楽しそうにくすくす笑った。
「ないしょ」
その夜。
仕事から帰った父を僕たちは玄関で迎えた。
「まだ起きてたのか」
驚く父に僕は眠そうに目をこすりながら言った。
「おとうさん、これ、おみやげ」
「おみやげ?」
小さな手を差し出されて、父はあわてて両手を差し出した。
その手から赤い紙の切れ端がひらりと落ちた。
「これは?」
尋ねる父に僕は得意げに言った。
「きょう、うみのなか、いってきたの。うえみたらにじがあってね、きれいだったから、もってかえってきた。これね、にじのかけら」
「虹のカケラ?」
渡して満足したのか僕は大きくあくびをした。
「おかあさん、ぼく、ねむたい」
「そうね、寝ましょうね」
もう限界を迎えた僕は母に抱っこされながら寝室へと向かった。
母がリビングに戻ると父がスーツ姿のまま、ソファーに座ってジッと僕のおみやげを見ていた。
母に気付くと困ったような顔でこちらを見た。
「母さん、これ、どうしたら一生持っていられるかな」
母は笑った。
嬉しくてたまらない。
でも、小さな紙の切れ端、それはすぐに消えて無くなってしまいそうだった。
本気で困っている父に母は思いついた。
「ここに入れておく?」
そう言って母が取り出したのは青いクリアファイルだった。
「ああ、いいね、ありがとう」
父は受け取ると壊れ物のようにそっと切れ端をその中に入れた。
そうして、クリアファイルを蛍光灯にかざして見上げた。
「海の中にいるみたいだね……」
そう言って幸せそうに笑った。
僕がおみやげを持って帰ったのはその日だけだった。
たぶん子どもの気まぐれだったのだろう。
でも、父は僕があげたおみやげをずっとずっと大切に持っていた。
晩酌をしている時に不意に机から取り出して、この場所で見上げていたこともあったそうだ。
「だから、捨てちゃだめよ」
母が微笑み、僕は思い出を噛み締める。
「捨てられないよ」
父の姿を想像しながらソファーに座って青いクリアファイルを蛍光灯にかざしてみる。
海の中で小さな虹のカケラがひとつ浮かんでいる。
父の見た景色がそこにはあった。
もし、ここにあなたがいたらどんな顔をするだろう。
笑うだろうか、とぼけるだろうか、恥ずかしがるだろうか。
父がいなくなって少しの時が経った。
泣き叫ぶほどもう僕は子どもではない。
でも、今、あなたがここにいればいいのにと。
そんなことを思ってしまった。




