表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/24

18話「お買い物」

「白狼、今日の予定、覚えてる?」


夏休み初日の朝。

台所から聞こえたその声に、俺は寝ぼけた頭を軽く振って覚醒する。


「もちろん。ゆめタウン光の森だろ」

「……ならいいわ」


いつも通りクールな声のくせに、朝から髪を丁寧に整えて、うっすらピンクのリップまで塗ってる月猫

どう見ても“ちょっと買い物”の格好じゃない。


「……おしゃれだな」

「別に、普通よ。外に出るだけ」

「いや、普通じゃないと思うけど」

「……うるさい」


頬をほんのり染めて横を向く姿は、もう完全に“出かける前の彼女”だ。

俺はそんな彼女を見ながら、心の中でニヤリと笑った。


ゆめタウン光の森は、夏休み初日だけあって人が多い。

子ども連れ、カップル、友達同士――にぎやかな声とショッピングバッグの音が響く中、俺たちは人の流れに合わせて歩いていた。


「最初はどこ行く?」

「服を見たい。……白狼のも」

「俺の?」

「うん。センス、見てあげる」

「なんか上から目線だな」

「当然でしょ。私のほうがセンスあるし」


淡々とそう言いながら、月猫は俺の袖を軽く引っ張った。

その距離感は、以前よりも確実に近い。


ファッションフロアに入ると、クーラーの涼しさと香水の匂いが混ざって漂う。

月猫はすぐにレディースのコーナーへ。

俺はというと、待っている間、彼女の後ろ姿を眺めていた。


鏡の前で服を合わせる彼女は、いつもより少しだけ柔らかい表情をしている。

クールな印象が薄れ、どこか年相応の女の子に見えた。


「白狼、これどう?」

「似合ってる」

「即答ね。……ちゃんと見てる?」

「見てるって」

「ふーん……ならいいけど」


一瞬、月猫の口元がわずかに笑った気がした。

その小さな変化を見逃さないのが、最近の俺の得意技だ。


「次、メンズ見よっか」

「俺の服も見てくれるの?」

「仕方なくね」


そう言いながらも、彼女は俺の肩に軽く手を添えて、コーナーへと導く。

心臓が跳ねる。

こんな自然なスキンシップができるようになったのが、なんだか不思議だ。


「白狼は黒系が多いから、たまには明るい色もいいと思う」

「たとえば?」

「……白のシャツ。少しラフに着こなして、袖をまくって」

「なんか、妙に具体的だな」

「イメージあるの」


その“イメージ”とやらが、どうせ俺の姿なんだろうと思うと、頬が熱くなる。

月猫はそんな俺をチラリと見て、小さく笑った。


「顔、赤い」

「うるさい」


服選びを終えて、次はゲームセンターへ。

昼過ぎの店内は人が多く、明るい音楽と電子音が混ざって響いている。


「白狼、あれ取って」

「どれ?」

「このぬいぐるみ」


クレーンゲームを指さす月猫。

いつもクールなのに、こういうときだけ少し子どもっぽくなる。


「よし、見てろ」

俺は慎重にアームを操作し、ぬいぐるみを掴む。

……が、途中で落下。


「ふふっ」

「笑うな」

「かわいい」

「どっちが」

「……ぬいぐるみ」


ツンとした口調で笑うその顔が、もうずるい。

再挑戦してようやく取れたとき、月猫は小さく「ありがとう」と言って受け取った。

そして――ほんの一瞬、俺の指先に彼女の指が触れる。


「……」

「……」


無言。

だけど、その一瞬の沈黙が、まるで何かを伝えてくれるようだった。


その後は映画コーナーへ。

ポスターを眺めながら、月猫が言う。


「この恋愛映画、気になってた」

「意外だな。そういうの観るんだ」

「……興味はあるけど、一人じゃ行きにくいでしょ」

「じゃあ、一緒に行くか」

「いいの?」

「もちろん」


言葉に出した瞬間、彼女が少し驚いたように目を丸くした。

そして――ふっと笑う。


「……じゃあ、約束」


その小さな笑顔だけで、今日来てよかったと思える。


フードコートに移動して、昼食をとる。

テーブルを挟んで向かい合う。

月猫はサンドイッチを手に、時々俺の方を見て笑う。


「白狼って、食べるとき静かよね」

「うるさいな」

「ふふっ。悪口じゃないのに」


彼女の笑い声が、カフェよりも少し柔らかく響く。

こうやって外で笑い合えるようになったのが、なんだか夢みたいだ。


食後、雑貨店をぶらぶらしていたとき、月猫が小さなストラップを手に取った。

「これ、白狼に似てる」

「猫のキーホルダー?」

「クールで、気まぐれ」

「……褒めてる?」

「たぶん」


俺も負けじと反撃する。

「じゃあ、こっちは月猫に似てるな」

「え?」

「ウサギ。見た目おとなしいけど、意外と甘えん坊」

「……」

月猫は一瞬黙ってから、ストラップをそっと棚に戻した。


「……じゃあ、交換しよ。猫とウサギ」

「いいのか?」

「別に。記念よ」


レジを出たあと、月猫が小さく呟く。

「……今日、来てよかった」


夕方の光が店のガラスに反射して、彼女の横顔を淡く照らす。

その表情を見て、俺は確信する。

――この夏、きっと忘れられない日が続く。


ゆめタウンを出る頃には、空はオレンジ色に染まっていた。

駐車場を歩く二人。肩は触れないけれど、距離は近い。

時折、風が吹くたびに彼女の髪が揺れ、甘い香りがふわっと届く。


「白狼」

「ん?」

「次は……海、ね」

「おう」

「日焼け止め、忘れないで」

「母親かよ」

「義姉でしょ」


小さく、照れ隠しのように呟いたその言葉が、夏の夕風に溶けて消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ