16話「結果発表」
春の風が校庭を抜けていく。いつも通り机に向かいながら、心のどこかで緊張していた。期末テストの結果が掲示される日。それはただの数字ではなく、日々の努力や友情、そして少しの焦りが詰まった物差しだ。
「おーい、白狼!今日の主役は花咲さんだぞ!」
後ろから肩を叩いたのはクラスのムードメーカー、大吾。
「……まだ見てねぇよ」
「見ろって!掲示板に貼り出される瞬間、あのクールな月猫さんがどう反応するか……楽しみすぎるだろ!」
そう、学校では誰も寄せ付けないクールビューティー。今日も彼女はクラスの空気をひきしめ、見る者すべてを惹きつける存在だ。
校舎の廊下にはすでに生徒たちが群がり、掲示板前は小さな戦場になっている。俺も大吾に押されながら列に加わった。
「……あ、見えた」
掲示板の隅に自分の名前を探す。手が少し震えるのは、やっぱり結果を気にしている証拠だろう。
「ほら、見ろ!月猫さんも掲示板の前に!」
大吾が叫ぶ。黒髪をひとつにまとめ、切れ長の瞳で掲示板を見つめる月猫は、まるで冷たい女王のようだ。近づく生徒たちも、無言で一歩下がる。
「……ふん」
小さく吐息をもらし、彼女はさっと掲示板を確認する。周囲の誰も気づかないほど淡々と数字を見比べ、メモを取り、そしてすぐに視線を逸らした。
「ま、まさか……あの人、そんな冷静に……」
女子クラスメイトのひそひそ声が俺の耳に入る。たしかに、彼女の冷静さと距離感は圧倒的だ。学校では強すぎるくらい強い。
「ふん……」
再び小さく鼻で笑う月猫。俺は心の中でため息をついた。昨日の夜、家で甘えてきたあの姿は一体何だったんだろう。学校での彼女と、家での彼女は同一人物だと、未だに信じられない。
「白狼、お前も確認しろよ」
大吾の声で我に返り、自分の成績を見た。思ったより悪くない。……いや、悪くはないが、月猫との差を考えると、少し凹むのは仕方ない。
掲示板から離れると、クラスメイトたちがそれぞれの話題で盛り上がる。大吾は「白狼、月猫さんとの差をどう埋めるか考えろ!」と無茶振りしてくる。
「……無理だ」
「無理とか言うなよ。家では甘えてくるくせに、学校ではクールビューティーって、どんだけギャップ萌え要素だよ!」
そんな会話をしていると、放課後の教室に移動する時間になった。俺は月猫に少し近づくため、心を決めて声をかけた。
「月猫、今日のテスト……」
彼女はちらりと俺を見たが、表情はいつも通りのクール。眉ひとつ動かさず、淡々と答える。
「……まあ、予想通り」
その一言に、クラスメイトの女子がひそひそ笑う。大吾は「おお、やっぱり強すぎ!」と感嘆の声。
俺は放課後の教室で、こっそりノートを広げる。目の前には月猫のノートも並べられ、彼女の丁寧な文字や計算の過程がぎっしり書き込まれていた。家で見せる姿とは全く違う、完璧な集中力だ。
「白狼、見てるだけじゃだめでしょ」
いきなり横から声がかかる。月猫が俺のノートを覗き込み、軽く指摘してきた。家での甘えん坊はどこへやら、今の彼女は戦略家のようだ。
「……すまん、つい見とれちまった」
「ふん……しょうがないわね」
微かに笑うその顔に、胸が少し熱くなる。
「じゃあ、放課後はここで勉強するか」
「……付き合うわよ」
普段の冷静さは変わらないが、家で見せるような柔らかさがちらりと垣間見える瞬間もあった。
こうして放課後は、教室で二人きりの勉強時間となった。月猫は少しずつ質問してきたり、こちらの答えに驚いたりして、笑顔を見せる瞬間もある。その度に、家での甘えん坊の姿を思い出して、俺は心の奥で微笑んでいた。
「白狼、次の章は私が解説するから」
「……はい」
一緒にノートを覗き込みながら、俺は思う。学校でのクールな月猫と、家での甘える月猫――どちらも俺の中では欠かせない存在だと。
「ふふっ……白狼、頑張ってる?」
微かに肩を寄せる彼女の体温。俺は驚きつつも、そっと頷く。
「うん、月猫がいるから頑張れる」
「……バカ」
くすぐったそうに顔を赤らめる月猫。その様子が、学校では絶対に見せない顔だと知っているだけに、心が少し暖かくなる。
放課後の教室には、夕陽が柔らかく差し込み、二人の影を長く伸ばしていた。
この小さな時間、何でもないようでいて、確実に二人の距離を縮める大切な時間だった。
その思いが、夕焼けに染まる教室で、そっと胸に灯った。




