1章-1話 神話級*お茶と黒棒!?
「ついにこの日が来た!!」
高鳴る鼓動。
胸の奥から熱が突き上げ、呼吸が浅くなる。
こんなにも胸が高鳴るのは、小さい頃初めて買ってもらった、ピカピカの自転車以来かもしれない。
いや――あの時以上に俺は興奮している。
期待で喉が渇く。落ち着かせようとしても、逆に心臓は早鐘を打ち続けた。
ワクワクとドキドキが止まらないまま、中古のカプセル型VR機に身を預ける。
金属の冷たさと、ほのかな油の匂いが鼻をかすめる。古さを感じるのに、それが俺らしくもあり、頼もしい。
「中古の機械はバグが出たりするって、噂もあるけど――」
「中古の中でも、1番高い機体を買ったんだ、問題は無いはず。大丈夫さ」
カプセルが起動する。
《ワールドビルダーへようこそ》
《生体をスキャンします》
視界が光に満たされ、身体が浮かぶような感覚が広がる。
《性別を選択》「男」
《年齢を選択》「20代」
《現在の職業》「無職」
《名前を設定してください》
「でぃすらないと」
《ディスラナイト……登録完了》
《キャラメイクを……》「パス」
《深層心理テストを行います》
回答――――解析中。
《เหจวเขขจาลมชา่จบอเจ》
「まさか、バグか?」
ため息が少し出てしまう、どんなに高くても中古は中古なのか――。
《ここは自由な世界。アナタの思うままにプレイして下さい》
《それではワールドビルダーをお楽しみください》
---《ログイン》
一瞬、眩い光に包まれ、次に目を開けると――西洋風の街が目の前に広がっていた。
石畳は朝日に反射し、木の扉や尖塔が連なる街並みが鮮やかに広がる。現実では絶対に嗅げない、蜜のように甘い花の香りが漂ってきた。
---《始まりの街》
「おお…すげぇ」
「マジでリアルだ、温度も匂いも感じる」
「五感の全てを感じるって話、本当だったな」
足先に感じる石畳の硬さまでもが、本物以上にリアルだった。
ドン!!「うわっ!?」
「邪魔だろうが!!」「絶対この辺にいるよ」「武士みたいな格好をしてるはず」
慌てて誰かを探している集団にぶつかり、尻もちをついてしまう。
「いてて……。さっさと職業適性を受けに行こ」
---《始まりの街*表通り》
表通りに足を踏み入れて街を歩く。
露店から漂うスパイスの香りや、人々の笑い声が一気に押し寄せてくる。
職業適性所では、初回ログイン時にした深層心理テストを元に、自分の適性が知れる。ただの適性だから、その職業にならなくてもデメリットはない。
「適性か…勇者とか英雄とか出ちゃったりして!?」
「まぁどんな職業でも、朝のニュースの占いぐらいのモノ。ゲーム誌にそう書いてあったけど、期待はしてしまうよな」
---《表通り*職業適性所》
「ようこそ。職業適性所へ」
AI搭載のNPCが迎えてくれる、ワルビルではアンクと呼んでいる存在。
「おお!アンクがいる」
エルフのアンク!!
「適性を見て貰えますか?」
「かしこまりました、こちらの水晶に手を置いてください」
水晶に手を置く。
ゆっくりと淡く光、文字が出てくる。
《เหจวเขขจาลมชา่จบอเจ》
《เหจวเขขจาลมชา่จบอเจ》
これログインの時にも出たやつだ。
「……あの、これは」
エルフに聞いてみる。
「もう一度やってみましょう」
水晶に手をかざす。
《เหจวเขขจาลมชา่จบอเจ》
「ダメ……っすね」
苦笑いしか出ない。
「これは、占いみたいなものですし!!あっ職業訓練校に入校するとかも適性わかりますよ!!」
困ったように眉を寄せつつも、優しい声でフォローしてくるのが妙にリアルだった。
「ちゃんとフォローしてくれるんだな」
感情とか表情や語彙力がほんとリアルで、思わず呟いてしまう。
「入校料って100万ギルじゃなかったっけ?」
エルフは苦笑いしながら首を傾げた。
「とりあえず向かってみるか」
---《始まりの街*表通り》
なんとか100万ギル稼げる方法、なにかないかと唸りながら考える。
ワルビルの世界で1ギル=1円なので、入校料は現金100万――。
貧乏人の俺が今すぐどうこうできる金額じゃない。できることをやろう。
「……初回ログインボーナスで貰えるBOX開けてみるか」
良いアイテムを手に入れて、モンスター狩りまくって、金策するしかない。
胸が再び熱を帯びる。チャンスはここしかない、と直感が告げていた。
BOXからは様々なアイテムが出る。
神話級の武器、レジェンド級のスキル、当たりが出れば一気にランカーの仲間入りになる。
「頼む!!一生分の運を今、使うぜ!!」
《ランダムBOXを開けますか?》「開ける」
金色の光がBOXから溢れる。
「この光は神話級で間違いない!!!」
周囲の空気まで震わせるような、まばゆい黄金のエフェクト。視界が光に呑み込まれる。
〖神話級*お茶〗
「は?」
身体が震え白目を剥いてしまう。
BOXから出たペットボトルのお茶が、足元に転がってくる。
ゴロン、と鈍い音がやけに響き渡り、心臓を冷水で打たれたような気分になる。
周りがザワザワと騒ぎ出す。金エフェクトが街中で出たら、ザワついてしまうものだ。
「なんで……お茶なんだよおおおおお!!」
(金エフェそれはで笑うww)
(メシウマすぎwww)
(ゴミ乙wwww)
周りの心の声が聞こえてくる、恥ずかしくて耐えられない、早くここから立ち去ろう。
---《始まりの街*裏通り》
「一生分の運を使って……お茶」
裏通りに逃げるようにはいり、暗がりの片隅に座り込む。
湿った石壁に背を預けると、冷たさがじわりと服越しに染み込んでくる。賑やかな表通りの音もここまでは届かず、孤独だけが濃くなった。
「RMT市場に流して、少しでも金に変えるか」
「コレクターとかいるるかもしれないし。ふぅ…まぁ後で考えよう」
重い腰を持ち上げて、メイン通りに戻り、街を眺める。
---《始まりの街*表通り》
宿屋、武器屋、防具店、装飾品店――。
様々な看板がずらりと並び、みんな楽しそうにゲーム満喫している。
笑い声と鉄のぶつかる音が入り混じり、どの店からも活気が溢れている。そんな光景に自分だけが取り残された気がした。
「あっ!鍛冶屋は新規プレイヤーには武器作ってくれるんだっけ」
辺りを見回して、目に付いた鍛冶屋に入る。
---《表通り*鍛冶屋》
「あの~」
「いらっしゃい!!」
「新規なんですが、武器を――」
ドワーフのアンクは会話を遮り話し出す。
「あんちゃんだろ?さっき金エフェ出したの!なのになんで鍛冶屋くるんだよ?」
アンクなんだから、そんな質問しないでくれ
「それが――」
話を聞いて大笑いするドワーフ。
「あんちゃん一生分の運を使って」
「お茶って、ガハハ!おかしくてしょうがねーよ!!」
そんな笑わなくてもいいだろ、アンクのくせに。
「よっしゃ!あんちゃんにはよ、俺が一生分の鍛冶運で作った武器をやる!」
「マジっすか!?」
ドワーフは店の奥に行き布に包まれた何かを持ってくる。
――ドン!!――それをテーブルに置いた。
「世界で一番硬い鉱石、神話級*鉱石バグラニウム!!」
――バサッ――布をめくるドワーフ。
「神話級!?」
ドワーフが腕組みしながら話し出す。
「そいつで作った黒い棒だ!!ガハハ!」
「……棒」
「おうよ!硬いだけの黒い棒だ!」
「期待した俺がバカだったああああ!!」
膝から崩れ落ちてしまう。
店内の鏡に映る自分の情けない顔が、やけに鮮明に見えてさらに惨めになる。
「これだけ硬けりゃドラゴンが踏んでも折れないってもんよ!!折れないってのは最強の証だぜ?ガハハ!」
俺はドワーフにお礼を言い、黒い棒――黒棒を背負い鍛冶屋を出た。
---《始まりの街*表通り》
気さくで豪快なドワーフだけど、なぜかバカにされた気分を感じながら街を散策する。
「折れないのが最強とかやっぱ意味がわからん」
背中の黒棒がずしりと重く、歩くたびに存在感を主張してくる。
「なんにせよ、武器?は手に入れたわけだし、街を出て、狩りをして、金策する」
「色々考えるのはそれからにしよう」
---《始まりの街*東門前》
「ご新規ですか?」
門兵が尋ねてくる。頷きながら答える。
「はい」
「では、注意事項をお伝えします」
「初心者エリアでも亀裂は発生します」
「亀裂を見かけたら近寄らないように!」
「HPが0になるとキャラは消失します!!」
「はい」
俺は思わず唾を飲む、キャラ消失は嫌すぎる。
喉の奥がきゅっと縮み、背筋に冷たい汗が流れた。
---《初心者エリア》
初心者でも狩れるゴブリンを探しながら、五感でワルビルを堪能する。
風が心地よく髪を撫で、太陽の暖かさに包まれながら、花の香りが心を豊かにしてくれる。
「出だしが悪くなければ最高なのにな」
そう呟いた時――。
「ギャギャギャ!!」後ろから濁声が聞こえた。
振り返ると血に汚れた鉈を肩に背負い、俺をナメるように見つめているゴブリンがいる。
「初戦闘、緊張」黒棒に手を回す
ゴブリンが勢いよく走り出してくる!!
足が地面に縫いつけられたように動かない。心臓が耳の奥で暴れ、視界の端が揺れる。
後ろに下がりたいのに、震えて足が動かない。ゴブリンが勢いよく、鉈を振り下ろす。
かわせない!!!!
思わず手を前に出し鉈の柄を掴む。
ガシッ!!お互いが鉈を押し合う!!
「んぎぎぎ…このやろお!!」
「グギャギャ!!!」
汗が額から流れ落ち
互いに食いしばりながら踏ん張り合う。
「なんで!ゴブリンのくせにぃ!こんな力が強いんだよおお!!」
「アイスランス」
後ろの方で声を感じたと思ったら、ゴブリンの頭上に氷の氷柱が生成されていく。
【アイスランス】ズドンッ!
氷柱に頭を貫かれたゴブリンは、凍りつき消失した。
白い霧が弾けるように消え、残された静寂に鼓動だけが響いた。
俺は力が抜けて、その場でしゃがみ込む。
「助かった」「大丈夫?」
魔女っ子の姿の少女が声をかけてきた。
「あ、ありがとう」
「もしかして横取りしちゃった?」
「いやいや。マジで助かった」
「良かった!アナタは名前?」
「ディスラナイト」
「ねぇもしかして初心者?」
「初日ッす……」
魔女っ子はとんがり帽子の鍔を触りながら
目を細めて言う。
「あー勢いでフィールドに来たタイプだ」
「うっ。ギルを稼ごうと」
ジーッと睨む魔女っ子。
「しょうがない!この私が少しだけレクチャーしてあげよう!」
「ワルビルではね、現実とリンクするATMがあるのよ」
「ギルがなくても、それでギルは手に入るの!」
「え……」
呆れた顔をする魔女っ子。
「当たり前でしょ?RMTが認められてるゲームよ?ATMくらいあるわよ」
「あとね、フィールド狩りは職業訓練でLv2にしてから。初回アカウントなら恩恵でスキルが手に入るから」
「やらかしまくってるな俺」
「1回ログアウトして初心者育成指南ってググるといいよ!」
魔女っ子はそう言うと、いたずらっ子のような笑顔を見せて、ホウキに乗りどこかへ飛んでいった。
風圧で草がざわめき、残り香のように甘い匂いが鼻をかすめる。
俺はゴブリンに出くわさないよう街に戻り、一息ついてから、一度、ログアウトすることにした。
背中の黒棒がカツンと鳴り、今日の出来事すべてが夢ではなかったと教えてくる。
---《ログアウト》
--- 1章-2話へ続く
---【毎週金曜21~22時頃更新!】
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